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間違いなく愛していたよ。ありがたいことにな

 僕が廃病院に着くと、既に伊東康さんも到着しており、よう、と片手を挙げてきた。僕も会釈を返す。

「大変なことになっちまったな、勇人」

 四人もの連続殺人は、戦後類を見ない。加えて、被害者には有名漫画家や公安警察、ロボットまで含まれている。茨城県の一画を襲った事件は、日本中はおろか、世界的にも報道されているらしい。

「いえ、こちらこそ忙しい中すみません。お仕事、忙しいのでしょう?」

「構わないよ」

 伊東さんはかぶりを振った。

「正直言って、ここまで大きな事件になると俺みたいな木っ端記者の手には負えん」

 はあ、と伊東さんは大きくため息をついた。

「この部屋で、死んだんだな。冷泉さんも、エヴァちゃんも」

 と部屋の中を見回した。

 部屋の中には、冷泉ルナとエヴァ、二人分の死を示す白いテープが残されている。

 もちろん、この廃病院に侵入することは不法侵入にあたるのだが、今さらそんなことに頓着する気にはなれなかった。伊東さんも特に言及しないのを見ると、同じような気持なのかもしれなかった。

「なんだか、今でも俺は実感が湧かないよ。七夕がいないことが不自然に感じるし、困ったことがあると冷泉さんに連絡をいれてしまいそうになる」

「わかりますよ。僕も、今でもエヴァが死んだような気がしません」

「エヴァちゃんの葬式は上げたのか?」

 伊東さんの問いかけに、僕は首を横に振った。

「あげるべきなんでしょうけどね。まだ、そんな気持になれなくて」

「それは俺も一緒だったよ。でも、葬式はそれでもあげた。きっと、無理にでも気持に折り合いをつけるのが葬式なんだと思う」

 ま、俺が喪主じゃないんだけどな、と伊東さんは小さな笑い声を漏らした。

「そういえば、勇人。俺は伊東の家を出ることにしたよ」

「え?」

「七夕が死んだのに、いつまでも義理の両親の世話になるのもおかしな話だしな……お陰さまでまた、気軽な根無し草というわけだ」

「そういうものなんですか?」

 僕には婿入りをした経験がないので気持がわからない。

「なんだか、七夕の両親を見ているだけで辛くてな……一気に老け込んでしまった。このまま一緒にいたら、一緒にダメになってしまいそうだ」

「本当に、七夕さんを愛していたんですね。伊東さんも、ご両親も」

「当然だ」

 伊東さんは即答した。

「いや、今は家族の形なんて色んなものがあるのかもしれないけれど、少なくとも、俺と七夕の家族に関しては間違いなく愛していたよ。ありがたいことにな」

「じゃあ、どうして」

 と僕は言った。

「どうして、七夕さんを殺したんですか?」

「………………」

 僕の問いかけに、伊東さんはしばらく無言だった。

「もう一度聞きます、伊東さん。どうして七夕さんを殺したんですか?」

「俺だって、心に余裕があるわけじゃない。あまり無礼なことを言うと怒るぞ。俺が一連の連続殺人の犯人だっていうのか?」

 無表情に、伊東さんは言った。

「無礼なことを言っているつもりはありませんよ、伊東さん。何故ならば、伊東さんが連続殺人の犯人だからです。七夕さんを殺したのも、ルナを殺したのも、エヴァを壊したのもあなたです」

「おかしなことを言うな、勇人」

 犯人であるという指摘を受けても、伊東さんは落ち着き払ったままだった。それに対して、僕の心臓は爆発しそうなまでにバクバクと鼓動している。フィクションでは名探偵では堂々たる振る舞いで犯人を弾劾するけれど、どうやら僕にはあんな冷静な振る舞いはできそうにない。

 この段になって、僕の推理が合っているのか、不安になってくる。

 実は、僕が知らない未知の証拠があって真相は全く違うんじゃないかと思うと汗が止まらない。

 だが、ここまで来た以上、引き返すことはできない。

「動機……はともかくとしても、忘れてはいないか? 俺は、少なくとも大豆生田御門の死亡推定時刻にはお前と一緒にいたじゃないか」

 伊東さんの言っていることは、既にシミュレート済みの内容であった。大丈夫だ。このルートの先に、正解はある。

「間違えているのはあなたのほうですよ、伊東さん」

 僕は努めて冷静に言った。

「僕は、第一の殺人、大豆生田御門殺しの犯人があなただとは申し上げておりません」

「おかしなことを言う。つい今、俺のことを連続殺人犯と言ったじゃないか」

「違いますよ」

 片手を挙げて、指を四本立てた。

「大豆生田御門殺し。伊東七夕殺し。冷泉ルナ殺し。エヴァ殺し。今のところ、連続殺人として認識されているのはこの四つです」

「何を言っているんだ?」

 伊東さんの眉がぴくりとうごめいた。

「この一連の事件が連続殺人ではない、そう言っているのか?」

「違います、違います。連続殺人ではあるんですよ」

「何を言っているんだ? お前は」

 と伊東さんはスムースに答えた。

「連続殺人ではないと言ったり、連続殺人だと言ったり。結論を言え、結論を」

「だから、連続殺人って言っているじゃないですか。僕が言っているのは、この四つの事件のうち、伊東七夕殺し、冷泉ルナ殺し、エヴァ殺し。この三つがあなたの犯行だと言っているんです」

「……ほう」

 伊東さんは自分の顎をなでながら言った。

「なるほどな。お前は、最初の事件だけは別の事件だと言っているのか」

「別の事件だとも言っていませんよ。この四つは確かに連動した事件ですが、しかし下手人が違うのです。警察が犯人が同一の連続殺人だと断定した理由は、一つ、同一のメッセージカードが残されていたことと、二つ、殺害方法・及び用いた道具が同じこと、三つ、絞殺の痕跡から算出した身長が同一であること。この三つです。しかし、このうち一つ目と二つ目は、第一発見者より先に現場を訪れ、知りさえすれば真似をすることができますよね?」

 ここに来て、伊東さんは何か言おうとしていたようだが、構わずに続ける。

「伊東さん、あなたは第一の殺人を知って、それにのっかる形で連続殺人を発生させたのですね。第一の殺人の下手人と伊東さんの二人で相互にアリバイを確保することで、二人とも殺人は不可能である、という体裁を整えるためにね。結果を見れば、ある種の交換殺人とも言えるかもしれません」

「解せないな」

 伊東さんはやれやれ、という風に頭を振る。

「俺に妻を殺す動機があったというのか? 冷泉ルナだって俺にとっては名探偵の価値観を共有できる数少ない友だ。エヴァちゃんだって、事件から遠ざけて守ろうとしたつもりだ。にも関わらず、勇人、お前は俺を三人を殺した殺人鬼だと責めるのか?」

「そうですよ」

 突然、僕のものでも、伊東さんのものでもない声が聞こえた。

「伊東康さん。あなたがこの殺人事件の犯人です。私たちはそれを告げに来たのですから」

「誰だ!」

 伊東さんはばっと顔を上げて、周囲を見回した。彼の額に、汗がにじむのが見えた。

「おい、勇人、お前、何をした? この声は誰だよ!」

「私ですよ、伊東さん」

 声の主は、けらけらと笑い声をもらした。

「悲しいなあ。もう私の声を忘れちゃったんですか? 私とは首を絞めて胸を突き刺した仲じゃないですか……!」

「莫迦な……お前は、確かに」

「私ですよ。エヴァです」

 声だけなのに、エヴァがにんまりと笑うのが見えたかのようだった。

「お元気そうで何よりですよ、伊東さん。あの時は苦しかったですよ?」

「な……嘘……なぜ」

 伊東さんの口から、途切れ途切れの声が漏れる。顔色が真っ青で、神経質そうに髪をかきむしっていた。

「考えてみたら、伊東さん。伊東さんは、エヴァがアンドロイドだってことを知らなかったんですよね」

 僕は、胸ポケットからスマートフォンを取り出して、かざしてみせた。

「エヴァの見た目はどうみても人間ですからね。知らなかったら、誰だって人間だと思う。警察だって最初はそう思っていたくらいだ。彼女が真相を言い当てた時も、殺せば口封じになる……と考えるのは自然な発想です。目の前にいる少女は実は電子端末に過ぎなくて、殺すことになんの意味もない、なんて想像がつくはずがない」

 当たり前のことだが、エヴァの普段使っているボディは本体ではない。あれはただの端末である。そもそも、エヴァのほとんど人間と遜色ない思考をするコンピュータはあのサイズには収まらない。エヴァのマザーコンピュータは自宅に存在して、そのコンピュータが出力した指令によってエヴァのボディは動かされている。

 故に、スマートフォンでも電波を受信することで、声だけという限定的な形としはいえエヴァのボディの代わりにすることができるのだ。

「ユート、意味がない、という表現は気に入らないわ。あのボディ、高かったんだから。直せるかなあ。お父さまにお願いしないといけないかも」

 ルナは自分で推理することでエヴァがアンドロイドだということを看破していたが、伊東さんはエヴァがアンドロイドということを知らないでいた。考えてみれば道理の通った話で、スクープに飢えていた伊東さんの立場からしたら、あの高度なアンドロイドであるエヴァのことを記事にしないはずはないのだ。

 伊東康は、エヴァをアンドロイドではなく人間だと認識していた。

 だから、殺した。

 殺せば、全てを隠蔽できると信じて。

 あのエヴァが殺された日、エヴァは伊東さんを呼び出し、自らの推理を言って聞かせたのだ。そうすれば、伊東さんがエヴァを殺そうとすることを見越した上で。

 僕のナイフを持っていたのも計算のうちだ。伊東さんは、連続殺人と同様の手口でエヴァを殺そうとする。しかし、エヴァの頸部にはセンサーのコードが通っているだけで、いくら首を締めたところで損壊度合いは少なく機能も停止しない。故に、敢えてナイフという凶器を用意しておくことで、自分を殺させたのだ。

 自分を殺させる、という形で犯人を詳らかにしたのだ。

「あ、でも、きっと損壊したボディの損害賠償は伊東さんに請求できるわよね」

 端末に過ぎないボディを破壊されたとしても、エヴァは痛くも痒くもない。エヴァという人格を維持するためにはなんの支障もない。本体は、今も変わらず駆動し続けている。

 エヴァの声で喋るスマートフォンを見て、伊東さんは愕然とした表情のまま、膝から崩れ落ちた。

「エヴァ」

 僕はスマートフォン越しに話すエヴァに語りかけた。

「なあに? ユート」

「言われた通り、伊東さんを呼び出したけど、僕にもいくつかわからないことがあるから聞いて良いか?」

「どうぞ」

「第二、第三、第四の殺人の下手人が伊東さんというのはわかった」

 わかったとは言ったものの、自分の中で完全に納得がいったとは言いがたい。伊東さんは快楽殺人に手を染めるようには思えないし、七夕さんへの愛情も、ルナとの友情も嘘だとは思えなかった。

 一体、どんな動機があれば、伊東さんが殺人という蛮行に手を染めるのか。名探偵を気取って解決編に挑んでみたものの、事件の全体像はわからないままだった。

「エヴァ、改めて聞きたい。この一連の事件の、動機はなんなんだ?」

「それはね、ユート」

 スマートフォンから、エヴァは説明を開始した。

「順を追って、最初の事件の犯人から話す必要があるわ」

 そうだった。

 第二~第四の事件の犯人はわかっても、第一の事件の犯人は不明なままだった。第一の事件、つまり大豆生田御門を殺した犯人は、今も大手を振ってこの街で生活をしているのか?

「最初の事件で、大豆生田御門を殺したのは、伊東七夕よ」

 エヴァは、当然の真理のようにそう言い切った。

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