第103話 忘れたくても忘れられない
「……んにゅ? あれ? ……あぁ……」
目覚めたのは小さなベットの上だった。そこで意識を失う前の出来事を思い出した僕は、つい溜息交じりに声が漏れる。孤児院の『お母さん』を治してあげたんだった。ちゃんと治ってるかは分かんないけど、僕はやれるだけの事はやったと思う。みんなの役に立てたと思う。だけど……
『お母さん』
そのたった一言の言葉に僕は涙が溢れ出てきた。
本当なら僕はこんな所にいるハズじゃないんだ。本当ならノゾミと一緒に学校とか行ってたハズなんだ。本当なら、お父さんとお母さんがいる世界にいたハズなんだ。本当なら……本当なら……
記憶の中にある場所や光景、表情や反応、いろんな思い出が頭を過ぎ去っていく。本当なら今頃当たり前の『日常』を過ごしていたハズなんだ。だけどもう戻れない。帰れないんだ。どんなに忘れようと思っていても、ふとした拍子に思い出してしまうんだ。どんなに温かな思い出でも……今となっては悲しい記憶でしかない。
「忘れたくても忘れられるワケ、ないじゃんか……」
僕にとっての居場所……大事な記憶なんだ。大好きだった僕の家族……一生の思い出なんだ。忘れてしまったらきっと僕は僕じゃなくなる。僕の身体の一部なんだよ。
人々を救う勇者になりたいだとか、男の子としての夢はたしかにあるんだけど……やっぱりお家に帰りたい……それが一番の願い……
「お父ざんっ、お母ざんっ……ノゾミぃッ……会いだいよぉっ」
僕はまだ大人じゃない。気持ちの切り替えなんて簡単に出来ないんだ。だからずっと、ずっと不安なんだ。僕1人じゃ生きていけない、何も出来ないんだよ……
「助げるならっ、現実で助げでよっ……神様ぁ……」
僕はベットの上で項垂れて現実に涙した。
もし本当に神様がいたのなら一体僕を何の為にこの世界に生かしたんだろう……こんな思いをするなら……あの時にそのまま……
〈……ユウ……〉
ルナ先生……ごめん……そうだよね、もし、ノゾミが本当にこの世界にいるのなら僕はまだ死にたくない。……でも僕は、ダメな子なんだ。ルナ先生と違って1人じゃ何も出来ないダメな子なんだよ。……だからノゾミを、家族を助けるまでは、何も出来ない僕を、助けて、くれない……?
〈……ルナはずっと一緒だから……親友だから、ね?……〉
……ありがとう、ルナ先生。僕のワガママを聞いてくれて。僕はこの世界を生きるならせめてノゾミと一緒に生きていたいんだ。大事な家族と一緒に生きていたいんだよ。
〈……ユウのワガママは絶対叶える……ルナが絶対……〉
ルナ先生の言葉に僕は胸を押さえてただただ涙した。僕の事を理解してくれている最高の存在がいてくれる事が心から嬉しくて……
コンコンッ……キィィッ
そんな僕の耳にドアをノックして開く音が聞こえてきた。僕は泣きながらも音がした方へ顔を向けて誰が来たのかを見た。
「グズッ、レイモンド、さん……?」
「ごめんなさい、様子を見に来たら泣き声が聞こえて……」
レイモンドさんは扉を開いたまま申し訳なさそうな表情で僕を見ていた。多分ルナ先生の声は聞こえては無いけど僕の声は--
「……詮索はしないわ。ただ、ユウちゃん……1人で抱え込まないで、大人の私達に頼りなさい? ……私がユウちゃんの家族になってあげるから……お姉ちゃんになってあげるから……だからそんなに泣かないで? ユウちゃんはこの世界に1人しかいないけど、1人じゃないの。貴方の事を大事に思っている人は少なくてもここにいるのよ?」
そう言ってレイモンドさんは優しく微笑んで、僕を優しく抱きしめてくれた。その温もりに僕は悲しみを耐えきれなかった……




