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恋人同士で来ている人を探そうと思って

 ジャンプに連載されていた『アリスと太陽』は音楽漫画です。

 音楽を漫画で描く……というのは、簡単なテーマではありません。

 もちろんジャンプでは『ソウルキャチャーズ』、他社でも『四月は君の嘘』『のだめカンタービレ』など大ヒットした作品も多いですが、難しいテーマであることは間違いありません。

 だって、聞こえないんですから。

 20週で終了という残念な結末でした。

 また、主人公・太陽のキャラクターも能動性に欠け、物足りないものであった印象は否めません。

 天才・ありすにとっての読者視点である人物であるがために凡人である必要があるのですが、ワトスンだからといって無色透明であっていいわけではない、というのもこの作品から得られた教訓と言えます。

 ストーリーや世界観、テーマももちろん重要ですが、大事なのはキャラクター。

 他山の石です。

 その週末、僕たちが向かったのは遊園地だった。

「買い物じゃないのかよ」

 電車の乗り換えの途中で行き先を察した僕がいうと、

「遊園地と言ったら、ユートが一緒に来てくれないかと思って」

 確かに、遊園地と言ったら僕は来なかったのでエヴァの洞察は正しいが、まさかアンドロイドに乗せられてしまうとは……。エヴァの頭脳も経験を踏むごとに常に進歩しているのかもしれない。

「遊園地、嫌い? ユート」

「嫌いじゃないけど、並ぶのは嫌だね」

「そうなの?」

「退屈が嫌という感覚は人工知能にはないの?」

「ないわ」

 エヴァがあっさりと答えた。

「むしろ、時間に追われることのほうが多いかも」

「そういうものか」

「そういうものよ」

「で、なんで遊園地なんだ?」

「恋人同士で来ている人を探そうと思って」

「ああ、その話、まだ繋がっているんだな」

 つまり、エヴァが子供を成すという目的を達成するために、恋人のデータ収集するという話である。

「凄いアグレシブな発想だな。なかなか遊園地に来ている身知らぬカップルに話しかけるってできないぞ」

「なぜ?」

 エヴァは不思議そうに首を傾げた。

「話しかけたって損失はないのに」

「そうだけど」

 いくら損失がないからと言って、知らない人に話しかけるというのはエネルギーを使う。仕事でもないのに飛び込み営業をするほど酔狂な人は少ない。

「まあ、良いさ。エヴァがやりたいなら好きにすればいい」

「入園料は私が払うから。お父さまにある程度お金を頂いているから」

「良いよ。僕がおごる」

「良いのに……」

「女の子におごらせるのは僕の外面が悪いから、僕の顔を立ててくれ」

 話している間に、遊園地の最寄駅についた。

「楽しみだわ」

 上機嫌で、エヴァは僕の腕を引く。目を輝かせているのを見るに、本気で遊園地が楽しみという面もあるのかもしれなかった。

「さ、急ぎましょ。時間が惜しいわ」

「ああ」

 週末だけあって、遊園地はひどく混雑していた。

「ジェットコースターは三十分待ちか」

「待ち時間わかるの? エヴァ」

「わかるっていうか。私のマザーコンピュータからインターネットに接続して調べた」

「便利だな」

「スマホを持っているのと、そんなには変わらないわ。脳にスマホが入っているだけ」

 エヴァはそうだなあ、と考える様子を見せて、

「ちょっと待つけど、ジェットコースター乗らない?」

 と、僕たちはジェットコースターに向かって歩き始めた。

「カップルの情報を集めに来たんじゃなかったの?」

「それもあるけれど、まだ開場時間からすぐだし、データ収集はまたあとで」

 実は、エヴァが楽しみたいだけじゃないのか? という言葉を飲み込んだ。彼女が人間としての生を謳歌するなら、それは素晴らしいことだ。と思う。

 結局、三時間ほどかけて、僕たちは遊園地の遊具を満喫した。途中から僕のほうも楽しくなってきて、遊ぶほうに熱が入ってしまった。

「次! 次、何行こうか、エヴァ!」

 絶叫マシンから降りた僕は、エヴァに向けて言った。自分でパンフレットを開くよりも、エヴァの脳内のマップにあたったほうが楽なのだ。

「ユート」

 嗜めるような声でエヴァは言った。

「遊園地に来た目的を忘れていない?」

「え? 遊びに来たんじゃないの?」

「違う。データ集め。しょうがないんだから、ユートは」

 やれやれ、と言わんばかりにエヴァはかぶりを振って、

「お昼、食べない?」

 とレストランのほうを指差した。

「ランチしていたら、カップルも見つかるだろうし」

「良いよ。丁度腹が減っていたし」

 僕たちは遊園地内のレストランに向かって、僕はハンバーグカレー、エヴァはジェノベーゼのパスタを注文して、二人で食べ始めた。

「意外と楽しいな、遊園地って」

「何を楽しんでいるの……」

 呆れたように、エヴァは言う。

「まあ、私も楽しかったけれどね」

「だろ?」

「でも、そろそろメインの仕事に戻らないと」

 エヴァはきょろきょろと周囲を見回した。家族連れが多いが、中にはカップルも何組かはいる。

「どれに話しかけようかしら」

 エヴァは目を輝かせて言う。

「人間がやると、結構勇気がいることなんだけどな」

「だとしたら、私が人間じゃないことにもそれなりにメリットがあるのね」

 うーん、エヴァが考え込んでいると、

「すみません。相席いいですか」

 と声がかかった。

「あ、どうぞ」

 僕は隣の椅子に置いていた荷物をどかした。ランチタイムのピークを外れてはいるものの、週末だけあってレストランは混雑している。

 隣に腰を下ろしたのは、二十代半ばくらいのカップルだった。女性のほうが和装がよく似合う落ち着いた美人、それに比べると男性のほうは目つきが鋭くて、怜悧そうな印象を受けた。男性の身長がやや低めなので、二人とも身長が同じくらいだった。

「素敵なお召し物ですね」

 エヴァが自然な形で、女性のほうに話しかけた。

「ありがとう、可愛らしいお嬢さん」

 女性のほうが笑みを浮かべて会釈をした。

「気に入っているんですよ、この格好が。和服が好きなんですよ」

「大変お似合いですよ。和服を着k成すなんてカッコイイですね」

「お嬢さんの服装も、よく似合っていますよ」

 女性は、返礼のように言った。今日のエヴァは、スキニージーンズにカットソーというシンプルな装いだったが、それだけに彼女のスタイルの良さが引き立っていた。

「きれいな髪ね?」

「ええ、父のおかげなんです、これは」

 エヴァは自分の金色の髪に触れて言う。

「自慢の髪です」

「良かったわね」

「お姉さんの黒髪もきれいですよ」

「うふふ。ありがとう」

 今のやりとりだと、僕の父が金髪みたいになってしまうが、敢えて突っ込んで話の腰を折るのも変なので、黙っていた。

「普段から和服なんですか?」

「流石に違いますよ」

 女性は柔らかく微笑んでいった。

「プライベートだけ。着物が好きというよりも、歴史あるものが好きなのよね、私は」

「歴史あるもの? ですか」

「そうそう。大学でもペルシア文学を中心にやってた」

「ペルシア?」

 ペルシア文学というと、日本では馴染みが薄い。さしものエヴァも気の効いたことが言えなかったのか、当たり障りのない返答をした。

「あ、いや。そんなに困らないでね」

 女性は慌てて言った。

「別にそーいう堅い趣味しかないわけじゃないから。漫画とかも全然読むし。今のイチオシは『永劫エストック』だから」

「あ! それ、私も最近読みました」

 嬉しそうに、エヴァは胸の前で手を合わせた。

「すっごい面白かったです」

「それは良かった。今後も注目したいわね」

 どういうわけか、女性はひどく嬉しそうに微笑んだ。

「あの、お二人は、恋人なのですか?」

 エヴァが出し抜けに聞いたので、僕はコーヒーが気官に入りそうになった。

「おい、エヴァ。失礼だろ」

「エヴァちゃんと言うのね?」

 気を悪くした様子もなく、女性は微笑みながら言った。

「外国から来たの? 日本語が巧いのね」

「ええ、頑張って勉強しました」

 堂々とエヴァは嘘をついた。

「と言っても、子供の頃にはアメリカから日本に来てたので、ほとんど日本語ネイティブみたいなもので。実は英語のほうがそんなに得意じゃないです」

「そう。色々、大変だったのね」

 女性は、片手を出して薬指を掲げてみせた。

「質問に答えるわ。私達は、恋人じゃなくて夫婦よ」

 促されて、一方の男性も気だるそうに片手を挙げて薬指を出した。

「夫婦! ですかっ」

 目をきらきらさせてエヴァは言った。

「素晴らしいことですねっ 詳しく話を伺いたいです」

「結婚なんか、珍しくもないだろ」

 ようやく、男性のほうが初めて口を開いた。

「結婚している奴なんて、山ほどいる」

「まあまあ、康、そう言わないで」

 女性が宥めるように言った。

「でも、私も聞きたいな。エヴァちゃん、どうしてそんなに気になるの?」

 首を傾げて、続ける。

「まだ、十代でしょう? 高校生くらいかな。結婚なんて考えるには早いんじゃないかな?」

「お姉さんのおっしゃることに道理があるのはわかります。しかし、今の社会は必ずしもそうとは言い切れません」

「ほぉ?」

 興味を示した様子で、男性のほうが身を乗り出した。

「言ってみろ」

「と、言いますのは、現実的な話としまして働き出してから育児をするのは困難という理由によります。現代社会では、子育てと仕事を並行して行うのは極めて困難でありますし、職場復帰も容易ではありません。一度は男性と同様の、総合職の仕事をしていた女性も出産後は低賃金のパートタイムに甘んじていることが多い……もちろん、例外もありますが、そういう現状があります」

 あらかじめ、受け答えは想定していたのかもしれない。育児と仕事の両立が困難という社会問題はアンドロイドであるエヴァにはなんの関係もないにも関わらず、しれっと彼女は語っている。

「ですので、それに対するアンサーとしては、学生のうちに子供を産むこと、だと思うのですよ。学生の子育てを優遇すれば晩婚化も一緒に解決しますし、また学生のうちにある程度まで子供が成長すれば就職後もスムースなのです。そう考えると、高校生の私にとっても無関係とは言えません」

「聡いな」

 男性は、短く言った。

「よく考えている。将来を遠いものではなく今の自分から地続きのものと考えている。若さに見合わぬ懸命さだ」

 感心した様子で男性は頷いているが、エヴァは人間ではないので僕はなんとも言えない気持になっている。かと言って、彼女は実は人間じゃないと今さら言うのもなんだしな……。

「実際にそれが一般化するかは別だがね」

「そうですね。それは課題だと思っています。学業と子育ての両立も容易ではありませんし、学費の捻出をしなければならない。そうでない学生にしても、遊びたい盛りでしょう」

「だな。だが、目の付け所はいい」

 男は満足げに頷いた。

「偉そうなことを言ってごめんなさいね」

 女性は軽く頭を下げた。

「この人、ジャーナリストをしているものだから。社会問題には興味を示しちゃうの」

「ジャーナリストさんですか。さぞ忙しいんでしょうね?」

「まあな」

 男はつまらなそうに言った。

「俺は、フリーランスだからな。稼ぎは良くはないが、自由ではある」

「あと、この人、名探偵なのよ」

「名探偵?」

 聞き慣れない言葉に、僕とエヴァは顔を見合わせた。

「名探偵っていうとシャーロック・ホームズ的な奴ですか?」

「違うよ」

 鬱陶しそうに、男性は言った。

「犯罪記事を書く事が多いので、それが結果的に解決に繋がったことがあるだけさ」

 話題を変えようとしたのか、男性は

「俺の名前は伊東康という。結婚について聞きたい話があるのなら、こいつに聞くといい」

 と女性のほうを示した。

「もう、康は無茶ぶりするんだから……えっと、私は伊東七夕と言います。仕事は、普通に事務職をしています。七夕は七月七日の七夕ね」

 女性は呆れながらも言った。

「ええと、女の子のほうはエヴァちゃんよね。彼氏のほうは?」

「彼氏じゃないけど、僕は仮倉と言います。仮倉勇人です」

 僕は自己紹介をした。

「もう、彼氏じゃないなんて照れちゃって。いい仲でもないのに一緒に遊園地来ないでしょ」

「そうなんですよ~ユート、シャイで」

 エヴァは七夕さんの軽口に乗っかっている。機械なのにノリがいい。

「で、なあに。聞きたいことがあるなら、教えてあげる」

「お二人の交際から結婚に至るまでを伺いたいのですが、いくつか質問をよろしいですか」

「どうぞ」

「お二人の付き合いはいつからですか?」

「私が今二十四で……大学の、何年から付き合ってたっけ?」

 七夕さんは、隣に座るパートナーに問いかけた。

「大学二年のクリスマスだよ。君が告白してきたんだ」

「嘘。記憶を改変しないで。告白してきたのはあなたのほうだから」

「いい加減なことを言うなよ。君だから」

「あーなーたーでーすー」

「仲がいいのですね」

 言い争い出した二人を、僕が宥めた。

「話を続けて頂けますか?」

「付き合い出して、四年くらいね」

 矛をおさめた七夕さんが言った。

「四年……付き合い出して四年、社会人になって二年ということですね」

「そうね。それがどうかしたの?」

 七夕さんが首を傾げる。

「付き合い出したきっかけのようなもの、ありますか?」

「きっかけ……そうねえ。なんかあった?」

 七夕さんはパートナーを向いて言った。

「結構、自然な感じよね。こう、ロマンティックな告白があったというより、丁度いいし付き合わない? みたいな」

「そうだな。前から話は合ったし」

「なるほど」

 なるほどと言いながらも、その実エヴァが納得していないのが僕にはわかった。エヴァは、その曖昧な部分を知りたいのだ。

「結婚に対するきっかけというのは?」

「ん……そうね」

 考えながら、七夕さんはちらっと伊東さんの様子を伺った。

「社会人二年目で、丁度いいかなって思って」

 少し曖昧さが残る感じで、伊東さんは頷いた。

「そういうものなんですか?」

 エヴァが納得がいかない様子を見せて言った。

「大人には、色々あるんだよ」

 ふん、と伊東さんは鼻を鳴らした。

「ね、康さん」

 七夕さんが伊東さんの肩をつついた。

「別に隠さなくてもいいんじゃないの?」

「別に隠さなくても良いけどさ。別に初対面の相手に言うほどのことでもない」

 伊東さんは目線をそらした。

「でも、この子たちいい子そうよ?」

「すみません、伊東さん。無理して貰わなくて大丈夫ですよ」

 説得を続ける七夕さんに僕のほうから口を挟んだ。

「いいえ、教えてください。伊東さん」

 僕の気遣いを妨害するようにして、エヴァは言った。彼女にはどうやら遠慮というものがプログラミングされていないらしい。

「嫌だよ」

 伊東さんは露骨に眉をひそめた。

「君たちも、大人になればわかる」

「今、知りたいのです」

 うんざりした様子で伊東さんは言った。

「どうするよ? 七夕」

「私は別に構わないよ?」

「……」

 ふん、と伊東さんは鼻を鳴らした。

「お前たち、住まいはどこだ?」

「筑波のほうですけど……、それがどうしました?」

「筑波か。結構近いな」

 ? とエヴァは首を傾げた。

「悪いが、今日は七夕と二人で楽しみたいんだ」

 伊東さんは七夕さんの肩を抱き寄せた。

「日を改めて、話をしてやろう」

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