コミュ症は想定外の力を得る。①
「あれ……どうしたの?そんな変な顔して」
「変な顔じゃない!ビックリしてるからに決まってるよ!急に苔を体中に生やすんだもん!」
「仕方がないじゃないか。これは癖みたいなものなんだからさ」
「癖じゃないよー!」
二人が軽い様子で話している。
そんな二人をよそに、俺は一人怯えていた。
全くもって理解が追い付かない。
握手をしただけなのに、体中に苔が生えた。
握手以外には何もされていない。
握手で苔を生やす力?そんな局所的な力があるのか?
……いや、そこじゃないだろ。
こいつ、急に握手してきたと思ったら体中に苔生やしてきたんだぞ。
こいつの神経はどうなっているんだ。
全く悪いと思っていなさそうだし……。
ハッキリ言って、初対面ながらムクゲと同じくらい印象が悪い。
というか、意味が分からな過ぎて最早怖い。
動揺し、コケを警戒していた時。
入り口の扉を勢い良く開き、いつになく機嫌の悪そうなヒガンが入って来た。
「……あ、全員いるな。よお、お前ら」
『団長!!』
ヒガンを目にすると同時に、二人は話すのをやめ、一気に駆けだした。
そして、ヒガン目掛けて言葉を放つ。
「だんちょうー!今日何で途中で帰ったの!あの後、コウキくんが頑張ってくれたけど、大変だったんだから!」
「団長お疲れ様です。今日もモンスターや魔族を圧倒してきたんですよね。今日の話も早く聞きたいです」
「まあ、落ち着けお前ら。話は後で聞いてやる。その前に話がある。……ガキ。お前にチャンスをやる」
「え……ちゃ、チャンス……ですか?」
ヒガンは軽く舌打ちをすると、手に持った地図を卓上に広げた。
一通り見た感じ、魔族との戦場の全体をまとめた地図のようだ。
「地図右のここ。ここ一体に、突如として謎のエリアが出来た。空に浮く水で巨大な迷路。……出来てから数日。既に何人もの冒険者が調査に行っているが、いまだ帰ってきていない。お前にはこの迷路の調査に行ってもらう。もし、俺に頼らず、完璧な調査を行い、無事に帰ってこれたら……その時はお前に鍛錬を付けてやる」
「え……え……え……い、いや、無理ですよ!……他の冒険者が帰ってきてないんですよね……そこに仮冒険者が行ったって、無理に決まってるじゃないですか!」
「ああ、そりゃそうだろ」
……え、いま、そりゃそうだろって言ったか?
そうだろって……無理だと分かってるってことだよな。
無理だと分かってるのに行かせるって……鬼か?鬼畜か?
「まあ、お前ひとりじゃ無理だろうな。……だが、俺も鬼じゃねえ。だから、ウラジロ、コケ。お前らも一緒に調査してこい。一人じゃ無理でも、三人ならいけるだろ」
「……ええ……えええ…………ええ……」
困惑する俺を尻目に、ヒガンは地図だけ置いてその場を去って行った。
残された俺はただ只管に唖然としていた。
三人ならいけるだろって……冒険者行方不明になってるのに、何でこの三人で行けると思ってんだろう。
一人はコミュ症の仮冒険者で、一人は能力使いこなせてない着ぐるみ冒険者で、一人は初対面の人に苔生やしてくる冒険者。
この三人で何とかなるか?
うーん……うん、どれだけ考えてもならないな。
どうしよう……どうしようもならないよな。
うん、もう諦めて現実逃避しよう。
元より、こんな適当な人から鍛錬を受ける必要なんてなかったんだ。
俺は師匠から教わった事を磨いて行くだけで良いんだ。
そうだ、それで良いんだ。
だから別に、わざわざ危険な仕事に行く必要はないんだ。
きっと、他の二人も行こうとは思ってないだろうしな。
「この三人でか……うん!きっと出来るね!いやー、楽しみ!」
「うん……え?……う、ウラジロさん……ま、まさか本当に三人で……いくつもりなの?」
「え、当たり前でしょ!任されたんだし、行く以外の選択しないよね!ね!!ね!」
「あ……は……はい……」
……断るつもりが、即座に合意してしまった。
だって、仕方がないじゃん。
コミュ症は人のお願いを断るのですら、信じられない程に難しいんだ。
それが異性となったら、尚更無理。
だって、コミュ症の本能的なものだし。
「よーし……何かワクワクしてきた!明日も早いだろうし……今日は解散にしようか!……あ、けどその前にこれ!」
楽しそうにしながら、ウラジロは見覚えのある物を前に出してきた。
茶色い革に、銀色のバックル。
バックルの部分には小さな宝石が三つ備え付けられている。
間違いない。ウラジロに直してもらった師へのベルトだ。
しかし、ウラジロに直す前とどこかが違う。
どこか明るく、派手になっているようにも見える。
良くベルトを見ると、どうやら宝石の輝きが以前に比べて増しているようだ。
「凄く良い出来のベルトだけど、まだ力を開放し切れてなかったみたいだからさ!少しだけだけど、さらに力を使えるようにしといたよ!少しだけど、生呪の力を増す効果を付与しといたから、試してみてね!」
生呪の力を……確かに似たような事を店主も言っていた。
技術不足でないような物だと言っていたが、それを改造し、新たな力として加えてくれたのか。
「生呪の力を……あ、ありがとうございます。……な、何から何まで」
「気にしないで良いって!まあ、実際にどれだけ変わったかは分からないから、そんなに期待しないでね!さて、それじゃあ、明日に向けて寝るね!おやすみ!」
「うん。さて、僕も寝る事にするよ。また明日ね、仮冒険者君」
二人はそれだけ言い残し、それぞれの自室へと帰って行った。
それを見送ると、ため息をついたのち、自室へと歩き始める。
ハッキリ言って、明日が憂鬱でしかない。
強いとは言えないウラジロと、恐怖すら感じる変人のコケ。
それに加えた俺の三人で、何人もの冒険者が入ったきり帰ってこない迷路に突入する。
うん、嫌な予感しかしない。
……けどまあ、何とかなる気もする。
ウラジロに強化してもらったベルト。
不思議と身に着けてから、力が溢れてくる気がする。
もしかしたら、ベルトの力で生呪の力が覚醒して、無から影を生み出せたりするかもしれない。
もしかしたら、敵自体を影に変えたり、自分が影になれたり出来るかもしれない。
こう考えると……少しばかりワクワクしてくる。
「……よし……嫌だけど……頑張るか」
そう呟き、自室へと足を踏み入れた。
それから魔族とモンスターとの戦闘で疲れ切った体を癒し、ゆっくりと眠りについた。
その翌日。
迷路の調査のため、朝早くから水の迷路に訪れていた。
水の迷路は、聞いた話の通り水の迷路。
壁も、床も、天井すらも水で出来ている。
壁に触れると間違いなく水だ。簡単にすくい上げる事も出来る。
しかし、水の壁を通り抜けようとすると水が変化し、コンクリートの様に頑丈になる。
地面は硬いスライムのような感触の水だ。
すくい上げようとすると普通の水だが、その上を歩こうとすると硬いスライムのように変化する。
まさに、水の迷路。
そして、この迷路には一つ厄介な点がある。
それは迷路が水で出来ているからという訳ではない。
異常なほどにモンスターがいる訳でもなく、迷路が巨大すぎて元の場所へ戻れないからという訳でもない。
この迷路で厄介なのは……異常なほどに用意されているトラップの数々だ。
「うああああああああ!ごめん二人とも!また、罠引っかかっちゃった!」
「え!ま、またですか!?」
叫ぶウラジロの後ろには、水で出来た巨大なサメが現れていた。
水のサメは侵入者を殺すべく、ウラジロへと襲い掛かる。
焦りながらも影に触れると、普段と同じように「影」と叫ぶ。
そして、影を変化させたシャドウハンマーを強く握り、水のサメ目掛けて振り下ろす。
単調な動きのサメは一撃で破壊され、ただの水へと戻っていった。
「あ、危なかった……ありがとう、コウキくん。助かったよー」
「いや、良いですよ。気にしないでください」
と、口では入っているが、そろそろ学んでほしい。
これでトラップに引っかかった回数は二桁を越える。
迷路には所々に水で作られたボタンや糸。
空に浮かぶ泡や、迷路内を徘徊する意思のない水の塊などが存在する。
その水に触れると、壁の水の一部が変化し、海の生物となり、触れたもの目掛けて襲い掛かってくる。
空飛ぶ泡や、見えずらい糸に触れてしまうのはまだ分かる。
というか、俺自身も一回引っかかったし。
しかし、自らボタンを押しに行くのは辞めてほしい。
何でボタンを目にすると押しに行くんだ。
何で「あ、ボタンだ」って言いながら、全く躊躇せず押しに行くんだ。
流石にここまで引っかかってれば分かるだろ……まあ、直接気を付けるように言う俺も悪いんだけどな。
まあ、女子に自ら話しかけるのは警察に話しかけるのと同じくらい勇気がいるから仕方がないんだ。
……けど、ウラジロはまだ良いのかもしれない。
一応は謝ってるし、トラップで生まれた生物と戦おうと、カエルの人形を投げつけたりもしている。
問題はコケの方だ。
さっきからトラップが発動しても、何もしようとしない。
ただニコニコして眺めているだけ。
こいつは戦う気があるのだろうか。
なんかもう……帰りたくなってきた。
そう思いながら、シャドウハンマーを戻した直後。
「あ!コウキくん危ない!」
「……え?」
振り返ると、そこには水で作られたサメが迫っていた。
突然の攻撃に対応しようと影に触れようとするが、その距離からして間に合わないのは確実だった。
え……嘘……デジャブ……。
俺ここで死ぬの?
こんなボスでも、モンスターでもない、ただのトラップに殺されるの?
ここまで何度も死にかけてきて、それでも生き残ってきたんだぞ。
それが……ここで死ぬのか……?
こんな日常戦闘のワンシーンみたいな所で死ぬのか?
あ……やばい……サメの歯が触れる。
やばい……死ぬ……嫌だ……。
ここで……こんな……本当に何でもない所で死んで……死んでたまるか!
「…………あ……え……あれ……生きてる……」
「こ、コウキくん……」
「え……」
その時、目を開けると腹を貫かれるサメの姿があった。
そして、その腹を貫いているのは俺の足元から伸びた黒い刃。
間違いない。それは俺の影だった。
しかし、その影はどこかがおかしかった。
コミュ症の中で起こっていることは一体?




