【夢の島】
ないっす
「大地に抱かれ、明けない夜に再び生まれる事が出来るのならば、暗闇の中で生涯祈ろう…ただ純粋に」
【夢の島 第一章(幼虫)】
「ゆーちゃん…だめだよっ」
「マイちゃんは、ボクの事を愛してないんだ…
だから一緒にお風呂に入れてくれないんだっ」
困った顔で口を閉ざして、じっとボクを見つめるお姉ちゃん。
子供にしてはえらく策士で演技に長けた奴だった。
何時からだろうか…何をどう言ってどう振舞えば人の気を引けると知ってしまったのは。
泣くことも拗ねて見せる事も、すんなり出来てしまう。
ただ、そこには純粋で無邪気な子供ならではの欲求が溢れていたのであろう。
「ボクは誰からも愛してもらえないんだ、だからマイちゃんもボクを嫌いになっていくんだっ」
とても11歳の子供が言うことではない。
愛?そんなものはもちろんわかるはずも無いが、ただ言葉の響きとこの言葉で
人が大きく揺らぐ事が面白く、自分の我侭を受け入れてもらう手段として
使っていただけだ。
「あたしが、ゆーちゃんの事を嫌いになるわけないでしょっ?」
「そんなのわかんないよっ」
「だって…マイちゃんは中学生でおっきいし、ボクが子供だから愛せないんだ!」
「ボクがマイちゃんよりおっきかったら嫌われないもん!愛してくれるんだもん!」
なんともかみ合わない話だが、おそらく子供だということへの反発心もあったのだろう。
「わかったわよっ…」
「じゃぁ、一緒に入ったらあたしがゆーちゃんの事嫌いじゃないって信じてくれる?」
簡単なものだ、ものの10分としないうちに彼女は自分を受け入れてくれる。
しかし、すぐには「うん」とは言わない。
心の中で「もう少し…」と自分に言い聞かせる。
やがて子供二人でも狭い、小さな海に顔を沈める。
母の記憶がない自分にとっては、暖かい海の中で女性というものを必死に探す。
10…
20…
30…
段々頭がボーっとし、息が苦しくなり目の前の白い肌に顔を付けぐっとしがみ付く。
彼女は驚いて湯船から出るが何も言わないまま目をそらす…。
その態度が何故か無性に痛く、熱くもあった。
夜だというのに、辺りから蟲の鳴く声が耳をつんざく。
この季節は嫌いだ…
ほっといても自然に髪は乾き、くしゃくしゃと彼女にしてもらえないからだ
「ねぇ、マイちゃんドライヤー使わないの?」
「ん?だってタオルだけでほっといても乾くし、髪痛んじゃうからしないよっ」
私は彼女が小学校の頃からドライヤーで、長く黒い髪を乾かしていた事を見るのが
無性に好きでたまらなかった。
あの時は何故そんなに彼女が髪を乾かす姿を見たかったのか分からなかったが
今では全てが自分の中に欲していた事だったのだと思える。
「あ、そうだ…明日は滝君も靖子もこっちに着くって言ってたからさ
ゆーちゃんとは別々に寝るねっ」
何となく分かってはいたが、聞きたくはなかった。
そして自分はそれを嫌だとは言えない事もわかっていた…。
「う…ん、わかったよ」
マイちゃんとは幼稚園時代からずっと同じ団地のお隣さんだった為か
よくお互いの家に遊びに行き一緒にお風呂や食事をしたり、ちょっと
大きな布団で二人でお昼寝を夕方までしていた仲だった。
しかし何時だろうからか、そういう当たり前で安らぐ時間をマイちゃんが少なくしていったのは。
「滝君はここには来た事ないからさ、絶対驚くよねー こんな網の中で寝たりなんてねっ」
昔はおじいちゃんと、お婆ちゃんがいたからこの広い和室で寝ても安心出来た。
しかし今年は、お父さんとマイちゃんのパパはずっとはなれの茶室で夜遅くまで
将棋をさしながらお酒を飲んでいる為、もう二日間も彼女とこの広い網の中で
瞼が重いのを我慢している。
それも今夜で終わりを告げられ、いつもに増して瞼が重くなるのを必死でこらえる。
「こなければいいのに…」
彼女に聞こえるか聞こえない程度の声で何度か呟く。
あ、サーセンないっす!