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キャンプをしたいだけなのに【2巻発売中】  作者: 夏人
第5章 言葉にしたって伝わらない
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【第5章】 高原キャンプ編 14


 14


 【樽木カンナ】 


 フラフープほどの大きな輪がくるくるとカウボーイの足下で回転する。結び目を中心に回転する投げ縄に、子ども達全員が注目する。その回転速度がみるみるうちに上がっていき、やがてカウボーイはそれを頭上で回転させ始めた。それを見つめていると十歳のカンナは目がまわりそうだった。

 観客が投げ縄の動きに注目している間に、助手の女性のカウガールが子牛を模した木の模型を運んできた。カウボーイハットから覗く髪色は薄茶色。ディズニー映画に出てきそうなそばかすが似合う美女だ。

輪を回すカウボーイはお兄さんとおじさんの間というところ。人によって好みはあるだろうが、カンナはとってもハンサムだと思う。そのカウボーイがこどもの観客たちにとびきりの笑顔で呼び掛けた。笑った時に白い歯が見えるのが魅力的だった。

「さあ。牛をつかまえるよ。スリー。ツー。ワン!」

 かけ声とともに投げられた大きな輪が、牛の模型の角を通り抜け、胴体にかかる。即座にカウボーイは紐を引く。結び目から急激に縮まった輪は、子牛の首にきゅっと巻き付き、木の子牛はパタンと倒れる。子ども達が拍手を贈る。カンナも一生懸命拍手した。隣のシンくんが「すげえ!」と叫ぶ。カンナはそれを聞いて得意になった。

 カウボーイは木の模型にかかった紐をたぐり寄せる。その際、明らかに木の子牛は軽そうなのに、カウボーイはひいひいと顔を歪めて、さも重そうに、さもしんどそうな演技をする。その様がおかしくて、観客の中から笑い声が起きた。すぐ近くにいたミアちゃんも大声で笑っていた。その様子を見てカンナは嬉しくなった。

「さあ! 次はお馬さんに乗りながらやってみるよ!」

 カウボーイは柵の中に移動した。大きな茶色の馬をカウガールが引いてくる。カウボーイはその馬にひらりと乗ると、半径十メートルほどの柵の中を軽快に走り出した。子ども達はもうそれだけで大興奮だ。引率の先生が止めるのも聞かずに柵に身を乗り出す。

「さあ、牛さんはどこだ?」

 カウボーイがそう言うと、カウガールが子牛の模型を荷台に載せて登場した。柵の中を馬から逃げるようにして、押して走り始める。

「いたな! 逃がすか!」

 カウボーイは馬でカウガールに接近する。

「お姉さんがんばれー!」

「牛さんにげてー!」

 子ども達が思い思いの声援を送る。カンナは勿論、カウボーイを応援する。

「パパー! がんばれー!」

 とそこでカンナは慌てて口に手をやった。いけない。カウボーイが自分のパパであることはみんなには秘密だった。

 慌てて周りに目をやるが、子ども達は自分が声援を送るのに夢中で、カンナの言葉には気づいてないようだった。カンナはほっと胸をなで下ろす。

 放られた投げ縄が見事、荷台の上の子牛を捕まえる。

「やったあ! つかまえたぞ!」

 子牛の模型を引き寄せ、馬の上でカウボーイが親指を立てる。一方、地面で子牛を捕られたカウガールは膝をついて泣き真似をする。

「ひどい!」「かわいそう!」と子ども達からブーイングを浴び、カウボーイが大仰にショックを受けた顔をする。その様子がおかしくて、また笑いが起きた。

 そんな中、カンナは一人、カウボーイのために一生懸命に拍手をした。つたないパチパチとした音が牧場に響く。

 カウボーイがそれに気がついて、こっそりカンナにウインクした。カンナはとっても幸せな気分になった。


「樽木さん。今日はありがとうございます。おかげさまでとっても素敵な校外学習になりました」

 そう言って頭を下げる担任の先生に、カンナの父は「いえいえ」とカウボーイハットを脱いで微笑んだ。

「私はただの案内係ですので。大したことはしていませんよ」

 カンナたち小学四年生のクラスは隣町の牧場に社会見学に来ていた。

 この牧場は北海道などにあるような大規模なものではなく、かなりこぢんまりとした施設であったが、穴場の観光地として密かな人気スポットであった。乳牛の飼育をメインとして、こだわりのチーズや牛乳、ソフトクリームを売店で買うことが出来るし、乳搾り体験も申し込める。さらには数頭の馬やポニーもいて乗馬体験まで出来るのだ。

 そしてなにより、日によってはカウボーイとカウガールによるパフォーマンスも見ることが出来る。人気にならない訳がなかった。最近はインターネットでも宣伝を始めたそうで、客足は日に日に増えているそうだ。

「では、私はハンバーガーの準備がありますので」

 そう言って父は颯爽とキャンピングカーの方へ歩いて行った。「すみません。お世話になります」と先生が頭を下げる。

 カンナは陰に隠れながらそのやりとりを見てにんまりした。

すごい。パパ、先生にお願いされて、お礼言われてる。やっぱりパパは本物のカウボーイなんだ。カンナは誇らしかった。

「カンナちゃーん。もうすぐ順番くるよー」

 眼鏡をかけたマイちゃんに呼ばれる。カンナは「はーい」と答えてみんなのところにもどった。子ども達はお利口に出席番号順に並んでいる。一人一人、ポニーの背に乗せてもらえるのだ。

 ちょうどミアちゃんの番だった。ミアちゃんは「こわいこわい!」と叫びながらも嬉しそうにポニーの背に乗せてもらう。乗せてくれるのはカウガールのお姉さんだ。背に乗ることができると、お姉さんが子ども用のカウボーイハットを頭に乗せてくれる。その様子を教頭先生がカメラで撮ってくれる。ミアちゃんはポニーの背の上でビクビクしながらも、最後はとびきりの笑顔を見せていた。

 次にマイちゃんがポニーの背に乗ったところだった。マイちゃんは高いのが怖いのだろう。「降ろして! 降ろして!」と騒いでいた。お姉さんがにっこり微笑んで「大丈夫。大丈夫。Calm down. Calm down.」と英語混じりにささやく。

 マイちゃんはガタガタ震えながらもカウボーイハットを被せられ、半分べそをかきながら写真を撮られていた。

 カンナの番が来る。カンナはへっちゃらだった。ポニーは何度も乗っている。ポニーは後ろから脅かしたりしない限り暴れたりなんかしない。怖くなんかない。なんなら大きい馬の方にパパと一緒に乗せてもらったことだってあるのだ。

 カンナは手を貸そうとするお姉さんに「大丈夫。自分で乗れるから」とかっこつけて言った。お姉さんはくすりと笑った。このカウガールのお姉さんとも友達である。ベルさんというのだ。お父さんが外国の人だそうで、目の色が綺麗なブラウンだ。美人の上にやさしいから、カンナは大好きだった。

 カンナは「はっ」と声を上げて台座を蹴ってポニーの背にひらりと飛び乗った。

 並んでいる子ども達が「カンナちゃんすげー」と驚きの声を上げる。カンナは得意になった。

 私、自分のカウボーイハットだって持ってるんだから。

 そうみんなに自慢したくなるのを押さえるので必死だった。


 お昼ご飯はパパがキャンピングカーの前で作ってくれるハンバーガーだ。この牧場のチーズをふんだんに使っていて、めちゃくちゃ美味しい。パパが目の前で作ってくれたバーガーを子ども達は大喜びで受け取った。

 カンナは仲良しメンバーで集まった。美亜ちゃん。シンくん。それからシロマくん。カンナを合わせて4人グループだ。キャンピングカーのすぐそばの草むらにレジャーシートをひき、みんなで仲良く座る。

「シロマ。お前、ポニーに乗るの、めっちゃ怖がってたな」

 シンくんがシロマくんをからかう。

「そ、そんなことねえし」

 シロマくんはムキになって言い返した。ちなみにカンナは二人の乗馬の様子を見ていたが、正直、シンくんの方がよっぽど顔を強ばらせていたと思う。

「このハンバーガー、超おいしい! パンがもちもち!」

 ミアがハンバーガーを頬張って嬉しそうな声を上げた。

 カンナは美亜が持っているハンバーガーを見て首を傾げた。折角のチーズも、ハンバーグも入っていない。まるでサンドイッチのようだ。

「ミアちゃん。チーズとハンバーグ嫌いなの?」

「わかんない」とミアは何でも無いように答えた。

「食べたことないから」

 カンナは意味がわからず困惑し、「なんで?」と尋ねた。

「ママが、食べちゃダメって」

 アレルギーなのだろうかとカンナは思った。そういえば、学校の給食でもいつもミアちゃんは別メニューか、お弁当を食べていた。

「ベジタリアンなんだろ。ミアの家」とシンが言い、自分のハンバーガーにかぶりついた。口をもちゃもちゃ動かしながら続ける。

「肉とか牛乳とかは食べないって主義なんだよ」

「魚もだめよ」

「マジか。徹底してるな」

 カンナはびっくりした。え、食べられるのに食べないってこと? こんなに美味しいのに。

「まあねー」とミアちゃんは笑って水筒を傾けた。

 八歳のカンナにはまだまだわからないことが多い。

 カンナはミアちゃんの水筒をぼおっと眺めていて、気がついた。あ。私、水筒もってたっけ。

 慌ててリュックを探る。ない。家に置き忘れてきてしまった。

 そう気がついた途端、喉の乾きが急激に襲ってきた。ハンバーガーで塩分を取ったあとだから尚更だ。

「お、水筒ないのか。俺の、飲むか?」

 そう言ってシンくんが自分のペットボトルの水筒を差し出してきた。

「ありがとう!」

 カンナが喜んで水筒を受け取ろうとすると、慌てたようにミアちゃんが「ダメダメ!」と叫んだ。

「間接キスになっちゃうじゃん。何してんの」

 カンナとシンくんはぽかんとした。見ていたシロマくんはにやついている。

「カンナ。はいこれ。私の水筒」

 カンナは「あ、ありがとう」とミアちゃんの水筒を受け取った。自分の顔も熱くなるのを感じた。

 カンナはミアちゃんの水筒を頭上で傾け、口がつかないように注意しながら蛇口の水を受けるようにして口に流し込んだ。

「カンナ。女同士なら気にしなくて良いのよ」

「う、うん」と言いながらも、カンナは耳たぶまで真っ赤になっていることを自覚した。

「シン。俺たちも飲みあいっこするか?」そうシロマくんがシンくんにふざけて言うと、シンくんは「しょうもねえこと言ってんじゃねえ!」と怒ってシロマくんにペットボトルを投げつけた。それが思いの外、強く当たったらしく、シロマくんは「いってえ!」と悲鳴を上げた。

「ちょ。男子。ケンカしないで」

 ミアちゃんがたしなめると、「お前が意味わからんこと言うからだろうが!」とシンくんが立ち上がった。

「なによ。当たり前でしょ。男子と女子はちがうんだから」

そうミアちゃんが言い返すと、シンくんは口をへの字に曲げ、背を向けるとずんずん歩いて行ってしまった。

「おい。シン。悪かったって」とシロマくんが自分のハンバーガーとシンくんの食べかけのハンバーガーを掴んで追いかけて行った。

 ミアちゃんはため息をついた。

「大丈夫よ。どうせすぐ戻ってくるから」

 カンナは気まずくなってふと辺りを見回すと、マイちゃんがハンバーガーを片手におろおろと辺りを見回していた。一緒に食べる人がいないのだろうか。眼鏡の奥の瞳が潤んでいる。

「マイちゃーん。こっちきなよー」とミアが声をかけると、マイちゃんは「いいの?」と顔を輝かせて走り寄ってきた。

「もちろん。女子同士でガールズトークしましょうよ」とミアちゃんが笑った。ミアちゃんはクラスでもかなり大人びてる。女子の中で人気も高く、ミアちゃんがすることがすぐにクラスの流行になる。

 マイちゃんは嬉しそうにシートの端にちょこんと座った。ずっと彷徨っていたのか、ハンバーガーのチーズは固まりかけていたが、それに美味しそうにかぶりつく。

 カンナとミアちゃんが自分の分を食べ終わり、マイちゃんのハンバーガーも半分ほど無くなったところで、ミアちゃんが手を叩いた。

「よーし。恋バナするわよ。じゃあ、早速だけど、クラスの気になる男子、発表していきましょー」

 カンナはぎょっとして周りを見回した。他のグループとは距離があるから聞かれる心配はなさそうだけれども。ミアちゃんは肝が据わっている。

 マイちゃんも驚いてこほこほと咳き込んだ。慌てて水筒を傾けている。

「じゃあ、私からね。んー。そうだなあ。クラスの男子はみんな子どもっぽいからあれなんだけど・・・・・・」

 弱冠十歳の小学四年生のミアちゃんは腕組みして唸った。

「うん。強いて言うならシロマかな。あいつ、なんだかんだ優しいし。相談乗るのとかもうまいんだよねー」

 へえ。とカンナは頷いた。確かにシロマくんは顔立ちも整っていて女子受けが良い。

「じゃあ、次、マイちゃんは?」

 マイちゃんはそう振られて、困ったようにレジャーシートの絵柄を見つめた。

「当ててあげる。シンでしょ」

 マイちゃんは途端に赤面した。わかりやすいなあ。

「シン、スポーツ万能でかっこいいもんね。わかるわかる」

 恥ずかしがるマイちゃんを見て、ミアちゃんがにやにやする。こういうとこあるよなあ。ミアちゃん。

「次、カンナの番よ」

 そう言われて、カンナは即座に立ち上がった。

「トイレ行ってくる」

「あ、逃げるなこら」

 走り出した私をミアちゃんが素早く立ち上がって追いかけてくる。

 ミアちゃんはクラスで一番足が速い。シンくんにだって負けたことがない。運動神経がさほど良いわけではないカンナはすぐに追いつかれてしまった。背中を羽交い締めにされ、芝生の上に二人で転ぶ。

「マイちゃん。足押さえて。こしょばすよ」

 慌てて追いかけてきたマイちゃんが素直に私の足を押さえる。ミアちゃんがカンナの脇腹をくすぐった。

 カンナは芝生の上で笑い転げる。ミアちゃんも笑いながら言う。

「観念しろカンナ。誰が好きなんだ。言ってみろ!」

 カンナは「言わない!」と笑いながら首をぶんぶん振る。

 絶対、言わない。





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