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キャンプをしたいだけなのに【2巻発売中】  作者: 夏人
第4章 ずっと側にはいられない
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【第4章】 星空キャンプ編 40


 40


 PM 8時30分


 岸本あかりは、二人の少女を連れて歩いていた。

 一人は斉藤ナツ。

 あかりの背中で、すやすやと寝息を立てている。

 呑気なものだ。

 もう一人は、立花春香。

 あかりに手を引かれ、大人しく付いてくる。

 しかし、その目はあまりにうつろだった。

 あかりの問いかけにも、息遣いのような生返事しかしない。

 これなら、泣き叫んでくれたほうがずっとましだとあかりは思った。


「春香。家に帰れるわよ」

 春香は反射のようにこくりと頷いた。

 きっと、何を言われたのかはわかっていまい。

 あかりは立ち止まった。ナツを落とさないように気を付けながら、しゃがみ込み、春香と目線を合わす。

 春香もうつろな目を返した。

 あかりは思った。

 あんまりだね。

 あかりは春香の頬を撫でた。

 この子は、12歳のこの少女はどれだけの苦難を背負ってきたのだろう。

 あかりは浴場で春香の体を見た。どれも治りかかっていた薄い痕だったが、それでも痛々しかった。

 姉のシズカの話をあかりは始めて聞いたが、春香がキャンプネームを決める時に独り言を呟いているのは見ていた。まるで誰かに相談するように。

 あの森で、熊に襲われそうになった時、この子は叫んでいた。助けて。お姉ちゃんと。

 きっと姉が、姉の存在がこの子の精神を支えてきたのだろう。

 イマジナリーフレンド。多重人格。解離性同一症。

 この子の精神状態が医学的になんと表現されるのかはわからない。

 でも、この子は、そうまでしてでも、生き残ってきたのだ。

 母が死んでも、父に殺されそうになっても。

 頭の中で作った姉と一緒に、今日、この瞬間まで生きてきたのだ。

 戦士だ。

 妹を置いて逃げ出した自分なんかより、自分の利益のために、言いわけをしながら他者を踏みつける大人達なんかより、ずっと。

 この子はずっとずっと強い戦士なんだ。

 あかりは、春香を抱きしめた。片手で背中のナツを支えながら、もう片方の手で春香の背を抱き寄せて。強く、でも優しく。自分の妹にしていたように。16歳の岸本あかりは、立花春香を抱きしめた。

 あかりの涙が春香の肩を濡らした。

「帰ろう。一緒に」


 プップー!

 間の抜けたクラクションが車道から響いた。

 振り返ると、田代のバンだった。

 慌てて立ち上がり、春香を後ろに隠す。しかし、助手席から奈緒が笑顔で手を振っているのを見て、一気に力が抜けた。

 バンが陽気にクラクションを連打しながら、あかり達の前に横付けした。

 運転席のゆきおが、身を乗り出し、まくし立てる。

「あかりさん! やりましたよ! 田代さんをやってやりましたよ!」

 顔中が腫れ上がっているゆきおはそう言って、またクラクションをバンバン鳴らした。

「あ、そうなんだ。やるじゃん」

「どうやったと思います? 見せてあげたかったなあ。奈緒さんとの見事な連携プレイからのエクスカリバーでの一撃! まさに救いのヒーローそのものでしたよ!」

 なんか、テンション上がりすぎてて、ちょっとキモい。

 あかりが若干引いていると、奈緒がバンの助手席から降りて、駆け寄ってきた。よかった。奈緒に怪我はなさそうだ。

「ハルちゃん! おつかれ!」

 春香はふっと目線を奈緒の方に向けると、コクンと頷いた。

 その様子に、奈緒はすぐに違和感に気が付いたらしかった。慌てて春香の体をなで回し、怪我がないかを確認する。そして、血相を変えて、あかりの方を向いた。

「ま、まさか。なっちゃんが・・・・・・」

 あかりは慌てて背中を見せた。

「大丈夫。ランプは無事よ。春香もちょっとショックを受けてるだけ。きっと立ち直るわ」

 ゆきおと一緒にナツをバンの後部座席に座らせ、シートベルトを腰に巻く。

 その両脇を奈緒と春香が固めた。

 奈緒は懸命に春香に話しかけているが、春香は相変わらず生返事を返すだけだった。

「どうしたんですか。春香さん」

 ゆきおが後部のドアを閉めながら心配そうな声を出した。

「言ったでしょ。ショック状態なだけ」

 ゆきおが「ああ」と頷く。

「もしかして、春香さんの前で、ベ・・・・・・すずさんを殺しちゃいました?」

 あかりは「はあ?」とゆきおを睨み付けた。

「んなわけないでしょ。怪我はしてたけど、死んではないわよ」

 あのあと、あかりはすずをもう一発殴った。どうやら気絶したようだったので、余ったシーツでベッドの縁に縛り付け、弾切れの拳銃は窓から放り投げた。その後、屋上にナツを回収しに行き、今、駐車場に向かって歩いていたところだ。

「警察にも連絡できたから、そろそろ駆けつけてくれると思うわ」

「やりますね。銃声がしていたから、心配していたんです」

「まあね」とあかりは助手席に乗り込んだ。

 ゆきおも運転席に乗り込む。

「もう敵は無力化したと思いますが、何があるかわかりません。とりあえず施設を出て、警察と出会うまで、走らせましょう」

 バンが進みだす。照明に照らされているこの施設が、数時間前まで子ども達がはしゃいでいた施設だったとは思えなかった。

 駐車場を横切る際、田代がガムテープでぐるぐる巻きにされて転がっているのを見かけた。

 後部座席を振り返る。

 必死におしゃべりを続ける奈緒。ただ頷く春香。その真ん中で寝息を立てるナツ。

 あかりは思った。妹の美音は、何歳だったろうか。自分と7歳離れているから、きっと9歳。

 会いに行こう。ここを出たら、妹に会いに行くんだ。そして、何年後になるかはわからないけど、ちゃんと迎えに行こう。一緒に暮らすんだ。

 バンがゆっくりと、ゲートを抜けた。





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