冒険者は弟子にすべてを託していく。②
「……う……ぐ……あれ……」
どれくらいの時間が過ぎただろうか。
意識は朦朧とし、体は思うように動かない。
焦りながらも、少しずつ体を起こし、周囲の状況を確認しようとする。
しかし、周囲には土埃が舞い、肉眼で状況を確認するのは不可能に近い。
仕方がなく、状況確認より先に記憶を探り、状況を整理する。
俺は確か……そうだ、魔族。
魔族と戦っていたんだ。
最初は順調だったが、グリシアが一瞬で倒され、その次に魔族が何か大技を放った。
パワーキャンディーを舐めたり、ローブで身を守ったりして、何とか防御しようとしたが、気絶してしまっていたのか。
一体どれほどの時間気絶していたのだろうか。
他のみんなは無事なのか。あの魔族はどこにいるのか。
様々な疑問が浮き上がり、土埃が収まり始めたのを確認すると、今一度周囲を確認しようとする。
目を凝らしながら、一歩ずつ歩いて行くとすぐに何かにつまずいた。
何かと思い足元へ目をやると、そこにはボロボロになったアリウムが倒れていた。
「アリウム……!」
思わず声に出し、アリウムの様子を確認する。
体中ボロボロで意識がない。
心臓の音が聞こえる事から、何とか生きてはいるようだ。
しかし、危険な状態であるのは確実だ。
詳しい状態は分からないが、出来るだけ早く医師に見せに行かなくてはならない。
そう考えた時、嫌な予感が脳裏をよぎった。
まさかと思いながら、すぐさま立ち上がり、さらに周辺の地面を見てみる。
土埃も収まってきたおかげか、周囲を確認することは容易だった。
そして、嫌な予感は一瞬にして的中してしまった。
俺の眼前には、ユリとカンナの倒れた姿があった。
急いで駆けより、二人の状態も確認する。
二人とも息はあるようだが、大きく怪我をしている。
二人もアリウムと同じく、早く医師に見せなければならない。
魔族の行方を捜したい所ではあるが、それより先に全員を町へ連れて戻らなければならない。
そう考え、ユリを持ち上げようとした時だった。
後方から、聞き覚えのある声がした。
「……マサカ、アノ攻撃ニ耐エタトイウノカ」
恐る恐る振り向くと、そこには魔族の姿があった。
攻撃しなくては。魔族を遠ざけなくては。
脳内ではしっかりとそう考えていた。
しかし、恐怖で足がすくみ、動くことが出来ない。
攻撃どころか、影を動かす事すら出来ない。
手足は震え、恐怖が体を支配していく。
そんな俺の様子を気にすることなく、魔族は俺の体をまじまじと観察し始めた。
「……フム。ソウイウ事カ。ソノ、ボロボロニナッタローブ。ソレガ貴方ヲ守ッタノカ」
魔族の言葉を聞き、背中にあるローブに目をやる。
ローブは穴だらけになり、大部分が千切れて消え去っていた。
先の攻撃に耐え切れず、ローブは破壊されてしまっていたようだ。
何となく納得がいった。
ユリたちが全員やられたのにも関わらず、俺が無事なのはローブで身を守ったからだったのか。
最後に自らの命をとして、ローブは俺が倒されるのを防いでくれたのか。
「中々ニ良イローブダッタヨウダネ。……ソウダナ。コレハ運命ナノカモシレナイナ。……良イゾ、貴方ヲ見逃シテアゲヨウ」
「…………え?……み、み、みのが……す?」
「アア。正シ、仲間ハ置イテ行ケ。見逃スノハ貴方ダケダ。……大丈夫。ドンナ生物ダロウガ、最モ大切ナノハ自ラノ命ダ。自ラノ命ニ危険ガ迫ッタ時。生物ハドレダケ大切ナ仲間ダロウガ、家族ダロウガ見捨テテ逃ゲル。コレハゴク自然ナ事。恥ジル事ハナイノダ。全力デ逃ゲルガ良イ」
俺一人で逃げる?
そんな事出来るはずがない。
俺が逃げれば、みんなが死んでしまう。
俺がみんなを連れて行かなければ、みんなが死んでしまう。
大切な友達を見捨てて、俺一人で生き延びる事なんて出来るはずがない。
確かに魔族は俺よりも強い。
勝ち目はないし、何か手がある訳でもない。
それでも、逃げる訳にはいかないんだ。
少しでも……ほんの少しでも可能性があるのなら、立ち向かわなくてはならないんだ。
臆する心を奮い立たせ、体をゆっくりと動かす。
自らの影に触れ、愛用武器であるシャドウハンマーを作り出す。
そして、真っ直ぐ前を向き、戦闘態勢へ入る。
その時だった。
俺の心が折れる音がした。
その時、俺の目は魔族の目と合っていた。
その冷たく、何を考えているのか全く分からない目。
その目を見た瞬間。突如として抑え込んでいた恐怖が爆発した。
それからは速かった。
俺は武器を手放し、全速力で魔族と真逆方向に走り出した。
ユリたちや冒険者たち、自分以外の全てがどうでもよくなった。
ただ俺の心を満たしていたのは恐怖のみだった。
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。
今すぐにあの魔族から離れたい。
友達とか、冒険者とかどうでもいい。
何でも良いから、あの冷たい目の届かない所へ行きたい。
何なんだあの目は。
魔防学園で戦った太陽使いの目よりも冷たく、恐怖を感じる目だった。
あの目を見た瞬間、体の震えが止まらなくなり、恐怖に体が支配された。
全てがどうでもよくなり、逃げる事しか考えられなくなった。
畜生、怖い。どうにかなってしまいそうだ。
ユリたちはきっと大丈夫だ。
何やかんや言って、結局助かるに決まっている。
今は自分の事だけ考えるんだ。
きっと、みんなは大丈夫だ。
俺が助けなくとも、助かるに決まっている。
きっと……きっと……。
自らにそう言い聞かせ、全力で逃げているその時。
どこからか声が聞こえた。
「た……す…………けて……」
その声が耳に届いた瞬間。
俺の意思に反し、俺の体は足を止めた。
ゆっくりと首を曲げ、声のした方へ目をやる。
そこには俺たちが来る以前に魔族に倒され、気絶していた一人の女性冒険者の姿があった。
体中傷だらけで、意識もほとんどないように見える。
どうやら、最後の力を振り絞り、助けを求めたようだ。
助けて。
助けたいのは山々だ。しかし、俺には出来ないんだ。
俺よりあの魔族の方が強いし、立ち向かったって勝てるわけがないんだ。
俺じゃなくても、こんな絶望的状況だったら逃げるに決まっている。
誰だってそうするはずだ。俺は悪くないんだ。
だから……だから動いてくれよ……俺の足。
どれだけ言葉を並べようが、俺の足は言う事を聞かない。
まるで魔法にかかったかのように、その場から一歩も進むことは出来ない。
その様子を不思議に思ったのか、魔族もゆっくりと口を開いた。
「ドウシタ?逃ゲルノデハナイノカ?考エガ変ワッタリシタノカ?」
「いや、俺は……逃げ…………俺は……逃げない……」
「……ナニ?」
「俺は……逃げない。……出来る事なら逃げ出したい。……けど、やっぱり助けたいって気持ちがあって……それで……」
「……ツマリ、何ガ言イタイ」
何が言いたいか?
そんな事、俺自身だって分からない。
何で俺は逃げないなんて言ったんだ。
助けたいのは本当だが、それよりも逃げたい気持ちの方が大きいはずだ。
それなのに、なんで俺は……。
困惑する俺の脳裏によぎったのは師匠の姿だった。
いや、それだけではない。ロメリア先生やモモ校長、お姉さんたちの姿。
そして、俺はようやく気が付いた。
「ああ……そうか。俺は……」
「ン?何カ言ッタカ?」
「俺は……この世界で最高の人生を送りたいんだ。……もし、俺がここで逃げたら……永遠に最高なんてものは手に入らないと思うんだよ。……だから、俺は逃げることは出来ないんだ。……そして、もう一つ。俺の……俺の憧れている先生や冒険者たちだったら……きっと逃げない。必ず戦うに決まっている。だから……俺も憧れている人たちに近づくために、ここは逃げない!」
「フム……理解不能ダ。ヤハリ、貴方モ馬鹿ダッタカ」
そう言うと、魔族は右手を大きく振り上げた。
それと同時に、付近の地面が自由自在に動き始める。
本当にバカだと思う。
最高の人生を送るためにも、ここで死ぬわけにはいかないじゃないか。
普通に考えて、戦ったら死ぬに決まってる。
それはずっと分かっていたことなのに……。
……けど、気付いてしまったんだ。
ここで逃げれば、最高の人生を送れるわけがない事を。
俺が憧れている人たちは、絶対にここで逃げないという事を。
ここで立ち向かわなければ、俺は一生強くなれないという事を。
太陽の男にも勝てないし、大切な人を守る事も出来ないし、冒険者になる事も出来ないという事を。
気付いてしまったからには、立ち向かわないわけにはいかない。
今、この瞬間が俺の未来の分岐点なんだ。
怖くても勇気を振り絞れ。
前を向け。
拳を握れ。
立ち向かえ。
俺は覚悟を決め、魔族が操る地面に対し、シャドウハンマーを構える。
魔族はその構えを全く気にすることなく、俺を押し潰そうと地面を放つ。
そして、シャドウハンマーと地面が直撃する。
その直前だった。
迫りくる地面を破壊し、俺の目の前に何者かが降り立った。
突然の出来事に動揺しながらも、降り立った者の顔を凝視する。
すると、考えるより先に声が出ていた。
「……し、師匠ー!」
「ギリギリ間に合ったか!無事で何よりだ!よくここまで持ちこたえたな!」
そう、そこに現れたのは俺たちの師匠。
デイングの町の冒険者、リュウガさんだった。
ピンチに駆け付けた師匠。
冒険者たちVS魔族の行方は?




