人間のフリはまだあまり巧くないけど、頭を使うのは結構トクイ
ジャンプで連載されていた『キミを侵略せよ!』はギャグ漫画です。
残念ながら短期で連載終了となってしまいましたが、『斉木楠雄のψ難』が終了し『トマトイプーのリコピン』がリタイアするというギャグ漫画不毛の地となったジャンプを唯一のギャグ漫画として支え続けてきたことは、述べておく必要があるでしょう。
初期は荒削りな印象でしたが、後半にはこなれてきた様子もあったので次回作に期待したいところです。
「どこ出身? アメリカ? イギリス?」
「金髪きれいだねー」
「スタイル凄くない?」
昼休み、たちまちエヴァはクラスメイトに取り囲まれた。
そりゃそうだ。
あの神話から切り出された女神のような容姿を思えば、誰だって夢中になる。
彼女の周りに群がっているのは女性ばかりで、男子はあまりの美しさに気後れして話しかけられずにいるほどだ。
僕が言うのも変な話だが、やりすぎなくらい美しい見た目をしている。父の所属している研究チームの趣味なのか、これは。
「ねえ、エヴァさん、どうして日本に来たの?」
クラスメイトの質問に、エヴァは微笑みを浮かべて、
「私は、子供を作るために、ユートの家に来ました」
と答えた。
クラスメイトがざわつき、視線が僕に突き刺さる。
「ちょ、ちょっと待てよエヴァ!」
慌てて僕は言い募った。
「エヴァ。変なことを言うのはやめてくれよ」
「変なこと?」
エヴァは首を傾げた。
「変なことではないわ、ユート。私の目的は子供を作ることなのだから」
「ちょ、ちょっと、エヴァ!」
僕は喧噪から逃れるべく、教室から出て、屋上へと向かった。校舎の屋上は立ち入り禁止になっているのだが、鍵が壊れていて実は出入り自由になっている。このことは一部の生徒にはよく知られていた。
屋上に出ると、七月も半ばの夏の日差しが肌を焼いた。遮るものが何もないせいで、日光が直に当たってくる。時には何人もの生徒の姿が見られるのだが、今日はこの暑さのせいか、誰もいなかった。
「よっ ユート。人気者になってたね」
屋上で僕が一人でふてくされていると、後ろからりんねが声をかけてきた。どうやら、僕が教室を出たのに気づいて追いかけてきたらしい。
「昨日はごめんね。お楽しみ中におジャマしちゃって」
「別に、気にしていないよ。りんねは悪くない」
「そ。なら気にしない」
りんねは片手でコーヒーの紙パックを差し出した。
「謝罪の気持を込めてあげようと思ったけど、謝らなくていいみたいなので普通にあげる」
「なんだそれ」
俺は紙パックを受け取って、ストローを突き刺した。りんねは自分用に買ってきたらしい紅茶のパックを開く。
「勇人、君のお父さんには驚いたな。あんなロボットを作るなんて」
「エヴァはロボットって呼び方が気に入らないみたいだから、アンドロイドって呼んだほうが良いみたいだよ?」
「そうなの?」
「ロボットは語源が強制労働者という意味なんだって」
「ほんと? ほんとだとしても、ロボット、じゃない、アンドロイドが気にする?」
「さあ。まあ、敢えて機嫌を損ねることをしなくてもいいさ」
「アンドロイドに機嫌を損ねる、とかそういう感覚があるの?」
「わからない。ないとしても、僕はアンドロイドだから適当な態度で臨んでいいとは思わない」
「なるほど。あたし、勇人のそういうところが好きだな」
「僕もりんねのそういう率直なところが好きだよ」
僕はコーヒーを飲みながら言った。自動販売機のコーヒーはひどく甘いか、無糖かの二択が極端なのが泣き所だが、嫌いではない。
「ね、ユート」
「なんだ? りんね」
「質問がある」
「どうぞ」
「どうしてエヴァちゃんを、高校に連れてきたの?」
「エヴァがそう望んだからだよ」
「というと」
「エヴァの目的は昨日話したよね? りんね」
「うん。アンドロイドの技術向上のためのデータ収集だよね」
りんねは頷いた。エヴァは僕に対してはもっと詳細な目的を語っていたが、りんねにそこまで説明するのは僕が疲れるので簡易的な説明しかしていない。
「あ、そういうことか。それで高校にね。っていうか、入れるんだね。アンドロイドが」
「それは僕もびっくりしたけど、入れるみたいだな」
それに関しては僕も、戸籍もなければ学歴もないアンドロイドが高校に通うのは不可能だと思っていた。だが、エヴァ本人が高校に直接かけあって解決してしまった。私立高校というわけでもないし、そのあたりの対応は意外と柔軟であるらしい。
あとでエヴァに聞いたところによると、
『現実問題として、出生時に戸籍が作られないままの人や難民などで自分の身分を証明する方法がない人もいる。そういう人が学校に通うことができないとなると人権侵害にあたるので高校は対応してくれる確率が高いのよ』
ということらしい。
つまり、エヴァは人間という体で高校に入り込んだということになる。
「大丈夫なの?」
りんねの表情からは心配している様子が見てとれた。
「自分でバラさなきゃ、そうバレないだろ」
りんねの問いかけに、僕はそう答えた。
「受け答えも問題なくできるし、食事も見かけだけはできる。幸いにも来週からは夏休みだしな。その間に、エヴァがデータ収集を終えてアメリカに帰ってくれれば助かる」
「勇人のお父さんは? 夏には帰ってくるの?」
「さあ? 聞いてないな。アメリカにはお盆休みってなさそうだし、あったとしてもうちの父のことだから、仕事をしてそうな気がするよ」
「確かに。勇人のお父さん、仕事の虫だよね」
「じゃあエヴァちゃんは、当面、勇人の家にいるんだね」
「そうなりそうだよ」
「そう」
りんねが困ったような顔をしたので、
「どうしたの?」
と問いかけた。
「あ、いや。別になんでもないんだけどさ。あたしも勇人の家にこれまで通り行っても良いのかなあって」
「別に良いよ……というのも変か。今まで通り、りんねにできる範囲で来てもらえると助かるよ。どうやらエヴァも料理には興味があるみたいだし、仲良くしてやってくれると嬉しい」
「もちろん」
安心したように、りんねは頷いた。
「エヴァちゃん、料理するの?」
「味覚はあるって言っていたな」
「その言い方だと消化はしないってことでしょ? 良いなあ。いくら食べても太らないなんて」
あ、そうだ、と思いついて僕は口を開いた。
「わかっていると思うけど、エヴァがアンドロイドってことはできるだけ言わないでくれると助かる。余計なトラブルに巻き込まれるのはごめんだから」
「うん、わかってるよ、勇人」
「ただ、問いつめられたりしたら無理に誤摩化してくれとは言わない。その辺は適当に対応してくれ」
「おっけー。ま、あたしも大丈夫だとは思うよ」
快活に答えて、それからりんねは押し黙って、ちらちらとこちらを見てきた。
「どうかした?」
もじもじとした様子のりんねにしびれを切らして、僕のほうから聞いた。
「何か言いたいことがあるのならば、聞くけど」
「言いたいことっていうか、謝らないといけないことがある。エヴァちゃんのことで忙しいのに、別件で悪いんだけど」
拗ねたような口調で、りんねは言った。
「ごめん、勇人。前、買ってもらったキーホルダーなくしちゃった」
そう言って、りんねはポケットから鍵束を取り出した。
「え?」
僕は目を瞬いた。
「そんなこと、あったっけ。いつの話?」
自分でいうのもなんだが、僕は結構ケチなほうの人間だ。たとえば誕生日のような、特段の理由がない限りは他人にものを買い与えることはない。
りんねに何か買ってあげたようなことがあっただろうか?
「覚えてない? 勇人。小学校の頃さ。修学旅行で日光に行った時、買ってくれたでしょ」
「ああ……」
そこまで言われて、僕はようやく思い出した。
そんなこともあったか。お小遣いがちょっと余っていたので、そんなことをしたかもしれない。そんな、四年も前のことを言われても、すぐには思い出せなかった。なにしろ、小学生の頃の話だ。
「観光地で売ってる、数百円くらいの奴だろ。別に気にしないでいいよ、そんなの」
「そう?」
どういうわけか、りんねは残念そうな表情をした。
「なんで気にしないでいいって言っているのに残念そうなんだよ、りんね」
喋りながら、ふと違和感を覚えた。
「りんね、キーホルダーって自宅の鍵につけてたよね?」
りんねとの話の中で思い出したが、りんねは自宅の鍵にずっと同じキーホルダーをつけていた。あれが、僕が送ったキーホルダーなのだと思う。
「なんで鍵だけはあるの? 普通、落とすならキーホルダーと鍵を一緒になくさない?」
「それがさ、ちょっと気持悪い、というか不思議な話で」
りんねは声を潜めた。
「気がついたら、キーホルダーだけなかったんだよね」
僕はまゆをひそめた。
「それは……落としたんじゃないのか?」
「最初はあたしもそう思ったんだけど。たぶん違うんだよね」
「どうして?」
「理由は二つ。まず、私はキーホルダーに鍵を複数つけてた」
じゃらり、とりんねは鍵束を鳴らした。
「家の鍵以外に、合気道場の鍵とか自転車の鍵とか、色々ついてる。ここにつけてたキーホルダーだけがなくなるってこと、ある?」
「可能性は低いな」
「あと、この鍵束、重いから普段鞄にいれているんだよね。その点でも落とした可能性は低い。ひっくり返さないと落とさない」
それに、とりんねは続ける。
「すっごく、大事にしていたし」
「確かに、不思議だな。わざわざ鍵を残してキーホルダーを盗む人なんていないだろうし」
僕はふむ、と考え込んで、
「じゃあ、僕のをやるよ」
と自分の鍵についていたキーホルダーを外して、りんねに差し出した。なんの時に買ったのか思い出せないような品だが、構わない。
「えっ いや、そういうつもりで話したんじゃないよ? 勇人」
「わかっている。気味が悪い、という話だろう? 確かに、りんねが言っていることはわかるよ。りんねはしっかりしているし、うっかりものをなくすような奴じゃない。でも、考えても仕方がないことだし、考えてしまうのは今、キーホルダーがないからだ。だから、代わりにこれをつけておけば少しは気休めになるんじゃないか?」
「面白い話をしているのね、ユート、りんね」
僕の話を、別の声が遮った。
「こんなところにいたのね。探してしまったわ」
姿を現したのは、エヴァだった。長い金髪が太陽の光できらめいて、一段と輝いて見える。いっそ人間離れしているほどのスタイルの良さで、高校生服がいやにさまになっているのを改めて感じた。
「クラスの連中はどうした?」
「ユートがいなくなったので、探しにきた。それよりもそっちの話。キーホルダーがなくなってしまったんですって?」
「ああ、そうだよ」
りんねは戸惑いながらも答えた。
「詳しい話を聞かせてもらえる? りんね。力になれるかもしれない」
「……どういうこと?」
「ほら、私」
エヴァは自分のこめかみを示してみせた。
「人間のフリはまだあまり巧くないけど、頭を使うのは結構トクイ」
エヴァはりんねの隣に腰を下ろした。
「キーホルダーをなくした話、詳しく聞かせて。なくしたのに気づいたのはいつ?」
「一昨日の夜。本当は昨日、勇人に伝えるつもりだったんだけど」
りんねは途中で言葉を途切れさせた。当初はそのつもりだったのだが、エヴァが来たトラブルで切り出しそこねてしまったということだろう。
「一昨日の朝の時点ではあったのね?」
「うん。それは間違いない」
りんねは頷いた。
「一昨日の行動の経緯を詳しく教えて貰える?」
「そんなに……いつも通りだよ。朝からは学校にいて、あたしは部活は入っていないからそのまま下校して、合気道場に行って、その後家に帰って……その時にキーホルダーがなくなっていたことに気づいた」
「その間、鞄から離れたタイミングはある?」
「うん? まあ、そうだな」
りんねは考え込んで、
「常に百パーセント鞄を見張っていたわけじゃないからなあ……その気になれば、触るタイミングはあったと思う」
不思議そうに、りんねはエヴァを見た。
「ねえ、エヴァちゃん」
「エヴァでいいわ」
「エヴァ、誰かが盗んだと考えているの? キーホルダーなんかを? 誰が?」
「次、最後の質問」
りんねの問いかけをはぐらかして、エヴァは訪ねた。
「その日、合気道の道場にいたのは誰?」




