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図書館なのか図書室なのか(恋愛)

図書室はたいてい冷房がついている


 俺は結構幸せな夢を見ていた。

 つい数時間前にフられた彼女が、やっぱり俺のことが忘れられないのだと泣きながら懇願してくる夢だ。

 彼女のことは今でも好きだと思ってはいる、それならば幸せな夢ではないか。

 しかし俺は多分、今でも彼女が好きなのだという意識はまやかし、いわゆる勘違いであると思う。

 そもそもフられた理由は「本当に好きって思われてない感じがする」ということだった。

 「そら女のわがままってもんだ!」と、友人に言わせればそうらしいが、彼女の言い分に俺も心当たりがないことはなかった。


 正直、四六時中誰かと寄り添っているのは面倒なのだ。

 さすがに夫婦ともなれば相手に気をつかうことはないのだろうけど(俺の両親がいい例である)、学生同士のカップルなんてのは、相手にどう思われているのか不安で仕方がないのかもしれない。

 俺もそうだ、気をつかって気をつかって、その結果フられた。

 まあ、あんまりデートとか誘わなかったのも原因かもしれんが。


 彼女のことが、好き、だったと思うのだが。




 そんな葛藤を、俺は誰もいない図書室でもんもんと繰り広げていたのだ。

 普段使わない頭をフルに使ったせいか、俺はその途中で夢の世界へ旅立っていたらしい。

 そうして結構幸せな夢を見ていて、俺の両手が泣きじゃくる彼女の両肩に触れそうになったところで。





「……もしもし、もし」



 逆に俺の肩が誰かに触れられて、夢の世界への旅は終わったのだ。

 夢の世界から帰還したとはいえ、帰還したばかりでは普段以上に頭が働かない。

 それでも誰かが俺の肩に触れていることはわかったので、目線を少し上に上げてみる。


 そこには女の子がいたのだ。

 眉の上で切りそろえられた前髪、秀才を思わせるふちなしのめがね。

 少しだけほほえんだ女の子はこう言った。



「図書室、閉館時間でございますですよ、閉じ込められちゃうですよ?」

「あ、そっか……ごめん、……なさい」



 だんだんとはっきりしてきた俺の意識。

 女の子が何者かを知るために全体を見るように視線を下げてみると、三年生という学年を表す緑色のタイが見えたから俺は思わず敬語をつけたしたのだ。

 ごめんなさいは敬語じゃないとか言うな。

 しかし、三年生ということは先輩である、それにしてもおかしな口調の人だなと俺は思った。




「……すんません、今帰るっすわ」

「いえいえ、私も珍しいことで少々驚きました、この図書室に人がいるなんて新鮮な思いを味あわせていただきましたわ」



 女の先輩は口に手を当てて、上品に笑った。

 なんというか、今までに出会ったことのないタイプである、これが先輩の余裕ってものか。

 椅子から立ち上がると、案外先輩の背が小さいことが分かった、やべ、可愛い。


 女の先輩の言うとおり、この図書室はなぜか生徒が寄り付かない。

 だからこそ俺は失恋の痛手を癒す場所に選んだのだが。

 と、まあ、そんなことは置いておいて、俺がいると図書室に鍵をかけることが出来ないらしい。

 先輩に迷惑をかけてはいけないし、早々に立ち去らねばと思ったのだが、俺のかばんが見当たらない。



「あれ……かばん」

「こちらでございますか?」

「あ、そっす、どうもありがとうございます」



 と思ったら、先輩が俺のかばんを差し出してくれた。

 ほほえむ先輩は、とても綺麗だと思った。


 そう思ってぼーっとしていたからかもしれない。

 手元を見ないまま受け取ろうとした俺は、つい先輩の手に触れてしまったのだ。

 お互いに「あ」と言葉をもらしてすぐに手を引っ込めたため、俺のかばんは図書室の床に吸い込まれていく。

 しかし床に叩きつけられる音は聞こえない、音が鳴らなかったのではない。

 それ以上に俺は、俺の心臓が暴れる音のほうがうるさくてたまらなかったのだ。



「……あ、す、すんません」

「いえ、私こそ、かばんを落としてしまいました、申し訳ございません」

「あ! 俺が拾います!」

「いいえ、私が拾いますので、どうぞ君はそのままで」



 あわててかばんを拾おうとすると、先輩は俺の拾おうとした手をぎゅっと握った。

 俺の心臓がますます暴れまわったのは言うまでもない。

 先輩は動揺する俺ににこりとほほえんでから、かがんで俺のかばんを拾い上げるとその笑顔のまま再び俺にかばんを差し出してくれた。



「……すんません、ありがとうございます」

「いいえ、君がわたしにくれた、新鮮な想いのお礼でございますわ」

「あ、鍵……俺がいたら閉めらんないっすよね、俺、帰ります」

「ええ、外はもう暗くなっていますので、車に気を付けてください」

「はい」



 俺は最後に「さようなら」と言い残して、図書室を後にしたのだった。

 先輩のやけに冷たい手の感覚が、まだ残っていた。

 図書室を出ると、なんとなく空気が暖かく感じた、図書室が寒かったのだろうか。

 いや、そんなことはどうでもいいことだ。



 大事なのは、先輩の笑顔と、冷たい手の感覚。

 それとこの想い。



やばい、恋をしたのかもしれない。

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