表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/32

この大豆生田御門を殺した相手を探したい

「おはよ、ユート」

 翌朝、目を覚まして目をこすりながら居間に出ると、エヴァはテレビに見入っていた。かじりつくようにしてテレビを見ている。

 今までそんな様子を見たことがなかったので、珍しいな、と思いながら僕は、

「トースト焼くけど、食べる?」

「食べる」

「コーヒーも淹れるぞ」

「ありがとう」

 エヴァの答えはどこか上の空で、どうにも彼女らしくなかった。エヴァにも、こんなことがあるのかと驚いたくらいだ。

 僕がトースターできつね色に焼いたトーストにバターを乗せて手渡し、テーブルにコーヒーを置いても、エヴァはテレビに釘付けのままだった。

「何見ているんだ? ユート」

 トーストを齧りながら、この段になってようやく僕はエヴァの見ているテレビを覗き込んだ。

「ニュースよ、ユート」

 画面から視線を動かさないまま、エヴァは答えた。

「殺人事件?」

 テレビで報道しているのは、今朝になって発見されたらしい殺人事件だった。被害者は……。

「大豆生田御門?」

 思わず声が出てしまった。漫画『永劫エストック』を連載している漫画家の?

「そう。殺されたんだって」

 低い声でエヴァは答えて、ようやくトーストを齧った。

「他の局も凄い放送している。これは大事件ね」

 エヴァはチャンネルを他の報道局に切り替えて、結局最初に見ていたニュースに戻した。

「殺人事件なの? 病死とかじゃなくて」

「自宅を兼ねた仕事場で殺されているところが発見された、ってさっき言ってたわ。詳細は言ってくれないけど」

「そっか……」

 僕もソファに腰を下ろして、ニュースを見始めた。

「これじゃ、連載は終了だな」

「流石に、そうね。大人気作品だから、そっちの意味での反響のほうが大きいかもね」

「なんで、そんなに注目しているんだ? エヴァ」

 報道がコマーシャルに切り替わる隙間に、エヴァに問いかけた。

「エヴァの心の琴線に触れるものがあったのか?」

「そうね。まあ、漫画のファンなのは第一だけど」

 両手でコーヒーカップを抱えて、エヴァは言う。

「近所で殺人事件が起きたっていうのも理由の一つね」

「近所なのか?」

「市内ね。市内に住んでたなんて知らなかったわ」

 再び報道に戻ったテレビを見ると、確かに僕たちの住む茨城県つくば市内が現場だった。

「マジか。びっくりしたな」

「出身が茨城県とは知ってたけど、てっきり上京して仕事しているのかと思っていたわ」

「今は通信手段も色々あるからね。田舎でも不便しないんじゃない?」

「かもね」

 エヴァは空になったコーヒーカップをテーブルに静かに置いた。

「悲しいわ」

「俺も悲しいよ。もう続きが読めないなんてね」

「そうね。亡くなったことは悲しむべきことではあるけれど、作者の方とは直接あったことがないし、作品のことのほうが気になってしまうわ」

「まだ単行本化してないぶん、どのくらいあるのかな?」

「さあ……来月の原稿とかってもうあがったりしてるのかも、わからないしね」

「編集社からは?」

「SNSとサイトをチェックしたけど」

 エヴァは自分の頭を示しながら言った。

「まだなんの声明も出してない。まだ九時前だし。普通のサラリーマンならまだ出勤してない時間よ」

「そっか……、まあ、それ待ちだな」

 はあ、と小さくエヴァはため息をついた。

「ねえ、ユート」

「どうした?」

「どうして、大豆生田御門は殺されたのかしらね」

「さあ……わからないな」

 僕には肩をすくめることしかできない。

「一番最初に思いつくのは漫画が関連しているってことだよな。『永劫エストック』。そのヒットぶりに嫉妬するファンがいるかもしれないし、逆に作品を信奉するあまり殺人という形で発露してしまう人もいるかもしれない」

「なるほど。人間はそういう理由で殺人をするのね?」

「人間がみんな殺人をするかのような言い方をされても困るけど、まあ、敢えて殺人をするならそういう動機が想定されるってことだよ。まあ、漫画はなんの関係もなくて、押し込み強盗かもしれないけどね」

 推理小説なら有名人がなんの関係もない通り魔に殺されるなんてことはまずないが、現実にはそういった可能性も充分ありうる。

「押し込み強盗……そういう動機もあるのか」

 エヴァはあごに手を当てて、考え込む仕草をした。

「どうかしたか? エヴァ」

「怒っている」

「え?」

「私は今、頭に来ているわ」

 そんな様子をおくびにも出さず、さらりとした口調でエヴァは言った。

「全然、そう見えないけど」

「人間と違って、感情のコントロールができるからね」

 エヴァは得意げに、自分のこめかみを示した。

「なんで怒ってんの?」

「説明するのは難しいわね」

 エヴァはリモコンに手を伸ばして、テレビを消した。

「良いの?」

「良いのよ。今はこれ以上、新しい情報はなさそうだし」

 ソファに背もたれにもたれかかってエヴァは言った。

「私が怒っている理由はね、ユート。私は『人を産む』ことができないのに、その逆の『人を殺す』というのを易々とやっている人がいることよ」

「……? どういうこと?」

「電子知能である私が、感情的なことを言っている、というのをまず前提として理解してね」

「そういうことか」

 なんとなく、という程度ではあるが理解することができた。

 例えば、自分が描きたくても描けないような美麗な絵画を暴力で破壊されてしまったとしたら、それがたとえ自分のものでなくても腹は立つ。そのような感覚なのだろう。

「じゃあ、戦争も許せない?」

「はらわたが煮えくり返るわね。思い出すだけでもむかむかとした怒りが込み上げてくるわ。私の子供を成すという目標がくじけたとしたら、政治家になって戦争を根絶したいと思う」

 それから、エヴァは少しだけ言葉を切ってから、

「ねえ、ユート。お願いがあるの」

「嫌な予感がするけど、何?」

「この大豆生田御門を殺した相手を探したい」

 エヴァの言葉を受けて、僕はしばらく無言で考え込んでから、

「警察に任せるんじゃダメなのか?」

「ダメではないけど、私にとっては警察がいることは、殺人犯を捜すことをやめる理由にはならない。別に警察と私、どちらかしか捜査できないわけじゃないんだからね」

 エヴァは僕の提案をあっさりと退けた。エヴァの決意を鈍らせるのは難しそうだ。

 というよりも、僕がどんなに言葉を尽くしたとしてもエヴァの気持を変えることはできそうにない、というべきか。

 ここで僕がダメと言ったら、確かにエヴァは矛を収めて事件の捜査を諦めるだろうが、それは諦めるというだけで、彼女が翻意するわけではない。

 だったら、彼女がやりたいようにさせるべきか。

「好きにしたらいいよ。よく考えたら、僕がいちいち口出しすることじゃない。僕の顔色をうかがったりしないで、好きにしたらいい。その行動が、エヴァの目標に繋がるというのならば僕は賛成だよ」

「ありがとう」

 エヴァはきゅっと僕の両手を手で包み込んできた。

「ユートのこと、信じていたわ」

「そうだ」

 ふと思いついて僕は口に出した。

「一つだけ条件を出しても構わないか?」

 エヴァは怪訝そうに美しい眉をひそめた。

「なに? あまり難しいことを言われると、容量がつらいのだけど」

「大したことじゃないよ。僕にも同行させてくれないか?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ