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さらわれたピュア

 エルナがガーラへ入ると、ピュアは厨房で仕込みの手伝いをしていた。

「あら、エルナ。こんな早い時間からどうしたの?」

 昼食時間にはまだ早い。珍しい時間に現れた友人に、ピュアは首を傾げる。

「ねぇ、ピュア。大事な話があるの」

「話?」

「うん。すっごく大事な話」

「えっと……今でなきゃダメ?」

「できるだけ早い方がいいの」

「かまわんぞ、ピュア。ここはわしらでやるから」

 横で聞いていた父親のホークが言ってくれた。

「そう? じゃ、エルナ。あたしの部屋でいい?」

「うん。おじさん、忙しいのにごめんね」

「いいよ、いいよ」

 許可ももらったので厨房奥にある階段を上がり、二人はピュアの部屋へ入った。エルナはイスに、ピュアはベッドに腰掛ける。

「どうしたの? そんな思い詰めたような顔して。何か悩み事?」

「ええ、そうよ。ここ十年来の、すっごく大きな悩み」

「十年? そんなに長く悩んでたの? どうして言ってくれないのよ。あたし達、親友でしょ。ロッグやジーンには言えなくても、女同士なんだからあたしには何でも言ってくれると思ってたのに」

「その言葉、そっくりピュアに返したい気分なんだけど」

 返されても、ピュアはきょとんとするだけ。

「え、あたし? あたし、別に悩みなんてないけど」

「本当にそうなの?」

 エルナがずいっとピュアに寄る。

「本当にその胸の奥に、何もないって言えるの?」

「え……えっと……」

 エルナの言いたいことがわからず、ピュアは戸惑っている。

「ピュアが時々胸を押さえてるの、ロッグやジーンだってわかってる。もちろん、あたしも。抽象的な意味じゃなく、本当に胸の奥に何かがあるっていうことをね」

 いつもズバズバ言うエルナだが、今日はさらにはっきりした口調で言われ、その勢いにピュアは返事できない。やはりエルナの言おうとしていることがわからないのだ。

「昨夜もあの二人と話してたの。もうそろそろ知っても……ううん、知るべきじゃないかってね」

「知るって、何を?」

「ねぇ、ピュア。十年前にバローグの山で起きたこと、どこまで覚えてる?」

「バローグの山で? えっと……」

「もう十年経ったわ。でも、誰もあの時のこと、忘れてない。ピュアはどこまで覚えてるの」

 問われて、ピュアは口をつぐんだ。視線を落とす。

「ピュア?」

「……わかんない」

「わかんないって、本当に?」

 エルナの言葉に、ピュアは頷く。

「あの時のことを知ってるのは、ピュアとあたし達の四人だけだよ。あたしにも言えないことなの?」

「違うよ。言えない、言いたくないって訳じゃないの。本当に……よく覚えてないの。竜がいて、何かあって、倒れたあたしをみんなが起こしてくれたってことだけ」

 竜がいた。何かあった。ピュアが倒れ、エルナ達が彼女に駆け寄った。

 あの時に起きたことを箇条書きにしたようなものだが、その中の一番肝心な「何か」の部分が見事に抜けている。その部分はピュアしか知らないのに。

 その様子を見ていれば、ピュアが嘘をついているのではないとわかる。嘘をつく時のピュアは、スカートを握ったり引っ張ったりして落ち着きを失うので、誰の目にもバレバレなのだ。視線もあちこちさまようし、後ろめたいことがある人間の典型である。

 しかし、今はそれが一切なかった。

「みんなが来るまでに何があったのか、全然わかんないの。何かあったのは間違いないけど、その何かがわかんなくて」

 竜がいた。何か話した……たぶん。倒れていたところをロッグが抱き起こしてくれて、みんなで帰った。

 ピュアの中にあるのは、本当にその程度の記憶だけ。

 言いたかったとしても、覚えていないので何をどう言えばいいのか、ということなのだ。

「そっか。言うべきか迷って黙ってた、というのじゃない訳ね」

「うん。あるとすれば、時々胸のあざがうずくような気がすることくらいかな」

「あざ? そんなものがあったの? うずくって……それじゃ、時々ピュアが胸を押さえていたのは、そのあざがうずいていたからだったの?」

「みんなが見てたのなら、たぶんその時だと思う」

「……見せてくれる?」

 エルナの言葉に、ピュアはボタンを外して少し服をはだけた。胸の谷間部分には、確かに緑のあざがある。あの時に見た竜の色にも思えるし、それより若干明るいようにも思えた。光の加減、だろうか。

「単なるあざ……じゃなさそうね」

 そのあざに、エルナはゆっくりと手をかざしてみた。

「……ん」

 ピュアが少し顔をしかめたのを見て、エルナは慌てて手を引いた。

「傷むの?」

「ううん、そうじゃないわ。うずくって言うか……あざのある辺りがすごく熱くなるの。それから、身体中を血がすごい勢いでめぐってるような感じがして。そんなにどきどきしてる訳じゃないのにね。あ、それは時々よ。いつもは少し熱いって思うだけなの」

「今は?」

「……身体をすごく熱い血が流れたって感じだった。昨夜もそんな感じだったんだけど」

「そう。ごめんね、もういいわ」

 エルナに言われ、ピュアは服のボタンをはめる。

 ピュアのあざに手をかざし、エルナにははっきり感じられた。ものすごい魔力が、強くて大きな力がピュアの中にある。

 こうして普通に話している分には、ピュアから感じられるものは何もない。普通の女の子だ。

 しかし、彼女の胸のあざから、エルナがまだ知らない程大きな力を感じた。きっとこのあざの中に凝縮されている。

 こんな力が、魔法使いでもないピュアの身体を流れていたのだ。こんなに大きな力を持って、なぜピュアは平気でいられるのだろう。エルナが知る魔法使いの教授にだって、ここまで強い魔力を持つ人はいない。この力を得たとしても、身体がその力に耐えられるかどうか。

 自分の器以上の力を持てば、何かの形で異常を(きた)すもの。ピュアの中にあるのは、明らかに彼女が持てる以上の力だ。ピュアが魔法使いであったとしても、はるかにオーバーしている。彼女の上に大きな屋敷が一軒乗っているようなもの。へたすれば、それ以上だ。

 そんな状態にあって、まともでいられるのはおかしい。しかも、それは積み重ねて得た力ではないから、危険なことこの上ないはずなのだが。

 やっぱり……竜の力……。

「ねぇ、ピュア。山であったことを思い出そうとしてみた?」

「え? ううん、あまりない。子どもの時は何があったのかなって思ったこともあるんだけど、わかんないなら仕方ないかって」

 思い出すことを放棄したのか、()()()()()のか。

「ピュア。今からあたし達があの時見たことを話すね。それを聞いて、ピュアが何か思い出したら、教えてほしいの」

「わかった」

 慎重な面持ちで、ピュアは頷いた。

 エルナは、竜から出た光がピュアの中に入ったことや、その後で竜が消えたことを話す。

 それから、エルナはこれまでずっと竜のことを調べていたが、あの光は竜の力だったのではないか、ということや、その竜を殺そうとしたマーディンという魔法使いがいたらしい、ということも話した。

 ただし、それらは憶測でしかない、とも付け加えて。

「このあざ……竜の力なの?」

 ピュアの中に、竜から光が出て自分の身体に……という部分の記憶はなかった。本人が体験しているはずなのに、初めて聞く話なのだ。

「さっきあたしが手をかざした時、すごい魔力を感じたの。ピュアは魔法を習ったことがないし、考えられるのはその竜だけ。どういうものにしろ、竜が関わっていることに間違いないと思うわ。どう? こうして話していて、何か思い出さない?」

「……」

 竜が目の前にいた時の光景を思い浮かべ、ピュアはあの日のことを考える。

「誰かがね、すまぬって言ったの。誰かわかんないけど、その竜が言ったのかも」

「すまぬ? 竜が言ったのだとして、どうしてピュアに謝るのかしら」

 なぜ竜が、しかも子どもに謝るのだろう。

「すまぬ、かぁ。そういう言葉って、普通に考えればごめんなさいっていう謝罪よね。竜がピュアに何かしたのかな。あたし達も最初から見ていた訳じゃないけど、したとすればあの光でしょ。……ああ、ちょっと待って。すまぬって、申し訳ないけど頼むって時の言葉とも言えるわよね。少し強引かも知れないけど、あの時の状況にならあてはめられるわ」

「言われてみれば、そう……かも」

「つまり、ピュアは竜に何か頼まれたってこと? あの光……つまり、そのあざって言うか、魔力は竜からの預かり物……ということに……」

「預かり物? じゃ、返さないといけないじゃない。でも……誰に返せばいいの? 竜はその時に消えちゃったんでしょ? 死んだって言うか……」

「それは……ピュアはその相手を覚えてないの?」

 質問の応酬だ。部屋の中に疑問符ばかりが飛び交う。

「覚えてたら、ちゃんと返すわよ。不定期でも胸が熱くなるの、困るもん。時々、あたしは大丈夫なのかしらって、すごく不安に思ったりするし」

 自分自身、体調が崩れるのは困る。それに、そうなれば店の手伝いもできなくなって、家族みんなも困るのだ。

「そうよね。ピュアが持っていたって、使えるものじゃないんだしね。だけど、あたし達には竜の言葉が聞こえなかったし、知ってるとすればピュアだけなのよ」

「うー……そんなこと言われても……」

 本当に覚えてないのだから、そう言われても困る。

「仕方ないわね。今はここまでか。とりあえず、ピュアの中に竜の力らしきものがある、とわかっただけでも、少し進歩したと思わなきゃね。お互い、あの日のことについて確認もできた訳だし」

「ねぇ……今後はあたし次第ってこと?」

「そうなるわ。だって、ピュアは聞いてるはずだもん。でなきゃ、竜だってこんな大切な物を放ったらかしにするはずないわ。すまぬってことは、少なくともくれた物じゃないってことだし」

「んー……」

 何だかプレッシャーだ。今までわからなかったことが、急に思い出せる、なんてあるのだろうか。

「ごめんね。ピュアを追い詰める気はないのよ。あたしも、ロッグも、ジーンも、みんながピュアを守ろうと思ってる。だから、何かわかったことがあったら、誰でもいいからすぐに知らせてほしいの」

「うん……わかった」

 エルナの言葉が本当だとわかるから、三人の気持ちが嬉しい。

「今までみんな、この件について話さなかったでしょ。それがこうして話そうと思うようになったってことは、何かが起きる前触れかも知れないってあたしは思ってるの。ピュアがその力を返す相手が誰かわからないって思っても、きっともうじき現われると思うよ」

「そう……かも知れないね」

「だから、思い付く限りの可能性を考えて、早く決着がつけられるように、一緒にがんばろうね」

「うん」

 エルナに励まされ、ピュアも元気よく頷いた。

☆☆☆

 エルナがガーラを出て行くのを、マーディンとジュパットは向かい側の通りの陰から確認した。

 二人はずっとその場でガーラを監視していたのだ。竜の力はあの店にあるとわかったのだ、他の場所へ行っても仕方がないとばかりに居座っていたのである。

 さらには、マーディンが魔法で小鳥を作り出し、それを店の方へ放っていた。小鳥は数羽放たれ、それぞれ厨房やピュアの部屋など、人間のいる場所の近くへ飛んで見張りをする。

 たとえわずかでも何か手掛かりが掴めないかと仕向けたものだったが、予想以上の成果をもたらした。

 エルナが帰り、ピュアの部屋の外にいた小鳥がマーディンの元へ、その大きな成果を抱えて戻って来る。

「……ほぉ、ずいぶん面白い話をしていたようだな。わざわざ俺達に竜の力のありかを教えてくれるような会話をするとは……俺の運もまだ尽きてはいないようだ」

 小鳥から二人の少女の話を聞き出したマーディンは、ニタリと嗤う。

「確かに、運命はあの娘が握っているようだね」

 ジュパットも自分の水晶で確認する。

「これで人間の特定はできたようだね。さぁ、どう動くんだい?」

「誰に渡す預かり物か知ったことではないが、そいつが現われる前にさっさといただくとするさ」

 マーディンは再び小鳥を作り出した。茶色い小鳥は小さな羽音をたてて、ガーラの方へと飛んで行く。

 小鳥は窓から中へ入り、厨房で手伝いを再開していたピュアのそばへと飛んだ。

「あら、かわいい。どうしたの、どこから入って来たの?」

 ピュアが小鳥に気付き、声をかける。そんなピュアの前に、ひらひらと何か白い物が落ちた。

 ピュアが慌ててそれを掴むと、小さなメモだ。小鳥が持ってきたのだろうか。だが、飛んで来た時はくちばしにくわえてなかったし、足に貼り付けられていたのでもないのに、どこからこんな紙が出たのだろう。小鳥は茶色い羽だから、白い紙をくわえたりしていればわかるはずなのに。

 不思議に思っていると、小鳥はピュアの前でふっと消えてしまった。

「え……」

 びっくりしたが、今の小鳥は魔法でできた小鳥だと悟る。近くに魔法使いの友達がいると、自分にはできなくても、それくらいのことは考えが及ぶものだ。

 ピュアは改めて掴んだ紙を見た。

 そこには走り書きで「向かいの路地へ来てくれ」と書かれている。本当に急いで書いたような字で、筆跡がよくわからない。

 だが、魔法の小鳥が持って来た物なら、ロッグだろう。エルナはさっき帰ったばかりだし、ジーンにこんなことはできない。他にこういうことをすると思い当たる人はいなかった。

 何かしら。店へ入ればいいのに……。あ、さっきのエルナみたいに内緒の話、かな。

「父さん、ごめん。ちょっとだけ」

「ん? ああ」

 一応、ホークに断りを入れてから、ピュアは外へ出た。

 向かいの路地ということは、店の向かい側ということだろう。さっさと通りを渡り、ピュアは路地へと入って行く。

「ロッグ? ロッグ、あたしよ。どこにいるの?」

 建物の陰になっているので、呼び出し人がどこにいるかがよく見えない。

「……こんにちは、お嬢ちゃん」

「きゃっ」

 いきなり目の前に老婆が現われ、昼間ではあったがピュアはお化けが出たのかと思ってしまった。だが、不気味に思えても、生きている人間だ。確認してほっとする。

「あ……こ、こんにちは」

 老婆……ジュパットはピュアの顔を見て、口を歪めた。どうやら笑ったらしいのだが、口元には隙間だらけの歯が並び、お世辞にもいい笑顔とは言い難い。

 それに、こちらを見てなぜこんな笑い方をするのか、ピュアにはわからなかった。

 ふと背後に気配を感じ、無意識のうちにピュアは振り返った。その途端、腹部に鈍痛が起き、目の前がどんどん暗くなる。

 何、これ。ロッグ……じゃない。誰なの?どうしてこんな……。

 そのまま、ピュアは意識を失った。

「かわいそうに。魔法で眠らせてやればいいんじゃないのかい」

「面倒だ。この方が早い」

 ピュアの後ろに立ったマーディンが、ピュアのみぞおちに拳を入れたのだ。相手を傷付けないように、という配慮など、この男にはない。

「行くぞ」

 ピュアの身体を軽々と肩に担ぎ、マーディンは歩き出した。

 街へ来る時に乗っていた馬にピュアを乗せ、魔法で荷物に見えるように細工をしてから何でもないように街から離れる。ちなみに、馬はよそで盗んで来たものだ。

 レンディックの街を出て少し行くと、ウルクという名の小さな森がある。その奥へと入り、周囲に誰もいないことを確認してから、マーディンはピュアを馬から下ろした。

 ドサッと乱暴に地面に下ろされ、ピュアは意識を取り戻す。だが、すぐには自分の状況がわからず、ぼんやりしていた。

 その間に、マーディンは身体を起こしたピュアの手を背中に回して縛ってしまう。ようやくピュアも、自分が何をされているのかに気付いた。

「何するのよっ。あなた、誰っ。あたしに何する気?」

 ピュアはマーディンを睨んだ。相手の姿に不気味さを覚えたが、ここでひるんではますます相手になめられると思い、懸命に自分を奮い立たせる。

「お前に用はない。用があるのは、お前の中にある竜の力だ。さっさと渡せ」

「渡せって……」

 言われても、どうぞ、と渡せる物ではない。第一、手を縛られているのにどうしろと言うのだ。

「お嬢ちゃん。言われた通りにした方がいいよ。この男は短気で怖いからねぇ。下手に逆らったら、失わずに済む命もどうなるかわからないよ」

 男のそばには、さっきお化けと間違えてしまった老婆がいた。男の高圧的な態度も怖いが、老婆の親切めいて実はしっかり脅しをかけている口調に、ピュアは背筋が寒くなる。

「あなた達が受け取る人……?」

 竜の力が預かり物なら、それを渡すべき相手がいるはず。

 さっきエルナと話していたばかりだ。しかし、目の前にいる二人は、とてもそうだとは思えない。

 問いかけてはみたものの、ピュアの中では「絶対に違う」とすぐに結論が出ていた。

「お前は渡す相手を覚えてないんだろう。それは俺の物だ。俺が手にするはずだった力だ。お前はさっさとその力を俺に渡せばいい」

「手にするはず……まさか、あなたが竜を殺そうとした魔法使いっ?」

 この話もエルナから聞いたばかりだ。竜の力を狙い、行方不明になった魔法使い。

 その魔法使いが、目の前に現われている。

「あなたが、マーディンとかいう魔法使いなのっ」

「お前も余計な時に余計な話を聞きやがったもんだな。俺がマーディンならどうだと言うんだ。お前には関係ないだろう。早くその力を渡せ」

「い、いやよっ」

 反射的にピュアはそう言ってしまった。

 竜を殺すなんて、とんでもない魔法使いだ。そんな男に、この力は渡せない。よくわからないが、エルナは強い力だと言った。そんな力をこんな男が持ったら、何をするか予想もできない。きっと悪いことをするに決まっている。

 エルナから聞いた話では、協会や魔法使い達に復讐すると言っていたらしい。もしかしたら、魔法使いというだけでロッグやエルナまで巻き込まれるかも知れない。

 冗談じゃないわ。あたしの大切な友達をそんな危険な目に遭わせてたまるもんですか。

「ほう、俺に逆らうか。おとなしく渡せば、痛い目に遭わずに済むものを」

「お嬢ちゃん、わしはちゃんとさっき警告してやったよ。人の親切を無にすれば、ロクなことにゃならない。この先どうなっても、それはお嬢ちゃんの責任だからね」

 ジュパットは特にマーディンの手伝いをするつもりはないらしく、それだけ言うと横に移動する。自分は傍観しようということらしい。

「どこにその力があるか、さっきの魔法使いとの会話でわかっているぞ。ここにあるということはな」

 マーディンの手がピュアのブラウスを掴み、ボタンなど無視して一気に開いた。

「きゃああっ」

 ピュアは上半身を下着だけにされた。胸に付いた緑のあざが現われる。

「これか……。なるほど、地竜の身体と同じ色だ。あの時の……俺の目から光を奪った竜の色と」

 昼間とは言え、森の中なので光はやや乏しい。なので、明るい緑のあざも少し暗く感じられた。

 そのあざを見て、マーディンはにたりとする。その顔は人間じゃないように、ピュアには見えた。

 血の気の引いた顔でこちらを見る少女を、マーディンは優越感にどっぷりとひたりながら見下ろした。

「最近、女はごぶさたでな。お前のように若い女とよろしくやってから、というのもいいが……竜の力が最優先だからな。その力が俺の物になったら、ゆっくりかわいがってやるから待ってろ」

「だ、誰があんたなんかとっ」

 必死になってマーディンを睨み付けるピュア。今できるのは、それくらいだ。

「この顔が怖いか? そう、ひどく醜いだろう」

 マーディンがわざと髪をかきあげ、傷をさらした自分の顔をピュアに近付ける。

 怖いとは思ったが、それは顔の傷のせいじゃない。こちらを見る、どこか常軌を逸した目の光のせいだ。

「竜に付けられた傷だ。傷口はなかなかふさがらず、治癒の魔法も効かず、やっとふさがったと思ったらこんなに肉が盛り上がった。この肉をそぎ落としたいと、今まで何度も思ったぜ」

 その場から後ずさることもできず、ピュアは顔をそらそうとしたが、マーディンが少女の顔を掴んで動かなくしてしまう。

「だがな、竜の力を手に入れれば、こんな傷ともすぐにお別れだ。竜に付けられた傷は、竜の力で癒す。一番自然とも言える治療法だろう? この傷がなくなれば、お前も俺にみとれるぞ。自分から抱いてくれと言い出すさ。レンディックの街で俺に惚れない女はいなかったくらいだからな。その頃のお前はガキで、よくわからなかっただろうが。男の価値がわかるようになれば、俺がどんなにすごい男か理解できるようになる」

「……」

 何も言わないピュアに、マーディンは自嘲気味につぶやいた。

「この顔で言っても、信じられないか。俺がお前でもそう思うだろうがな」

「……傷のあるなしなんて、関係ないわ。あんたみたいな男に、どんな価値があるって言うのよ。惚れない女はいないですって? うぬぼれにも程ってものがあるわよ。そういうのを世間では勘違いって言うんだわ。あんたがどんなに美形だったとしても、あたしはあんたみたいな男を好きにはならないわよっ、おじさん!」

 ピュアの暴言にマーディンは顔色をなくし、怒りを露わにして少女を押し倒した。

「いやぁ、離してっ」

「ずいぶんと気の強いガキじゃねぇか。なめた口、ききやがって。今すぐ、死んだ方がましって気分にさせてやろうか? 生きて親の顔を見るくらいなら、ここで首をくくりたいって思うようにしてやってもいいんだぜ」

 地面に押し付けられ、言いたい放題言っていたピュアは青ざめてマーディンを見る。

「ちょいとマーディン。お前さんがその娘と何をしようが構わないけどね、あまり待たせないでおくれよ。わしだって早く力をもらいたいんだからね」

 あきれたような口調で、ジュパットが口を挟んだ。

「ちっ。小娘の相手をする時間も待てないのか。自分が相手にされないから、拗ねているのか?」

「まったく、バカお言いでないよ。わしだって、若い時はそんな小娘なんか足下にも及ばないくらい、美人で通ってたもんさ。しかもとびっきりのね」

「ほう……。年月と言うのはひどく残酷なことをするものだな」

 老婆の言葉に、マーディンは鼻で笑う。

「嘘だと思うなら、竜の力を手に入れてわしを若返らせてごらん。お前さんが今まで相手にしたことのないようないい女が、目の前に現われるから」

「うまいことを言って、最初の約束よりさらに若返るつもりか」

「わしはどうだっていいさ。どうするかは、お前さんの気持ち一つだからね」

「そうか。では、お前がほら吹きかどうかは、後でゆっくり確かめてやる。まずは竜の力だな」

 マーディンは身体を起こした。だが、ピュアは地面に倒されたままだ。

「さぁ、俺の元へ来い。お前は俺のものだ。俺の力となれ」

 マーディンが、ピュアの胸のあざに手をかざす。エルナがやった時のように、ピュアはあざがうずくのを感じた。直後、熱いものが身体中を駆けめぐる。

「い……や……」

 これまでに感じたことのない息苦しさ。熱いものは身体の中だけでなく、身体全体を包み込んだように思える。こんな熱さを、今まで感じたことはなかった。

「さあ、そんな力のない小娘の身体から出て、俺の所へ来い」

 マーディンが呪文を唱え始める。ピュアの身体がのけぞった。ピュアには見えていないが、そのあざから竜の力が緑の薄い粘液のように流れ出し、それが少女の身体を包み込んでいるのだ。

「や……め……」

 息が苦しい。あまりの苦しさに、涙が出て来る。だが、マーディンは呪文をやめようとはしない。

「しぶとい竜だ。こんな小娘の身体のどこがいい。そこにいては、いつまで経ってもお前は解放されないぞ。俺がお前を使いこなしてやる。出て来い」

 またピュアの身体がのけぞり、けいれんしているように震える。

 熱い……苦しい……ロッグ、助けて……助けて、ロッグ!

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