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二度目の誘拐

 レンディックの街の北部は、閑散とした場所だ。少し中心部から離れただけなのに、同じ街のエリア内と言ってもずいぶんと変わる。

 まるで過疎の村のように住む人が極端に減り、賑やかな都会を離れてゆっくりすごしたいと考えた裕福な人間が建てた別荘があるだけになるのだ。

 二十年程前の一時期、富裕層で別荘を建てることがブームになった。だが、しばらくするとそこを盗賊に狙われることが続いたのだ。

 現金はあまりないが、別荘を飾るための高級な家具や調度品が標的にされる。盗賊にすれば、宝の山にも見えただろう。

 人が少なくて静かに過ごせるはずが、人が少ないことで逆に危険になってしまったのだ。

 護衛を大勢連れて行けば、とりあえず財産は守られる。だが、静かな場所でのんびりしようとしていたのに、これでは本末転倒。そこにいる間、ずっと緊張を強いられることになってしまう。

 別荘を建てた人達は、すっかり怖がって近付かなくなってしまった。もちろん、そこに置かれていた家具の類は全て引き上げて。そのために「仕事」ができなくなった盗賊の腹いせか、最後のいやがらせか。数軒が放火された。

 そのせいでますます人は近付かなくなり、この辺りのエリアにある建物はみんな放置された状態だ。ちゃんと整備を、という声は以前から出ているが、未だに手は着けられていない。

 放火を免れた別荘が今ではまるで打ち捨てられたおもちゃのようにほこりをかぶり、大きな廃屋となっているのを見ると、生き物ではなくてもかわいそうにすら思われる。

 そんな古ぼけた別荘の一軒に、ピュアは連れ込まれていた。

 この建物については、とある貴族がここを所有していたが、落ちぶれて何年も前に手放した。現在では一応不動産屋の所有という形になっているが、誰も訪れないので荒れ放題だ。

 中はほこりだらけ。わずかに残された家具などにも厚いほこりがたまり、透明だったはずのガラスは完全に曇っている。それすらも、割れてる部分の方が多い。

 少し歩けば床のほこりが舞い上がり、むせそうになる。割れた窓から入った葉や虫の死骸もあちこちに散らばり、ここを掃除しようと思ったら相当な日数がかかりそうだ。

 昔は豪華な食器類が並べられていたであろうテーブルに、男はピュアを横たえた。積もったほこりを取り除いて、なんて面倒はしない。

 意識のないピュアの寝間着のボタンを外し、胸をはだける。そこにある緑のあざを見付け、男が口の端を上げた。

「これか……」

 男はピュアの手に縄を巻き付け、その縄の端をテーブルの脚に縛り付ける。ピュアはテーブルの上で磔状態にされたのだ。

 その作業が終わる頃、ピュアは目を覚ました。

「……ここは?」

 見慣れない天井が目に入り、ピュアが首を動かすとそばに見慣れない男が立っている。

「だ、だれっ」

 そう言ってから、自分の胸がむき出しにされていることに気付いた。

「きゃああっ。何よ、これ。あんたがやったのっ。何てことするのよ、この変態!」

 暴れようとしたピュアだが、手は縄で縛られているので自由にならない。足は縛られていないので動くが、それだけではどうしようもなかった。

「誰よ、あんた。あのマーディンとかっていう男の仲間なのっ」

 顔を赤くしながら、ピュアは叫んだ。恥ずかしさと怖さで涙が浮かんでくる。

「マーディン? ああ、昔は手を組んでたこともあったなぁ」

 男は白々しく感慨深げにして見せる。

「まぁ、ずっと前の話さ。オレはヴェイザーってんだ。よろしくな、お嬢さん」

 四十前後だろうか。やせているからか、存在を主張する頬骨。肩まである暗い茶色の髪に縁取られた顔は、とても狡猾そうに見えた。

 マーディンもろくな男ではなかったが、このヴェイザーもまともとは言えない。青い目の奥に、あくどい性格が見え隠れしているような気がした。こちらを見る目は、獲物扱いしているようにしか思えない。

 実際、このヴェイザーは汚い男である。ほんの短い期間ではあったが、あのマーディンと組んで仕事をしたことがあった。

 稼ぎは山分けの約束だったが、全てを自分の物にして姿を消したのである。数回分の仕事の稼ぎを、自分の分はもちろん、マーディンに渡した分も全てくすねて。

 マーディンが非道な性格と表現するなら、ヴェイザーは小賢しいといったところか。

 マーディンはしばらくヴェイザーを追って来ていたようだが、こういう輩は逃げることにはとても長けているのだ。結局、マーディンはあきらめたようで、ヴェイザーは奪った金でしばらく豪遊していた。

 その金が底をつくと、相手を変えて同じようなことをして金を手に入れ、気楽な生活してきたのだ。

「何言ってんのよ。よろしくなんて、できるはずないでしょっ。あたしをどうする気?」

「この前、森の近くを通りかかったら、ずいぶん賑やかでなぁ」

 ピュアの言葉には応えず、ヴェイザーは勝手に話を始める。

「ちょいと気になったんで、そばまで行ったんだ。そうしたら、驚いたことに顔なじみのマーディンが若い女を組み伏せてるじゃないか」

 ピュアがマーディンに連れ去られた時のことだ。ロッグ達以外にもあの場に人がいるとは思わなかった。

「そんなに不自由してるのかと思ったら、本当に気の毒になったね。まぁ、あの顔じゃあ仕方ないがな。で、どうなるかと見ていたら、妙なことを始めやがる。強い魔力がオレのいる所まで流れてくるのを感じたよ。お嬢さん。あんた、いいもんを持ってるようだね」

 にたりとヴェイザーが嗤い、ピュアは背筋が寒くなった。

 結局、このヴェイザーもピュアの中にある力に目を付けたのだ。あの時の様子を見て、どういう方法でかピュア達のことをかぎ回り、自分の物にしようと画策したらしい。

「オレもちょいと魔法を知っててね。やっぱり強い魔力ってのには、それなりにあこがれるもんな訳よ。マーディンは失敗したようだが、オレは違うよ。あんな森の中じゃ、誰が来るかはわからないが、こんなへんぴな場所にある古い別荘になんて、人はまず来ないさ。ただでさえ、この辺りは人が滅多に来ないらしいからな。たとえ来たとしても、こんな化け物屋敷に見えそうな建物には入って来ないさ。ゆっくりしようや」

 また……またあんな苦しい目に遭わされるの? やだ、そんなの……やだ。

「いやよ。誰か助けてっ。ロッグ、エルナ、ジーン! 助けてっ。イシュトラル、お願い、誰かっ」

 ピュアは出せるだけの声を出して、助けを求めた。

「おいおい、うるさいのはゴメンだよ。言っただろ。どうせ誰も来ないんだから」

 ヴェイザーはわめくピュアの口に、布を押し込んだ。ピュアはくぐもった声しか出せなくなる。

「さぁ、始めようか。どんな力か、楽しみだよ」

 両手をこすり、舌なめずりしたヴェイザーが呪文を唱え始める。途端に、ピュアの胸にあるあざがうずいた。

 いや……やめて……。

 胸を中心にして、熱い何かが身体中を走る。口をふさがれてるので、余計に息苦しい。この前と同じように、中だけでなく、身体の外にまでその熱い何かに包まれる。身体が押しつぶされそうな、逆に内側から弾けてしまいそうな衝撃が、何度もピュアを襲った。その度にいやでも身体が跳ねる。あまりの苦しさに、さっきとは違う涙が出て来た。

「なかなかしぶといなぁ。まだ半分も出てないぞ」

 何か知らないけど、出すなら早く出してよっ。できないなら、もうやめてっ。

 そう叫びたいところだが、低い呻き声しか出せない。

「こういう場合は……」

 ヴェイザーが取り出した物を見て、ピュアは青ざめる。

 さっきから炎の中で踊らされているような気分だったが、それを見た途端、もうろうとなりかかっていた意識が急にはっきりとなった。一気に冷や汗が吹き出る。

 ヴェイザーが見せたそれは、切っ先鋭いナイフだ。

「そのあざをえぐり出せば、一気にどっと出るかも知れないな」

 えぐるって……知れないって何よ、それっ。人の身体を何だと思ってるのよ!

 そう思っても、ピュアには逃げるどころか、もうまともな悲鳴を上げることすらもできない。どんなに身体を動かそうとしても、男から離れることはできないのだ。

「なぁに。すぐ終わるよ」

 そういう問題じゃないっ。

 ピュアは身体をひねると、縛られていない足を思い切り動かす。覆い被さるようにしてナイフを突き立てようとしたヴェイザーの横っ腹を、力任せに蹴った。こういう反撃を予測していなかったヴェイザーは床に転がり、ナイフを取り落としてしまう。

「うわっ。……このガキ、ふざけやがって」

 ヴェイザーが睨み付け、床に落としたナイフを持ち直した時だった。

「そんなナイフごときで、魔力が抜き出せるものか」

 聞き覚えのある声がして、戸口に人影が現われた。ヴェイザーが振り返り、その姿を見てギョッとなる。

「げっ……マーディン」

「魔法にナイフが通用すると、本気で思ったのか? だとしたら、かわいそうな奴だ。気の毒すぎて、涙が出る」

 そこに立っていたのは、マーディンとジュパットだった。

「やはりお前では、ここまでが限度か。ご苦労だったな。後は俺がやる」

 マーディンの登場でたじろいでいたヴェイザーだったが、その言葉を聞いて気を取り直す。

「俺がやるだと? ふざけるな。この女をここまで連れて来たのは、このオレだぞ。この獲物はオレのもんだ。誰がお前なんかに渡すかよ」

 ヴェイザーがナイフを構える。そんな態度の男を見て、マーディンはふんと鼻で笑った。

「お前、本気で自分がその女をここまで連れて来たと思っているのか」

「何?」

「腕の違いって奴さ。お前さん、ずっとこのマーディンに利用されてたんだよ。本当、かわいそうな男だねぇ」

 マーディンの横で、さもおかしそうにジュパットが言う。

「ど、どういう意味だっ」

 見たこともない老婆に笑われ、ヴェイザーは歯をむき出しながら怒る。

「お前があの時、俺がしていたことを覗いているのは知っていたさ。その後、このガキ達をこっそりつけていたこともな。だから、俺はお前に術をかけた。その女をさらって来い、とな。そして、ここへ連れて来させた。お前が失敗して捕まっても、俺は痛くもかゆくもないからな」

 ロッグや他の魔法使い達には、マーディンとヴェイザーの関係は知られていない。どうやってもう一度ピュアを手に入れようかと考えた時、マーディンはこの男を使うことを思い付いたのだ。

 マーディンや姿を見られたジュパットに対しては警戒されていても、あの場にいなかったヴェイザーはしばらく周りをうろうろしても見過ごされるだろうと考えて。

 マーディンは一度ピュアを連れ去っているから、もう魔法使い達には彼の名前が知られている。ヴェイザーが捕まり、罪を逃れようとマーディンの名前を出したとしても、彼にすればどうということはない。魔法使い達がヴェイザーを捕まえてからその後どうしようと、マーディンには関係なかった。

「て、てめぇ……」

「お前は金だけでなく、こんなおいしい獲物まで横取りしようとした。だが、そう何度も俺を騙せるとは思うなよ。その力は、十年前から俺がずっと求めていたものだ」

 マーディンが手を横に振ると、ヴェイザーの身体が軽々と吹っ飛んだ。見えない巨大な手が男を張り飛ばしたかのように、その身体が宙に浮く。ヴェイザーは壁に当たり、顔を強く打ったようで、鼻血が顔を染めた。

「うぐ……」

 ヴェイザーは顔を押さえたが、すぐには立てないようだ。

「安心しろ。まだ殺しはしない。お前も魔法を使う者なら、竜の力がどれだけのものか、見てみたいだろう。その力を手に入れた俺を見せてやる。お前をなぶり殺しにするのは、その後だ」

 ピュアが横たわるテーブルのそばに、今度はマーディンが立つ。悪党達が話している間に、ピュアは何とか口に入れられた布を舌で押し出していた。

「また……あんたなの」

 ヴェイザーが呪文をやめたことで、ピュアの周囲や身体の中を走る熱い何かはおさまりつつある。だが、マーディンの登場で再び同じことが起きるだろうということは、いやという程わかった。

「会いたかったぞ、ピュア」

 マーディンはわざとらしく、親しげに呼ぶ。その口調は、むしろ恐怖をかりたてた。

「あたしは二度とあんたなんかに会いたくなかったわ」

 ピュアが睨んでも、マーディンはまるで気にしない。

「あれから俺がどんなにお前を欲したか、わかるか? ん?」

 そんなもの、わかってくれと言われても絶対にわかりたくない。

「この前は残念ながら、あと一歩というところで邪魔が入った。あのまま全てが終わっていたら、お前もまたこんな苦しい思いをしなくて済んだろうにな。俺も本当に悔しかったぞ。だが、その苦しみも、今日で最後だ。安心して俺に身をまかせろ」

「いやよっ。ロッグ、エルナ、ジーン。助けて! あたしはここよっ」

 もう一度、ピュアは声の限りに叫んだ。ヴェイザーはうるさいと布を口に押し込んだが、マーディンはその様子を笑って見ている。

「いくらでも呼ぶがいい。やつらがここへ来る頃には、全てが終わっている」

 マーディンが呪文を唱え始め、身体の内外を翻弄する苦しみがまたピュアを襲う。声を上げても、何かに飲み込まれてまともな悲鳴にならない。

 怖い。ロッグ、もう一度会いたかった。ごめんね。意地なんか張らずに、ちゃんと会っていればよかった。ロッグ……ダメ……あたし、死んじゃうんだ……。もう、ロッグに会えない……。

 意識が次第に遠のき、ピュアはそんなことを思った。

 そして、最後に大きな衝撃がピュアを襲い、ひときわ大きくその身体がテーブルの上で跳ねた。

「ピュア!」

 手をテーブルにつなぎ止めていた縄が切れ、跳ねたピュアの身体がテーブルから汚れた床へ落ちる。

 その直前、彼女の居場所を突き止めて現われた魔法使い達は、彼女の名前を叫ぶしかできなかった。

 同時に、ピュアの身体から飛び出したものが、誰の目にもはっきり映る。

 それは、緑の光でできた竜だった。

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