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君と明日の約束を  作者: 檜垣梁
14/25

14. 偶然

 梅雨の名残か、鬱屈とした厚い雲に覆われた天気の中、僕は学校へ向かう電車に乗っていた。時間はいつでもいいけど十時ごろと言われていたのでその時間に合わせていつもより遅めの電車に乗っていた。

 他の学校も夏休みだからか、乗っているのは部活のユニフォームを着ているか大きなエナメルのカバンを持っている学生、私服で若い男女、あとは年配の夫婦が多かった。僕みたいに制服を着ている人はあまりいない。


 バイト先の駅で乗客のほとんどが電車から降りる。僕と同じようにこの駅で違う路線に乗り換えるのは学生ばっかりで、残りの人はおそらくこの駅に買い物に来たのだろう、みんなモールのある方へ向かっていった。


 夏休みだから、駅のホームには昼前なのに人が多い。乗り換えに使うエスカレーターの前にも長い列ができて――

 おかしい。

 いつもこんなに普段周りを見ることなんてしない。なのに、無駄に周りの情報が頭に流れてきてしまう。


 それは多分、ある思考を隠そうとしているからなのだろう。

 逃れようとしているから。


 バイト先というのもおかしい、病院があるのは分かっているし、さっきホームの看板に八島総合病院の広告が見えたのに、見た部分に含めなかった。

 彼女のことを考えないようにしている、そんなことを考えるのも嫌で、僕は学校の最寄駅に向かう電車に乗ると、目を閉じて情報をシャットアウトした。


 久しぶりの学校に入って、靴箱へ向かう。上履きは二年の頭に買い替えたこともあって、家に持って帰っていなかった。迷ったけど、靴を履き替えた後、持って帰るのを忘れないように鞄から取り出したビニール袋を靴箱の中に突っ込んだ。


 職員室に行くのを忘れていたのは、僕が何も考えないで歩いていたからだろう。


 何を印刷すればいいのか職員室で聞かなければならないのに、僕は職員室の電気がついているのを確認して、教師には夏休みなんてないのだろうな、とかそういうことを考えていたのだと思う。

 そのまま職員室の前を素通りして、僕は部室の扉を開けた。


 僕が取手に手をかけてそのまま引くと、特に抵抗がない。開く扉を見ながら、あ、職員室に寄ってない。鍵は? 何も準備せずに来てしまった、と思った。

 鍵が開いている可能性は一つしかなかったが、心の準備なんて何もしていなかった。


「ひゃっ」


 中から小さな悲鳴が聞こえた。驚き、見ると、声を出したのは振り返った日織だった。


 怯えた顔で僕を見る彼女が、少し華奢に見えたのは気のせいではないだろう。

 彼女は僕を見ながら焦ったように左手で印刷機を操作していた。繋いでいるパソコンは彼女がいつも使っているものだ。


「これ、終わったから」


 そう言って机の上に置いてある紙の束を指差す。見ると、保護者面談で使われそうな資料だろう。見ている間に彼女は印刷機のコンセントを抜き、パソコンと鞄を持って僕の隣を通り過ぎていった。


「あ……」


 何も話させてはくれなかった。

 彼女が逃げるように出ていった後の部室で、僕は暗い海のような静けさに包まれて立ち尽くしていた。

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