たとえば校長のヅラとか夜中に動き出す人体模型とか(恋愛)
「前略」
「ああ……! かぐや姫! あなたはなんて美しいんだ! その美しさといったら他に比肩する女性はいない! いや、他の女性と比べられるような美しさではない、あなた自身の! あなただけの美しさ! あなただけを見つめる俺の眼を映さんばかりに輝くその髪が美しい! 飾り立てるものがなくとも大きく開かれたその眼の白黒が美しい! 決して控えめではなく、それでいて存在を主張しすぎることのないその鼻が美しい! 紅には決して出せない淡くそして透明を思わせる赤がひかれたその唇が美しい! 細くしなやか、だけど輪郭を支える強さを携えたその首が美しい! あなたが美しい! 好きです! 俺と結婚してください!」
「嫌です」
「ぐっほあああっ!」
「軍曹! ぐんそおおおおおおおおっ!」
俺は血を吐いて(多分昼に食べたオムライスのケチャップだ、うわっ汚ね)倒れた軍曹のもとへ駆け寄り、その肩を抱いてやる。
「軍曹! 死ぬな軍曹! 傷はまだ浅いぞ!」
「ぐっ……ご、伍長……」
「気をしっかり持て軍曹!」
軍曹は弱弱しく、俺に何かを伝えるように自らの手を持ち上げた。
わかっている、わかっているぞ軍曹。いやノリで言っただけで、実はまったくわかっていないしわかりたくもないのだけど。
俺は軍曹の肩を抱いたまま、軍曹をここまで追い詰めた敵をにらみつける。
目の前の美少女は、俺たちの通う男子校の隣にある女子高のマドンナ、通称「かぐや姫」だ。
竹取物語に出てくるかぐや姫のような美しい容姿をしているが、似ているのは容姿だけではない。
かぐや姫よろしくその美貌から多くの異性から求愛を受けるが、そのどれとも付き合おうとはしないのだ。
「くっ……! よくも軍曹を……!」
「……」
「や、やめろ伍長……! かぐや姫は悪くない……悪いのはお」
「なんて野郎だ! 軍曹の一分半にもわたる超絶意味のない告白を一秒の台詞で泡に帰すなんて! 俺と付き合ってください!」
「嫌です」
「テメッ伍長なにどさくさにまぎれて告白してんだよ! あと意味ない告白とか言うなよ! お前実は俺のこと嫌いだろ! ドガフッ」
軍曹が何かわめいたが、傷に障るといけないので黙らせておいた。物理的な手段を用いたとかそういうことは特筆すべきことではない。
竹取物語で、かぐや姫は男たちに入手困難である物を持ってくることができたなら、あなたの妻になろうと言った。
現代によみがえったかぐや姫も、稀に軍曹のような諦めの悪い男が現れると同じことを言うのだ。
かくいう軍曹、告白するのはこれで十三度めだ。俺は九度め。
「……じゃあ、そちらの学校で三大機密と呼ばれる証拠物を持ってきたのなら、あなたの告白を受け入れても構いません」
「三大機密の証拠物って……! そんなん無理に決まってるだろ!」
箱入りのお嬢様だと思って甘く見ていたことを認めよう。
まさかかぐや姫が知っていようとは、と俺が驚愕したうちの男子校三大機密とは文字通り三つの重要な秘密である。
一つは、校長のヅラ。一つは、校門脇にあるニノ金像のヅラ。そして最後の一つは、教職員随一のイケメンと名高い加藤先生(27)のヅラだ。
かぐや姫はその証拠物と言った。すなわち三つのヅラをそろえて持ってこいというのだ。
そんなことは不可能に決まっている。特に校長のヅラは今まで多くの命を散らせてきた呪われたヅラだ。手にすることができたとしても、その後に待っているのは破滅。
このお嬢様は、最初から俺たちの告白を受け入れる気なんかないのだ。
「かぐや姫だかなんだか知らねえけど、人の気持ちをおちょくるにもほどがあるぜ……! 俺はともかく、こいつは本気なんだ! 軍曹は本気であんたのことを……!」
「伍長!」
「っ……軍曹?」
「いいんだ、俺、自分でがんばるから」
今までは俺が肩を抱いていたのに、今度は軍曹が俺の両肩に手を置いて俺の目を見つめてきた。
俺に向かって困ったように微笑んでから、軍曹は俺の肩を体重の支えにして立ち上がり、かぐや姫のほうへ歩み寄る。
「かぐや姫、俺は物で姫の心を手に入れたくない、そんなことじゃ姫は心から俺のことを好きになってくれないでしょう? 俺はあなたの自由を奪いたいんじゃない、自由になって、そして、俺に少しでも心惹かれて欲しい」
そう言い切った軍曹は、男らしい表情をしていたように思える。
「……自由なんて」
「……?」
かぐや姫がうつむいたと思うと、今までに聞いたことの無い声色でぽつりと呟いた。
まるでしぼりだすように、でも感情を爆発させたような声。
鈍感な軍曹にはまだわかっていないらしいが、俺は気がついた、かぐや姫はもう。
「私には、自由なんてっ……、認められていない」
「あっ! かぐや姫! 姫!」
「待て軍曹! これ以上進んだらチョークと黒板消しの襲撃を受けるぞ!」
姫はやっとのことで言葉をしぼりだすと、くるりと背を向けて走り去った。
運動が苦手そうな走り方だった、軍曹が追いかけてしまえばすぐに追いつくだろう。
だが、今は姫を追いかけちゃいけない。
俺は今にも走り出そうとしている軍曹を必死で羽交い絞めにする。チョークと黒板消しぐらいで怯むような男ではないことを俺は知っているが、さすがに恐怖は身に染みていたのだろう。
多分、軍曹の体がビクついて大人しくなったのは、軍曹の意思ではない。
「……伍長、俺、姫に嫌われたかな」
「いいや軍曹、姫はむしろ、……いや、なんでもねえや、帰ろうぜ軍曹」
「……うん」
軍曹には言わないが、俺の目にはむしろかぐや姫はもう、軍曹に心動かされているような気がしてならなかった。
ただしかぐや姫は月に帰る




