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隣国の第二王子殿下にお世話になってなにもおもてなしせずにお帰しするなんて、大公令嬢として恥ずかしいです。
グレアム様が抱いて運んでくださったおかげで部屋に着くころはすっかり体調が回復していたこともあって、私は彼をお茶に誘いました。……オースティン殿下から離れたのも良かったのでしょうね。
先ほどのお茶会ではなにも口にしていなかったので喉も渇いていたのです。応接室のソファに、向かい合わせに座ります。
「……そういえば」
メイドが用意してくれた熱いお茶で唇を湿らせて、グレアム様がおっしゃいます。
「パトリシア様と王太子殿下は、まだ婚約を結び直していらっしゃらないとか」
「……はい。もう二度とこんなことがないよう、心をつないでからのほうが良いと言われて再構築中なのです」
「それでよろしいのですか?」
「たとえ護符がなくても、相手の魔導力がどんなに強くても、しっかりと結びついた心のつながりがあれば『魅了』に惑わされることはありません。私が殿下のお心をつなぎとめられていたならば、ブリガンテ様が罪に問われることもありませんでしたわ」
そう、すべては魅力のない私がいけなかったのです。
オースティン殿下に信頼されてお側に置かれていなければ、私が持って生まれた魔導も彼の役には立てません。
「王太子殿下は、本当に『魅了』に惑わされていただけだったのでしょうか」
「……」
「あのおふたりの間に、真実の愛などなかったとお思いですか?」
「……では、ではどうしろとおっしゃるのですか? 私だって、私だってオースティン殿下の幸せを望んでいます。それに、自分がこのまま嫉妬に狂って闇に落ちていくのも嫌です。どうせ殿下のお心を得られないのなら、いっそブリガンテ様と結ばれて欲しいとすら思っています。でも……無理ではないですか。あの方の父君がわからない以上、どうしようもないではありませんか!」
反射的に叫んだ後で、私は恥ずかしくなって俯きました。
「……お見苦しいところをお見せして申し訳ございませんでした」
グレアム様は、なぜか嬉しそうに微笑みました。
「とんでもありません。怒っているパトリシア様もお美しいですよ」
「……お美しいのはグレアム様のほうです」
「ふふふ。拗ねて唇を尖らせるパトリシア様を見られるなんて、今日は眼福です」
「グレアム様? からかわないでくださいませ」
「では真面目な話をいたしましょう。パトリシア様が王太子殿下と男爵令嬢を結ばせても良いとおっしゃるのなら、私は彼女の父親を明かすことができます」
「え?」
「私は今日、あなたにそれを確認するために王宮へ来たのです。……どうなさいますか?」
美しい悪魔の声が体に忍び込んできて、私の心臓をくすぐります。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ブリガンテ様の父君は、グレアム様の叔父君だと彼はおっしゃいます。
彼と同じようにこのサンナ王国の魔導学園に留学していた叔父君は、途中で体を壊して帰国し、帰ってすぐに若くしてお亡くなりになったのだそうです。
装飾品や手紙などの形のある証拠はありませんが、グレアム様とブリガンテ様のお顔の相似がなによりの証拠だと彼はおっしゃいました。確かに髪型と眼鏡で気づいていませんでしたけれど、おふたりはそっくりです。
『魅了』の魔導はおふたりのお婆様、先代の王妃様から受け継いだもののようです。
「うちの王位継承権の問題があるのでそ知らぬ振りをして済まそうかとも思っていたのですが……」
先代王妃様は、長男であるグレアム様の父君よりも次男の叔父君を猫可愛がりしていたそうです。
その娘が現れたら、男爵のように溺愛してなんでも言うことを聞くでしょう。
王位継承権の順位も歪めるかもしれません。
「パトリシア様がお望みなら、私が集めた調査結果をサンナの王家に提出しましょう」
「どうして、そこまでしてくださるんですか? グレアム様にはなんの得もありませんよね?」
「私に得がないですって? 本当にそう思われるのですか、パトリシア様?」
グレアム様に見つめられて、どうしてか私の心臓が飛び跳ねます。
魔導の課題のことや生徒会の運営についてのこと、顔を合わせて話し合ったのは一度や二度ではありません。もちろん、そのときは眼鏡越しだったのですけれど。
私には『守護』の魔導がありますので、彼の『魅了』が効いているはずはありません。彼自身が制御できるようになったとおっしゃっていたのですし──