それも嘘です
「七夕さんが人殺しを!?」
それこそ信じられない。
あの穏やかな七夕さんが人を殺すなんて、どんな事情があれば通るというのか?
「七夕さんが、大豆生田御門の漫画、『永劫エストック』の原案を出していたという話を思い出してくれる?」
「ああ、星屑女学院と、水仙社の編集部で聞いた話だろう? それがどうしたんだ? エヴァ」
「それが全部よ、ユート」
「全部ってなんだ……」
「七夕さんにとっては、表の顔を隠して漫画制作に携わっていた。逆に言えば、無理をしてでも漫画に打ち込もうという熱意があった。それに、作品の映画化の持ち上がっていたタイミングでもあった。大豆生田御門は映画化に向けてオリジナルの新キャラクターを書き下ろしていた」
エヴァにしてみれば、それで充分にヒントを出したつもりらしかったが、それぞれの要素が脳内でうまく像を結ばない。
「正解を教えてくれ、エヴァ」
「答えはカンタン。『共同で作品を作り上げるための信頼関係が壊れた』。それだけよ」
「それは……」
僕は、言葉に詰まった。
大豆生田御門と伊東七夕の人間関係が壊れた?
なぜ?
「ユート、『from heaven』のメッセージカードを思い出してみて」
「え?」
どうしてここでメッセージカードがでてくる?
「あれ、犯人が残したものではないのよ」
「どういう……こと?」
「逆なのよ。あれを作ったのは大豆生田御門」
スマートフォンから響くエヴァの声が、廃病院に空しく響く。
「水仙社で、聞いたでしょ。映画版『永劫エストック』ではイギリスが舞台なんだって。だから、それ用のグッズ」
イギリス……切り裂きジャックを描いた作品のフロムヘルとも関連づけて考えることができる。
「でも、それって、大豆生田御門が考えたにしてはいやにセンスがないってルナと伊東さんが言っていなかったか?」
「大豆生田御門が考えたにしては……というのは、正確に言うと『永劫エストック』の作者が考えたにしては、という意味よね。あの時点で言えば同じだけど、今では違った意味を帯びてくる」
そう。『永劫エストック』の原案を考えたのは伊東七夕なのだから、大豆生田御門が作成したと考えれば矛盾しない。
「じゃあ、映画用のグッズのサンプルとか、そういうものなのか? あのメッセージカードは」
「私はそう考えてる。つまり、もともとあのメッセージカードは何枚か、あるいは何十枚かあの部屋に存在していて、殺害の際に飛び散ってしまった。一枚残っていたのは置いていったのではなく、回収し忘れてしまったもの。警察が勝手に犯人からのメッセージだと思い込んだので、犯人は連続殺人を偽装するために流用した、という形になる」
「それじゃあ……」
「つまりね、『伊東七夕に無断で、大豆生田御門が勝手に新キャラを作った』。これが伊東七夕が大豆生田御門殺害に至った動機よ。それが原因で、二人の人間関係が壊れた」
「でも……そんなことで?」
無断で新キャラを作った。
それが殺意を抱くほどのことか?
「そう思うのは、感覚の違いでしょうね。七夕さんにしてみたら、自分が作った世界に不純物を勝手にいれられた。それは充分に憤る理由になったでしょうし、クリエイターなら理解できる人はいるんじゃないかしら」
「逆に、大豆生田さんはどうしてそんなことをしてしまったんだ?」
「さあ。二人とも死んでしまった以上、真相は藪の中……そんなことで七夕さんが怒るとは思わないで新キャラを書き下ろしてしまったのかもしれないし、逆に七夕さんに敬意を払っていたからこそ、手を煩わせたくなかったのかもしれない」
「そうか……そうだったのか」
最初から七夕さんと大豆生田御門が繋がっていたのならば、殺害現場である大豆生田御門も密室でもなんでもない。七夕さんは大豆生田御門と繋がっていることを隠す身分であるのだから、堂々と正面玄関から入らないほうが自然だ。防犯カメラに映っていなかったのもその結果なのだろう。
「七夕さんが、大豆生田御門を殺したのはわかった。ルナ殺しも、エヴァ殺しも真相の発覚を避けるためだと考えればわからなくもない。でも、どんな動機があれば、伊東さんが七夕さんを直に手をかけようという発想になるんだ?」
「語るに落ちているわね、ユート」
エヴァの声に、呆れたような響きが混じっていたのは、僕の気のせいだっただろうか。
「既にあなたが述べた通りの動機よ、ユート。真相の発覚を避けるため。七夕さんはね、真相の発覚を避けるために、殺されたのよ」
「……意味がわからない。どういうことだ?」
「だからね、ユート。連続殺人の被害者の中に真犯人がいるなんて、誰も思わないでしょ?」
エヴァの言葉を受けて、さあっと僕にも真相がわかってしまった。
「莫迦な……そんなことのために?」
「そうよ。そういうこと。七夕さんが犯人であるという事実を覆い隠すために、七夕さんを殺害した。後付けで連続殺人にしたのよ。そこの、伊東康という男がね。私とルナが殺されたのは真相に肉薄してしまったから、というのは確かに一つの動機ではあったのでしょうけれど、仮にルナや私が動かなかったとしても、その男は同じように別の被害者を殺したでしょうね。目的は連続殺人事件という体裁を整えること、なんだから」
連続殺人の被害者になってしまえば、連続殺人の犯人の容疑者からは外れる、という道理。
「そんな……」
「順番としては」
うまく現実を受け止められない僕をよそに、エヴァは解説を続ける。
「既に述べた通り、伊東七夕が大豆生田御門を殺したのは突発的なものだったのでしょうね。凶器が帯というのも、計画性のなさを示している。そして、正気に返った七夕さんは動揺した。七夕さんは殺人を犯してしまいはしたけれど、もともと常識的な価値観を持っていた。つまり、夫に自分のしてしまったことを全て話した上で自首をすべきだろうか、と相談した」
僕はちらりと伊東さんに視線を向けた。
伊東さんは、項垂れたままだ。
「しかし、それを聞いた伊東康は自首しようという彼女の言葉を受け入れなかった。七夕に自首されてしまっては、伊東康は一生殺人犯の夫という重荷を背負って生きていかなければならなくなる。しかも、殺した相手は日本有数の漫画家だ……この瞬間、伊東康は七夕さんを殺すことを決めた」
僕はうなだれる伊東さんになんと声をかけていいのか、わからなかった。その瞬間、伊東さんの心にはどんな闇が渦巻いていたのだろうか。
「伊東康は彼女の首を絞めて殺害し死体を公園に遺棄した。なにしろ、殺害者本人から話を聞いているのだから、同一犯であるかのように偽装するのは簡単なことだった。身長も七夕さんと伊東さんは同じくらいだし、絞殺跡も近い形になるはず。そして、メッセージカードを残すことで連続殺人であることを誇示した」
七夕さんの遺体が発見された公園の様子を思い出した。
あの時、ルナやエヴァと一緒に、『何故見つかりやすい場所に遺体を遺棄したのだろうか?』というやりとりをした。しかし、真相がわかってしまえば簡単なことだった。最初から、伊東康は被害者を、七夕さんを発見させるのが目的だった。故に、最初から見つかりやすい場所に遺体を配置した。仮に発見が遅れるようならば、匿名で通報していたのかもしれない。
「連続殺人……という体裁さえ整えてしまえば、誰もまさか被害者が殺人犯だとは思わない。あるいは、警察の捜査が連続殺人のほうに傾かなかった場合は、ルナを介して警察を誘導することまで視野にいれていたかもしれない」
伊東さんが犯人だとするならば、ルナが殺された事実も腑に落ちる。おそらく、殺された段階でルナも一連の殺人事件が必ずしもシームレスに繋がったものではない、そこまでは推理を終えていたのだろう。そのことに関しては、僕やエヴァ、そして伊東さんの前でも言及していた。
伊東さんは、ルナが推理を進めていたことに愕然としたことだろう。
連続殺人という体裁を整えるのと、ルナの口を塞ぐ。伊東さんはルナを殺害することでこの二つを同時に成し遂げるた。
ルナも、まさか伊東さんが妻を殺害していたとまではその段階では推理し終えてはいなかったのだろう。
故に、伊東さんの呼び出しにあっさりと応じた上で、殺されてしまったのだ。
これを名探偵の油断というのはあまりにも酷だろう。
ルナは伊東康を気の置けない友人として信じていたし、探偵小説だって伊東康、つまり探偵が犯人というのはアンフェアというものだ。
「ま、ここまでの推理は全部蛇足なんだけどね」
打って変わって、軽い口調でエヴァは言った。
「伊東康を逮捕するには、私のボディを破壊したという器物損壊だけで充分。あとは、今の推理を警察の人に教えてあげれば、自然と証拠が集まって事件は解決するでしょうよ。証拠はどこにあるっていうんだ? なんて犯人の定番の台詞は言わせてあげない。そんなものは警察がのんびり探せばいい」
エヴァのスピーカーから、ふふ、と得意げな笑みがこぼれた。
「さ、真犯人の伊東康。申し開きはあるかしら?」
「一つだけ、言わせて欲しい」
今までずっと押し黙っていた伊東さんが、ぽつりと言った。
「俺は、七夕を殺していない」
「はい? 真犯人は他にいるっていうの?」
「違う。七夕を手にかけたのは、七夕の父親だよ……」
血を絞り出すような声で、伊東さんはぽつりぽつりと語り始めた。
「七夕の家は、資産家だが、もともと歴史ある旧家でもある。機械にはわからないかもしれないけど、そういう古い家っていうのは得てして個人よりも家の体裁や名誉というものを優先したりするものでさ。殺人事件を起こした娘なんて、認められないほどの汚点なのさ」
伊東さんは真っ青な顔色を上げて言った。
もともと、彼女が漫画家の夢を諦めたのも両親の意向なのに、と伊東さんは続ける。
「そもそも、そういう背景があったから、七夕はあんな歪な形で漫画に携わらざるを得なかった……それさえなければ、大豆生田御門だって死ななかったかもしれないのにな」
ひひっ、と伊東さんは笑い声をあげた。聞いているほうにぞぞっと皮膚が粟立つような、狂気の走った声だった。
「俺の義理の両親、つまり七夕の実の両親だが、その二人に『娘を殺せ』と言われた時の気持がわかるか? 俺もジャーナリストとしてそれなりにやってきて、外に出せない、胸が悪くなるようなエピソードをいくつも聞いてきたがあくまでそれは他人事でさ。自分が直面して本当にこんな人間がいるのかとぞっとしたよ。いくら殺人犯だからって、実の娘だぞ? 過去の判例から見て一人を殺しただけで死刑になることはない。懲役刑になったとしてもいつかは帰ってくる。でも、親にとっては、そんな娘はいらないんだとよ」
伊東さんは澱んだ目で僕たちを見た。
「信じてもらえるとは思わないが……俺は七夕を助けたかった。その場ですぐにでも、七夕に俺も付き添うから自首しようと促した。だが、それを察した七夕の父親が、自分で七夕に手を下したんだ。七夕を殺したのは俺じゃない」
「でも、ルナと私を殺したのはあなたですよね?」
伊東さんの言葉に、一瞬絆されそうになっていた僕は、エヴァの言葉に楔を打ち込まれた思いだた。
「伊東康、言い訳をするならば、法廷でどうぞ。それを聞くのは探偵の仕事じゃないわ。七夕さんの遺体発見現場の状況を整えたのもあなたでしょうしね。七夕さんのご両親だけであの現場が作れるとは思えませんから」
「……そうだよ。犯人は俺だ」
力なく、伊東さんは言い放った。
「七夕が死んでしまったならば、俺にとってはもはやどっちでも同じだった。いや、むしろ七夕を殺人犯という汚名から守れるのであれば、積極的に連続殺人に手を染めようとすら思った。俺が悪いんだ……理解してくれとは言わない。理解してもらえるとも思っていない。ただ、それが真相だ」
「それも嘘です」
切り捨てるようにしてエヴァは言った。
「あなたは『連続殺人を発生させて、自分の手で記事にすること』をしていた」
エヴァにあれを出して、と言われて僕はコンビニで購入した写真週刊誌を取り出した。表紙では大きく今回の連続殺人事件が取り上げられている。
それを見て、伊東さんはついに言葉をなくしてその場にうずくまった。
「ジャーナリストとしての成功をすることなく、婿入りとして人生の成功を掴んでしまった。そんなあなたの中でくすぶっていた自分の力で成功を掴みたい、という意思が、今回の事件で再燃した。再燃してしまった」
あなたはこの記事で、どれだけの報酬を得たのかしら、とエヴァは言う。
「自分が連続殺人犯になって、自分がその事件を追う、というマッチポンプ。そうすれば、当然、自分が誰よりも詳しい記事が書ける。同時に、警察に対する印象も操作できるかもしれない。そして、そうそう、誰よりもセンセーショナルな事件を起こせるわね」
エヴァの起伏のない台詞のバックに伊東さんのすすり泣きが響く。
「漫画家殺し。警察官殺し。最初から『刺激的な事件』『報道映えする連続殺人』をするつもりで人を殺しているんだから、犯行に対する一貫した目的なんてない。警察の捜査も捗らないというわけ」
伊東さんからの反論はなかった。
人工知能に徹底的に論破された人間は、何も言葉を紡ぐことなくすすり泣いていた。
「間もなく、警察がくる手はずになっているわ。あとは、よしなに」
「いや、まだ終わっていない」
すすりなくのをやめて、ゆっくりと、伊東さんは立ち上がった。涙で真っ赤に染まった目に、凶暴な光が宿っている。
「お前を、お前とその人工知能を、ここで殺す。そうすれば、まだ事件は終わらない」
そして、伊東さんは腰から匕首を抜いた。
僕はじり、と後ずさりをする。僕は丸腰だし、エヴァに至ってはスマートフォンだ。対抗する手段はない。
「次の被害者は男子高校生か。話題性は薄いな」
鋭い踏み込みと共に、白刃が目前に迫っていた。
「莫迦ねえ」
だが、痛みを感じることはなかった。
横から飛び出してきたりんねが伊東さんの腕をとって投げを打ち、床に叩き付けた上で締め上げていたからだ。
「大丈夫? 勇人」
腕を極めたままで、りんねが僕に問いかけてきた。
「ありがとう、りんね。万一に備えて、りんねに隣室に控えていてもらったのは正解だったな」
ふう、と僕は息をついて、その場にへたりこんだ。最悪の事態に備えてりんねに控えていては貰ったものの、本当に伊東さんに刃物を取り出されると肝が冷えた。
「ルナが殺された事実を踏まえると、なんの警戒もせずに犯人と一対一で対峙するわけがないのにね」
エヴァはスマートフォンからけらけらと笑い声を漏らした。
「万が一、ユートを殺せたとしても、私のマザーコンピュータが健在な以上、逮捕は時間の問題だしね」
「エヴァ、りんね。二人とも助かったよ」
「いえいえ。こちらこそ、力になれて嬉しいよ」
伊東の身体を締めたまま、りんねは笑みを浮かべた。
「二人で面白そうなことをしていると思ってたから、混ざれてちょっと楽しいかな」
「もうすぐ、警察に通報したのは本当だから、間もなく来ると思う」
言っている側から、警察のサイレンの音が聞こえ出した。
ようやく、この連続殺人事件が終焉を迎える。そう思うと一気に安堵感が湧いてきた。




