【第5章】 高原キャンプ編 2
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ここ数年の騒動は私、斉藤ナツの人生を実に盛大にひっかき回した。
手始めはとある林間キャンプである。
山奥のキャンプ場でソロキャンプをしていた私は一人の幽霊、岸本あかりに出会った。自分に霊感なんてものがあることすら忘れていた私はそれなりに戸惑ったが、ぶっちゃけ興味もなかったので、まあ適当に話し相手になっていた。するとあれよあれよとしている間に猟銃を持った連続殺人鬼とバトルすることになった。あかりの協力もあり、辛うじて勝ちを拾った私は、彼女との約束を果たすために、あかりの妹、美音と出会う。この子がまたコミュ力のすごい子で、私は実に十年ぶりに友人と言える存在を得ることとなった。
次は湖畔キャンプだ。
時は流れて、その友人美音と湖畔キャンプとしゃれ込もうとした私は、うっかり自殺サークルの集合場所に紛れ込んでしまい、戸惑ってるうちに両手両足拘束からの猿ぐつわ姿で集団自殺に参加させられてしまう。そのメンバーの一人、藤原紗奈子と意気投合し、二人で脱出。紗奈子の妊娠が発覚したりなんなりあった後に、マッチョ眼鏡サイコパス白鳥に追いかけ回される羽目になった。湖を泳いだり、山道を追いかけっこしたり、日本刀を振り回されたりしたあげく、なんとかスポーツカーで白鳥を吹っ飛ばす事に成功。紗奈子の息子、未来くんも生まれてめでたしめでたしであった。
と思ったら雪中キャンプである。
さあ。今回こそ平和なソロキャンプを満喫するぞいと張り切って始まった雪の中でのキャンプ。そこで小学生の時の友達、清水奈緒に再会する。二人でキムチ鍋をつつきながら昔話に花を咲かせていたら、実はナオちゃんは殺人犯で、斧を振り回して私に突っ込んで来た。さあ、どうなるナツ! どうする斉藤ナツ! まあ、当然のごとくボコボコにしたらナオちゃんは泣きながら森に逃げ込んで行方不明。いまだ消息つかめず。私は私で右頬と右耳を切り裂かれての痛み分けである。
問題は、その奈緒との対決がリアルタイムでインターネット上に放映されたことである。まあ、放送したのは私なんだけど。別に目立ちたかったわけじゃない。不可抗力だ。
こちらの事情はどうあれ、前代未聞の生配信大捕物だったわけで、世間はどよめいた。奈緒が殺したのが人気配信者だったこと、湖畔キャンプの件ですでに私がそれなりに有名人だったこと、さらには林間キャンプの事件の情報まで出回り始めたことで、それはもうえらい騒ぎになった。
結果、私はマスコミやらなんやらに追いかけ回され、住所も職場も特定され、ついには職場をクビになった。まったく目も当てられない。私は一貫して、キャンプがしたかっただけだったのに。何をどうしたらこんな大惨事になるんだ。
もうこれ以上は流石にあるまい。馬鹿げた騒乱に巻き込まれるのも終わりだ。ここからようやく私の自由で悠々自適で、穏やかで、心が澄み渡り、洗い流されるようなキャンプ生活が始まるのだ。うん。ここからだ。
と思った矢先の定食屋の乱闘である。
私はまたしても警察署の取調室にぶち込まれた。
え? なんでこうなるの?
今回に関してはまだキャンプ場にすら着いてないんですけど。
「いやあ。毎年のようにお会いしますね。斉藤さん」
そう向かいの席でにこにこしている桜田刑事の額には青筋が浮かんでいた。
うわあ。ぶち切れてる。
「いつもすみません。桜田さん・・・・・・」
「いえ。別に。今回の斉藤さんは容疑者でも何でもないですし。なんなら相変わらずのスピード解決を勝手にやってくださったわけですし。もう今回に関しては地元の署から感謝状ももらえるかもしれません。よかったですね」
言葉の端々に怒りがにじみ出ている。
「えっと・・・・・・。桜田さんって違う署の方でしたよね。なんでこんな田舎の・・・・・・」
「はい。呼び出されたんですよ。斉藤さんがらみの案件はなぜか私に任せとけばスムーズだみたいな流れになってましてね。斉藤さんが騒ぎを起す度に私が呼び出しを食らうのですよ。いやあ。参るなあ。私にも本来の仕事がたくさんあるのになあ。それも結構な頻度だからなあ。あ、斉藤さんが悪いわけではないですよ。警察内部の話なので」
と笑顔で言いつつ、静かな怒りを確実に伝えてくる桜田刑事はある意味すごい。この人が上司だったら部下は仕事をさぼったり手を抜いたり絶対に出来ない。
とはいえ、今回の騒動はそこまで深く私は関わっていなかったので、話は短く済んだ。
簡単に言うと、事件のあらましはこういうことだ。
定食屋を営んでいた店主の名は吉田光男。妻の優花とともに二人で力を合わせて店を切り盛りしていた。仲睦まじい夫婦として地元でも評判だったらしい。もともと妻の優花は店にバイトに来ていた学生であった。光男がぞっこんになり、幾度ものアプローチの末に結婚にこぎつけたらしい。
しかし、光男は最近になって妻の動向が気になるようになる。もともと優花は友人が多く、よく外出するタイプではあった。光男はもともと人が良い性格なので、妻の外出に目くじらを立てたことはないが、次第に不安に駆られたようだ。歳は四十近く。田舎の定食屋の自分。それに対し、十歳以上も若い優花はまだまだ遊びたい年頃。しかもひいき目に見ているとはいえそれなりの美人だ。彼女が満足しているはずがない。浮気をしているのではないかと。
人が良いと言うことは、ある意味弱気であると言うこと。それはつまり思ったことを口に出せないと言うこと。もっと言えば、悩みや苦しみをため込んでしまうと言うこと。
そして押さえ込み続けたものは、いずれ爆発するのだ。
数日前、光男は珍しく地元の飲食店の寄り合いに出かけ、しこたま酒を飲んで帰宅した。すると、閉まっているはずの定食屋の電気がついている。中を覗き見た光男は妻の優花が若い、ちゃらちゃらした男と親密そうに話し込んでいるのを見てしまう。
そして彼は爆発した。
その場の怒りにまかせて彼は間男を殺害した。彼の名は矢代正樹。
光男は正樹の死体を冷凍庫に隠した。腐敗を防ぐ目的もあったのだろう。
次に怯えて固まる妻に足枷をして軟禁した。
そしてあろうことか、次の日から定食屋をいつもどおり開店させたのだ。
光男曰く、臨時休業などにすれば不自然であり、犯行が露見するかもしれないという判断だったらしいが、まともな神経とは思えない。どのタイミングかはわからないが、彼の心はとっくに壊れていたのだろう。
ちなみに、優花は浮気を否定しているらしい。正樹のお互いの相談に乗っていただけだという。この点は光男と認識のずれがあるので、今後解明していくそうだ。
まあ、私は正樹本人から事情を聞いている。本当にお互いに相談事を持ちかけていただけだったらしい。ちなみ、優花の相談は「最近、夫の様子がおかしい。昔はあんなに穏やかだったのに、こわい」といった内容だったようだ。
正樹は、私に優花を助け出してやってほしいと頼んできた。自分の死体がどうこうではなく、優花のことが心配だったのだ。
「今回の事件は、概要がもう少しつかめるまでは情報公開を最低限にしたいと思っています」
桜田はそう言って、「わかってるよな」という目線を私に向けてきた。情報を漏らすんじゃないぞと釘を刺しているのだろう。確かに、定食屋の冷凍庫に死体が入っていたなどと下手に報道すれば地元民はパニックになりかねない。客の中には子どもだっていたのだ。しっかり事件の全容がつかめて全て説明ができる段階になってから、改めて伝えた方が良いだろう。私は頷いた。
桜田はため息をついて言った。
「斉藤さん。どうか、次からはまずは通報してくださいね」
まあ、そうだよね。ごめんなさい。
「しかし。今回はもしいきなり警察が店に来たら、店主は妻と心中を図ろうとしたでしょう。地元警察がそれを止められたかはわかりません」
「ですので」とそう桜田刑事は言って私に頭を下げた。
「今回も、人命を救っていただき、ありがとうございました」
恐縮である。
居心地悪く「いえ、そんな」ともごもご言う私に、「ですが!」と桜田は顔を上げてキッと音が出そうな目線を向けた。
「次は、絶対に、まず! 通報してくださいね」
ごめんて。
私は「はい」と答えて小さくなった。