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竜の珠

前半に流血シーンがあります

本編に影響はないので、苦手な方はさらっと読み流してください

 男は、人知れずバローグの山へと入った。

 秋も深まり、木々の葉はどれも鮮やかな赤や黄色に美しく色づいている。時折、風に乗って熟れた実の甘い香りもした。どこかで枝や草の動く音がするのは、そんな実を求めて動く鳥や獣達だろうか。

 朝晩ともなれば、冷え込みもずいぶん厳しくなってくるこの季節。

 だが、こうして息を切らせながら山を登れば、汗がこめかみを流れ落ちる。荷が重いせいもあるのだろう。

 くせの強い金の髪が顔にべったりとへばりつくのがうっとうしい。だが、それを取り払うわずかな作業も面倒で、ひたすら黙々と歩き続ける。青の瞳は鋭い光を帯びながら、行き先を睨んで。

 男の背中には、鉄の刃を持つ長い剣があった。この鉄が荷を重くし、彼の息を切らせ、端正な顔に汗を流させている。

 剣を持っているとは言っても、男は剣士ではない。かと言って、武器商人などでもなかった。

 男は魔法使いだ。本来であれば魔法の杖をその手に持つところだが、彼が持っているのはいささか不似合いな長剣。男はどちらかと言えば長身だが、そんな彼の身体に対しても剣は大きい。長い分、重かった。

 もちろん、何の意味も目的もなくそんな重い剣を持ち、魔法使いが山の中へ入るはずはない。

 男は、このバローグの山に棲むと言われる竜を探していた。この剣は、竜の息の根を止めるための大切な道具なのだ。

 竜は個々に力の源となる珠を持つ、と言われている。

 男が狙っているのは、その珠。つまり、竜の魔力そのものである竜珠(りゅうじゅ)だった。

 魔法使いであるこの男は、バローグの山のふもとにあるレンディックという街に住んでいる。街には、魔法使いが所属する魔法使い協会アーストというものがあり、魔法使いが仕事をする際は協会を通じて依頼を受けることになっているのだ。

 協会に所属していないモグリの魔法使いも存在はするが、彼らに仕事を依頼して法外な料金を取られたり、依頼料の持ち逃げや雑な仕事しかしてもらえなくても、文句は言えない。

 魔法使い本人も、まともな仕事を請け負うことができず、両手が後ろに回りかねない仕事ばかりを押し付けられる。依頼人がまともな職業でないことも多いので、危険なことをさせられた上に料金を受け取れない、ということもままあるようだ。

 魔法使い協会に所属することで魔法使いは身分が保証され、自分の力量に応じた仕事をもらえる。依頼する方も安心して任せられるという制度だ。魔法使いを育成するための教育機関もある。

 男も、以前はそこに所属していた。

 していた。そう、もう過去形だ。

 男はこれまでの度重なる素行の悪さから、つい最近「協会追放」という、協会で一番重い処分を言い渡されてしまったのである。

 仕事の依頼をしてきた人に対して、魔法使いの品位が下がるような暴言を吐く。

 大した金にならないから、と仕事を無断で放棄する。

 自分のやり方に意義を唱える魔法使い達と殴り合いのケンカをすること、数回。

 魔法使いの仕事ではないが、プライベートで女性問題を起こすこと多数。

 男にとっては「たかがそんなくらい」でしかなかった。

 レベルの高い自分に、つまらない仕事をさせようとする方が悪い。声をかけてきたから遊んでやっただけなのに、自分の尻と頭の軽さを棚に上げて文句を言う女達。少し強めに言ったくらいで、責任者を出せと騒ぐのだから莫迦な一般人には困ったものだ。

 男にすれば、その程度の話。

 だが、そういったことが重なって追放の身となったのだ。

 そんな処分を受けても、男は「俺のことを何もわかってない奴らめ」と恨みを向けるだけ。早い話が、完全な逆恨みだ。

 男の魔法の腕は悪くない。むしろ、かなり高い方だ。しかし、プライドは実力以上に高かった。

 全ての魔法使い達に、必ず思い知らせてやる。

 そんな思いから、男は竜の力を手に入れようを決めたのだ。

 人間とは比べ物にならない、竜の強大な魔力。それを手に入れれば、自分をあざけっていた魔法使い達に報復できる。

 男の頭には、そのことだけしかなかったのだ。

 息を切らしながら歩いていた男の足が、急に止まった。行く先の地面がなくなっている。そこから下を覗き込めば、さほど高くはないが崖のようになっていた。

 引き返すしかないと思ったが、男の目にある物が飛び込んできた。思わず息を飲む。

 ……竜だ。まさかこんなすぐに見付かるとはな。運がいいぜ。やっぱりこの山に棲んでいやがったか。

 崖のすぐ下に少しくぼみがあり、竜がその長い身体を折り曲げて休んでいたのだ。

 コケのようにくすんだ暗い緑の鱗が、木々の間をすり抜けて届く光に当たって美しく輝いている。まるで翡翠でできた彫刻のようだ。

 目を閉じているのでわからないが、翠玉(すいぎょく)のような瞳があるはず。身体全体がまるで宝石のようだが、本物の宝石で作ろうとしてもその美しさは表現できないだろう。

 その身体は、普通の民家などよりはるかに大きい。身体を折り曲げてそう思うのだから、まっすぐ伸びればどれだけの長さになるのだろう。

 その色からして、地竜に間違いなさそうだ。そう、間違いなく、この山の竜。

 寝てやがるのか……。好都合だ。

 目を閉じて動かない様子からして、竜はまどろんでいるらしい。それに男がいる位置は風下になるので、竜が人間に気付いた気配はないようだ。

 男は背中の剣を、音をたてないようにゆっくりと地面に下ろす。その後、持っていた荷物の中から、一つの巾着袋を取り出した。中には小麦粉のような、白く細かい粉末が入っている。

 男は崖先に腹這いになり、腕を伸ばして袋の中身を崖下に向けて落とした。

 風はほとんどなく、粉はそのまま下にいる竜の方へと落ちてゆく。

 うとうとしていた竜は、何かが落ちてきたのに気付いて顔を上げた。だが、すぐに元の体勢に戻る。

 その粉は、眠りを誘う魔法の粉だった。強大な魔物と戦う時などに、魔法使い達が使うアイテムの一つだ。

 粉の量や魔物が持つ耐性によっては、完全に寝入ってしまうだけの効果がある。呪いなどで動く無機物でない限り、全ての生物に有効だ。

 完全に眠りに入らなくても、動きはかなり鈍くなるため、強い力の魔物を退治する時などによく使用される。

 本来なら、悪用されないように魔法使い協会で厳重に保存・管理されるべき物だ。人間や小動物に使われたりすれば、死ぬまで眠り続ける危険性もある代物なのである。

 だが、男は勝手知ったるとばかりに協会へ忍び込み、これを盗んで来たのだ。もちろん、竜を相手に使うつもりで。

 ただでさえ、うとうとしかけていた竜。そこへさらに眠りの粉が振りまかれ、抵抗する力も失ってさらに深い眠りに入る。

 その様子を見た男は、起き上がると剣を手に持った。刃がぎらりと不気味に光る。

 使い慣れない剣だが、特に問題はない。これで戦う訳ではないのだから。

 この大きさだと、心臓は……だいたいあの辺りか。

 竜についての知識は、この男にもあった。だてに魔法使いをやっていない。素行が悪くても、知識や実力は十分あるのだ。

 竜にはまだまだ未知な部分が多いが、わかっていることもいくらかある。

 その一つが、心臓の位置。

 先人達の知識や経験が詰め込まれた竜の本の中に、それが書かれていた。まさかこういう使われ方をするとは、過去の魔法使い達は考えもしなかっただろうが。

 動くなよ。永久の眠りにつかせてやるからな。

 重い鉄の剣を両手で持ち、上から竜の心臓の位置の目星をつける。そのまま、男は剣を握りしめながら崖を飛び降りた。

 鋭い剣の切っ先は、確かな手応えを持ち手に伝えながら竜の身体に飲み込まれる。眠っていた竜が悲鳴を上げた。

 男は剣から手を離し、竜の身体の上をうまく転げて地面に降りる。

「お前の持つ、竜の珠をもらうぞ」

 鉄に弱い地竜は最初に上げた一声だけで、あとは悲鳴にもならずに苦しんでいる。いっそ一撃で仕留められれば楽だったろうが、中途半端な状態の傷になってしまったのだ。

 だが、男がそれを見てかわいそうだと思うことはない。むしろ、予定通りだ。

「さっさとくたばれ。そして、俺にその魔力を渡せ」

 とどめを刺そうと、男はすぐに呪文を唱え始める。

 だが、竜もただ苦しんでいるばかりではなかった。自分に害をなす存在がそこにいると知ると、反撃したのである。

 自分が生き残るための、生き物として当然とも言える行動だった。

 竜の身体から、暗い緑の鱗が何枚も浮かび上がる。いや、それが本当に鱗だったのかどうか、わからなかった。そう見えただけかも知れない。

 男には、それが何なのか見極めるだけの時間がなかった。浮かんだ鱗が、一斉に男へ向かって飛んだからだ。

 こちらを見る竜の瞳が、翠玉のような色だと予想していたのに実際は黒い、と思ったのも一瞬。

 まるでカミソリの刃が何枚も襲ってきたかのように、竜の鱗は男の身体のあちこちを切り裂いた。

 男は防御の壁でそれらを防ごうとしたが、竜の力にかなうはずもない。眠り掛かっていたとは言え、竜の力は人間とは比べものにならないのだ。

 出した壁はあっさりと破られ、身体に傷が無数にできた。男が死ななかったのは、壁を抜けることでほんのわずかながらも鱗の飛ぶ力が殺がれ、本来できる傷より被害が少なく済んだからだ。

 少ないと言っても、本当に微々たるもの。男にとっては何の慰めにもならない。

 竜の代わりに、今度は男が悲鳴を上げた。竜の鱗が一枚、男の左目に刺さったのだ。

 自身すらもこれまでに聞いたことのないような悲鳴。身体の奥から噴き出すような悲鳴を、男は自分で止めることができなかった。

 もう竜の珠どころではない。竜が眠りかけていようが死にかけていようが、今は自分が満身創痍になって何もできなかった。

 男は逃げるように、よろよろとその場から離れようとする。

 だが、傷を受けたショックで意識はもうろうとなり、前もよく見えていない。

 そして、竜のいた場所のすぐそばにもまた崖があり、状況が見えていない男はそこへ足を踏み出してしまった。

 空を踏んだ男は簡単にバランスを崩し、その下を流れる川へと転落する。悲鳴が細く伸び、水の音がして……すぐに何も聞こえなくなった。

 竜は横目でその光景を見ていたが、すぐに自分の身体に刺さる剣に目を向ける。

 手は届かない。竜は自分の尾を器用に使い、その剣を引き抜いた。そのまま男が落ちた川へと投げ捨てる。

 傷口からは、血が噴き出して流れた。同時に、体力と魔力も流れてゆく。即死には至らなかったものの、男は確かに竜の急所を一突きしていたのだ。

 自分が一番苦手とする素材でできた凶器に急所を突かれては、いくら竜でも手の施しようがなかった。

 これまでか……。

 空しいと思いながらも、血があふれる傷口を尾の先で押さえた。人間の姿をしていたなら、手で胸を押さえた格好だろうか。

 今の一撃で、竜は自分の命がじきに消えることを悟っていた。だが、それが自分の運命であるなら、あがいても仕方がない。受け入れるしかないのだ。

 これをどうすれば……。

 だが、竜には黙って死を受け入れることのできない事情があった。少しでもいいから時間が欲しいと思っても、その事情を処理するだけの時間はもう残されていない。

 絶望的な状況に、竜が深いため息をついた時。

 がさがさと草の揺れる音がした。竜がそちらに目を向けると、一人の小さな人間の子どもが現われている。きゃしゃな女の子だ。六つか七つといったところか。

 まさか親子で竜を襲いに来たのかと思ったが、すぐに違うと打ち消した。

 さっきの男は金髪に青い目だったが、目の前の少女は肩まで伸びた明るい茶色の髪と、同じ色の瞳をしている。母親似ということもあるが、そうだとしてもその子とあの男とは顔立ちが全く似ていない。男とは無関係で、偶然ここへ来たのだろう。

 実際、その少女……ピュアは、一緒に山へ来た幼なじみ達とはぐれてしまい、一人でここへ出てしまっただけだった。

 悲鳴が聞こえた気がしたが、獣が吠えたようにも思え、出くわしたらどうしようと思いながら歩いていたのだ。

「あの……どうかしたの? 何だかすごく苦しそう」

 小さな子どもが巨大な竜を前にして、逃げずにいるだけでも驚きだ。

 それなのに、現われた少女は多少怖そうにしてはいるものの、そんなことを尋ねてきた。

「悪い人間に……やられてな」

 小さな少女の問いに、竜は自然に答えを返していた。

 少女の視線が、竜の尾の先に向けられる。その下に傷があることに気が付いたようだ。

「ケガしてるの? あたし、薬草さがして来ようか」

 最悪な目に遭ってしまったが、命が消える直前にこういう優しい言葉をかけてくれる子どもに会えたのは、まだありがたいと言えるだろうか。

 運命が最期に用意してくれた、わずかなはからい。

「いや……無駄だ。どんな薬草でも……私はもう、助からない」

 自分の命にもう希望は持てないし、こんな小さな子にも持たせてはいけない。自分が何とかできるのではと考え、だが目の前で死んでしまえば自分の力不足を悔やんでしまうこともあるだろうから。

 なので、竜はかすれつつある声で真実を伝えた。

「ダメよ、そんな弱気なこと言っちゃ。ジーンの父さんがよく言うよ。ヤマイはキからって。……ピュアにはよくわかんないけど」

 竜の声は男性。自分の父親よりも何となくおじさんに思える。それなら、オトナだ。オトナがそんな弱気なことを言うなんて、幼いピュアにはあまり理解できない。子どもから見れば、オトナはしっかりしているもの、というイメージがあるから。

「ピュア、と言うのか?」

「うん」

 竜の問いかけに、少女が頷きながら返事をする。

「そうか……。私はグリンだ」

「ねぇ、グリン。子守歌、うたってあげようか。少しは気分がよくなるかも知れないわ」

 そう言うと、ピュアは優しい旋律の子守歌を歌い出す。とにかく何かしてあげたい、という気持ちからだろう。



 さぁ ゆっくりと  おやすみなさい

 いとしい あなた  おやすみなさい


 お月様に ほほえまれ

 お星様に 見守られ


 ゆめの世界で  あそんでおいで

 目を覚ましたら わたしに教えて


 あなたの明るい 笑顔と声で

 すてきな楽しい ゆめの話を


 さぁ ゆっくりと  おやすみなさい

 いとしい あなた  おやすみなさい

 わたしの あなた  おやすみなさい



 子どもの澄んだ歌声は、確かに竜の気分をよくしてくれたように思えた。

「ありがとう。きれいな歌声だ」

「うふ……」

 歌い終わったピュアにグリンが礼を言うと、少女ははにかんだ笑顔を向ける。

 こんな小さな子に……許されるだろうか。だが、私にはもう……もう時間がない。

 思慮深そうな黒い瞳が少女を見ていたが、グリンは決心したように口を開いた。

「……ピュア、すまないが頼まれてくれないか」

「なぁに? あたしにできるなら、してあげる」

 いつの間にか、ピュアはグリンのすぐそばまで近付いていた。小さな手が竜の身体に触れる。その手の温もりを、グリンは確かに感じていた。

「お前に竜珠を……竜の珠を持っていてほしい。そして、それを我が子へ渡してもらいたい」

「竜の珠? それをグリンの子に渡せばいいの? いいよ、それくらいならピュアにもできるもん」

 頼られたことが嬉しくて、ピュアは笑顔を向ける。

「……だが、それはずっと先になろう。我が子は今、ここにおらぬ。戻るのは数年後。もしかすれば、十年を超えるやもな。それまで、お前に持っていてもらわねばならぬ。……よいか?」


 よいか?


 本当なら、最後の言葉を言う必要はない。言わない方がいい。

 そんなのはいやだ、と言われたらそれまでになってしまうから。

 十年近くも竜の物を持つなんて、と拒否されればおしまいだ。

 しかし、ピュアはそんなことなど考えず、実にあっさりと

「うん、いいよ」

 と、答えたのだった。

「すまぬな。本当なら、私が直接渡さねばならぬ物を、人間のお前に託す。無事、我が子の手に渡らんことを」

 グリンの身体が光った。

 それまでも光に当たり、所々輝いていた竜の身体だが、今はグリン自身が光っているのだ。

 それまでの暗い緑とは違い、とても明るい緑。若葉のような色。

 ピュアは呆然となりながら見ていると、グリンからその身体と同じ緑の光る珠が現われた。ピュアの頭ほどもある珠だ。

「ピューアー」

 どこからか、名前を呼ぶ声がする。迷子になった彼女を友達が捜しに来てくれたのだろう。

 だが、ピュアは目の前の珠から目が離せない。ふわふわと浮かぶ珠は、ゆっくりとピュアへ近付く。

 やがて、少女の胸元辺りで止まった。

 これを受け取ればいいのかな、と思った途端、珠がピュアの身体の中へと入る。

「……え?」

 びっくりしてピュアが自分の胸を見ていると、突然自分の身体の中から大きな衝撃を感じ、小さな身体がビクッと揺れた。熱い何かが身体中を走る。

 そのまま、ピュアは何もわからなくなり、その場に倒れた。

 無事、我が子の手に渡らんことを。そして、それまでお前が無事でいられるよう……。

「すまぬ、幼き者よ……」

 倒れた少女に向けて声をかけ、グリンは目を閉じた。その竜の身体が、緑に光る粒子となって宙に消えてゆく。風に吹かれて崩れてゆく砂の城のように。

 その存在が完全に消えた地面には、竜が流した血の跡さえもなかった。

「ピュア!」

 小さな子ども達が三人、慌てて走って来る。ピュアの幼なじみであるロッグ、エルナ、ジーンだ。

 三人はピュアと一緒に木の実を採りに山へ入ったのだが、いつの間にかピュアがいなくなったことに気付き、捜していたのである。

 そして、彼らは少女と一緒にいた竜の姿もしっかりと見ていた。

 明るい緑に光る珠がピュアの身体に入り、直後に彼女が倒れてしまったところも。竜の身体が崩れて消え去ってしまったところも。

 何が起きたのかわからず、三人はしばらく呆然としていた。が、我に返るとピュアへと駆け寄ったのだ。

 ロッグがピュアを抱き起こすと、少女はすぐに目を覚ました。

「ピュア……ピュア、大丈夫か?」

「うん……」

 かけられた声にそう応えるものの、ピュアの表情はどこかぼんやりしている。

「ねぇ、ピュア。今……何があったか、わかるかい?」

 ジーンが尋ね、ピュアはぼーっとしたまま、首を横に振る。

「えっとぉ……そうだ、竜がいたんだよ。すごく優しい声でね。あれ……夢、かなぁ」

 どうやらピュアは竜と会ったことは覚えているようだが、珠が自分の中に入ったことはわかっていないようだった。

「ねぇ、もう帰ろう。ピュア、歩ける?」

 エルナに言われ、ピュアはゆっくりと立ち上がった。

「うん。歩けるよ」

 ピュアにケガはないようなので、子ども達は早々に山を降りた。

「ねぇ……今日のことは、みんなには内緒にしておこうね」

 エルナの言葉に、誰も反対しなかった。

 どんなに詳しく話したところで、大人達はきっと「夢を見たんだろう」ということで片付けるに違いない。

 それでも、あまり他の人には言わない方がいいのではないか、とみんなが子ども心に思ったのだ。

 だから、帰りが遅いと叱られても、子ども達は竜の話を一切しなかった。

 この時の話は子ども達の間だけの秘密になり……そして、十年の時が流れる。

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