この世で最も怒らせてはならない生物は、陰キャである。①
「……行くぞ!」
そう叫びながら、ムクゲへと俺は走る。
それと同時に、影に触れ、武器を作り出す。
この影の量からして、シャドウハンマーみたいな大きな武器は作れない。
それなら、そこまで大きくなく、ムクゲの触手を攻略できる武器を作ればいい。
ムクゲの触手は数が多く、意外とパワーもある。
さらには速度も速くて、体の一部みたいに操っていた。
だが、一本一本の強度はどこまでない。
それなら、一本一本確実に斬り、触手の数自体を減らすに限る。
そう思い、俺は影を変化させる。
長剣よりも動かしやすく、短剣ほどに火力が劣るわけでもない。
長剣と短剣の間くらいの大きさの剣だ。
これなら、一本一本確実に斬れる。
俺は剣をしっかりと握り、一本の触手へと襲い掛かる。
想像した通り、触手はいとも簡単に斬ることができ、斬られた触手はムクゲの背へと帰っていった。
俺は勢いに乗り、さらに触手を斬っていく。
これならいける!
そう思った直後だった。
横から、強い衝撃を受け、俺は部屋の端へと吹き飛ばされた。
何が起こったのか分からず、衝撃を受けた方を見て見ると、
そこにはローブを着ている男たちが立っていた。
……忘れていた。
そう言えば、こいつらの相手もしないといけないんだったな。
「おいおい、俺たちの事を忘れんなよ!これで5対1だが、お前まだ勝てると思ってんのか?この人数差に、実力差だぞ。絶望的状況だ、諦めたらどうだー?」
確かにそうだ。
一人相手でさえ、勝てるかどうか分からないのに、
それが五人相手だ。
どう考えたって、勝てる状況じゃない。
だが……それでも……。
「……それでも、俺は諦めないぞ。確かに絶望的かもしれない。…………だけど、ここで逃げたり、諦めたりするのは嫌だ。……ここで現実から目をそらしたら、俺はこれから変われないと思うし、最高の人生を送れないと思うから。…………それに……俺は……俺はお前らを許せない!だから、絶対に逃げないぞ!」
「……そうだ!それでこそ、俺のダチだ!」
どこからか、そんな声が聞こえてきたかと思うと、
ローブの男たちが一瞬で吹き飛ばされた。
ローブの男たちがいた方を見ると、そこには一人のローブを付けた男だけが立っていた。
その男は、手に持っていた大剣を地面に刺すと、
ゆっくりとローブを脱ぎ捨てた。
「……え、う、嘘だろ…………アリウム!」
そう、そこに立っていたのは、俺に出来た初めての友達。
入学試験に落ちた男、アリウムだった。
「え……な、なんでこんな所に……?」
「実はそこのオールバックの男に誘われてな。このグループに入ったんだよ。……まあ、表面上はだけどな。魔防学園を壊すとか、生徒を襲うとか許せるわけがないだろ。だからよ、隙を突いて作戦を潰そうと、グループに入ったふりをしていたんだよ!……さて、話は後だ!他の男どもは俺に任せろ、オールバックの男は、お前に任せた!」
そう言うと、アリウムはローブを身に着けた男に、剣先を向けた。
何が何やら、状況が急すぎて理解が追い付かない。
……けどまあ、友達にここまで信じられたんだ。
やるしかないだろ。
俺はさらに剣を強く握り、再度ムクゲの方を向く。
「……裏切り者だったのかよ。……まあ、いいか。一人増えた所でなんも変わんねえからよ!さて、来いや!」
「……言われなくても、行ってやる!」
俺はさっきと同じように、剣で触手を斬っていく。
アリウムのお陰で、他の敵を気にすることなく戦える。
触手は簡単に斬れるし、確実に触手の数は減っていっている。
このまま行けば、恐らくは勝てる。
落ち着いて、でもって大胆に、
一本一本確実に斬っていこう。
そう思いながら、数十本の触手を斬った頃。
急にムクゲが触手を動かすのをやめた。
「……なるほど、入学試験の日と比べれば、確かに強くなってはいるみたいだな。だが、実力がないのには変わりない。……誇っても良いぞ。俺の最強の技で負けれるんだからな!」
ムクゲがそう言うと、数十本の触手が一気に集まりだした。
触手は少しずつ絡まりあい、物の数秒で完全に形を変えた。
数十本の触手は、絡み合う事により、一本の太い触手へと変化したのだ。
その触手は普通の触手の何倍もの太さで、部屋にギリギリ収まるくらいの大きさだ。
これが最強の技か。
普通の触手よりも太くて大きいが、触手は触手だ。
さっきと同じように、剣で斬って終わらせてやる。
そう考え、触手へと近づいた次の瞬間。
俺はいつの間にか部屋の端に座り込んでいた。
何でこんなところに?
そう思うと同時に、腹部に強烈な痛みが走った。
「い、いてえ……い、一体何が…………?」
「……見えなかったか。ただ、この触手でお前を殴っただけだ。どうやら、早すぎて全く反応できなかったみたいだな」
触手で殴っただけ?
嘘だろ、全く見えなかった。
気が付いたら体に痛みが走っていた。
なんて速さだよ。
それに、とんでもない力だ。
殴られたところが痛すぎて、全く立ち上がれない。
普通の触手の何倍ものパワーがあるのか?
……畜生、一気に状況がまずくなった。
早すぎて全く見えない上に、途轍もない力を持っている触手。
いくら何でも強すぎる。
「……畜生、攻撃が当たれば、そんな触手簡単に……」
「それじゃあ、やってみるか?抵抗しないから、その剣でこの触手を斬ってみろよ。ほら、やってみろ」
そう言うと、ムクゲは触手をゆっくりと俺の方へ伸ばしてきた。
油断を誘っているのか、それとも本気で言っているのか。
どちらにせよ、攻撃しない手はない。
そう思い、触手がある程度近づいた所で、俺は触手に斬りかかった。
が、剣は触手に少し食い込んだ所で、全く動かなくなった。
力強く動かすが、それ以上触手を斬り進める事は出来ない。
「無理だろ。そりゃあそうだよ。この触手は何十本もの力を持っているんだぞ。その分強度も増しているに決まってるじゃねえかよ!」
そう言いながら、ムクゲは触手を使い、
俺を壁へと打ち付けた。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
死ぬほど痛い。
気を抜くと、気を失ってしまいそうだ。
体の奥の方から、血が噴き出しているのが分かる。
つらい、今すぐ倒れて眠りたい。
眠りたい……けど、ここで倒れるわけにはいかない。
ボロボロの体を何とか起こし、ムクゲの方をしっかりと向く。
状況は最悪。
ムクゲの触手は強くて速い。
もう一撃でも喰らったら、確実に倒れる。
一撃喰らう前に倒したいが、俺の攻撃は触手には通らない。
一体どうすれば……。
……いや、どうすればじゃないだろ。
攻撃が通らないのなら、攻撃が通る武器を作ればいいだけだろ。
考えろ、考えるんだ。
前世での、日本での記憶。
そして、この世界に来てからの経験。
全てを使って、攻撃が通る武器を作るんだ。
思い出せ、何か、何かなかったか。
あの触手を斬れるように鋭く、そこまで大きくない武器。
何か……何か……。
「…………あ、あった」
あの武器なら……いけるか?
いや、迷う時間なんてない。
いける可能性が少しでもあるなら、やるしかない。
「………………影」
小さくそう呟くと、影はゆっくりと変化していく。
イメージするんだ。
その武器そのものを作るんじゃない。
実物よりもさらに鋭く、
さらに切れ味が良い武器を作るんだ。
あんな触手、いとも簡単に斬れるような、そんな切れ味を!
そう願い、想像すると、影は想像していたものへと変化した。
平べったく、片方にのみ刃がある剣。
いや、剣とは少し違う。
その武器には、剣の刃先には存在しない、ギザギザの刃がついているのだから。
そう、俺が作ったのは、誰もが一度は使ったことがある、
誰でも使えるが、途轍もない切れ味を持つ道具。
ノコギリだった。
俺が知る、最高に切れやすい道具。
想像通りに作れてよかった。
後は……斬るだけだ。
「……なんだそれ?新しく作ったかと思ったら、刃がギザギザじゃねえか。面白いもんが見えるかもって、期待して損したぜ。そんなんじゃ、絶対に俺の触手は斬れねえよ!」
「……そんなこと……やって見なくちゃ分からない!」
そう叫び、俺は触手へと駆け出す。
そして、全力で斬りかかる。
これが俺の最後の攻撃だ。
頼む、届け!
影で出来たノコギリは、真っ直ぐ触手に向かって行く。
そして、勢いに乗り、触手を斬っていく。
ノコギリはさっきの剣よりも、触手を斬っていき、触手の半分まで、たどり着いた。
が、そこでノコギリは動きを止めた。
「……一瞬焦ったが、残念だったな!やっぱり、お前じゃ、俺の触手を斬る事は出来な……」
「まだだ!」
そう答え、ノコギリに全力で力を入れる。
ノコギリの真価はここからだ。
そう、ノコギリに出来る事は、ただ斬る事だけじゃないんだ。
ノコギリはここからさらに動かすことによって、さらに斬り進めることが出来る。
「喰らえ‼」
そう言いながら、俺は一気にノコギリを引く。
ノコギリは動きだし、触手を斬り進めていく。
そして、触手を真っ二つに斬り裂いた。
「……は?…………はああああああああ!?」
ムクゲは何が起こったのか理解できず、ただただ叫んでいる。
俺はその隙を見過ごさない。
触手を斬り裂いたノコギリの形を、瞬時に変えながらムクゲへと駆け出す。
そして、ノコギリから変化して出来た棍棒をしっかりと握りしめ、振り上げる。
ムクゲは何とか抵抗しようとするが、もう遅い。
「これが、お前が弱いと呼んだ者の、弱者の一撃だ!」
そう叫びながら、全ての力を使い、棍棒を振り下ろす。
棍棒はムクゲの顔面に直撃し、ムクゲを殴り倒した。
倒れたムクゲは気を失い、完全に動かなくなった。
「……だから言ったろ、この世界で一番怒らせちゃいけないのは、陰キャだって」
それだけ言い放つと、俺はその場に座り込んだ。
体中が痛いし、凄く疲れた。
だが……俺の勝ちだ。
弱者の一撃が、強者を倒す。




