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キャンプをしたいだけなのに【2巻発売中】  作者: 夏人
第5章 言葉にしたって伝わらない
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【第5章】 高原キャンプ編 12


 12


 ふと腕時計を見ると、広場を抜けてから一時間以上経過していた。今、労働時間内なのかは曖昧だが、片付けなどはあるだろうし、流石に戻った方がいいだろう。

「私、そろそろ戻るね。一応仕事中だから」

『あ、そういえばバイトするって言ってたね。なんかキャラ濃い人なんでしょ。ボス』

「うん。カウボーイの格好してる。でも、いい人だよ。なんか拳銃を隠し持ってるけど」

『拳銃? え? ピストルのこと?』

「そうそう。なんやかんやあって、今、私が持ってるんだけどさ。早くもどしておかないとなー」

『はあ? それどういう状況?』

「じゃ、私、仕事に戻るから。またね」

 そう言って通話を切ろうとする私に、紗奈子が『ちょっと待ったああ!』と大声を出した。びっくりした。

 紗奈子の背後で『紗奈子。うるさいわよ。未来が起きるでしょう』と紗奈子の母の声が聞こえた。お母さん、ご無沙汰してます。

 紗奈子は『今、それどころじゃないの!』と小声で言い返し、押し殺したようなささやき声で私に言った。

『その銃、本物なの? 弾は入ってる?』

 私は言われて腰から拳銃を抜き取った。しげしげと改めて眺める。やはり重いが、腰に差している分には負担はなかった。

 スマホのライトをつけ、回転式の弾倉を斜めからのぞき込む。金色の弾頭が覗き見えた。

「うん。弾も入ってる。多分本物だね」

 紗奈子が数秒の沈黙後、紗奈子は恐る恐るといった感じで言った。

『・・・・・・通報はもうしてるよね』

「え? 別にしてないよ」

『何でよ! すでにもう完全にやばいじゃん!』

 え、そうなのかな。

『だって、私も詳しくないけど、銃って持ってるだけで法律完全アウトでしょ。ボス、もうすでに犯罪者確定だよ』

「でも、別に私に向けられたわけじゃないし」

 紗奈子はまた沈黙した。呆気にとられた様子だった。

『・・・・・・なっちゃん。凶器を持った人間に慣れすぎて、感覚おかしくなっちゃってるよ』

 え、やっぱりそう?

『想像してみてよ。もし、その場に、私とか、みっちゃんとか、それこそみっくんがいたらどうする? みっくんを連れて行ったキャンプ場の管理人が拳銃を隠し持ってたら』

 それは・・・・・・ やばいな。

 改めて想像すると自分の今の状況の危険性がようやく把握できた気がする。ランダルの人の良さに、「なんか事情があるんだろうなー。気づかないふりしておこー」と気楽に考えてた自分がいかに愚かで浅はかであることが、客観的に振り返ればよくわかる。

『通報! 通報だよ! こんな電話すぐに切って、すぐ110番!』

「わ、わかった」

 そう言えば桜田刑事に言われていたじゃないか。『次は、絶対に、まず! 通報してくださいね』と。あれほど強く。

 有言不実行なのは私の方だ。

 紗奈子は言葉を続ける。

『そのあとすぐにバイクに飛び乗って警察署に銃を持っていく。OK?』

 なんだか急に紗奈子が頼もしい。美音のようだ。やはり母になれば人は変わるのかも知れない。

「わかった。そうする。一旦切るね」

『うん。落ちついたら電話して』

 私は耳からスマホを離し、通話終了のボタンを押そうとした。

 が、それよりも一瞬早く、勝手に通話が終了した。

 あれ? 紗奈子が切ったのか?

 私はスマホ画面を見つめて、首を傾げた。

 まあいいやとスマホタッチパネルで110番を押し、発信する。スマホを耳にあてた。

 プー。プー。と電子音が聞こえた。え? 繋がらない? そんなことあるか? 110番だぞ。

 慌ててスマホ画面を確認して、私は目を疑った。

 圏外。

 慌てて紗奈子にも電話をかけるが当然繋がらない。ネットワーク全てにアクセスできない。

 なんでだよ。さっきまでアンテナ三本だったじゃないか。故障? バカな。このスマホはほぼ新品の最新式だぞ。

 私は生唾を飲んだ。

 この感覚は覚えがある。それも何度も。

 やばい。何かが、やばい。

 私は拳銃を腰に戻すと、キャンプ場の広場に向かって走り出した。

 全く状況がわからないが、紗奈子の言う通り、一刻も早くこの場を離れた方がいい。ハンターカブがキャンピングカーの後ろに停めてある。とりあえずそれに飛び乗って山を下りるんだ。

 ランタンの明かりが見える広場に走り込む。私はそこで再び戦慄した。

 誰もいない。

 消えかけているコンロの炭火。テーブルの上には食べかけの肉、飲みかけの瓶や缶。微かに流れるクラブミュージック。だが、誰もいなかった。さっきまで談笑していた若者たちが一人もいない。ランダルすらも。

 テントに帰ったのか? こんな散らかしっぱなしで?

 美亜一行のテントに目をやる。二つの大型テントは暗がりの中で明かり一つ点いていない。

 しかし、そこで、そのテントの背後の草原に光が見えた。スマホのライトだろうか。小さな白い光と人影が4人分、近づいてくる。美亜達だろう。駐車場の方に行ってたのか。全員で? なんのために? 

 私は広場に突っ立って、彼らが近づいてくるのを見つめていた。すると、人影の一つがこちらを指さして、叫んだ。

「あ、いた!」

 美亜の声だった。なんだ。私を探していたのか。急に姿を消したから心配してくれたのかもしれない。悪いことをしたな。

 合図がてらに手を上げて「ごめんなさい。勝手にいなくなって」そう謝ろうとした私は上げかけた腕を止めて硬直した。

 美亜以外の三つの人影のうちの二つが、突然、私に向かって走りだして来たからだ。二人は自分たちのキャンプ道具を飛び越え、一部を蹴り飛ばしながら猛然と突っ込んで来た。私は状況が整理できず、彼らが迫ってくるのを呆然と眺めるしか出来なかった。そして広場にたどり着いたそのうちの一人に、私は胸ぐらを掴まれた。

「お前かああああ!」

 シンの怒鳴り声かと思った。だが、ランタンの薄明かりの浮かび上がった顔はシンではなかった。金髪に黒眼鏡。ノブだ。

 さっきの緩んだ表情はどことやら。むき出しの怒りで額には青筋が浮いている。

「あれは俺の車だぞおお! タイヤ一個だけで何万円すると思ってやがる!」

 私は意味がわからないまま、ノブにガクガクと頭を揺らされた。叫び散らすノブの息は思わず口を閉じてしまうほどに酒臭かった。

「ノブ。ちょっと落ち着け」

 隣でシンが言う。そう言う彼も、私を睨み付けていた。

「まだこいつで確定って訳でもない」

「じゃあ! なんで隠れてやがった!」

 Tシャツの首元の生地が限界まで引き延ばされ、私はつま先立ちになっていた。「ちょ、ちょっと待って」となんとか声を絞り出す。

「一体、なんの話? なにがあったの」

「とぼけんなあ! お前がやったんだろうがあ!」

 私は勢いよく、突き飛ばされるように放り出された。地面に尻餅をつく。

「車のタイヤが破裂してたの」

 美亜と委員長がこっちに近づいてきながら言った。やはり美亜は足が悪いらしい。委員長に支えられるようにして草原をかき分けてくる。その姿を見て、ノブも少し落ち着きを取り戻したらしい。地面を意味も無く蹴りながらも、尻餅をつく私から目をそらした。

 女子二人がようやく追いついた。ランタンの明かりの下に5人の顔が揃う。私以外は全員息を切らしていた。

「ぱ、パンクしてたってこと?」

「パンクどころじゃない」とシン。地面に座り込む私を睨み付けている。

「明らかに刃物で切り裂かれてた。それも四つともだ」

「私が見つけたの」と美亜は前髪を掻き上げた。

「歯磨きを車に忘れちゃって。委員長と一緒に駐車場にいったらあの有様だった」

「探したんだぞ。どこにいやがった! ランダルもお前も急にいなくなりやがって!」

 ノブが叫ぶ。唾が空中に飛んだ。

「で、電話をしに行ってたのよ。友達と。ボス・・・・・・ランダルは知らない」

「電話! そう電話よ!」

 美亜が思い出したというように叫んだ。

「急に通じなくなった。全員よ。ネットもメールも地図アプリも全部だめ」

 私のスマホだけではなかったのか。これでスマホ故障の線は消えた。

「け、携帯会社のトラブルかも・・・・・・」と委員長が恐る恐るという感じで言った。

「通信会社もメーカーもみんなバラバラなんだよ。全員がそんなことになる?」

 美亜の言葉に委員長が口を噤む。

 確かに、相当大規模な災害でも起こらなければまずありえないだろう。だが、高原はもの音一つせず、風が静かに吹き抜けている。私は地面の土を睨みつけた。

 おそらく、災害などではなく、人為的な通信妨害。

 シンが言った。

「ジャマーだ」

 ジャマー。無線通信を妨害するための装置。通信を意図的に妨害し、特定の範囲の携帯電話、Wi-Fi、GPS、ラジオなどの通信信号をブロックし、送受信を不可能にする。

 そんな代物を、この高原のキャンプ場で、誰かが作動させたというのか。

「な、なんのために?」

 委員長が怯えた声を出す。

「決まってんだろ」

 シンが苦虫をかみつぶしたような顔で唸った。

「車を潰して、ネットを切られた。逃がさねえし、連絡も取らさない。閉じ込められたんだよ。俺たちは」

 彼らは立ち尽くした。そして私はそんな彼らに囲まれるようにして尻餅をついている。私たちがいるわずかなスペースだけをランタンが照し出し、その外側は漆黒の闇だ。陸の孤島のような高原。そのど真ん中。真っ暗な草原に取り残された5人の間を、一際に強い風が吹き抜けていった。

「だから俺は嫌だったんだよ! こんなとこに来るなんてよ!」

 ノブが頭をかきむしりながら喚く。

「だって、命日だから・・・・・・」と委員長が言いかけると、ノブが大声で噛みつく。

「もう、四年も前だぞ! 三年間、葬式以来なんにもしなかったくせによ! いまさらになっておかしいだろ! 」

 ノブの剣幕に委員長が肩をすくめる。「ちょっとノブ! 怒鳴らないで」と美亜が窘め、ノブは委員長から顔を背けて舌打ちした。

「そもそも誰だよ! 言い出したやつ!」

「シロマよ」美亜が顔に手を当てた。黒髪と大きなピアスが風に揺れる。

「来年から就職の子が多いから、最後のチャンスだって言って。今年からキャンプ場もオープンしたし、同窓会がてら出来るからって。予約も、呼び掛けも、全部シロマがやってくれた」

 ノブは地面を勢いよく踏みつけて叫んだ。

「じゃあ、なんでそのシロマがいねえんだよお! 夜から来る約束だったろうが! アッコを連れて! 美亜! お前が連絡係だったんじゃねえのかよ!」

「知らないわよ! 当日になって連絡取れなくなったのよ。二人とも!」

 美亜が半泣きで叫び返した。背後で委員長の肩が小刻みに震えていた。全員、限界だ。一回落ち着かせなければ。そう思って、腰を上げようとした私は、次のシンの一言で中腰のまま固まる羽目になった。

「死んだよ」

 固まったのは私だけではなかった。ノブも美亜も委員長もピタリと動きを止めた。シンがその3人を静かな目で見回す。


「シロマは死んだよ。それから多分、アッコも死んだ」


 何を言い出すんだ。こいつ。私は目を剥いた。

「は? ちょ、なに言ってんのシン」美亜が半笑いで言う。少し震えた声で。

「そ、そうだよ。冗談にならないよシンくん」委員長はもう泣き出す寸前の顔をしていた。

 私は上げかけた腰をすとんと地面に降ろした。部外者の私には事情がまったくつかめない。だが、それは美亜達も同じだったようで、困惑しきった目でシンを見つめていた。

 シンは、淡々と、まるで放送原稿を読み上げるかのように全く起伏のない声でしゃべりはじめた。

「一昨日の深夜、アッコからラインが来たんだよ。『シロマが殺された』『私も殺される』ってな」

 シンはそこでスマホを取り出したが、画面を見つめ、すぐにポケットに戻した。

「メッセージはすぐに消去されちまった。急いで電話やメール、思いつく限りやってみたが、何も繋がらなかった。そこできっと下手に俺が電話なんかかけちまったから、殺人鬼に見つかったんだろう。どうせメッセージを消したのも奴だ」

 シンは地面を睨み付けた。鬼の形相で。

「シロマにも連絡してみた。全くなしのつぶてだ。次の日、つまり昨日、朝一でシロマの家にも行ってみたが、いなかった。家族に聞くと、数日帰ってねえってよ。家族も探してた。やられたんだ。シロマは」

 委員長が「な、なんで」と声を漏らす。

「なんで、言ってくれなかったの。そんな大事なこと。キャンプを中止にだってできたでしょ」

 シンは委員長を見つめた。その声に嗚咽が混じった。

「すまん。そこまで来ても俺、確証が持てなかったんだ。単になんかのいたずらか間違いかも知れねえって。だってシロマだぞ。あいつが死ぬ訳ねえって思った。死んだなんて思いたくなかったんだ。きっとキャンプ場で待っていたらあの二人が何でも無いように笑いながら来るかもって。そう思ったんだ」

 だが、来なかった。

 シンはそこで感極まったように黙り、顔をそらした。暗闇をしばらく見つめる。

 その場の全員が、シンが再びしゃべり出すのも無言で待った。

 シンは呼吸を整えて、低い声を出した。

「それによ。思ったんだよ。ばらばらになるよりは固まってた方がいいって。殺人鬼がいつ来るかわかんねえだろ。一緒にいれば俺が守ってやれる」

 そう言って、シンはおもむろにポケットに手を突っ込んだ。またスマホを取り出すのかと思ったら、ダボダボのズボンから出てきたのは、もう一回り大きい黒い機器だった。電動ひげそり?

 シンがボタンを操作した瞬間、バチバチッと青い火花が先端に散った。

 スタンガンか。

 美亜が焦った声を出す。

「な、なんてもん持ってんのよ」

「シンくん。怖いよ。しまって」委員長が泣き出してしまった。

 シンはスタンガンをしまうことなく、今度は反対の手で、スマホを取りだした。指で操作し、ラインのトーク画面を開く。

「それでよ、さっきだ。ついさっき。通信が切れる直前だ。昼に別れた奴の一人から、ラインが来たんだ。見るか?」

 シンはそう言ってスマホの画面を皆に晒した。暗がりの中、スマホのディスプレイは明るく浮き上がり、地面に座った私からもはっきり読み取ることが出来た。会話というよりは一方的なメッセージだった。

『シン! シロマが死んだ! 殺された!』

 そしてもう一文。

『顔にでかい傷のある女が殺したらしい!』

 この場のシン以外の全員。ノブ、美亜、委員長は一瞬の間、言葉を失った。

 そして、弾かれたように一斉に座り込んで固まっている私を見た。

「この直後に通信が切れちまったから、詳しい話は聞けなかったが、これだけで十分だよな」

 シンが私を見下ろした。スタンガンを鳴らしながら。


「これ、お前のことだよな」





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