【第5章】 高原キャンプ編 6
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「お疲れ様! 楽しそうだったね!」
ランダルの陽気な声に迎えられ、私は苦笑いを浮かべた。
「いやあ。でも、若者はいいねえ! 元気がもらえる」
「・・・・・・そうですか?」
むしろ私は活力を吸い取られた気がする。
ランダルはトマトを輪切りにしながらなんでもないように言った。
「うちのカンナもね、もし生きてたら、あの子たちと同い年だったはずなんだよ」
私は返答に詰まり、「そうなんですね」とだけ答えた。娘を失った父親になんて声をかけたらいいかわからない。あともう一つ。
その娘が、さっきからランダルの背後に立っていた。
昨日と同じセーラー服。トマトを切るランダルの手元をのぞき込んでいた。黒髪が肩から流れるように垂れている。
ランダルがトマトを切る度に、「あちゃー」という顔をしている。
「えっと、ボス・・・・・・」
「なんだい! サマーくん!」
よしておけと自分でも思いながら、私はトマトを指差した。
「余計なお世話かと思いますが、ヘタの周り、大きく切りすぎではありませんか」
ランダルの背後の少女が「それ!」とでも叫ぶかのような表情で、私に両手の人差し指を向けてきた。
なんかこの子、無口だけどノリはいいな。不思議な子だ。
あと、人に指を差すな。どいつもこいつも。
ランダルは驚きの表情で私を見る。
「ほお! 娘みたいな事を言うねえ!」
ランダルは懐かしそうに目を細めた。
「娘のカンナにもよく言われたものだよ。もっとギリギリを切ればあと一枚作れるのにもったいない! ってね」
ランダルは腰に手を当てた。
「でも、私、昔からトマトを切るのだけは苦手でね。力を入れ過ぎちゃうから細かく切れないんだよ」
「パン切り包丁をお使いになられたらどうですか」
「ほお! 切りやすいのかい」
私は「かなり」と頷いた。そもそもパン切り包丁は柔らかいパン生地を切るために設計されたものだ。果肉が柔らかいトマトとの相性もよい。
ランダルはいそいそとバンズを切る用の包丁を取り出した。ずいぶん長い。刃渡りが三十センチはありそうだ。
「さっそく試してみよう。ああそうだ。サマーくん。キャンピングカーの中にケチャップの予備があったはずなんだ。とってきてくれないかい」
「いえすボス」
私はランダルと少女の横を通ってキャンピングカーに向かった。
昨夜は暗かったため、キャンピングカーの外観についてはよく見えず、ボディは白だろうくらいしかわからなかった。暗がりの中では落ち着いた車体でお洒落だと思ったものだ。それが、日中の日差しの中で全容が明らかになると一気に印象が変わった。落ち着いているなんてとんでもない。実に派手派手しかった。
車体の側面には大きく「HAMBURGER WESTERN」という文字と、例のカウボーイハットを被ったハンバーガーのキャラクターがでかでかと描かれていた。画風も個性的で、一昔前のアメリカのアニメみたいな感じ。ミッキーじゃなく、スポンジボブの方ね。
私はハンバーガーカウボーイの大きな顔を左右に二分する形でスライドドアを開けた。
「サマーくん! すごいよ! 実に切りやすい!」
ランダルが後ろで驚嘆の声を上げた。そうでしょうとも。
振り返ると、少女はトマトを切るランダルの手元をのぞき込み、笑顔で手をパチパチと叩いていた。私に向かって親指を立て、ウインクする。グッジョブと言いたいらしい。
私は「よかったです」と笑うとキャンピングカーに乗り込んだ。
ぱっと車内を見渡す。
さて。ケチャップはどこかしら。
ふと、シンクの下の二段の収納スペースが気になった。上の段、つまりシンクの真下の戸を開けてみる。そこには二つの大きなタンクがはめ込まれていた。片方は水で満たされていて、片方は少量の水しか入っていない。
どういう仕組みか気になり、試しに上のシンクの蛇口をひねってみた。綺麗な水が流れ出る。私は下のタンクをのぞき込んで、水の流れを追った。
なるほど。一つは給水用で、一つは排水用のタンクか。給水用のタンクから吸い出された水が蛇口から出て、シンクに流れ、排水溝を通って隣の排水用タンクにたまっていく。
冷静に考えれば当たり前の設備だ。キャンピングカー内に水道が通っているはずないし、汚水をそのまま外に垂れ流すわけにもいかないものね。
推測するに、定期的に給水用のタンクに水を足し、排水用のタンクを外して中身を捨てるのだな。よく考えられている。
何にしてもケチャップはなさそうだった。私は上の段を閉めると、今度は下の段の戸を開けた。今回はちゃんと収納スペースだった。ラップやアルミホイル、キッチンペーパーの予備が詰め込まれている。しかしケチャップは見つからない。ここでもないか。
戸を閉めようとしたとき、ふと、アルミホイルの箱の奥に新聞紙の固まりが見えた。なんだろう。ケチャップではなさそうだが。
興味本位で四つん這いになり、手を突っ込んでみる。どうやら新聞紙は何かを包んでいるようだ。引っ張り出すとゴトリと音を立てた。大きさのわりに重い。脳裏に浮かんだのは、小学校時代に使った習字セットの硯だ。あのやたら重くて黒い鉄の塊。あれも墨で周りが汚れないように新聞紙で巻いてたっけ。
懐かしい思い出にひたりながら、手元に引き寄せた新聞紙を広げてみる。
そして私は硬直した。
それも確かに黒い金属の塊だった。だが決定的に硯と違うところがあった。
まず、細長かった。先端は筒状になっており、その反対側には木製の持ち手が付いていた。中心には回転する部品。シリンダーと呼ばれるものだ。そして指をかける引き金と呼ばれる部位。それを引き絞ることで落ちる仕組みの撃鉄というパーツ。
そして全体から立ち上る油の匂い。
私の手に、一丁の拳銃が収まっていた。