コミュ症は心に区切りをつける。
「ここ……だな」
小さくそう呟くと、荷物を握りしめ、ゆっくりと目的の墓へと歩き出す。
ムクゲと話した翌日。
俺は覚悟を決めるべく、気持ちに一区切りつけるべく、初めて師匠の墓へと向かっていた。
ここ数日間。俺が忙しくしている間に、師匠の埋葬は行われた。
この世界にも墓は存在し、埋葬は前世よりも早く行われるらしい。
生呪の力を使い、体の傷を全て無くし、死体を守護する力を込めた上で、墓へ埋める。
方法は少し変わっているが、大体は前世の埋葬と変わらないようだった。
俺は墓地の入り口から数分歩いた所で、師匠の墓前に着いた。
墓にはリュウガと書かれており、大量の花が置かれている。
荷物を置き、ここに来るまでに買っておいた花を置くと、軽く深呼吸をする。
この世界の墓参りのやり方が分からなかった事があり、前世の手順で墓参りをすると、地面に座り、ゆっくりと口を開く。
「……久しぶりですね、師匠。あれからもう数日が過ぎましたよ。……あれから、治療だったり、魔族と戦った時の状況説明だったりと忙しくて墓参りに来るのが遅れちゃいました。……いや、本当は怖かっただけか」
用事があったとか、時間がなかったとか理由はある。
それでも、一番の理由は怖かったからだ。
師匠の死を認めたくなくて、実感したくなかったからだ。
だから、何かと理由を付けて、今日まで墓参りに訪れなかった。
だが……それじゃ、駄目だと考えさせられた。
進まなくてはならないと理解してしまった。
だから、今日はここに来たんだ。
勇気を振り絞り、心の底から声を絞り出す。
そして、思ったことをそのまま口に出していく。
「……師匠は自分が死んだのは自分のせいだと言うと思います。それでも……すみません。師匠が死んだのは、俺のせいでもあります。俺がもっと強ければ、俺が上手く行動していれば師匠は死なずに済んだはずです。だから……これだけは一度謝らせてください」
一度深々と頭を下げると、十数秒で頭を上げる。
緊張で噛んだりしながらも、ゆっくりと言葉を発し続ける。
「そして……短い間でしたけど、ありがとうございました!師匠から色んなことを学ぶことが出来ました。冒険者の心得や、戦い方。冒険者の良い所や、この世界の事……本当にいろいろ学びました。それで……それで……」
やっぱり駄目だ。
墓参り中は泣かないようにしようと思っていた。
しかし、勝手に涙が流れてくる。
止めようとすると、逆に止めどなく溢れてくる。
それと同時に、師匠との思い出がよみがえってくる。
楽しい冒険の思い出に、辛い鍛錬の思い出。
一緒に過ごした日常の思い出に、師匠の最後の思い出。
様々な思い出が入り交じり、多くの涙をこぼした。
それでも、何とか涙を拭い、少しずつ口を開く。
「……俺は……俺は……俺は師匠から色んなことを学び、色んなものを貰いました!そして……一つ決まりました。俺は冒険者になります。冒険者になって、人を助け、見た事のないような場所を見つけ、色々な所を冒険します。……冒険者には辛いことが沢山あるって事を知りました。それでも……前に師匠が言ったように、冒険者は最高の仕事だと思います。辛いことがある分、楽しくて、面白くて、最高だと思うんです。師匠と一緒に体験した、あの最高の冒険みたいに!……そして、そんな最高の仕事をこなし、色々な事を体験すればきっと……きっと最高の人生を送れる!……だから、俺は冒険者になります!」
ここ数日間、師匠の死を境に、冒険者について様々な事を考えた。
俺はどうすれば良いのか、このまま進んでいいのか考えた。
師匠のために何が出来るかを考えた。
そして、この答えが出た。
冒険者になるとなると、これからさらに辛い事が俺を待っているはずだ。
それを考えると、今から辛くて、気分も落ち込んでいく。
それでも……それでも、冒険者が最高と思ってしまったんだ。
以前、師匠に連れて行ってもらった洞窟で見た景色。
見た事もない物を見つけ、見た事もない所へ行った時の気持ち。
ダンジョンで初めてボスモンスターを倒した時の何とも言えない高揚感。
人助けをした時の、心温まる気持ち。
全てが素晴らしく、最高だった。
俺はここまで最高の仕事を見た事がない。
もしここで冒険者になるのを辞めてしまえば、俺はきっと後悔し、最高の人生を送れなくなってしまう。
それに、師匠から教えてもらった最高の仕事を、今更辞める事はしたくない。
俺は冒険者になる。
人を助け、見た事のないような場所を見つけ、色々な所を冒険する冒険者に。
それこそ師匠のような冒険者になる。
これが俺の選んだ道だ。
師匠に伝えておきたかった事を伝え終えると、立ち上がり、深く墓へ頭を下げる。
そして、最後に一つだけ伝えておく。
「あ、最後にもう一つ。……俺、冒険者になって、色々な所を冒険します。その中で、沢山の景色を見てきます。師匠の見れなかった景色を、師匠の分まで見てきます。だから……そっちで楽しみにしててくださいね!……俺は何があっても諦めずに、絶対に前を向きます。だから、見ててください!……それじゃあ、行ってきます!」
最後にそう言い残すと、俺は墓を後にした。
最後に言葉を放ってから、俺は決して振り返ることはなかった。
自分の思いに一区切りついた所で、俺にはやらなければならない事がある。
もう一人の師匠の弟子……姉弟弟子に伝えなくてはならない事がある。
俺はキキョウの家へと足を運び始める。
キキョウの家は墓から十数分歩いた所にあり、大きな一軒家だった。
キキョウの心の傷は癒えておらず、家から出ている姿を誰も見ていないようだ。
やはり、師匠を失ったのは俺が想像できないほどに辛い出来事だったのだろう。
家に着き、チャイムを鳴らすが反応はない。
ついに家を出たのかと思いながらも、玄関の扉に触れてみると、鍵がかかっていないのが分かった。
良くないと思いながらも、もしもの事を考えて家へと上がっていく。
緊張しながらも廊下を進んで行き、リビングのようなところに入ると、キキョウが一人、ソファで蹲っているのが目に映った。
周りをよく見てみると、机の上にはパンなどの簡単に食べれる物のゴミが散らばっている。
その状態に様々な事を感じながらも、俺はゆっくりと口を開く。
「……その、こんにちは、キキョウさん。……勝手に入ってごめん。その……鍵開けっぱだったよ」
「 そう」
「その……全然外出てないみたいだけど、大丈夫?……じゃないよね。……師匠の事は……ごめん。俺がもっと強ければ……」
「コウキ 師匠の事は悪くない 魔族以外誰も悪くない」
キキョウがそう答えると、辺りは静寂に包まれた。
空気の重さから俺も言葉を発することが出来ず、その場で立ち尽くすしか出来ない。
色々と何を言うか考えてきたが、実際にキキョウの現状を目の辺りにすると、全ての言葉が薄っぺらい言葉でしかないと理解してしまった。
そんな言葉をいくら並べようが、キキョウには何も響かないに決まっている。
俺が何も出来ずにいると、キキョウはゆっくり言葉を発した。
「この家 ワタシが大きくなった時 前の家じゃ狭いからって新しく建ててくれたんだ 師匠は仕事が忙しくて大変だった お金もそこまでなかった それなのに自分で全部考えた 自分の貯金を使って家を建てた 師匠はギリギリだった それなのに辛い言葉を出さなかった 師匠はどんな時でも大丈夫なふりをした ずっと笑ってた ……ワタシはそれに対して何も言わなかった ……でも……もし……もしも もしもワタシが 大変な時は逃げ出すように言ってれば…… 師匠は逃げて…… 今も生きてたのかな…… 今も……ワタシの傍にいたのかな……」
「……キキョウさん」
恐らく、キキョウがどんな事を言っていようが師匠はあの場で逃げたりはしなかった。
絶対に諦めずに前を向き、魔族に挑んでいたはずだ。
師匠はそう言う人だから。
キキョウもそれは重々分かっているのだろう。
それでも、自分を攻めずにはいられない。
師匠が生きていた可能性を見出さずにはいられない。
俺もずっとそうしていたから分かる。
けど、それを師匠は望んでいない。
師匠はきっと、俺たちに自分の死を引きずって欲しくないはずだ。
俺は何を言えばいいんだ……。
キキョウに、俺が伝えられることは……。
「……酷い事を言うけどさ……あの時どうしてればとか……もしかしたらとか……そんなこと言ってもどうしようもないと思う。そんな事を言ったって師匠の死は消えない。……それに、師匠はそんな事を望んじゃいないよ。……俺も昨日ようやく分かったんだ。……師匠は俺たちに何をしてほしいのか……キキョウさんも本当は分かってるんじゃないのか?」
重い口を開き、俺は残酷ながらも思ったことを伝えた。
今更どうこう言ったってしょうがない。
それで師匠は戻ってこないんだ。
それなら……生きてる俺たちに出来る事をする。
偉そうに俺が言える事ではないけど、これくらいしか俺に言える事はない。
「……そんなこと……分かってる ………… ……コウキ ワタシは慣れると思う? ワタシは師匠みたいに強くなれると思う? 弱いワタシは…… なれるとおもう?」
「……俺の先生が言っていた。人は誰しも、最初は弱い。最初から強い人なんていないんだ。人は誰しも、最初は弱いんだ。……つまり、弱い者は強い者へと変わることが出来る。どれだけ弱くても、絶対に強くなれるんだ。……だからきっと、キキョウさんは強くなれるよ。……大丈夫!それは俺が保証する!」
「……強くなれる 保証してね……」
「ああ、もちろんだよ。……それじゃあ、俺はもう行くよ。鍵はちゃんと閉めてな。……あと、師匠からの伝言だ。約束守れなくてごめん、お前ならきっと立派な冒険者になれる。だそうだ。……じゃあな」
それだけ伝えると、俺はリビングを出た。
それと同時に、部屋の中からキキョウの泣き声が聞こえてきた。
俺はそれから何もせずに、家を出た。
師匠にも、キキョウにも伝える事は伝えた。
気持ちにも一区切りつけた。
目標も定まったし、覚悟は決まった。
後は、前を向き、進むだけだ。
何があっても諦めずに、前を向き、突き進む。
それが俺がすべき事であり、師匠もきっと望んでいる事だからだ。
覚悟を決め、コミュ症は最高の人生を送るべく、冒険者を目指す。




