第2話 序章 ~死が2人を別ける運命~
時刻は11時。
街にある大きなデパートの入り口に2人の美少女が笑顔で入っていく。
一人はボーイッシュな恰好のさわやかな笑顔が目を引く少女。もう一人は清楚なお姫様を連想させる黒髪ロングの気弱そうな少女。
実際は兄妹なのだが、周りの客には可愛い姉妹が仲良くしているようにしか見えない。
「あー超涼しいー。空調効いててマジ天国~。でも早くアレ買って帰んないとな。ワクワクが~止まんな~い~♪」
現在兄である優は周りの目を気にせずのびのび歩いているが、妹の希は気恥ずかしそうに後を着いている。
妹の内気な性格を理解している筈の優だったが、遅れて歩く人混みが苦手な妹が居ることを完全に忘れていた。たしかに暑かった。だがそれ以上に楽しみがあった為に気付かなかった。
そして思い出した。妹の存在を
「あ、ごめん希。別に忘れてたわクェ(ゴスッ)、痛いっ! ごめんてッ‼」
忘れていた理由は学校で話題になっている『双月の救世主伝説』というゲームの事で頭がいっぱいになっており、早くプレイしてみたいという年相応の反応なのだが。
希にとっては関係のない話。今希はたくさんの人に見られて困っている。それが希にとっては嫌だと知っているのに。だから早足に優へ近付き、罰を与えた。
【双子暗黙ルールその1 表は兄が裏は妹が助け合う】
という双子だけの法律がある。
表というのは主に対人など日常で困ったりした時。
裏というのは主に勉強など日常で困ったりした時。
今希が困っているというのに優は助けてくれない。それだけでも兄の違約違反による刑執行の対象である。希の罰とは・・・
~横腹を気が済むまでド突く~
子供の考える罰として舐めて考えるのはよろしくない。希は本当に気が済むまで止めない子なのだ。ご機嫌をとらなければあばらの1本は持っていかれかねない。
優は双子暗黙ルールを思い出し即座に、瞬時に、頭をフル回転させ、考えるよりも先に口に出した。
「この先のクレープにゃ(ゴスッ)ッグ、か、可愛いふゥ(ゴスッ)ッグゥ、ゲーヌゥ(ゴゴスッ)グッハァッ!?」
ヤバいッ、脇をどんなに締めていてもあらゆる角度から執拗に同じ箇所を打ち抜いてくるッ‼
「ぼ、僕がなんでも(ピクッ)1つ言う事を聞くッ‼ (ピタッ)」
優が咄嗟に出した答えに希は手を止める。
そして、優しい笑顔で質問する。
「約束、する?」
優は2つ返事で首をブンブン縦に振る。希を怒らせて無駄な時間を過ごすよりも目的を達した方が何倍もいいからだ。優のプライドが『双月の救世主伝説』に負けた瞬間であった。
母への誕生日プレゼントを買い、ちゃっかりトイレと偽りゲームを買った優はホクホク笑顔で希の待つホールへと歩いていた。自前のスマホを取り出し時刻を確認すると、今の時刻は11時30分。思ったより早く買い物が終わったなと考えていると、
異変は起きた。
~~~キィ-ン~~~
頭が割れそうな程の高音が鳴り響く。突如に起こった耳鳴りに眩暈、吐き気が優を襲う。平衡感覚を失い立っていることもままならない優だったが何とか壁に体を預け、誰かに助けを求めて壁に手をつき歩き出す。
しかし誰にも会うことなくホールの見えるエントランスに辿り着いた。そこで優は事態の異常に気付くことになる。
「な、んだ? これッ!?」
優は理解できない光景を目撃する。
ホールにはおびただしい血痕の跡。微動だにしない人達は気付いていないのか、全く動かない。咄嗟に希の安否を確かめる。
……見つけた。大丈夫だ。でも希も動こうとしていない? まるで時が止まっている世界に迷い込んだみたいだ。
なんで僕だけ動けるんだ?
理由が、現状が理解できない。
しかし、運命の時は止まる事はなかった。
「違う、コレも。……反応は近いはずだ。何処だ?」
この場に優以外に動いている者がいた。その者は黒いフードを目深に被り、手には黒い剣を持っていた。違うと言ったかと思うとその剣で人を切り伏せていく。
優は何も出来ずに人が殺されていくのを見ていることしか出来なかった。
しかしその人はよりにもよって最悪の人選で当たりを見つけてしまった。
「探した……月……救……」
何て言っているのかよく分からないがソイツだけは駄目だッ‼
「妹にッ、近づくなァッッ‼」
優は今出せる全ての気力を振り絞って希の前に立つ。そんな優を見てその人は一瞬驚いた反応を見せたが興味なさそうに呟く。
「魔素のない世界でどうやってこの陣を破り、神通力のない人間がどうやって動けるかは皆目見当がつかぬが貴様に興はない。」
言い終える前か後か、次第に胸が熱くなる。そしてその人は何事もなく剣を払い希の方へ歩き出す。
「ま、待て‼ 希に何をッ!? ガハッ!?」
優の胸には穴が開いていた。速すぎて貫かれた事に気付けなかった。胸から、口から血が溢れ出る。
両膝を付き、薄れゆく意識の中でその人が希を連れ去ってゆく姿を只々見ることしか出来なかった。
「の……ぞ、み……」
優は白い世界に意識を飲み込まれてゆく。
足元には買ったばかりの『双月の救世主伝説』が優の血に染められていくのであった。