お約束ったらお約束(ダーク)
ある戦場-眼前
「俺、この戦いが終わったら結婚するんだ」
塹壕の中で軍曹がつぶやいた。
そのつぶやきは決して独り言ではなく、俺に向けられたつぶやきだ。
俺は軍曹のつぶやきに何か相槌を打つわけでもなく、また顔を軍曹の方へ向けるわけでもない、そんな態度で聞いていた。
俺は知っている、そんな言葉を吐く奴から死んでいくことを。
そんなくだらない言葉を、俺は冥土の土産にはしたくない。
俺と同じ歳のくせして、俺より戦い慣れている軍曹は、やはり兵士のそんな態度にも慣れているのか、 気にしていないような口ぶりで言葉を続ける。
「だからさ、もしお前が生き延びることができたなら、俺の婚約者に伝えて欲しい、俺は戦場で死んだと」
しかし後に続いた軍曹の言葉は、俺のそんな態度を刹那に崩してしまった。
俺は驚愕して軍曹の横顔を見つめる。
なんて穏やかな軍曹の横顔。
なんということだろう、軍曹は、軍曹も知っているのだ、先ほどの言葉は死ぬ者が吐く言葉だと。
分かっていて口にしたのは、軍曹が死にたがっているからに他ならない。
否、軍曹はもはや自分は死ぬものだと確信しているのだ。
だからあえて自分から、死に向かおうとしている、それが美しい死に方なのだと信じて。
俺は軍曹に畏敬の念を抱いた、否、正しいのはこの言葉ではない。
……恐ろしい、恐ろしいのだ。
では、俺は何が恐ろしいというのだろう。
「それで、もしよかったらアイツを支えてやってくれ、実はアイツの腹の中にはややがいてな、ややを育てるためにもアイツには強くあってほしい、頼めるか?」
「……」
俺は首を横に振って、初めて軍曹の命令に背いた。
それでも軍曹は穏やかに「そうか」とつぶやいただけで、俺に手をあげることはしなかった。
俺は立ち上がる。
そして、軍曹を覆うために二歩、三歩、塹壕の中を移動した。
俺は恐ろしい。
――チュン
俺の体を銃弾が貫通した。
貫通した銃弾は軍曹へと次の牙を向けることはなく、俺の中で勢いを殺されあえなく地面に落ちる。
次はこの俺が、軍曹の驚愕した顔を見る番だった。
俺は恐ろしい。
「……軍曹を殺させてしまうことが、恐ろしい」
俺のつぶやきを、軍曹は理解してくれたのだろう。
軍曹は俺の目を刹那にらむと、一目散に逃げ出した。
否、逃げ出したのではない、軍曹はこれから家へ帰るのだ。
俺の体を、また銃弾が貫通した。
遠くで爆発の音が聞こえる。
ああ、軍曹は無事に家へたどり着いたのだろうか、それだけが俺の心残りで、ある。
八百万の神のみぞ知る