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脳内BGMは火曜日のアレ(コメディ)

これは、俺が昨日体験した本当にあった怖い話である。


 俺はいつものように学校帰りに前々から狙っていたゲーセンのプライズをゲットするために小一時間ほどゲーセンで粘って、それからコンビニで今週のマンガ雑誌を四十三分かけて熟読し、薄暗い中にたたずむ近所の神社に立ち寄り一週間前に出したラブレターの返事が返ってきますように、できればイエスかはいかオフコースの返事のうちのどれかで、と五円玉分のお願いをしっかりと済ませてから家へ帰った。



「つっこみたいんだけど構わない?」

「答えはノーだ!」

「あ……そう」



 思えばそこで俺は違和感に気がつくべきだったのだ。そう、近所のタマと三十分じっくり触れ合うことを忘れていたことに!



「痛い! な、殴ったね! はとこにもぶたれたことないのに!」

「……」

「二度もぶった!」



 ただその時の俺はゲーセンでプライズをゲットしたことに浮かれていて、タマのタの字を思い出すことすら忘れていた。そのまま俺は最近俺がコーラをぶっかけてしまったが幸い両親にはまだばれていないドアノブに手をかけた。



 ドアノブを握った手を引くと、十二時間ぶりの家の中からはなにか恐ろしい匂いがした。

 それが血の匂いだとわかったのは、ダイニングからおぼつかない足取りで出てきた母さんが、血にまみれた包丁を持っていたからだった。

 血塗れた包丁を左手に握りしめた母さんは、右手を口元に当てて怯えた目つきでダイニングの方を見ている。俺にはまだ気づいていないのだ。好機。俺はとっさにそう思ったが、やはり俺は母さんから出てきた子だ、逃げるだなんて卑怯な真似はできなかった。それに、おそらく母さんが見つめているのは父さんの無残な姿だ。早めに処置をするにこしたことはない。

 今だからこそその時を思い出してペラペラと俺の考えを言うことができるが、その時俺にこんなことを長々と考える余裕はなかった。俺を動かしたのは、親への愛情、ただそれだけだったのだと思う。




「母さん! 父さん!」



 俺が叫ぶと、母さんが俺の存在に気づいた。怯えた目、後悔の目、安堵の目、いろいろな感情が複雑に絡まった目線を俺に向ける。ただしその時の俺が最優先にしたのは、父さんの安否だった。ダメだった。せめて俺が五円玉分のお願いを五分間にとどめていたら、父さんの命は助かっていたかもしれない。だが現実に、俺の目の前に現れた父さんは、もう俺の呼びかけに答えてはくれなかった。

 俺は母さんに負けず劣らずの複雑な視線を母さんに向けた。



「母さんっ……どうして、どうして!」

「ち、違うのっ……母さん、お母さん、そんなつもりじゃ……」



 母さんは身を震わせ、血まみれの包丁を胸に抱いた。目には大粒の涙を浮かべている。否、ダイアモンドにも似たそれは、すでに母さんの頬を濡らしていた。

 ああ、俺は母さんを泣かせたかったんじゃないんだ。

 でも、父さんにも笑っていてほしかったんだ。


 俺は衝動的に、ダイニングのテーブルに置いてあった物体を掴む。おそらくこれが、父さんを殺った直接の原因。



「! だめ! やめて! それはだめなの!」



 母さんが叫ぶが、俺は構わなかった。

 ただ、最後に一つ。母さんに言い残すことがある。



「母さん……」



 呼びかけて、その言葉を告げた。

 そうして物体Xを嚥下したあとの、俺の記憶はない。




「どうして料理を作ったりしたんだ……母さん」



「一個いい? お前の父さん生きてるよね? 今朝見たもん」

「生きてるよ」

「親を勝手に殺すなよ!」

「物語にするには多少の誇張が必要なんだよ!」

「じゃあ、お前の母さんの料理も誇張なのか?」

「……その日父さんが作り直したブリ大根は桃源郷にも似た美味しさだった」

「……誇張じゃないんだ」


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