敗北を知り、コミュ症は覚悟を決める。②
「久しいな、ユリ生徒。コウキ生徒は起きたのか。それなら良かった。……ユリ生徒、コウキ生徒と少し話が合ってな。席を外してくれないか?」
「え、はい。分かりました」
そう答え、ユリは心配げな表情をしながら、部屋を出て行った。
それを見送ると、ロメリア先生は背負っていたバックを置き、両膝を床に着ける。
真剣な眼差しをし、一度俺の顔を凝視したのち、ロメリア先生は両手を床に着け、全力で頭を下げた。
下げた頭と床がぶつかり、部屋中に衝突音が響く。
突然の行動に呆気に取られていると、ロメリア先生は大声で謝罪を始めた。
「今回の襲撃事件。コウキ生徒を守れず……すまなかった!本当にすまなかった!」
「……え、いや……え?な、なにやってるんですか!あ、あ、頭を上げてください!」
「そうはいかない。私は教師として、君たちを守る立場だった。それなのにもかかわらず、侵入してきた敵との戦闘で精一杯になり、君たちを守りに行くことが出来なかった。コウキ生徒がこうなったのは私に全責任がある。本当にすまなかった!」
「いや、だから頭を上げてくださいって!……その、俺がこうなったのは俺のせいなんですよ。……俺が……俺が弱いからこうなったんです」
恐らくロメリア先生は出来る事を全力でやり、多くの生徒を助けたのだろう。
それなりにロメリア先生の授業を受けてきたんだ。
それくらいの事は容易に想像が出来る。
俺がこうなったのは全て俺自身の責任なんだ。
ロメリア先生には一切の責任はない。
謝ってもらう事なんて、何一つない。
謝られても、逆に困る。
ロメリア先生は俺の願いが伝わったのか、ゆっくりと頭を上げ、しばらく黙り込んだ。
そして、数十秒立ったところで、ゆっくりと口を開いた。
「……何があった?その様子から察するに、何かがあったことは分かる。何があったんだ?」
「……え、いや……ただ、強い人に負けて……自分の弱さに気づいただけ……です」
そう、ただそれだけだ。
どう考えたって実力が上位の男と戦い、負け、自分の弱さに気づいた。
自分がどれだけ救いようのない奴なのかを、理解した。
ただ、ただそれだけだった。
「そうか……それで、どう思った?」
「え、いや、別に……事実でしたし……」
「反論はしなかったのか?」
「……え?」
「……悔しいと感じなかったのか?」
悔しい?そんなこと感じるはずがない。
あの男が全て正しかった。
反論する余地もないほどに、当然の事実。
そんな事実をいくら言われようが、悔しくはないし、反論も出来ない。
ただ、その事実を認めるしかできない。
そうだ……反論できないんだ。
それに悔しくも……悔しくも……。
「……悔しいです。……悔しいです」
……そうだよ、悔しいよ。
男が言っていたことは全て事実。
どんな言葉を並べようが、反論することは出来ない。
ただ、それでも悔しい。
事実で、誰がどう見ても男の発言の方が正しくて、認めざる負えなかったとしても、悔しいものは悔しい。
どれだけ自らの心がボロボロに砕かれようが、悔しさはなくならない。
どれだけ自らの心に嘘をつこうが、悔しさはなくならない。
あまりの悔しさに、心が引き裂かれる。
悔しくて悔しくて涙が止めどなく流れ出る。
これほどまでに悔しさを感じたのは、前世も含め初めてだ。
悔しくて悔しくて、気が狂いそうだ。
「……そうか。それなら良かった。コウキ生徒、人は敗北を知り、強くなる。しかし、ただ敗北するだけでは、強くはなれない。敗北を知り、自らの弱さを知り、悔しさを知る。そして、立ち上がる。この時初めて、人は強くなるスタートラインに立つのだ。……コウキ生徒は悔しさを知った。これからもっと強くなれる。大丈夫だ、私が保証する!」
「……本当に……強くなれますか。……俺は……俺は強くなれますか?」
「保証すると言っているだろう。私はコウキ生徒の担任なんだぞ。少しは担任を信じろ。絶対にコウキ生徒は、先日負けた相手よりも強くなる!」
その言葉を聞き、さらに涙がこぼれだした。
そして、頭の中に、一つの言葉が浮かんだ。
強くなりたい。
俺は強くなりたい。
あの男を倒せるくらいに強く。
みんなの足を引っ張らないくらいに強く。
みんなを守れるくらい強く。
誰よりも……誰よりも強くなりたい。
今は、あの男が言っていることは全て正しい。
反論する余地はないし、事実だ。
だから、強くなって、その事実を変えたい。
あの男の言った言葉が、全て間違いになるくらい、強くなろう。
そうだ、この悔しさをバネに、強くなってやる。
絶対に強くなってやる。
何があろうが、強くなる。
「……ありがとうございます。……少し、何かが見えました」
「そうか、ならよかった。……すまないが、私は行かなければならない所があるので、もう行かなければならない。本当に今回は守れずに済まなかった。改めて謝らせてくれ」
「いや、もういいですって……」
「そうはいかないと言っているだろ。……あ、そう言えば忘れる所だった」
ロメリア先生は思い出したように、バックの中を探り、一枚の手紙を取り出すと、俺へ手渡ししてきた。
その手紙には宛先コウキ。差出人モモと書かれていた。
モモという事は、校長先生からの手紙だろう。
「落ち着いてからでいい。その手紙を読んでくれ。手紙には場所と時間が書かれているらしいから、出来る限り時間通りに、その場所へ行ってくれ。なんでも、大切な用があるらしい。……それでは、私は行く。しっかり休めよ」
「あ、はい。……あ、ありがとうございました」
ロメリア先生は軽く手を振ると、扉を開き、部屋を出て行った。
それと行き違いに、外で待っていたユリが心配げな表情のまま入って来た。
「……コウキくん、大丈夫?」
「ああ……心配かけてごめん。……大丈夫じゃないかな。大丈夫じゃないけど……」
今も心は痛い。自分が弱く、馬鹿で、救いようのない奴だと、今も思っている。
苦しいし、心は張り裂けそうで、狂ってしまいそうだ。
あの男に対する恐怖はまだあるし、嫌なことだらけだ。
しかし、絶望はしていない。
地獄の様な目にあい、様々な事を知った上で、新たに目標が出来た。
強くなりたい。
心の底から強くなりたいと願った。
「……大丈夫じゃないけど…………もう、大丈夫。……ユリ、俺強くなるよ。……もう、誰にも負けないくらいに強くなる」
「……そっか。……うん、頑張れ!コウキくんなら、きっとなれるよ!」
「ああ……頑張るよ」
現実を知り、様々な思いを巡らせ、悔しさを知った。
俺は覚悟を決めた。
強くなると。
敗北を知り、少年は前を向く。




