15. うぬぼれ
職員室に印刷したプリントを出し、帰宅してからも、心の中に引っかかったしこりは消えてくれなかった。
日織が入院するのは明日からだった。
僕はなんとなく慎一に連絡し、家に泊まらせてもらうことになった。
僕が前回慎一の家に泊まったのは、中学生の時だったから、迷惑をかけることが気になったが、華さんは快く受け入れてくれた。
むしろ慎一の方が意外そうな顔をしていたくらいだ。
家で寝る支度を済ませてから慎一の家に行く。
先に慎一の家に行っていた僕の母は、慎一の家のリビングで華さんと楽しそうに話し込んでいた。明日は仕事がないから、朝まで呑み明かすつもりらしい。
僕が泊まりに来たときは、慎一のベッドの横に布団を敷いて横になる。
「な、ミツ明日バイトある?」
箪笥から出した布団を広げていたら、慎一がスマホを見ながら申し訳なさそうに言った。
「ないけど、何で」
「七三のミスで原本に間違いがあったんだって」
「え?」
「で、明日もし時間あるなら来て欲しいって。今日の明日だから、強制じゃないらしいけど。田内も散々文句言ってた。ひどいよなー」
「確かに」
言いながら、自分は何もしていないから同調する資格があるのだろうか、と考えた。
慎一は明日もテストだろうから、行けない。それで申し訳なさそうにしているのだろう。もし明日自分が行かなければ、日織の努力が無駄になる気がして、頷く。
「まあ、わかったよ」
二人とも布団に入ったのを確認すると慎一がリモコンを操作して、明かりを消した。遮光性の高いカーテンのおかげで部屋の中は真っ暗になる。
「慎一、起きてる?」
「ああ」
自分から話しかけたのに、言葉に詰まり、僕はタオルケットを肩まで掛け直した。
「……なんか悩んでるんだろ?」
僕が黙っていると、悩みがあるとは言ってないのに慎一が訊いてくる。
慎一は僕が家に泊まることになった時点で何か相談したいことがあることは分かっているのだろう。確認するようにもう一度訊く。
「じゃないの? 急に泊まるって」
前回泊まった時も、僕が中学二年の時に同級生に告白された時に慎一に相談するためだった。
「日織のこと?」
「うん」
「なんかあった? 俺が塾の帰りに寄った時もミツいなかったし、日織に聞いても何も教えてくれないし」
尋ねると、慎一は電気を常夜灯に変えて起き上がり、ベッドの縁に腰掛ける。
日織は話していなかったのだ。
僕も座り直し、慎一にあの日あったことを言うと、
「無理したんじゃないだろ」
「え?」
予想外の返答に、思わず訊き返す。
「日織は無理してるなんて思ってないってこと」
「なんでそんなことわかるんだよ」
「夜までやってたのかもしれないけど……んー、なんていうのかな。ミツいつも晩御飯作ってるだろ?」
「うん」
「別に無理してるわけじゃないだろ?」
再び頷く。
「それと同じだとあもう。何か他のことを我慢はしてるかもしれないけど、自分でそうする理由があって、すべきことを分かってるからやってるだけ」
慎一は熱量のこもった口調でそう言う。
慎一の言っていることは正しいのかもしれないけど、病院の先生も無理をした、と言っていた。
「でも、自分のせいで……」
――彼女が張り切ってしまって。
言おうとすると、声が被さる。
「うぬぼれだよ、それ」
鋭い声に、思わず伏せていた目を慎一に向ける。慎一はまっすぐ射抜くような視線で僕を見ていた。
「うぬぼれ?」
「そう。結局するかどうかは自分なんだから。それに、患者の体調を管理するのは医者。慎一はもっと他に謝ることあるだろ」
それだけ言って、慎一はまた布団に戻る。
他に。
やっぱり、自分に責任がないとは思えない。
あの日、病室で彼女を見た時に、分かった。同じシチュエーションを、経験したことがあった。
僕は彼女をもっと昔から知っていたのだから。
病気だと知っていたはずなのだ。少なくとも、彼女の体が弱いことには気づかねばならなかった。病気だとわかっていたら彼女に脂身の多い料理なんか勧めなかった。思えば、彼女はいつも食材を確かめていた。
毛布や授業中の睡眠、それを咎めようとしない教師たち。今思えば、それで気づくべきだったのだろう。
でも。
帰り際に見せた彼女の悲しげな表情を思い出す。
「うん。ありがとう。明日学校の帰りに病院行く」
「ああ」
慎一が少し笑う。
電気が消される。
暗闇の中で、訊く。
「慎一の勉強も理由があるから?」
「……まあ、そうだな」
しばらくの沈黙の後、小さく声が聞こえた。




