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私が伊東さんにお支払いできるのは、事件の解決です

「……で、俺のところに来たというわけか」

 面白がるような笑みを浮かべて、伊東さんは言った。

 以前会ったのと同じ、駅前の喫茶店でのことである。伊東さんと向かい合うようにして、僕とエヴァが腰を下ろしている。

「高校生二人で、殺人犯を捜す……ね」

 コーヒーカップを傾けながら、伊東さんは言った。

「少年探偵団というわけかね」

「ええ、まあ」

 僕はおもねるような笑みを浮かべて言った。

「僕たちのワガママなんですが、伊東さんに協力してもらえたらありがたいと」

 エヴァが犯人を捜す上で、犯罪ルポライターの伊東さんと出会えていたのは僥倖だった。というよりも、エヴァは伊東さんとのコネクションがあったからこそ自分なりに犯人を捜す、という発想ができたというべきだろうか。

 幸か不幸か、連載中の人気漫画家が殺害されたという今回の事件は大きく報道されている。伊東さんがその事件に関係している可能性は高いと考えたし、そうでなくてもなんらかの人物に繋がりはあると考えた。

 人間だろうがアンドロイドだろうが、一人でできることには限りがあるし、自分にできないことは他人に頼めばいい。

「協力、というのは具体的に言うと?」

 そう問いかける伊東さんの表情には厳しさが宿る。以前会った時ほどには温和に接してくれないようだ。

 以前のやりとりは友人関係だったかもしれないが、今やろうとしていることはビジネスだ。高校生だからといって、甘くは見てもらえないだろう。

「伊東さんは、犯罪ライターだと仰っていましたよね?」

「ああ。それがどうした?」

 じっとりと湿ったような口調で伊東さんは言った。

「ならば、僕たちが知らないような情報も、いち早く把握することができているはずです。それを僕たちにも提供して頂けませんか?」

 伊東さんはしばらく無言で、コーヒーカップを傾けていた。

「俺が犯罪関係に強いライターだから、俺を訪ねたというのは正解だと思うよ。事実、俺はこの一見の調査を進めている」

「では、協力して頂けるのでしょうか」

 食い気味に、エヴァが言った。

 青い瞳が、キラキラと輝いている。彼女の眼球にそんな機能があるのか、それともそう見えているだけか。

「ダメだ」

 バッサリと伊東さんは言った。

 取りつく島もない言い方だった。

「何故です?」

 ところが、取りつく島もないと思っていたのは僕だけだったらしい。ほとんどノータイムでエヴァは聞き返していた。こういうところは人工知能の強みだ。可能性の低さにひるむことなく試行することができる。

「何故、私達に協力して頂けないというのですか?」

「逆に聞くが……」

 呆れたように、伊東さんはため息を吐き出して、静かにコーヒーカップを置く。

「どうしてお前達は、俺に無条件に協力してもらえると、無邪気な勘違いをしてしまったんだ?」

 伊東さんはポケットから煙草を取り出して、またしまった。

「吸ってもらって構いませんよ」

「禁煙始めたんだ。結婚をしたからな」

 禁煙しているのならば、持ち歩くのをやめれば良いのに、と思ったが、そんな単純なことでもないのだろう。

「犯罪ライターである俺が、この案件に詳しいというところまで読めたのであれば、この状況、俺が多忙なことも察してくれて良かったんじゃないか?」

 伊東さんはふっと口元に笑みを浮かべた。

「大豆生田御門。彼女の死の影響は、たぶん君たちが思っている以上に大きいぜ」

「すみませんでした」

 僕は素直に頭を下げた。

 確かに、伊東さんの言う通りだった。

「お忙しいところ、お手を煩わせてすみませんでした」

「まして俺は、正社員みたいな立場の保証された身分じゃないからな。何時間働けばいくら収入がある、というそろばん勘定ができるわけじゃない。今年、いくら稼げるのかという算段は立てにくい。こうしてお前たちとコーヒーを飲んでいる間にもスクープを逃すかもしれない……まあ、来年にはルポライターをやめている俺だが、今はまだこういう価値観で生きている」

 そう言われればぐうの音もでない。

 所詮は高校生である自分たちの認識が甘かった。

「というわけで、悪いな。俺はもう仕事に戻るぞ」

 伊東さんはそう言って立ち上がった。

「待ってください」

 立ち上がった伊東さんの袖をエヴァが掴んでいた。伊東さんは訝しげにエヴァを見下ろした。

「なんだ?」

「伊東さん、あなたはご自身をプロだとおっしゃいましたね」

「だったらなんだ?」

「プロということは、しかるべきリターンがあれば仕事をして頂けるという理解でよろしいですか?」

「お前達の身の上で充分な報酬が用意できるとは思えない」

 伊東さんは肩をすくめた。

「お前達が自由にできる財産を全て投じたとして、何十万円だ? まあ、百万円は届かないだろう。だが、俺にとっては無限の価値が発生しうる好機なんだ。このタイミングでスクープを出し抜けば、実績に繋がる。それは金銭で計算できない価値があることなんだ。お前達は、俺に何かスクープを提供出来るのか?」

「できます」

 エヴァの即答に、もはや歩き出そうとしていた伊東さんの歩みが止まった。

「ちょっと待てよ、エヴァ」

 慌てて僕が間に割って入った。

「これ以上伊東さんの手を煩わせるなって」

 ここで無理に突っ張って伊東さんの機嫌を損ねることはない。そう思っての言葉だったが、伊東さんは片手で俺の肩をおさえた。

「待て、勇人」

「はい?」

「ここまで言うんだ。最後まで聞いてやろうじゃないか」

 穏やかな口調とは裏腹に、伊東さんの瞳はぎらぎらと燃えるように光っていた。迂闊なことを言えば、今にも怒鳴りつけてきそうだ。

 ドキドキと爆発しそうに高鳴る胸を抑えて、エヴァを見る。

「エヴァ……?」

「私が伊東さんにお支払いできるのは、事件の解決です」

 エヴァは自分を手で示して言った。

「充分な情報さえ頂ければ、私が、この事件の犯人を特定してみせます」

「……」

「充分な報酬でしょう? 私が犯人を特定すれば、警察の発表を待たずに記事が書けます。この世の誰にも先駆けて、詳細な記事を書く事ができます。わずかな元手で……恐らく、伊東さんにとっては手元にあるカードを開くだけで、莫大なリターンになるはずです」

 あまりにも荒唐無稽だった。

 確かに、エヴァの頭脳は文字通りの意味で人間離れしている。

 確かに、彼女の頭脳ならば警察とは違ったアプローチで真相にたどり着くのかもしれない。

 だが、ここで事件を解決出来ると断言するのは風呂敷を広げ過ぎている。

 まして、伊東さんに出し抜けにそう言っても信じてもらえるはずがない。

 僕は、おそるおそる顔を上げて伊東さんの様子を伺った。

「……」

 驚いたことに、伊東さんは怒っていなかった。

 荒唐無稽な申し出を莫迦にしているわけでもないし、驚愕しているわけでもない。

 ただ、考え込むような表情をしていた。

「……伊東さん」

 僕の声に、伊東さんはちらりと僕のほうを見た。

「エヴァは、冗談で言っているわけではないんです。以前から、エヴァは推理、というか不思議な事象が起きた際の真相を推測する能力に長けていまして、そういった点で協力できることがあるんじゃないか、そういう話をしているんです」

「ダメだな」

 そう答えた時には、既に伊東さんは苦々しい表情に戻っていた。

「話にならないな。高校生なら高校生らしく、勉学に励め。どうしてもそういった捜査ごっこがしたいのならば警察に勤めろ。本当にそんな頭脳があるのならば歓迎してくれるだろうさ」

 とだけ言い残して喫茶店を去ってしまった。

「……ダメだったな」

 伊東さんが立ち去って、一気に緊張が解けた僕は椅子の背もたれに体重を預けて、すっかり冷めてしまったコーヒーをブラックのまま飲み下した。

「エヴァ、人間には心証というものがあるから、あんまり無理な言い方はしないほうがいいよ」

「わかっているわ、ユート」

 エヴァの口元には笑みが浮かんでいた。

「人間の心理というのは本当に面白いわね。面白い。面白いわ」

「どうしたんだ? エヴァ」

「いえいえ、別に大したことではないのよ、ユート」

 くつくつと笑い出すのをこらえるようにしてエヴァはテーブルに爪を立てて、身体を震わせた。

「伊東さんの件は残念だったわ。しかし、これは想定内。プランBにシフトするので、ユート、もうちょっと付き合ってもらえるかしら?」

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