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キャンプをしたいだけなのに【2巻発売中】  作者: 夏人
第4章 ずっと側にはいられない
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【第4章】 星空キャンプ編 33


 33


 奈緒が絶叫した。

 両手が縛られた状態で、足をばたつかせ、叫んだ。泣き叫んだ。

 あかりが慌ててその上に覆い被さるようにしてなだめようとする。しかし、奈緒は泣き続けた。耐えられなかったのだ。あまりにも残酷な仕打ちに。実の娘に対してそんなことを考えつき、あろうことか実行する大人がいるという現実に。

「そ、そんなあ・・・・・・ ひどいよお・・・・・・ ひどすぎるよお・・・・・・ ハルちゃんのこと、自分の子どものこと、何だと思ってるんだよおお」 

 ギリシャ神話の理不尽さを奈緒と二人でこき下ろしていたのが懐かしい。神話なんかより、よっぽど、現実の人間の方が醜いではないか。

 しばらく奈緒は叫び、そして叫び疲れてしくしくと泣き崩れた。

 そんな奈緒を見ていると、逆に春香の気持ちはゆっくりと落ち着いていった。もしかしたら、あまりの事にメーターの針が吹き飛んでしまい、逆に冷静になってしまっただけなのかも知れないが。

「ナオちゃん。ありがとう。でも、私は大丈夫」

 心から思った。

 今、一人じゃなくて、よかった。

 ナオちゃん。私のために泣いてくれて。そばにいてくれて。

 ありがとう。

 春香は息を大きく吸った。

「あかりさん!」

 このキャンプで一番の良い声が出た。あかりが驚いてこちらを見る。

「ここを出ましょう。」

 ナツはきっと気づいていたのだ。心臓のことまで勘づいていたかはわからないが、きっと事の重大さは誰よりも理解していた。だから、身代わりを買って出てくれたのだ。少しでも、ほんの少しでも時間を稼ぐために。

 その命がけの行動を無駄にしちゃいけない。

 なっちゃんは、きっとまだ、諦めていないから。

 私たちも諦めるわけには行かない。

 あかりが春香を見る。泣きはらした目の奈緒も、ゆきおちゃんも、春香を見た。


「なっちゃんを、助けに行かないと」


 かくして、春香、奈緒、あかり、ゆきおちゃんによる「斉藤ナツ奪回大作戦(奈緒命名)」が始動した。




 まず第一の関門が両手の拘束である。

 所詮ガムテープなので、どうにかして切れるのではないかと色々試したが、どれもうまくいかなかった。春香達のリュックの中を再度あさっても、ろくなものがない。唯一使えそうなのは杉焼きで使ったガスバーナぐらいだったが、後ろ手で使うにはリスクが高すぎた。

「ナイフでもあればいいんだけど」

 あかりがそう言って舌打ちした。ゆきおちゃんもため息をつく。

「そうですねえ。せめて窓ガラスでもあれば、割って、破片を使えるのに。この倉庫は窓がありませんから。ガラス製の物なんて、まわりにそうないですし」

「ガラス・・・・・・」

 春香達3人は同時にあることに気づき、じっとゆきおちゃんの顔を見つめた。

「え? 何ですか」

 ゆきおちゃんが急に女子3人に見つめられて面食らう。そして、事態のわからぬまま、とりあえず、いつもの爽やかな笑顔を作った。

 相変わらず、眼鏡の似合うイケメンだった。




「ひどい。悪魔だ。僕のアイデンティティなのに・・・・・・」

「うるさい」

 無残に右側のレンズをあかりに踏み潰されて割られた眼鏡を、ゆきおちゃんは半泣きでなで回した。

 そのアイデンティティの破片のおかげで、あかりのガムテープをちぎり切ることに成功し、あとはあかりの手によって全員が拘束から解放された。


 あとの関門は一つ。

 春香はドアの前に立った。

 両手には、名札から取り出したピンが一つずつ握られている。

 両面シリンダー錠。

 また、これと戦う日がくるとは。

 春香は一度床を足で踏みならし、気合いを入れると、鍵穴に二つのピンを刺し込んだ。カチャカチャとこねくり回す。

「どう? できそう?」

 あかりが後ろから心配そうに声をかけてきたが、春香は答えなかった。

 できる、できないではない。やるしかないんだ。

 この重い扉は全員で体当たりしてもびくともしないだろうし、そもそもそんなでかい音を出したら田代がとんできてしまう。

 だから、春香が鍵を開けるしかない。

 春香は一心不乱に鍵穴をかき回した。

 別に春香とて、なにかコツを知っている訳ではない。今も昔も適当だ。必死にやっていたら、運良く開いただけなのだ。

 でも、前回は間に合わなかった、

 春香がぐずぐずしていたから、シズカは死んでしまった。

 でも、だからこそ。


 今度こそ、間に合わせる。


 待ってて。なっちゃん。


 


PM 7時


「じゃあ、すずちゃん。あとは頼むよ。田代さんにもよろしく」

「はい。お任せください。施設長もお疲れ様でした」

 そう言って、リーダーネームすず、本名、玉城ベルは古いセダンに乗り込んだ杉施設長に頭を下げた。杉はにっこり笑って手を振りながら車を発進させた。ゲートを抜けて、林道に消えていく。

 すずはため息をついた。

 他の職員は帰ったというのに、杉は何か連絡があるかもしれないからとずっと施設に留まっていた。施設長としての責任感だろう。すずと田代が「私たちがいますから」とあれやこれやと説得に説得を重ねた結果、ようやく重い腰を上げてくれた。

 もし、あれ以上粘られたら、薬で眠らせる必要すらあったかもしれない。まあ、もう目的の立花春香は田代が確保しているらしいので、施設長室にいてくれさえすればこっそり動けないこともなかったが。まあ、念には念を、である。

 それに、あと一時間もすればバスが帰着地に到着してしまう。そうすればキャンプメーカーの社長が自分の娘がいないことに気が付いて騒ぎ出すだろう。そうすれば本当に連絡が来る。その連絡を杉施設長がとってしまったらちょっとややこしくなる。

 すずはゲートを施錠すると、伸びをしながら宿泊棟に向かった。施設の中はどこも明かりが消えていて、真っ暗だった。その道を迷いなくスタスタと進む。

 夏ど真ん中の季節だったが、森の夜は冷えた。すずは例のオレンジのTシャツの上に黒いパーカーを羽織っていた。風が吹き抜け、フードが揺れる。


 田代と打ち合わせた宿泊用の部屋の一つに入ると、田代がベッドの一つに寝転がって雑誌を読んでいた。

「おお。ベル。じいさんは帰ったか」

「ええ。老人の相手は疲れるわ」

「ごくろうさん」

 そう言ってすずは隣のベッドをチラリと見た。一人の少女が寝かされていた。

「薬、打ったの」

「おう。もう目覚めねえよ。次目覚めるときには心臓、抜かれてるだろうからな」

 田代は鼻で笑った。

「しかし、子どもの心臓を老人に移植なんて、うまくいくのかね。サイズが違うんじゃないか。全く、死に際の金持ちじじいは何を考えるかわかったもんじゃないな。そんな一か八かの賭けに命を取られるこの子には流石に同情しちまうよ」

 そう言って田代はまた笑った。

 本当に面白いと思っている訳ではないだろうが、かといってこれっぽっちも罪悪感を感じていない。この男はそういう男だ。

 対して、すずも別にこの仕事に対してどうこう言うつもりはなかった。田代の後ろに付いて数年。尊厳を踏みにじられる弱者はたくさん見てきた。すずはその日々の中で。自分の良心とかいう物にかちりとフタをする術を身につけていた。

 とはいえ、ここまであからさまに誰かの命を奪う事になる仕事はすずにとって初めてだった。しかも相手は子どもだ。

 迷うすずに田代は言った。これが済めば、お互い大金を持って足を洗える。お前も人生をやり直せるぞと。

 自分がしなくても、誰かがする。それがすずの自分を納得させる常套句であった。


「じゃあ、じいさんも帰ったところで、そろそろ車に乗っけるか。今晩中に届ける約束だ」

 そう言って田代は雑誌を放り捨てた。けだるげに身を起す。

 引き渡し場所の都心まで田代が運ぶ手はずになっていた。引き渡してしまえば、この子の未来は完全に潰える。

 覚悟を決めたとはいえ、数日、一緒にキャンプを楽しんだ仲だ。そうでなくても、まだ12歳の女の子だ。すずは心にフタをしていても、流石に何も感じずにはいられなかった。

 すずは最後に不幸な少女の顔を見ようとベッドに近づいた。

 そこで気づいた。

 この子、立花春香じゃない。

 スヤスヤと眠っている少女は春香の眼鏡をかけ、春香の名札を付けていたが、すずには見分けが付いた。これは、ランプだ。斉藤ナツだ。

「田代さん。人違い。この子は春香じゃない」

「ああ?」

 田代が目をむいた。

「んなわけねえだろ」

「眼鏡と名札を入れ替えたのよ。だまされたわね」

「んな、バカな! もしそんなことをしてたんなら、あいつが黙ってるわけ・・・・・・」

 田代は一瞬、呆然と天井を見つめた。そして思い当たったように目を見開き、ちっと舌打ちした。

「くそ。ベル。倉庫に行くぞ。どうせ外には出られねえ。しょうもない嫌がらせだ。ふざけやがって」

 田代はそう言うとドアを乱暴に開け、部屋を出て行った。すずはため息をついて後を追う。

 すずは肩を怒らせて廊下を進む田代の後ろ姿を見つめた。

 田代はふざけた事を口ではべらべらしゃべるが、本来はこんな凡ミスをするようなタイプではない。根は用心深く、狡猾で、本当のところでは誰も信用しないし、頼りにすることもない。裏切ることはあっても決して裏切りを許さない、と言うより、その前に自分が裏切るタイプだ。

 その田代がここ数日、柄にもなく焦っている。

 それだけ、この仕事はでかい山なのだろう。すずも知っている。見返りが大きい場合、しくじった際のリスクはそれに比例する。表の仕事も裏の仕事もそこは同じだ。

 廊下をずかずかと通り過ぎた田代はまた音を立てて宿泊棟の玄関の戸を開いた。懐中電灯で足下を照らしながら、暗い遊歩道を、肩を怒らせながら歩く。

 この様子だと、春香を回収次第、全員殺してしまうのだろうな。

 本当は春香さえ回収出来ればよかった。でも、もう事が大きくなりすぎた。倉庫にいる人間は全員目撃者で証人になってしまう。それでは元大臣の手術が成功したとしても、政権復帰の障害になる。

 だから消さなければならないと田代は言った。

 あとは誰に罪を被ってもらうかだが、こんな時のために雇った例の臨時バイトの女がいる。都合が良い。あの女の凶行ということにしよう。あの女の死体だけこっちで処理すれば、犯人が逃げたという感じになるだろう。若干無理もあるかも知れないが、後は上が操作して、下が良いように忖度してくれるだろう。田代はそう言った。

 そして、恐らく本当にそうなる。今回、田代とすずの雇用主はそれが出来るのだ。


 倉庫に向かって大股で歩を進めていた田代は、倉庫が近くに見えるほどの距離に来て、ピタリと動きを止めた。呆然と立ちすくむ。

「おい。まじか。おいおいおいおい!」

 田代は懐中電灯を放り出すと、やおら走り出した。すずも続く。すずもすぐに事態に気がついた。


 扉が開いている。


 田代が開いたドアの枠にぶつかるように手をつき、目を見開いた。その肩越しに倉庫の中を見て、すずも現状を理解する。

 逃げられた。一人残らず。

 チラリと扉の内側のドアノブを見る。名札用のクリップが2本、鍵穴に突っ込まれていた。

 こんな物で開けたのか。

 すずは事前に読んだ立花春香の調査報告書を思い出した。立花春香は7歳の冬、両面シリンダー錠の施錠を針金で開け、当時新築の高級マンションから自力で脱出した。なら、今回だってやってのけるだろう。

 冷静に考えれば、ありえること、予見できた事態だった。

 だが、田代は冷静に考える事が出来なくなっていた。その隙を突かれたのだ。

「ちくしょうがああああああ!」

 田代は、もぬけの殻の倉庫に入り、床に転がった花火の筒を蹴り飛ばした。

 すずは鍵穴のクリップに触れた。春香が必死で握りしめたであろうクリップの根元は、まだほんのり温かった。きっと数分も経ってない。タッチの差だったのだろう。

「田代さん。多分、まだ近くにいる」

 ふーふーと肩を上下させている田代は、背中を向けたまま頷いた。

「だろうな。身代わりを運んでから時間はそうたってねえ」

 田代は腰に両手をやり、天井を見上げた。息を整える。

 5秒。10秒。20秒。

 たっぷり30秒、天井を睨んだ田代は、いつものにかっとした笑顔ですずに振り向いた。瞬時の表情の変化が不気味だった。

「あいつら、どうせあの身代わりのガキを助けにくるだろ。ベル、お前はガキんとこで待って、来る奴全員をやれ」

 すずは聞いた。

「やれって?」

 田代は肩をすくめる。にやついた表情のまま、言った。

「わかってんだろ。殺せ」

 仕事が、次のフェーズに移行したのを、すずは理解した。

 田代が腰の後ろから何かをズボリと引き抜いた。ひょいっとすずに無造作に放る。

 すずは両手でそれを受け取った。手の平に収まってしまいそうな大きさのそれは、ずしりと確かな重量を有していた。

「ベル。お前、使えるんだろ」

「・・・・・・アメリカ時代に、趣味程度にね。でも、随分な年代物ね。ちゃんと動くの」

「マカロフだよ。ソ連製だ。まあ、ちょっとジャムるぐらいは覚悟しとけ」

 すずは手に収まった拳銃を眺めた。

 無駄な飾りが一切ない前時代的な切り詰められたフォルムは、弾を発射するためだけに特化した道具だということを感じさせた。

 ジャムるとは弾詰まりの事だ。見たところ、一応、油は差してあるようだ。グリップの底の部品を操作すると、大きめのライターのような弾倉が滑り出た。弾倉の側面の穴から覗く弾丸を目で数える。

 8発。

「田代さん。あなたはいいの?」

「ん? お前の方が銃の扱いうめえだろ。それに俺はこれがある」

 田代は顔の前で拳を握りしめ、笑った。その目は全く笑っていなかったが。

 すずは判断が付かなかった。田代は自分用の強力な道具を他人に預けるタイプではない。なにか裏があるのか。

 それとも、それほどまでに切羽詰まっているのか。

 田代が急に真顔になった。

「ベル。わかってるな。一人でも逃がしたら、俺たちはおしまいだ。たとえ警察にパクられなくても、おしまいだ。どこに逃げようが、おしまいだ。わかってるな」

 田代は警備員用のカッターシャツの袖をまくった。前腕から背中につづく入れ墨が現れる。

 すずは拳銃の固いスライドを引いた。弾が薬室にガチリと送られる。

「全員、殺せ」


 

 


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