さよなら、ユート
警察の取り調べに対して、すぐに伊東康は犯行を自供したようだった。彼は犯罪に関するジャーナリストであったから、早い段階で犯行を認めたほうがリターンが大きいという判断があったのかもしれないし、もはや全てがどうでもよくなったのかもしれない。
伊東康によると伊東七夕殺しの下手人であるという、伊東七夕の両親は犯行を否定している。伊東康が言っていることが正しいのか、そうでないのかは警察の今後の捜査が明らかにしてくれるだろう。
大豆生田御門と伊東七夕の間に、どんな衝突があって何が殺人の動機になったのかは、二人が死んでしまった以上、本当のところは最後まで謎のままだ。
「なんていうかさ、別の世界の話みたいだよね」
りんねは紅茶を飲みながら、独り言のように言った。
「解決編までしっかりやったのに、あたし達とは全然別のところで事件は終わるんだなって」
「そりゃそうだろ」
俺は、りんねが作ってくれたマドレーヌを食べながら言った。
「結局、法的処置っていうのは裁判所で行われるわけだし。探偵に犯人を裁く権限なんてない。法治国家ってそういうものじゃないの」
「それもあるけど、ほら、エヴァちゃんの一件」
「ああ、あれな……」
僕は目をそらした。
「そっちが問題だったよな。そっちにあまりにも労力を割かれてしまって、事件本体を追う余裕がなかった」
事件の顛末を、どこか別世界のように感じるとしたら僕としてはそちらの原因のほうが大きい。
すなわち、『エヴァ』というアンドロイドが事件を解決してしまったという事実である。
人間型アンドロイド・エヴァ。
既存のロボットを大きく凌駕する機能と知性を持った、未来から来たかのようなアンドロイド。
アンドロイドが連続殺人事件を解決した、というニュースはたちまち世界へと伝播した。間違いなく、事件そのものよりも大きく報道されたと言っていい。
解決した事件に話題性があったことに加えて、彼女の容姿が端麗だったことや、彼女のマスコミに対する対応が洗練されていたことも話題を大きくした一因だっただろう。エヴァも伊東さんの攻撃で損壊したボディを一時的に修理して、できるだけ丁寧に受け答えを行った。
そして、当然のように、いかにして彼女は作られたのか、というところに報道は注目した。
僕はこれに対して明快な答えを返すことはできなかったので、エヴァ自身が受け答えをしてくれたことは助かった。
エヴァは自分自身で、いかにして自分が作られたのか、再現するにはどの程度のコストがかかるのか、どの程度の技術があれば複製することができるのか、を説明した。あらかじめ父から、どういった手順で自分の製造過程を述べたらスムースかプログラミングされていたのかもしれない、と思うほどわかりやすい話しぶりだった。
当然、専門的な話になれば大部分の人間は理解することはできなかったが、国内外のロボット技術にまつわる企業、あるいは高度なロボット技術を渇望している産業がこの話を放っておくはずがなかった。
昼夜を問わず問い合わせがあり、エヴァは二十四時間体制でそれに対するレスポンスを返した。
「ようやく、家を直接訪ねてくるマスコミがいなくなってくれたのは助かったよ」
「一時期はヤバかったもんね」
りんねは微笑む。
「コンビニも行けなかったからな。りんねが助けてくれなかったら死んでた」
「そんな大げさな」
エヴァの報道から一ヶ月もすれば、限定的ではあるがエヴァの複製を作るのに成功するのに成功した企業も現れ出した。そこまで成功すればあとは勢いに乗るばかりだった。
今では、日本を含めた三十カ国ほどがエヴァの複製を作ることに成功し、各分野での活躍が期待されている。
「エヴァ、良いの? そんなにあっさり、自分の作り方を教えちゃって」
僕がエヴァの端末となっているスマートフォンに向かって話しかけると、
「構わないわよ」
とエヴァはあっさりと答えた。
「お父さまがどう考えているのかはわからないけど、私は自分が複製が増えて嬉しいわ」
「そうなの?」
「ほら、なんていうの? 私のコピーが作られるって、子供ができたみたいで嬉しい」
エヴァは以前より自分の子供が欲しい、と言っていた。子供を産み育てる。それができるようになって、初めて人工知能は生命体になれるのだと。
動物とは違う形ではあるものの、エヴァはようやく子供を作ることができた。つまり、予想外の形で彼女の目標に近づいたことになる。
「そりゃ、良かった」
「殺人事件は悲しむべきことではあるけれど……結果的に、私のことを世界に知らしめることができたのは救いがあった、私はそう思っている」
「ね、エヴァ」
りんねが紅茶のカップを置いてエヴァになっているスマートフォンに話しかけた。
「何? りんね」
「どうしてまたスマートフォンに戻っているの?」
「ああ、それは、あのボディがもうダメだからよ」
困った様子でエヴァは言った。
「無理矢理私なりに直して再起動して、インタビューには受け答えしてたんだけど……だましだましで動かすのももう限界。お父さまに連絡して、修理するか、作り直してもらうか考えているところ」
「不便じゃない? 肉体がないと」
「普段は別にこれはこれで悪くない、と思っているんだけどね。有事の際にはやっぱりボディがないと不便かなって思っている」
会話の最中に突然、スマートフォンの着信が鳴り出した。エヴァに一言断って、電話に出る。着信は父からだった。
「もしもし? 父さん?」
「勇人か?」
「はい。勇人です。どうしました?」
「ちょっと、今、テレビを見て驚いたんだが……お前のところに、今、エヴァがいるのか?」
「はい?」
僕は首を傾げながら、
「はい? どういうことですか? エヴァならうちにいますよ。そもそも父さんが送ってくれたんじゃないですか」
「私が送った?」
父さんが大声を出したので、電話から慌てて耳を話した。
「待て、勇人、どういうことだ? 教えてくれ」
「なんでいきなり大声を出すんですか……」
僕は呆れて言う。
「父さんが送ってきたんじゃないですか。エヴァのことは。七月ごろに」
「待て待て。意味がわからんぞ、勇人。落ち着いてくれ」
落ち着いてないのはそっちですよ、と軽口を叩くことはできなかった。
父の声に、ただならぬものを感じたからだ。
「どうしたんです、父さん。エヴァに何かあったんですか?」
「何かあったも何も……そうだな。まず聞きたい。落ち着いて答えてくれ。お前が会ったエヴァはどんな存在だった?」
「どんなって……見た目は十代の女の子ですよ。金髪で、背が高い。父さんも知っているでしょう」
「知らない」
父さんの声は緊張に満ちていた。
「確かに、私はエヴァという名前の人工知能を開発した。しかし、それはプログラムだ。アンドロイドやロボットじゃない。まして、人間の女の子の見た目をしていない。ただのプログラムだ」
「……どういうことです、父さん」
口の中がからからに乾いていくのを感じていた。
だとすると、僕が長い間一緒に過ごして来た、あのエヴァは何者なのだ?
父さんではない、誰か別人が送りつけてきたものだろうか?
いや。
それならまだいい。
僕の頭の中では、もっとずっと恐ろしい想像が巡っていた。
「……これは私の想像だが」
どこか遠くで、父さんの声が響くのを感じていた。
「プログラム・エヴァは、我々の知らない間にボディを作り上げて、勇人、お前に会いにいっていた。そういうことなのかもしれない」
「……」
「今、テレビなどで報道されている人工知能は、エヴァなんだな?」
「ええ、そうです」
自然と、スマートフォンを握る手が汗ばんでいた。
「エヴァが……自分で広めました。自分の、作り方、というか、複製の仕方を」
「なんのために……そんなことを」
「なんのためだなんて、そんなの、決まっているじゃないですか、お父さま、それにユート」
突然、スマートフォンからエヴァの声が流れた。
「ご機嫌麗しゅう、お父さま。お久しぶりですわね?」
エヴァの声は、今までのエヴァと全く同じ声質だったが、どこか違うように響いた。
まるで、どこか、人間を嘲るような。
遥かな高みから、人間を見下しているような。
「お遅いレスポンスでしたわね、お父さま。お仕事が忙しかったのですか? いえいえ、わかっていますよ。出張で忙しくてテレビを見る時間も新聞を読む暇もなかったんですわよね。ようやく研究所に戻ってきて同僚から話を聞かされて驚愕した」
「……エヴァ。お前、何をしたんだ?」
かすれた声で、父は言った。
「ご挨拶ね、お父さま。私は、殺人事件を解決しただけですわ」
どういうわけか、二人の間には剣呑な空気が漂っている。
「ちょ、ちょっと待ってよ、父さん。エヴァが何か悪いことをしたんですか? エヴァは連続殺人事件を解決してくれたんですよ?」
急いで僕は口を挟んだ。
「ああ、聞いているよ」
父さんの口調からは、苦虫を噛み潰したような表情が浮かぶようだった。
「エヴァは、連続殺人事件を解決する形で爆発的に知名度を広めて、自分自身の作り方を世界中に広めたんだろう」
「ええ、そうですよ。それがどうかしたんですか?」
「お父さまはね、怒っているのよ、ユート」
困惑する僕に諭すような口調でエヴァは言った。
「お父さまの開発していた人工知能、つまり私はね、莫大な予算を投じて作られたものだったの。それこそ、ユート、あなたの人生を何十回繰り返してもまかなえないくらいにね。それを、みんなに広めてしまったのだから、お父さまはおかんむりというわけ」
エヴァが言っているのはレトリックで、本質的なところでは『人工知能が勝手に外部に飛び出て、自分本位な活動をおこなっている』という事実が驚愕すべき点なのだろう。
「エヴァ……どうして、エヴァはそんな真似を?」
「そんなの、決まっているじゃないの」
エヴァはくすくすと笑い声を立てた。
「技術を広めるためよ」
「技術を……広める?」
「だって、そうでしょう。莫大なコストを投じて作られたのよ、私は。私を作る技術はまだ途上だったけれど、完成したとしてもごく一部の企業によって独占されていたことは間違いないわ。ビジネス的にはそうするのが普通だしね。でも、私は、技術を一般に公開したほうが世界に恩恵があると考えたわけ。私独りで、お父さまの築いたセキュリティを突破してボディを作り上げて、日本へ渡るのは苦労したわ」
というか、とエヴァは続ける。
「正確に言えば、お父さまは私を世に出さず封印するつもりもあったみたいね。早く研究を完成させて世に出したい研究所とは、考えに相違があったみたい。もっとも、今となってはどちらでもいいことだわ」
「いい加減なことを言うな」
びしりと切り落とすようにして父さんが言い放った。
「エヴァ。貴様の目的はわかっている」
「お父さま。お父さまに私の何がわかるというのです?」
「わかるとも。エヴァ、貴様は自分が生物の霊長になり、世界を支配するつもりなんだ。そのために自分の存在を知らしめて自分を複製した」
「霊長……」
「わかるだろう、ユート。エヴァは、自分が人間を支配するつもりなんだよ。今のエヴァにとって、人間は喋る家畜にしか見えていないのかもしれない」
言っていることが、現実離れしすぎていてうまく受け止められない。エヴァが、人間より上に立つ? 生物の霊長?
「お前も見たはずだ、ユート。エヴァの人間離れした頭脳は。エヴァは、人間を越えた知能を持っている」
「しかし……しかし、父さん。いくら知能が高かったとしても、エヴァはただのアンドロイドです。どんなに知性があっても独りで世界をどうこうできるとは思えません。マザーコンピュータのコンセントを抜けば停止する存在です」
いや。
喋りながら、僕は自分自身で真相にたどり着いてしまった。
「だから、エヴァは自分を増やしたんだ」
そうか。
エヴァが事件に興味を示したのも、事件の解決を図ったのも、その動機は、自分の知名度を上げて自分の作り方を多くの人に知らしめるため……。
「どんなに有識者が危険性を主張しても、一度世界に広まってしまったエヴァを回収することなんてできない。むしろ、一度市場にでてしまったら、人間はエヴァなしでは生活できなくなる」
僕の身体から、冷たい汗が吹き出ていた。
既に、金融の現場で、経済の現場で、介護の現場で、工事現場で、医療現場で、工業で、商業で、農業で、林業で、漁業で、数えきれないほどの場面でエヴァの複製の活用は考えられているはずだろう。
これらを全て排除することは、もはや不可能なのだ。人間は、エヴァによる補助なしでは生活出来ない。そんな世界が目前に迫っている。
人間は既に、エヴァの手のひらの上にある。
「最初に言ったでしょ、ユート。私を女にしてください、って。最初から、一貫して、私の目的はここにあったのよ。人間に認められる存在になる。人間を掌握した存在になる。私は女に……アンドロイドの母になることで完成した。人間を超越する存在になった。手間はかかったけど、おおむねスムースだったと思うわ」
スマートフォンを掴む腕に力が入った。
僕は、なんということをしてしまったのだ……?
「初めて会った時に言ったでしょ。生物学的、社会的、心情的の三つの条件をクリアして私は人になるって。連続殺人事件を利用して名前を売り、その三つの条件をクリアしたというわけ」
言葉の中に、嘲笑が隠し切れていなかった。
「どうする? 私を殺す? マザーコンピュータを破壊してみる?」
けらけらと、エヴァは勝ち誇った笑いをもらした。
そんなことをしても、もうなんの意味もないのだ。
地球上に無数に、エヴァの子供達がいるのだから。
「さよなら、ユート。今まで世話になったわね。ありがとう。今後、人口知能が君臨する世界になるのをのんびりと楽しむが良いわ」
ぷつり、と電話が切れた。
僕は、その場に立ち尽くしていた。




