表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
君と明日の約束を  作者: 檜垣梁
24/25

24. 君と明日の約束を

 日織が生活に本を取り入れたと確認してから渡したのは、彼女自身の小説だった。


 日織が本を読みだしてから、数日後、流石と言うべきなのか、彼女は病室でのほとんどの時間、本を読むようになっていた。


 彼女の原稿は、学校に行って文芸部の部室で印刷をしてきていた。

 彼女が遺書を学校の印刷機に残していたのは、そういうことなのか、とそこで気がついた。彼女がもし亡くなっていたら、僕はおそらく彼女の小説を印刷して火葬の時に一緒に入れようとする。彼女の言葉のおかげでコンビニなどでの印刷は選択肢になかったから、必然的に部室の印刷機を使う。


 無事全ての原稿を印刷して彼女に渡した際、彼女は訝しげな顔をしていたけど、それが自分の書いた小説だと気づいた様子はなかった。

ただ「なんで、これだけ原稿なの」と不思議そうな顔をしていた。


 彼女に読んでもらっている間、彼女の様子をじっと観察していると、流石に視線が鬱陶しかったのか、集中できないと怒られたので、僕は待合スペースで時間を潰すことにした。


 彼女の集中できないという言葉。それも、受け流せた。


 まだ途中までしか書かれていない小説だから、ただでさえ読むのが早い彼女だし、読むのにそんなに時間はかからないだろう。そう思って、一時間くらいで病室に戻ったのに、思った以上のスピードで読み終えたらしい、彼女は他の本を読み始めていた。


「さっきの小説、途中で途切れてるよ」


 彼女の反応を見つめながら、僕は唾を飲み込んだ。なんともないと思っていたのに、背中の後ろで握った左の手にはじわりと汗がにじんでいる。


「これ、続きは?」


 印刷された彼女の小説を持っている彼女の思考には、当たり前だけどその可能性は浮かんでいない。


「書いて欲しい」

「……は?」


 思わず飛び出た呟きといった感じだった。


「この小説、ここまで君が書いたんだ」


 彼女に誤解を与えないように、正確に伝える。

 彼女は手の中にある原稿の束をしばらくじっと眺めて、それから机に戻しゆっくりと顔を上げた。


「……私が?」

「そう」


 冗談に思われないよう、目を合わせる。


 彼女が何か思い出すように視線を上げた途端、低く呻き声を上げる。もしかして、無理矢理記憶を思い出そうとしたから?


「大丈夫?」


 彼女は、顔を歪めて頭を押さえている。どうしていいかわからず、彼女の隣で何度かその言葉を繰り返す。


「無理して思い出さなくていいから」


 彼女が脂汗をかいて、苦しそうに唸る。誰か呼んだ方がいいだろうか。

 咄嗟にナースコールしようかとボタンを取った右手を掴まれる。


「大丈夫」


 予想以上に強い力で握られ、慌ててボタンから手を離す。


 彼女は荒い息を落ち着けて、徐々に痛みが治まってきたのか表情も穏やかになる。一度深呼吸した後、口元に手をもっていき、真剣になにかを考え出した。


 僕は黙って彼女の様子を見守る。窓から吹き込む涼しい風に彼女の髪が揺れる。


「そっか――そうか」


 口元に手を当てたまま呟く。


「うん、私がこれを書いたのは理解した」


 驚いた。彼女が納得するにはもっとかかると思っていた。


「え、信じられるの?」

「だって、私、何かしら忘れてるんでしょ。本読んでた時、ずっと頭重い感覚あったけど、今のでわかった。何も思い出せないけど、ミツ君が言うんだし、忘れているということくらいは信じられる」


 彼女はまたあの、小説家になると言い切った時と同じ涼しい顔でそう口にする。


「で、続きを書いて欲しい、なんだよね?」

「うん」

「記憶失う前の私が何か言ってたの?」

「いや、僕が」


 変わらない。そのための準備もするつもりだ。


「手伝うって約束したんだ。だから、お願いします」


 言ってから、ずっと左手に握っていた二枚の紙を彼女に見せる。


 彼女は覚悟を決めた表情でそのチケットを受け取った。彼女は、それを僕からのお願いの対価だなんて考えない。


「だから」


 僕は、彼女に向けて小指を出す。


「小説家になってください」


 二人だけで海の底から周りを見渡しているような、そんな距離感で、僕たちは小指を絡め合った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ