第13話 回想 ~アビゲイルの運命 前編~
ちょうど今から1週間前。私はこの世界にある獣人の国、王都リヴェールにいた。この世界でも多くはない差別のない人や亜人が共生する豊かな国だ。
冒険者である私はリヴェールにある王都ギルドを拠点としている。その日も依頼を達成し、いつも通りギルドのカウンターで換金をしていた。
……ガヤガヤ……ザワザワ……
まったく、私が来るといつもうるさいな。
「すげー」とか「さすが」とか遠巻きに聞こえ、視線も感じる。私がギルドに顔を出すといつもこうなる。
なぜならアビゲイルはパーティを組んでいないのにかかわらず、大型の魔物を毎回無傷で倒してくるからだ。
ソロでそんなことを真似しようものなら命がいくらあっても足りないだろう。それほどまでに強かった。このリヴェールの中でも数えるほどしかいないAランク冒険者だからだ。
そしてアビゲイルはこの国でも数えるほどの美獣人だった。人の興味を引くには十分だ。
椅子のないカウンターに片ヒジをつき、鬱陶しく思いながら立って待っている私にカウンター越しから声がかかる。
「そんな不愛想な顔だと婚期逃しちゃうわよアビー?」
嫌味を言いながら出てきた受付に私は返答する。
「別に私は家を出た身だから結婚など興味ない。それより自分はどうなんだケイト?」
受付の女性猫獣人はこの王都に来てから仲良くなったケイト。私が気を許す数少ない友人だ。受付のケイトは達成報酬の袋を渡しながら眉間にしわを寄せる。
「私の何がいけないのかしら? 理想通りの男がいないのよね。マジで」
彼女の理想を私は知っている。私よりは歳上だが普通にしてたら何も問題はないと思う。彼女は理想が高すぎるんだ。顔が、収入が、性格が……聞いたらキリがない。今日は久々に疲れたから早く休みたいんだが。
「すまないが今日はもう切り上げたい。今度の休日にまたご飯に行こう。またな」
「美味しいお店? いいよ分かった。よろしくね! おつかれアビー」
笑顔で答えるケイトに頷き私はギルドを出る。金は十分稼いでいるから今日も良質な宿をとる。今日も1日いつも通りな日常だった。
翌日。
朝からギルドに顔を出し、掲示板で今日の仕事を探していると新しい依頼書に目がとまる。
【急募 魔霧の森の魔物駆除】
どうやら私の故郷の近くの森で魔物の氾濫が起きつつあるらしい。詳細を見ると魔物の動きと数がここ数日で明らかに変わっているとのことだ。
父親と喧嘩別れしてからは故郷に帰っていないが、生まれ育った村に何かあったら困る。
一瞬の躊躇はあったが掲示板から依頼書を剥ぎ、カウンターに持っていく。
カウンターには今日も朝からケイトが受付にいる。毎日朝から夜までご苦労様なことで。
「おはようケイト。この依頼書頼めるか?」
ケイトに軽い挨拶を済ませ、依頼書をカウンターに置く。
「おはようアビー。あぁこの依頼書ね、ちょうどさっき貼ったばっかなんだよね~。アビーの故郷の近くだしどうかな? って思ったんだけど……。Cランクの依頼だけど気を付けてね?」
いつものように依頼書にハンコを押し、私もサインする。私はどんなランクでも手を抜いたことはない。装備を整え、万全な状態で挑むのがこの世界の常識だ。気を付けろというのは、たまに自身より低ランクの依頼で死ぬ奴もいる世界だからだ。安全なんて言葉はこの世界には存在しない。
「あぁ、気を付けるよ。ありがとうケイト。……ごはんは、来週だな」
「そうね。ご飯の為にも命は大事にね? でもアビーなら心配ないかっ! アハハ」
命を懸けに行くというのにこの平穏が私の気を緩めてしまう。
早馬でも片道で3日かかる。早くても往復で1週間は帰ってこれないだろう。それでも私はここに当然帰るつもりでいる。
「ご飯の約束もあるしな、出来るだけ早く帰るよ。またな」
「いってらっしゃい」
笑顔で手を振るケイトに頷き、私はギルドを出る。
そして私は知らぬうちに運命の歯車へと巻き込まれていく。




