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少女のうたう子守歌  作者: 碧衣 奈美


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見掛けない男

 それからさらに三日が経過した。

 ピュアの家族には、まだ少し微熱があるから、と苦しい言い訳をしてある。報告ついでにエルナがピュアの着替えを持ち出したりしているが、そろそろ限界が来るだろう。

 ちゃんと休ませるから自宅へ連れ帰る、と言われたら、エルナも拒否はできない。もって、あと二日くらいがぎりぎりのところだ。

 アーストの魔法使い達がマーディンの行方を捜しているが、手掛かりはない。ピュア達の前にも姿を現わしてはいない。ほとぼりがさめるのを待っているのだろうか。警戒が緩む、と見越して。

 協会の魔法使い達は、マーディンがまたピュアを狙うとは思っていない。マーディンが危険を冒してまで、またピュアを誘拐するとは考えられないのだ。それだけの理由がピュアから見付からないから。

 金を要求しようとして、金のありそうな食堂の娘を連れ去った。

 その程度に思っている。食堂ガーラは繁盛しているから、マーディンも金があると考えたのだろう、と。

 だから、もし彼が同じことを繰り返すとしても、別の店、もしくは別の街でしでかすのでは、と予想しているのだ。

 しかし、ロッグ達はピュアが狙われる理由を知っている。マーディンは必ずピュアの所へまた来る、ということも。

 ロッグは時間が許す限りエルナの家を、つまりピュアを見張っていた。家の向かい側の物陰にいるので、マーディンが来てもすぐにはロッグの姿を見付けられないはず。

 こうして見張っていると、ロッグは心が揺れた。

 本当にマーディンが現われた時、自分一人でどこまで彼と向き合えるだろう。やはり、ちゃんと協会に事情を話し、マーディンに引けを取らない魔法使いを近くで待機させてもらった方が、ピュアのためかも知れない。本当にピュアを守りたいなら、そうするべきなのではないか。

 そんなことをずっと考えてしまう。

 ピュアを守るためなら、死んだってかまわないとロッグは本気で思っている。だが、本当に自分が死んで、その時にマーディンが生き残っている、という状況は困るのだ。それでは、ピュアを守れなくなってしまう。

 ロッグがマーディンと相打ち状態で、エルナや他の魔法使いがマーディンを確保してピュアの安全が確認されるのなら、どうなってもいいのだが……。

 この前のことを思えば、相打ちだってできるかどうか。ロッグが一方的にやられることも、十分にありえる。

 あんな奴に……負けたくないっ。ピュアを連れて行かれてたまるもんか。

 イシュトラルに言われてから始めた見張りだが、マーディンが現われる様子はない。ロッグは意識をほぼマーディンに集中していてよく覚えてないが、あの時一緒に老婆がいたと聞いた。その老婆も現れない。あの男があきらめるとはとても思えないが……。

 ピュアに会えなかった、とジーンにグチると、ピュアが会うのをためらっているとさりげなく聞かされた。それからはロッグも無理に会いに行こうとはしていない。

 本当ならすぐにでも会いたいし、そばでピュアを守りたいと思っている。でも、無理に会いに行って顔をそむけられると、それはそれでつらい。会いたくないと思われているのもつらいが、目の前であからさまに避けられるのはもっと傷付く。

 メンタル面の問題はともかく、実際問題としてピュアに近付きすぎるのも考えものだ。

 マーディンが来た時、彼女のすぐ近くで攻撃魔法の応戦をすることになったりしたら。誤って自分がピュアを傷付けないとも限らない。そんなことになるのは怖いし、つらいし、絶対にいやだ。

 あれこれ考えた末、懸命に自分を抑え、ロッグは見張りに徹しているのだった。

 何も起きないと、時間が流れるのがとても遅く感じる。考える時間があればある程、自分がピュアのためにしてあげられる一番の方法が何なのか、あれこれと悩んでしまうのだ。

 どれだけ考えても答えが出ない問題に、ロッグがため息をついた時。

 ガツンという音が間近で聞こえた。同時にロッグは後頭部から首の付け根辺りに重い衝撃を感じ、意識を手放して地面に倒れる。

 そんなロッグを見下ろし、少年をそんな目に遭わせた人物は何食わぬ顔でエルナの家へと向かった。

 ドアをノックをすることもなく、その男は中へ入る。

「どなた?」

 扉が開いた音を聞いて、エルナの母アイリが奥から現われた。今この家にいるのは、彼女だけ。エルナは協会にいて、ここにはいなかった。

「きゃあっ」

 住人の問いに答えることもなく、男はアイリを突き飛ばす。その勢いで壁に頭を打ち付けたアイリは気を失い、そのまま床に倒れた。そんな彼女には見向きもせず、男はピュアがいる二階の部屋へ向かう。

 部屋の外には、エルナの魔法で結界が張られていた。ロッグも四六時中見張りができる訳ではないので、家族やジーン以外は入れないようにされている。

 男が扉を開けようとノブに触れると、ぱしっという音がして手が弾かれた。無理に扉を開けようとすれば、さらに強い衝撃が襲うようになっている。

 だが、男は結界の存在に気付くと、すぐにそれを解いてしまった。

 突然開いた扉に驚いたピュアが、慌ててベッドの上に起き上がる。入って来た人物を見て悲鳴をあげようとしたが、それより先に男の手が少女の口をふさいだ。

 ピュアが気を失い、ベッドに倒れかけるのを男がその手を掴んで止める。軽々とピュアの身体を抱き上げると、誰に止められることなく家を出た。

 外につながれている馬にピュアを乗せ、素早く自分も乗る。

「あら……ピュア?」

 近所のおばさんが、馬に乗せられたピュアに気付いた。

「彼女の具合が悪いので、静かな場所で静養させます」

 男はそんなことを言い、ピュアを取り巻く事情を知らないおばさんはあっさりと納得した。

 確かにピュアの顔色はよくないし、なぜ彼女がエルナの家から出て来たのか知らないが、病気であれば静かな場所でゆっくりと休むのはいいことだ、と思ったのだ。

「そうなの。お大事にね」

 まさに誘拐されている場面で、何も知らないおばさんは男にそんな言葉をかけた。

「失礼」

 男は馬を走らせて、その場を去ってしまった。

「あんなふうに走るなら、もう少し何か着せてあげればいいのにねぇ。身体が冷えるんじゃないかしら」

 ピュアが寝間着だけだったのを思い出し、おばさんはそんなことをつぶやくのだった。

 男が去って数分後。

 ジーンがエルナの家へ来た。ちょうどエルナも帰って来るのが見え、ジーンが手を振ると、あちらも手を振って走って来る。

「お帰り、エルナ。どう、進展は? マーディンの手掛かりは見付かった?」

「なーんにも。協会はピュアが回復したら、詳しい事情を聞きたいって言ってるけど……。あたし達は竜の話をしてないって言ってるでしょ。同じようにピュアがどこまでシラを切れるか、そこが心配なのよねぇ」

「こっちの方も、静かなもんだね」

 向かい側でロッグが見張っているのを知っているジーンは、そちらに視線を走らせる。何もなければ、ロッグは軽く肩をすくめてみせ、無言で異常なしの報告をするのだ。

 しかし、ジーンがそちらを見ても、その報告をしてくれるロッグの姿がない。あれ? と思った次の瞬間、地面に倒れているロッグを見付ける。

「ロッグ!」

 急いでジーンはロッグのそばへ駆け寄った。エルナも少し遅れて事態に気付き、そちらへ走る。

「エルナ、こっちはぼくが見る。ピュアの方を」

 ジーンに言われ、エルナは急いで家に飛び込んだ。

「母さん!」

 倒れている母を見付け、エルナが叫んだ。駆け寄って顔に手をかざすと、息はしている。見た限りでは、刺し傷などの外傷は見当たらない。あざのようなものはないので、首を絞められた、というのでもなさそうだ。でも、気を失っているから頭を打ったのか、魔法で何かされたのか。

 動かしていいかわからないので、とても心配ではあるが母をそのままにし、エルナはピュアのいる部屋へ向かった。開いている扉を見て、いやな予感にとらわれながら中へ入ると、エルナは息を飲む。

 案の定、ベッドは空っぽだ。

「ピュア!」

 エルナは外へ飛び出した。

「ジーン、やられたっ」

 言いながら、ジーンの方へ走る。

「ロッグは? 生きてる?」

「うん。後ろから殴られたみたいだ」

「母さんもケガしてるみたい。気を失ってたわ。でも……どうして誰も騒いでないの」

 通りにはそれなりに人通りがある。もしマーディンがここへ来たのなら、ロッグが見張っているのだからもっと大騒ぎになっていてもおかしくない。

 しかし、誰も慌てた様子を見せていないのだ。エルナとジーンの二人がばたばたしているのを、不思議そうに見ているだけ。

 エルナの家も、玄関の扉が蹴破られた訳でもなく、母が倒れている以外はほとんどいつもと変わらない状態だ。

「騒ぎを起こすとすぐに魔法使いが来るってわかってるから、わざと魔法を使わなかったのかも知れない。ロッグもきっとふいを突かれたんだ」

「自分の後ろは無防備だもんね。そんなロッグを襲うなんて、相手にすればやりやすい仕事だわ」

 そう話している間に、ロッグが目を覚ました。

「う……ってぇ……」

 ロッグが顔をしかめながら身体を起こすのを、ジーンが支える。

「ロッグ、無理して起きないで。殴られた所が切れてるみたいだ」

 短いプラチナブロンドの髪に、赤いものがこびりついている。もう出血はしていないようだが、かなり強くやられたのではないだろうか。

「殴られ……? そうだ、いきなり後ろから……ピュアはっ」

「……いなかった」

 エルナが重い口調で答えた。

「ちっくしょうっ。マーディンの奴!」

 ロッグはふらつきながら、立ち上がった。

 何のための見張りだろう。さらわれるのを阻むどころか、相手の顔を見ることさえできなかった。ロッグのプライドはズタズタである。

「ロッグ、まだあまり動かない方がいい。頭を殴られてるんだよ。ちゃんと手当しないと、おかしなことになったりしたら」

「そんなのんきなこと、言ってられるか。ピュアは連れて行かれたんだろ。こうしてる間にも、ピュアが何されてるかわかんねぇんだぞ」

 少し怪しい足取りで、ロッグはエルナの家へ向かう。まだくらくらしているが、今はそれどころじゃない。

「ロッグ、何する気」

「部屋にピュアの物があるだろ。それで、居場所を探る。追い掛けなきゃ、ピュアがまた苦しめられるんだ」

 もう一度気絶でもさせない限り、ロッグが二人の言うことを聞きそうにはない。

「ピュアがどうかしたのかい?」

 三人がエルナの家へ入ろうとした時に声をかけて来たのは、さっきピュアが連れて行かれるのを見ていたおばさんだった。

「ピュアの具合、そんなに悪いのかい? かわいそうにねぇ」

「え?」

 三人の顔が、一瞬きょとんとしたものになる。

「だって、静かな場所で静養なんて、心配じゃないか。いつも元気に店で働いてるのを見てるから、なおさらだよ」

「あの……おばさん。ピュアが静養って、誰から聞いたの?」

 ピュアの具合がよくないのは確かだが、そのことを知っているのはピュアとエルナの家族、あとは協会の魔法使い達だけだ。近所の人には言っていない。ピュアがエルナの家にいる、ということすらも。

「ついさっき、ピュアを連れて行った男の人だよ。青い顔をしたピュアを馬に乗せて、静養させるって。あら、エルナは知ってるんじゃないのかい?」

「あの、おばさん、その人って……顔に傷がある人?」

 おばさんの質問には答えず、エルナが逆に聞き返した。

「傷? いいや、なかったよ。ここらじゃ見掛けない人だったけどねぇ」

 傷がないのなら、マーディンではない。魔法でうまく隠していたのかも知れないが、もしマーディンがしたことなら、何も知らないおばさんに言い訳などせずにピュアを連れ去っているはずだ。

 ここにきて別の人物が浮上するとは思わず、どういうことなのかと三人は混乱する。

「イシュトラル……か?」

「え……」

 ロッグの言葉に、エルナとジーンがしばし固まった。

「あんた達、何かあったのかい?」

 心配しつつも興味津々な顔でおばさんが尋ねてくるが、三人は誰も答えない。おばさんに話を合わせたり、はぐらかしたりするなど、そんな余裕はなかった。

「おばさん、申し訳ないんですけれど、ぼくの父さんにエルナの家へ来るようにことづけてもらえませんか」

「え? あ……まぁ、暇だからかまわないけど」

「すみません。お願いします」

 おばさんは首を傾げながらも、クノック医師を呼びに行ってくれた。

 そして、三人は急いで家の中へ入る。

 エルナとジーンがアイリの応急手当をし、ロッグはピュアがいた部屋へ入った。

 ロッグはピュアの服を掴むと、それに手をかざして呪文を唱える。ついこの前もやった、人を捜すための魔法だ。

 魔法を使うと、後頭部から首にかけてズキズキと痛む。気分も悪い。だが、その痛みや不快感を無視して続けた。

 自分は傷だけで済んだ。しかし、ピュアは命が脅かされている。痛がってなどいられない。

 やがて、ピュアの居場所がおおよそわかると、ロッグは部屋を出る。

「街の北の方だ。そっちは?」

「気は失ってるけど、そんなに心配する程じゃない。じきに父さんが来るだろうから、後はまかせるよ。事情は走り書きしたから、父さんもわかると思うよ。ぼく達はピュアを捜しに行こう」

 三人はロッグを先頭にして、馬を北へ向けて走らせる。

「ロッグ、さっき……イシュトラルかって言ったけど、どうして彼がそんなことするの」

 馬を走らせながら、エルナが疑問をぶつけた。

「あいつ、マーディンのことを知ってるみたいだった……」

「イシュトラルが? だけど、ぼく達は彼にその話はしてないよね?」

「それ以前に、彼には事件についての話を一切してないわ」

 連れ去られたピュアを一緒に追い、マーディンの姿をイシュトラルも見ている。

 ロッグが魔法で殺されかけたところも見ているから、マーディンが魔法使いだということくらいはわかっただろう。だが、あの場でわかるのはそれだけだ。

 あの男がなぜピュアを狙ったのか。過去にどんなことをしでかしてきたか。

 イシュトラルは聞かなかったし、誰も話していない。

 それなのに、イシュトラルはマーディンを知っているような口ぶりだった。いや、むしろ、ロッグ達より詳しいのではないか。

 イシュトラルはロッグに、ピュアを守るように、と言った。だが、そう言われてロッグがどう動くかまでは予測しにくかっただろう。

 三日も経って、向かいの家の陰から見張るしかできないロッグを見て、まず一人つぶせる、と動いたのでは……。

 イシュトラルがピュアを守るようにと言ったあの日から、ロッグは確証がないものの、心の中で彼を疑っていた。

 しかし、エルナとジーンはイシュトラルをまるで警戒していないので、ロッグも何となく言いそびれていたのだ。何を言ってるの、と相手にされないような気がして。

 だが、こういう事態になってロッグにそう言われると、エルナとジーンも妙だと気付く。

「あいつ、捜し物してるって言ってたろ。でも、その日の夜には見付かったみたいな言い方して、その後でピュアに話があるとかって……。考えてたら、あいつ、すっげー怪しいんだ。だいたい、どこの奴かわかんねぇし」

 元々、彼は謎めいた存在だった。最終的に彼の捜し物が何か、聞き出せなかったのはロッグ達の押しが弱かったせいだが、それ以外でも彼についてわかっていることはほとんどない。

 名前と外見。その程度だ。出会ってから日が浅いから仕方がない部分もあるが、とにかくイシュトラルについての情報がなさすぎる。

「その捜し物が、本当は自分の物だとか言ってただろ。実はあいつもマーディンみたいに何か勘違いしたヤローかも知れない。普通の人間に見えたけど、本当は魔法使いってこともありえるぜ」

 よく考えれば、妙な点が他にもある。イシュトラルがロッグをマーディンの魔法からかばってくれた時だ。

 ロッグがそのことについて礼を言った時、マーディンが光を放とうとするのが見えたと言った。

 魔法使いのロッグにさえ、マーディンが放つためにためた光は見えなかったのに。攻撃されて初めてわかったのに、なぜイシュトラルには見えたのか。

「でも、イシュトラルはロッグを助けてくれたじゃない」

「俺達を安心させるためかも知れない。もしかしたら、マーディンの仲間ってことも」

「ええっ、イシュトラルがあんな魔法使いと仲間? いくら何でも、あたしにはそんなこと、信じられないわ」

 ロッグの言葉がにわかには信じられず、エルナは首を振った。

 あくまでもエルナが持つイメージだけでしかないが、そばにいてイシュトラルが極悪人だとは感じられなかった。

「だけど、それならあいつがマーディンのことを知ってるのも、頷けるぜ」

「よその街で何かしでかしたマーディンを極秘に追ってる魔法使い、かも知れないわよ」

「それなら、自分が魔法使いだってことまで隠す必要はあるのか」

「だからそれは……イシュトラルにだって、彼なりの事情があるかも知れないじゃない。あたし達だって、仕事で極秘に動くことはあるんだから」

「ストーップ。二人とも、落ち着いて」

 ジーンが二人の口論に近い意見交換を止めた。

「まだイシュトラルがそうだって決まってないだろ。そういうことも視野に入れるとしても、今はまずピュアを取り戻すことが先決だよ。現われたのはマーディンじゃないみたいだけど、魔法で変装してるかも知れない。もしくは、イシュトラルではない別の仲間だってこともある。あの時、マーディンはおばあさんみたいな人を連れていたけど、それだって本当におばあさんかどうかも怪しいよ。その人が変装してたって可能性もある。あのおばさんが見掛けない男って言っただけで、それがイシュトラルだと決めつけるのは早いよ」

 結論を先走り過ぎてはいけない。見えるものが見えなくなってしまう。全ては推測だ。

 三人の頭の中で、色々な考えが次々によぎる。

 それ以降は黙ったまま、三人はピュアがいるであろう方向へと馬を走らせた。

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