【第4章】 星空キャンプ編 34
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春香達は倉庫のそばの林の中に身を潜めていた。この林に隠れるのはこれで4回目だ。メンバーはコロコロ変わる。しかし、まさかあかりとゆきおちゃんまで一緒に隠れる状況が来るなんて思ってもみなかった。
タイミングは間一髪だった。
春香のクリップで扉のドアノブがカチリと音を立てて開き、全員喜びの声を上げようとした瞬間、開いた扉の先の道に田代の懐中電灯が見えたのだ。全員、大慌てで倉庫を飛び出し、林に逃げ込んだ。
その時、奈緒が急に倉庫に引き返し始めた時は焦った。声を出すわけにも行かないので手をぶんぶん振って呼び掛けたが、奈緒は倉庫の中に消えた。春香は倉庫の入り口と道の先の懐中電灯の光を交互に見てオロオロすることしか出来なかったが、数秒後、奈緒は子供用のリュック二つを持って、飛び出して来た。
奈緒が林の中に飛び込むのと、田代が声を上げて走り出したのはほぼ同時だった。間一髪とはこのことだ。
田代とすずは倉庫の中で何やら話し、やがて出てきた。
こっちに向かってきたらどうしようかとハラハラしたが、二人は宿泊棟の方向に走っていった。
「さて。どうしますか」
ゆきおちゃんが頃合いを見て言った。
「決まってるでしょ。なっちゃんの救出だよ」
奈緒が何をわかりきったことをといった表情で言った。春香も奈緒から自分のリュックを受け取りながら頷いた。その通りだ。最優先は何をおいてもなっちゃんの奪回だ。
「いいえ。あなたたちの脱出が先よ」
あかりの声に春香と奈緒は同時に抗議の声を上げた。が、ゆきおちゃんが人差し指を口に当てたのを見て、あわてて口を閉じる。
「あたりまえでしょう。子ども二人を抱えて戦えるわけないでしょうが」
春香はぐっと言葉を飲み込んだ。そりゃあそうだ。自分も奈緒も小学生。足手まといにはなっても。戦力にはなるまい。
「で、でも! 助けが来るまでの間に、なっちゃん、殺されちゃうかも!」
奈緒が押し殺した声で叫ぶ。
あかりが頷く。
「わかってる。あなたたち二人が脱出できたのを確認したら、私とゆきおで救出に向かうわ」
あかりの力強い言葉に、奈緒の表情がぱっと明るくなった。
あかりとて、万能ではない。ゆきおと二人がかりでも、待ち受けている悪人、それも平気で人の心臓を抜き取ろうとするような極悪人と渡り合えるとは思えない。しかし、奈緒も春香も、熊の前に立ちはだかり、自分たちを守ってくれたあかりの背中を見ている。
あかりなら、ナツを無事に助け出してくれるのではないか。そう思えた。
「あの。すみません」
と、ここでゆきおちゃんが水を差した。
「僕、眼鏡半分われちゃったので、戦力外でお願いします。僕も子どもと一緒に逃げる方で」
え? こいつも逃げる気?
3人の女子からじとっとした目で見つめられ、ゆきおちゃんは焦った声を出した。
「いや。普通に考えて無理ですって。言いましたよね。田代さん、元ボクサーですよ。武器だって持っているかも。一般人で丸腰の僕らが勝てるわけないじゃないですか」
あかりは口を開いて反論しようとしたが、言葉が出てこなかったらしく、むなしく口を閉じ、唇を引き締めた。確かに、正論が過ぎる。
ゆきおちゃんはたたみかけるように言った。
「僕とあかりさんがすべきことは、今、側にいるこの二人の子を無事に脱出させる事です。みんなで脱出して、助けを呼ぶのが最善手です。そして、ランプちゃんに関しては警察に任せるんです。それが大人としての正しい行動です」
あかりは目をつぶった。考えているのだろう。ナツのこと。私たちのこと。自分のこと。自分に課せられた責任のことを。
あかりは目を開け、静かに、だが、断固とした意志を込めて言った。
「例のフェンスの穴に向かうわ。夜の闇に紛れて、ゆっくりとね。子どもふたりはそこで脱出する。大人二人はゲートから脱出。その後落ち合って、全員で脱出。そして電話を見つけ次第、通報。これでいく」
奈緒が「でも」と声を出しかけたが、あかりがキッと睨み付けると黙った。
「嫌です」
叫んだのは春香だった。その声の大きさに、全員が驚いて春香を見る。
春香も逡巡していた。確かに、春香達が闇雲に突っ込むより、救助を要請する方がナツが助かる可能性は高いかも知れない。
しかし、ナツを置いていく。この行動はどうしても姉を置きざりにした行動と被ってならなかった。
もう、手遅れになるのは嫌だった。
その時だった。
バチン。
電化製品が壊れた時のような音が辺りに鳴り響いたかと思うと、次の瞬間、まばゆい光が施設中を照らし出した。暗闇に慣れた両目が悲鳴を上げ、思わず両手で目を覆う。
やられた。フェンスの照明を点けられたのだ。
さっきまでの暗闇から一転、辺りが真昼のような明るさになる。
春香は足下を見た。自分たちの陰が化け物のように地面に伸びている。これでは遠目に見てもどこにいるか一目瞭然だ。
「隠れるわよ!」
あかりの声に、春香達は慌てて近くの建物の陰に逃げ込んだ。
あかりが壁を背にして様子をうかがいながら、舌打ちする。
「まずいわ。これじゃあ、下手に動くと丸見えになる。フェンスに近づいたりしたら、それこそ一発アウトよ」
ゆきおちゃんがため息をつく。
「ぐずぐずしすぎましたね。仕方ありません。フェンスからの脱出は諦めて、建物の陰を伝って、全員でゲートに向かいましょう。なんとかして車を手に入れるほか、ないでしょう」
確かに、そうするほかない。でも・・・・・・
「でも、そう誘導されてるんじゃないでしょうか」
辺りを照らしだし、たった一つの出口に向かわせる。こんなの、まるでネズミに対して仕掛ける罠のようだ。
4人が黙りこくったところで、今度はガガガッとノイズが響いた。
スピーカーだ。フェンスや建物に取り付けられた拡張器が、一斉に稼働を始めた。
驚いて辺りを見回した春香達に降注ぐように、各所のスピーカーから大音量の音声が流れ出す。
『Hi! 子ネズミさんたち! 聞こえてる?』
ぞっとした。すずの声だ。無機質なスピーカーを通した声はこの世の物ではないようだった。
『逃げるつもりかしら。残念。あなたたちは丸見えよ。どこから脱出しても陰が動いちゃう。見逃しっこないわ』
奈緒が「ひっ」と短い悲鳴をあげ、慌てて自分で口を押さえた。
『そして、こっちにはかわいいかわいい眠り姫ちゃんがいる。あんた達の内、一人でも施設の外に出てみなさい。このお姫様を即座に殺すわ』
あかりが歯ぎしりする。春香も同じ気持ちだった。
卑怯者め。
『諦めて、全員で出てきなさい。悪いようにはしないわ』
そこで、放送が終わった。
しんと沈黙が戻り、照明から出るわずかなブーンという稼働音と、森から聞こえる虫の鳴き声だけが施設に流れる。
奈緒が「ど、どうする?」と焦った声を出す。
あかりは答えなかった。ゆきおちゃんも黙っていた。
春香は考えた。
すずはどういうつもりなんだ。私たちをどう動かそうとしているのだ。逆に言えば、どう動かれたら困るのか。
どうする。こんな時、シズカなら、どうする。
なっちゃんなら、どうする。
春香は乾いた唇をなめると、言った。
「ひとつ、作戦があります」