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クリスマス(ほのぼの)


 街は煌びやかに飾り付けられていて、夜だというのにまぶしくてたまらない。

 煌びやかな飾りが放つあたたかい光とは裏腹に、俺にまとわりつく寒気はとどまるところを知らない。

 マフラーひとつで出てきたのがいけなかったのかもしれない、とてつもなく、寒い。

 俺は寒さに肩をすくめて、マフラーに口元をうずめた。




「で、軍曹、これからどーすんの?」



 そのまま、目の前のベンチに座り込んでめそめそしている軍曹に話しかけてみる。

 三十分前、軍曹から電話がかかってきたと思えば内容は「やっぱりさみしいからそばにいて」なんてこと。

 正直めんどくさいしうざいし気持ち悪いから放置しようと思ったが、家にいるのも息苦しくなっていたことだし、こうして来てやったというのに。



「予想以上に街にリア充がはびこってて泣きたくなるのはわかるけどよ、こうしてたって仕方ねーだろ、つか寒い、どっか入るかなんかしようぜ」




 そう提案してやっても、軍曹は動かない。

 軍曹がこうなった理由と経緯は容易に想像することができる、というか知っている。

 十二月になるやいなや、いや、まだ十二月にならないうちから軍曹はかぐや姫にクリスマスの予定を聞き出していた。

 期待に胸躍らせる軍曹に、かぐや姫は申し訳なさそうにこう言ったのだ。


『ごめんなさい……二十四日はパーティーがあって、参加しなければいけなくて……二十五日は、家族と過ごす約束なので、その……ごめんなさい』


 そう打ち明けられた時の軍曹の表情と言ったらもう、笑い無しには語れない。

 思い出しただけで笑いそうだ、とりあえず鼻で笑っておこう。



「はんっ」

「ちょっ、なんで鼻で笑ったの?」



 そうして希望を粉々に打ち砕かれた軍曹は、開き直って街に繰り出してみたものの、予想以上の疎外感にさみしくなって俺を呼び出したと、そういうわけだ。

 まったく迷惑な奴だな。



「えっなにその生ごみを見る目」

「別に」



 さて、生ごみもようやく顔を上げたことだし本当にどこか入りたい、寒いんだ。

 そう思って周りを見回してみると、聖夜に似合わない光景が目に入った。


 気弱そうな、小太りの老人が、ガラの悪いお兄さん数人に絡まれている。

 まったく、リア充に八つ当たりするならまだしも、そんな老人に当たってどうする、これだから最近の若い奴は。

 どこかに入るよりも、体を動かした方があたたまりそうだ。



「なあ軍曹、……軍曹?」



 軍曹に同意を求めようとベンチを見たが、どうしたことか軍曹の姿が無い。

 目をぱちくりさせていると、右後方から軍曹の声が聞こえた。嫌な予感がする。

 声のした方向へ素早く顔を向ければ、ガラの悪いお兄さんに挑んでいる軍曹。

 バカなのか、いやバカだった、とにかく俺も向かおう。



「リア充ばっかでさみしいのはわかるけど、絡むならリア充に絡めよ! 罪もない老人に絡んでんじゃねーよ! リア充に絡む勇気もねーなら外に出てきてんじゃねーよ!」

「軍曹、軍曹それも絡んでる、超タチ悪い」



 ガラの悪いお兄さんに絡んでいる軍曹の肩を掴み抑えようとするが、軍曹の勢いは止まらない。

 おい、お兄さんちょっと引いてんじゃねーか、恥ずかしいからやめろ。



「止めてくれるなごちょガフッ」



 いい加減恥ずかしいので軍曹の顔面をわしづかみにして黙らせてみた。

 うん、効果テキメンだ。

 そのままガラの悪かったお兄さんへ視線を向けると、お兄さんたちはバツが悪そうに去って行った。

 決して『なにこれ関わりたくない』なんて顔はしていなかった、していなかったんだからな。



「あ、じいさん平気か?」



 軍曹はそのままに、そういえばそもそも絡まれていたのはこの老人だということを思い出してじいさんに声をかける。

 老人は穏やかな笑みを浮かべて、こくりと頷いた。

 小太りで、わきにはセカンドバッグを大切そうに抱えている。



「ああいう輩がいるからな、……こういうのもいるから、さっさと家に帰れよな」



 忠告してやると、老人は穏やかに微笑んだまま、またこくりと頷いた。

 本当に忠告を聞くとは思えないが、まあ、これ以上面倒を見てやる義理もないし、行くか。



「じゃあなじいさん」



 老人に背を向けるのと同時に、右手がまだ軍曹の顔面をわしづかみにしたままだということに気が付いて、右手の力を抜いた。




「ぐっほああああ……ほんとなんなの伍長、お前実は俺のこと」



 軍曹の言葉をさえぎって、携帯の着信音が鳴った。

 この着メロは、軍曹のものだ、趣味が悪いから間違いない。



「ん? ……へっ!? え!? うっそ! あわわわ!」



 着信画面を見るなり、軍曹は慌てだした。

 何事かと思う暇もなく、軍曹は素早く電話に出るとその顔に喜びの表情が満ちていく。

 しきりに「うん! うん!」と言いながら通話を続けていたが、ついに通話を終えて満面の笑みで俺を見た。



「どうしよう伍長! かぐや姫が、パーティー抜け出したって、迎えに来てって!」



 興奮して携帯を握りしめた軍曹は今にも爆発しそうだ。



「俺、行ってくる!」



 だがしかし、走り出した軍曹は爆発なんてものともしないだろう。

 たとえ数メートル先でこけたとしても、その道中でマフラーを落としたとしても、だ。


 軍曹を見送る俺の背中に、ふと笑い声が聞こえた。

 振り返ると、さっきの老人がまだそこにいて、笑っていた。


 いぶかしく思ったが、その瞬間俺の携帯も着信音が鳴った、メールだ。

 携帯を取り出し、開いて見ると、父からのメールだった。


 無題のメール、本文には一言『帰ってこい』。

 それから一枚、画像が添付されていた。


 あの父が食べ切れるはずもない、大きな大きな、苺のショートケーキ。


 小太りな老人が、笑って言った。



「Merry Christmas! ho-ho-!」



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