コミュ症に、接客アルバイトは難しい。②
居酒屋系飲食店のホール。
それは、考えうる限り、最もコミュ症が苦手とするアルバイトの一つである。
ホールは客を席に案内したり、注文を聞いたりする。
つまり、必ず人と関わる仕事であり、重要な仕事の一つなのである。
さらに、ここは酒場だ。
基本的にこういう酒を飲む、居酒屋のような店では、必ず客がホールの店員に絡んでくるらしい。
コミュ症が、そんな客とまともに話せるとは到底思えない。
それなのにも関わらず、お姉さんは俺にホールを任せてきた。
お姉さんは俺にホールを任せるという事の重大さを理解しているのだろうか。
……何はともあれ、この状況を何とかしなくては。
さすがに俺にホールはきつい。
そう思い、頭をフル回転させるが、良いアイデアは一つも浮かばない。
そんな時、ついに一組目の客が来店してしまった。
客は二人組で、片方はハゲで、もう一人はアフロの40台過ぎくらいのおっさんだ。
突然の来店に、何をすればいいか分からず戸惑っていると、
横からお姉さんが説明をしてくれた。
「とりあえず、私の動きを見ながら勝手に学んでくれ。大丈夫光輝なら出来るさ」
それだけ言うと、お姉さんは俺を連れ、二人の客の方へと歩き出した。
「いらっしゃい!ハゲにアフロ!まだ誰も来てないから、好きな席にどうぞ」
「おう、ありがとさん。けど、わしはハゲとらん!」
「俺もアフロじゃないぞー。鳥の巣ヘアーだー!」
そんな事を話しながら、ハゲとアフロの客は近くの席に着いた。
話している感じからし常連客だろうか。
仲が良さそうで、凄く楽しそうだ。
そう思っていると、お姉さんは俺の手を取り、俺を二人の前へ持っていった。
「……あ、そうだ。お得意さんの二人には紹介しておくよ。こいつは今日からここで働くことになった、光輝です。仲良くしてあげてくれ!」
「……え、あ、その……こ、光輝です……よ、よろしくお願いしま……す」
「おう、よろしく!わしは自称この店の常連や。気軽にハゲ呼んどくれ。まあ、ハゲてはないんやけどな」
「あー、俺はアフロって呼ばれてますー。まあ、アフロって呼んでくれー。まあ、アフロじゃないんだけどねー」
……ここは笑う所なのだろうか。
こういう会話に慣れていないから、全く分からん。
俺が戸惑ってるのが分かったのか、お姉さんは話を始めた。
「さて、二人とも今日はどうする?」
「それじゃあ、いつも通り、酒とカラアゲで頼む!」
「了解。光輝、酒を持ってくるの手伝ってくれる?」
「は、はい」
そう答え、俺はお姉さんと一緒にキッチンへと向かって行く。
……気を使わせてしまった。
やっぱり俺はアルバイトが嫌いだ。
アルバイトでは俺が何かしでかすと、必ず他の人に迷惑が掛かってしまう。
何か小さい事でも必ず他の人の迷惑になってしまうんだ。
だから、アルバイトは嫌いなんだ。
俺が落ち込んでいると、酒を取ったお姉さんが、近くの椅子に腰を下ろした。
「……光輝、お前は人と話すのが苦手だろ」
「え……はい、苦手です。その、人と話すと緊張して、頭が真っ白になって……なんて話せばいいか分からなくなるんです」
「なるほどな……光輝、お前は優しすぎる」
「…………え?俺が優しい?」
俺が優しいってどういうことだ?
俺はユリやアリウムと比べると、優しくはないと思う。
というか、俺の優しさは人並み以下だ。
お姉さんは一体何を?
「ああ、緊張とかどうとか言ってたが、人と上手く話せない人はな、みんな相手の事を気にしすぎてしまっているんだ。相手が嫌な思いをしないか考え、相手を傷つけない言葉を慎重に選んでいる。優しいから、相手の事を深く考えてしまうんだろう。確かに、相手の事を考える事は大切な事だと思う。……だが、その代わりにお前は自分の事を考えな過ぎている。良いか光輝、もっと自分の事を考えろ。一回、自分の気持ちを素直に話してみるんだ」
「素直に……」
「今来たハゲとアフロは、ああ見えて優しくて、言われたことを気にしないタイプの奴らだ。一度、相手の事を考えず、自分の思った通りに話してみろ。こういうのは小さな積み重ねが大切だからな」
それだけ言うと、お姉さんは俺に酒の入った瓶と、木製のコップを手渡ししてきた。
俺はお姉さんに言われるがままに歩いて行く。
相手の事を考えすぎているか。
自分では分からないが、そうだったのだろうか。
もっと、自分の事を考えて、思った通りに話す。
俺にできるだろうか。
一歩歩くごとに、心臓が早くなっているのが分かる。
手足も震えて、息が早くなっている。
これから、俺は初対面の二人と話さなくてはならない。
緊張と怖さで、何も考えられなくなってくる。
俺は……俺はどうすれば……。
「お、酒を持って来てくれたんやな、兄ちゃん。ありがとさん」
「あ、はい。……どうぞ」
「せや、聞いてくれよ!このアフロが、またわいの髪をハゲ呼ばわりするんやで。ひどくないか?わいはハゲてないっていうのによ!」
まずい、話しかけられた。
俺はどうすれば…………。
……自分の思った通りに。
そうだ、自分な思った通りに話すんだ。
頑張れ俺、お姉さんの言った通り、小さな積み重ねが大切なんだ。
変わるんだろ?
なら、頑張れ!
自分を鼓舞し、ゆっくりと口を開く。
そして、思ったことを声に出す。
「い、いや、ハゲさんはハゲてますよ。だ、だって、光が反射して、頭が太陽みたいに光り輝いてますもん」
俺がそう言うと、辺りは静まり返った。
まずい、やっぱり言うんじゃなかった。
やっぱり、怒って……。
「……ぷ、ふははははははは!兄ちゃんの言う通りやー!ハゲ、お前頭に光が反射して、頭が超絶光ってるぞー!」
「ば、誰の頭が綺麗に輝く、希望の光や!俺の頭は光っとらんがな!」
「いや、希望の光とは言ってないだろー!それに、ハゲはハゲだってー!……いやー、兄ちゃんも面白いこと言うなー」
「え、あ、どうも」
自分では面白いと思わなかったが、どうやら中年男性二人にはウケたようだ。
二人が笑って、店内は明るい雰囲気に包まれていった。
怒ってるのかと思ったが、怒ってなくてよかった。
それどころか、笑って楽しそうになってくれるとは。
……何でだろう、少し心が軽くなった気がする。
さっきと比べて、緊張も少し解けている。
何故か分からないが、さっきよりも上手く話せる気がする。
「あ、そういや、兄ちゃんもユリちゃんと同じ魔冒学園の生徒なんか?いやー、凄いな。わしは尊敬するわ!」
「い、いえいえ、そんなことないですよ。ユリと比べれば自分なんてまだまだですし」
「いーや、通えてるだけ凄いって!あそこは入学試験が難しいってことで有名やからな!あ、魔冒学園と言えばさ……」
そうして、中年男性のハゲを中心に、会話は続いていった。
二人の話が楽しいからか、俺自身いつも以上に話を出来ていた。
そのせいか、気づいたころには十数分が過ぎていた。
その後、客も増えていき、他の客の接客をすることになり、俺は他の席へと向かって行った。
他の席ではいつも通りの話し方になり、コミュ症を発揮してしまった。
だが、いつもよりかは普通に話せていた気がする。
それから約三時間後。
やっと、人の出入りが減ってきた。
「あ、光輝。光輝は今日が初めてだし、もう上がっちゃっていいよ!」
「あ、はい。ありがとうございます」
「……そう言えば光輝、どうだった?自分の思った通りに話せた?」
「あ、最初の席では話せていたと思います。それでも、他の席になるとやっぱり緊張したりして……上手く話せませんでした。だけど……だけど、少しだけ話せるように、成長できたと思います」
「そ、なら良かった!こういうのは積み重ねだからね!それじゃあ、お休み!」
「はい、お休みなさい!」
そう話して、俺は二階の自室へと歩いて行った。
自室へ戻ると、近くの机にエプロンを置き、ベットへ飛び込んだ。
今日は疲れたな。
さすがに人生初めてのアルバイトは大変だった。
それでも、思っていたよりかは楽しかったかもな。
まあ、まだ好きにはなれないかな。
しかし、いつもよりしっかり話せた気がする。
少し、ほんの少しだけだけど、成長できた気がする。
……良い一日だったな。
明日は、みんなとお出かけか。
楽しい一日に……なると良い…………な。
そうして俺は眠りについた。
明日が良い日になるように、心の中でそう願って。
何事にも、小さな積み重ねが大切である。




