もしかすると火炎瓶とかで追い払えるかもしれないよ(恋愛)
駕籠は多分よく燃える
追っ手は無し、左右確認、上下確認、塀に身を隠して目標の様子を窺え。
『こちら軍曹、目標は定刻通り昇降口を出た、今からそちらへ向かう』
「了解、こちらの目標はまだ現れない」
耳にぴたりとくっつけた携帯電話から軍曹の声が聞こえてくる。
軍曹が張っていた目標は定刻通り昇降口を出てこちらに向かっているらしい。
まもなく軍曹もこちらに合流するだろう。
だが、俺が張る目標はまだ姿を現さない。
あの巨体を見過ごすことはないだろうと考えると、やはりこちらが予測した時間よりも少し遅れているらしい。
ざざ、と草を踏み分ける音がした、軍曹だ。
「伍長、目標は?」
「いや……まだ現れない」
「そうか」
目標が現れた際見落とすことのないよう、互いに目を合わせることは愚か、互いの姿を確認しようともしない。
俺たちの視線は真っ直ぐに、かつ広範囲を見据えている。
「……! 来た」
「あっ、姫も丁度来た」
軍曹は第一の目標の姿を、そして俺は第二の目標の足音を聞いた。
ブルルルルル、という、エンジン音。
だんだんと緩やかになっていくその音はまもなく俺たちの前に姿を現した。
普通よりも長めの胴体、黒光りが眩しい。奴はゆっくりと歩みを緩めると、第一の目標―女子高の校門に立つかぐや姫の前でピタリと停止した。
「……まあ、月からのお迎えみたいなもんだよな」
「でも頑張れば倒せそうだよな」
「頑張れば俺たちは確実に少年院行きだけどな」
「……うん」
俺たちがこれまでに入手した情報から推測すると、助手席又は運転席から執事のようなものが降りてきて、かぐや姫のためにリムジンのドアを開けるといったところだろう。
だが、事態は俺たちの予測をこれでもかとばかりに撃ち砕いた。
「……誰だ? アイツ」
「この辺の制服じゃない……よな? いかにもお坊ちゃんって感じ」
まず開いたのは助手席のドアでもなければ運転席のドアでもなく、かぐや姫が乗り込むであろうドアだった。
そしてそこから出てきたのは、男。
俺たちやかぐや姫と同年代、あるいは一つ上、しかしまあ高校生であることは確かそうだ。
軍曹の言うとおり、あんな色のブレザーはここらの高校ではありえないことからおそらく県外の学校だろう。
双眼鏡もなく、遠目からなのではっきりとは言えないが、おそらく俺たちが憎むべきイケメンである。死ねばいいのに。もしくは顔面破壊しろ!
男はかぐや姫の手をとりエスコートしている。
よく見えないが、かぐや姫の表情はいいものではない気がする。いや、いつもの無表情か。
かぐや姫がリムジンに乗り込むと、男もまたリムジンへと乗り込みドアが自動で閉まった。
そしてそのままリムジンは去って行く。
多分、俺の推測だとあの男は。
「……婚約者、ってとこか」
「……!」
「そんな絶望の表情で俺を見るな軍曹、止めをさすことくらいしかできないぞ」
「お前俺のこと嫌いなの?」
かぐや姫はいいところのお嬢様だと聞いてはいたが、まさか婚約者がいるような世界だとは。
やはり俺たちとは違う世界に生きている。まさに月に生きているような話だ。
「自由なんて……認められていない、か」
軍曹が、ぽつりと呟いた。
それはいつか、軍曹がかぐや姫に十三度めの告白をした時に姫が吐き捨てていった言葉。
なるほど、それはこういう意味だったのか。上流階級とは、なんとも生きづらい世界なのだろう。
「なあ軍曹」
「ん? 何、伍長」
「俺、軍曹だったら、もう一つの月になれると思うぜ」
「……? よくわかんねえけど、ありがとな!」
かぐや姫は罪を犯して月から追放され、その罪を贖い月へ帰る。
一度くらい、帰る月を間違えてみたっていいじゃないか。
「ところで軍曹、今日がバレンタインデーだって知ってたか?」
「おう! かぐや姫の下駄箱にチョコレート入れてきたから大丈夫!」
「……え?」




