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だから魔女は涙を流さない  作者: 彩瀬あいり


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02 生真面目な騎士は任務を遂行する

 サイードは、濡れた外套を脱いだあと、明かりの落ちた王宮の廊下を足早に歩いていた。

 見張りの兵士に声をかけ、南の区画へ進む。

 王族の私室を含め、貴賓室が並ぶ場所だ。本来であれば許可証の提示が必要だが、アラン殿下の側近であるサイードには、制止の声はかからない。


 階段を上がって、左に折れる。

 最奥にある部屋の扉を叩いて名を告げると、承諾の声があった。薄く扉を開いて身体を滑りこませると、低く笑う声が返る。


「侵入者のような振る舞いだな、サイード」

「冗談でも、そのようなことはことはおっしゃらないでください、殿下。今は大変な時です、念には念を――」

「わかっている。まったくおまえは堅苦しいな」

「それで結構です」

 表情を崩さない側近に、アランは肩で息をついた。

 一方のサイードは、彼の戯言を封じるように、用件をくちにする。

「魔女を連れてきましたよ。侍従長に頼んであります」

「――そうか、本当にいたんだな」

「なにを、いまさら」

 呆れるサイードだが、アランはいままで魔女に会ったことがないのだから、仕方がないだろう。



 オルニスの王家に連なる者だけが知っていること。

 それが『イスタークの魔女』と『ウェルークの魔獣』だ。

 オルニスは横に長い国土を持っており、両端にあたる場所に守り人がいる。東にあるフォグの森に住む魔女と、西にあるダリ渓谷を統べる魔獣が、それだ。


 始まりの王は、魔女と魔獣の力を借りて荒野を切り開いた。

 地図に記されたオルニスは、鳥が翼を広げたような形をしているが、その両翼にあたる場所を友に任せ、王は中央に居を構えたとされている。

 魔女や魔獣は表舞台には立たず、それぞれを支える役割を担った一族がいる。

 東のサルディン伯と西のダグダール伯は、オルニス王家に次いで長く続いている旧家である。


 御伽噺のような建国神話を信じるものは少ない。

 それは、魔女や魔獣といった存在が、邪なる者として語られることが多いせいだろう。


 百年ほど前、大陸に蔓延した未知の病気で、たくさんのひとが亡くなった。

 病の犠牲者がもっとも多かった国が、魔女がつくった薬のせいだと吹聴したことから、魔女という呼称は良くないものへ変化した。

 魔女の名を掲げていた者は姿を消し、いまでは薬師として暮らすようになっている。

 だが、フォグの森に住む魔女だけはべつだった。「はじまりの魔女」とされるフォグの森の魔女は、正しいちからを持った魔女なのだ。歴代の王族は、魔女のもたらす薬によって助けられてきたという。




「悪かったな。本来であれば、王族を代表して魔女を訪ねるべきなんだが……」

「この時期に、殿下や国王が動くようなことがあれば、なにかあったと告げるようなものでしょう」


 だからこそ、東のサルディン伯の孫であるサイードが、派遣されたのだ。

 そのことに対して、不満はない。

 淡々とした態度を崩さない側近に、アランは苦笑する。傍らに用意してあった酒を引き寄せると、グラスを手に取って差し出した。


「まあ、飲め」

「……しかし」

「業務外だ。付き合えよ、兄上殿」


 乳兄弟の不遜な物言いに、サイードは大きく息を落として着席する。

 アランはといえば、融通のきかない部下にして兄でもある男の前にグラスを置くと、酒を注いだ。


「魔女どのは、どんな方だ?」

「……さあ、よくわからん」

 馬車で会話もなかったしな――と呟き、グラスを傾ける。

「いや、それ、おまえが無言で威圧してたから、萎縮したんじゃないのか?」

「威圧などした覚えはないが」

「その態度がじゅうぶん威圧だよ……」


 感情の揺れを感じさせないまなざしと声色は、サイードの標準装備だ。年季も入っている。

 祖母がアランの乳母を務めていたため、王子と近しい関係にあるサイードは、なにかとやっかみの対象だ。二十歳の王太子の側近として、二十二歳のサイードが就いていることもまた、それらに拍車をかける。

 サイードの家は、中位の貴族だ。

 取り立てて名をあげている家ではないし、サイード自身は三男ということもあり、家を継ぐ立場にもない。

 だからこそ、王家に取り入って己の立ち位置を確立しようとしているのだろう。

 世間ではそう思われていると、サイードは自身の立場を分析している。


 野心なぞ持ち合わせていないことを主張するべく、サイードは常に平常心を心がけていた。

 そのため、やや口数が少ないかもしれないことは自分でも気づいているのだが、だからといっていまさら雄弁にもなれない。

 口元を引き結んで考えこむサイードに、アランは肩をすくめる。


「魔女どのがこちらにいるあいだ、なにか不都合はないか、気にかけてやってくれ」

「そうだな。無理を強いて連れてきたのは、こちらだ」


 馬車の中、向かい合って座っているあいだずっと、うつむいていた姿を思い浮かべながら、サイードはグラスを空けた。



     ◆



 翌朝、簡単な身支度を整えたあとで、サイードは魔女のもとを訪ねることにした。

 医師や薬師が集められているのは、王宮の北側だ。正門からもっとも遠い位置を与えられているのは、今回の事態が外にもれるのを防ぐためでもある。

 長い廊下を何度も折れながら歩いて、薬師が定住している場所を訪ねると、そこにはひとりの姿があるのみだった。

 最近になって交代した新しい薬師の女性は、あざやかな赤毛をきれいに結い上げて、こちらを出迎えた。


「魔女どのはいらっしゃるか」

「あんなの、ここに入れるわけがないじゃないですか」

「……それは、どういう」

「だって、魔女ですよ。厄災と疫病の象徴ですよ。病気を治すための薬を扱う部屋に入れて、逆に病気を振りまかれるなんて、冗談じゃないわ」

 腕をさすりながら嫌悪感をあらわにした薬師は、サイードを見定めるようなまなざしを向けると、そこで声色を変えた。

「ねえ、騎士さま。今度――」

「失礼する」

 きびすを返すと、そこをあとにする。サイードにとって、男を誘うような声は聞き慣れたものだ。


 アッシュブロンドの髪に青みを帯びたグレイの瞳。整った顔立ちを美しく際立たせる、静かで知的な色彩。

 怜悧な印象をもつ騎士に、誘いを持ちかける令嬢は少なくない。

 しかし、冷めたまなざしと温度の低い淡々とした物言いに居たたまれなくなるのか、やがてひっそりと距離を取るのだ。加えて、爵位を継ぐ可能性も低いとなれば、彼女たちにとってうまみはないのだろう。


 年頃の女性の誰もが、そんな邪念を持っているとは思っていない。

 アランの遠縁にして、西のダリ渓谷を管理するダグダール伯の孫娘・ウルリカは、貴族の令嬢らしからぬ物言いをする少女だ。年上のサイードに対しても、まったく遠慮のない態度をとる。

 白粉おしろいと香水の匂いをまとわせながら、肌を寄せてくる女性よりは、ウルリカのように野を駆ける健康的な娘のほうが好ましい。

 もっともウルリカのほうは、「サイードみたいにつっけんどんで無表情の殿方なんて御免だわ」らしいが。サイードにしても、十八歳の彼女は妹のようなものだ。


 サイードは次に、侍従長のもとへ向かう。魔女を託したのち、どこへ案内したのか、確認したほうが早いと判断したからだ。

 すると彼は怪訝そうな顔で、北の離れを示した。

 そこは十数年前に医療施設だった区画で、いまは一部を倉庫として使用しているにすぎない。設備も旧式で、ひとが寝泊まりするに適した場所ではないはずだ。


 ――そこまで、うとまれているのか、魔女は。


 他国の文化が流入する昨今、魔女の存在を忌避する層がいるのは仕方がないだろう。

 しかし、仮にも王家に仕える者が、魔女と魔獣を嫌悪していることを、サイードは想像していなかったのだ。魔女をうやまうのは、長く家名をつないでいる一部の貴族だけなのかもしれない。


 サイードの母は、東を統括するサルディン伯の娘。

 そのため、フォグの森に住む魔女のことは、幼いころから慣れ親しんだ存在だった。祖父母に連れられて、森を訪れたことも一再ではない。


 フォグの森は聖域であり、迷いの森でもある。

 森を荒らそうと企むやからは、時間の感覚を狂わされたり、方角を見失ったりするらしい。正しい道を進むためには、妖精の声に耳を傾けなければならないのだ。

 常人には関知できない妖精を怒らせないように、常に彼らを敬う。

 祈りを捧げることも、領主の大切な務めだった。



 無言で歩きつづけるうちに、北の区画に辿りついていた。魔女を案内したという部屋の前に立ったとき、扉の向こうからなにやら声が聞こえることに気がついた。

 誰かと会話をしている。

 しかし、この区画には誰もいないはずなのだ。


 ――まさか、侵入者かっ。


 総毛だったサイードは、訪問を告げることもなく、いきおいよく扉を開ける。

 瞳に映ったのは、着古した生成りのシャツワンピースをまとって椅子にすわっているひとりの娘。それと、机上にある人形のようなものが、動いて話をしている光景だった。



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