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ここで捜査、やっぱり打ち切りたいんだけど、怒らない?

「ただいまあ」

 僕たちが家に戻る頃には既に空が白みかけていた。

「疲れたな」

「まあ、そうね。暗視モードは消耗が激しいわ」

 エヴァは服をめくりあげてバッテリーを外し、充電していたバッテリーと取り替えた。

「うん、私は元気になった」

 ソファに倒れ込む僕とは対象的に、バッテリーを取り替えただけでエヴァはスッキリした、というような顔をした。

「なんか食べる? ユート」

 エヴァはエプロンを手にして言った。

「ご飯作ったげよっか」

「うん……いや、今はいいや。ココアか何か、貰えるかな?」

「おっけー。任せておいて」

「お願い。エヴァも疲れているところに悪いね」

「もうバッテリーとりかえたから疲れていないわ」

 それはわかるが、自分がソファに寝そべっていてエヴァを働かせるのはなんだか落ち着かない。

「明日から、どうしようかな……」

 僕は眉間を揉んで呟いた。

 なりゆきで、ルナの遺体発見現場まで行ってはみたものの、捜査の継続に反対という僕のスタンスは変わっていない。どうやってエヴァを止めようか。

「あのさ、ユート」

 ココアを淹れて戻ってきたエヴァがソファの隣の位置に腰を下ろした。

「やっぱり怖くなってきた」

「え?」

「実際にルナが死んだ場所を見ると、急に人が死ぬことが実感を持って感じられちゃって。アンドロイドの私がこんなこというのも滑稽なんだけど」

 恥ずかしそうに、エヴァは言う。

「ここで捜査、やっぱり打ち切りたいんだけど、怒らない?」

「怒らないよ」

 僕はほっとして息を吐いた。

「最初から僕はそのつもりだったし。別に全然いいと思う」

 考えてみると、エヴァによる現場検証の時間もいやに短かった。あの段階で、彼女は捜査の終了を決意していたのかもしれない。

「明日、どうしようかな。事件の捜査をするのをやめるとなると、急に暇になっちゃうな」

 明日から、何をしようか。

 エヴァがいなかった頃、空いた時間に何をしていたのか思い出せない。それほどまでにエヴァは、僕の生活に馴染んでしまっていた。

 出かけるのもいいが、しかし、命を狙われる可能性があると考えると気後れしてしまう。いくらエヴァに寄り添ってもらえば安全とは言っても彼女にばかり負担をかけるわけにはいかない。

「ユート、今日一旦眠ってから、時間ある? 明日、スーパーまで買い物に付き合ってもらえないかな」

「いいよ……というか、いつもありがとう。一緒に行こう」

 エヴァが一緒に行くように言い出したのは、僕を1人にしないように、という気遣いもあるのだろう。

 ココアを飲み終えてごろりと身体を転がすと、テーブルの下に何かが落ちているのに気づいた。

「?」

 どこかで見覚えがある。

 なんだ、これは?

「ん……?」

 手を伸ばして拾い上げた。名刺ぐらいのサイズだが、もっとしっかりした、厚みのある素材を使っている。

 from heaven。

 そう書かれている。

 ぞぞ、と全身の毛が逆立った。

 フロム・ヘヴン。

 見覚えがあるのも当然だ。これは、冷泉ルナの資料で見たことがある。大豆生田御門の、あるいは伊東七夕の、遺体発見現場に残されていたメッセージカードだ。

 どうしてそんなものがここにある?

 何故?

 答えは簡単だ。

 犯人が、ここに来たのだ。

 僕たちが、廃病院に出かけている間に……!

 ばっと身体を起こした。

「エヴァ!」

「どうしかした? ユート」

 首を傾げたエヴァにカードを見せると、エヴァの表情に緊張感が走る。

「え? マジで?」

「マジだよ。今気づいた」

 エヴァは即座にメッセージカードの意味するところに気づいたのだろう。表情を強張らせたままで、唇がわなわなと震えている。

「気づいたのは今。もしかしたら前からあったのかもしれないけど、おそらくは僕たちが廃病院に行っている間だと思う」

「驚いた」

 エヴァは呟いて、それからメッセージカードを受け取ってまじまじと見つめた。

「私のカメラで見る限りだと、今までの事件現場に残されていたのと同じものね」

「じゃあ、やっぱり」

 犯人が、僕の家に侵入したのだ。

 僕たちがでかけている間隙をついて、家に侵入していたのだ。

「怖いわね……」

 エヴァははーっと息を吐きながら立ち上がった。

「ちょっといい? ユート。ついてきて」

 エヴァはテーブルの上にコップを置いたまま、くいくいと指で玄関を示した。

「どうしたの?」

「調べるから」

 エヴァは玄関から一度外に出て、鍵穴を調べ始めた。

「ピッキング跡がないか調べてる」

 エヴァは片目をつむって鍵穴を覗き込んでいたが、

「わからないわね」

 と肩をすくめた。

「エヴァでもわからないのか」

「正確に言えば、ピッキング跡は確認できないってこと。へたくそな人がやると傷跡が残るからすぐわかる。巧い人だとわからないけど」

 それから念のために家の中を確認したが、窓が割れているというような痕跡はなく、どこから犯人が侵入したのかはわからなかった。

「うーん。困ったな」

「やっぱりメッセージカードを残したのって一連の事件の犯人なのか?」

「私はそう思うけど、まあ、腑に落ちないところはあるわね」

 考えようとしたが、そろそろ眠気が限界でうまく頭が働かない。一気に疲れが出たようだ。

「確かに、エヴァの言う通り腑に落ちない点は多いね。まず、殺人が実行できていないのに、メッセージカードを残したというのがよくわからない」

「そこね。殺人が終えた後にメッセージカードを残す……んだとしたら、どうして殺人をしていないのにメッセージカードを残したのかがわからない。単にうっかり落としたという可能性もあるけれど、もしかしたら、前提が間違っているのかも?」

「前提が間違っているって?」

「今まで、私達は『殺人現場にメッセージカードを残す』と思っていたでしょう」

「そうだけど……違うのか?」

「別の条件があって、置いていったのかもしれない」

「それは、可能性があるけど……結局、よくわからないことには違いないな」

「それはそうね。メッセージカードに関しては、一度置いておきましょう。プロである警察に頼んでおけばいいわ。もっとさしせまった問題がある」

「そうだな」

 僕は頷いた。

「問題は、どうやって犯人はこの家を特定したのか」

 ルナはもともと名探偵であって、警察に所属している。そもそも、彼女のほうから犯人に接触した可能性もある。彼女が殺されたこと自体は、理解できる。

 だが、僕とエヴァに関してはそうではない。

 一体犯人は、どこから僕の自宅を突き止めたのだろうか。

「ありうるとしたら、ルナと一緒に事情聴取に言った相手の誰かが犯人なんじゃない?」

「僕たちの顔を知っているとしたら、そうだけど」

 ルナと一緒に話を聞いた相手は、星屑女学院と水仙社。あと、七夕さんと大豆生田御門の遺体発見現場にも行ったくらい。

 会った人物で言えば、高校の教員、事務員。それに水仙社の社員か。

 しかし、僕もエヴァも名前は名乗っていない。名刺を交換したのはルナだけだ。ルナとのやりとりの中で名前くらいはでてきたが、名前と外見だけから自宅を特定するのは容易ではないだろう。僕たちを尾行していたとしたら家がどこにあるのかをあたることはできるにしても、僕たちにそこまで手間をかけるか?

 可能性で言えばルナから僕たちの素性を聞き出した、という可能性だってなくはないがルナがそんなことをする可能性は考えられない。

 どうにもスッキリしない。

 犯人は、なんのためにここに来たのか。犯人にどんなメリットがあるのかわからない。

 犯人が、実は、最初から僕の身近にいるのでもない限りは。

「そもそも、僕たちを狙う意義もよくわからないしな」

 ルナを殺す……のは、まだわかる。彼女は押しも押されもせぬ名探偵。警察本部がたどり着けない真実も、彼女ならばたどり着けるのかもしれない。

 だが、僕たちはなんの実績もないアマチュア探偵だ。いや、アマチュア探偵というのも言い過ぎで実態はルナについて歩いただけのただの高校生とアンドロイドというのが正しい。僕たちにまで手をかけようとするのならば、捜査本部の人間を皆殺しにするくらいやり方をしてもおかしくない。

 優先度で言えば、僕たちよりも捜査本部の人間のほうが犯人にとっては危険のはず。

「犯罪小説や何かだと、知らないうちに僕たちが手がかりを見つけてしまっていた、とかそういうパターンがあるけど、どう思う? そういう可能性あると思う?」

「そうね……」

 エヴァは首を傾げて、自分の眼球を示した。

「映像データ、全部残してあるけど確認してみる?」

「気は進まないけど、やるか」

 警察に提出するという手もあるが、ルナがいない今、相手にされない可能性のほうが高い。

「とりあえず、警察……と言いたいけど、まずは仮眠ね」

 眠そうね、ユート。とエヴァは右手で僕の頭を撫でた。

「ありがとう、エヴァ。洗い物は僕がするから置いておいてくれよ」

「そのくらい、私がやっておくわ。どうせ、ユートが寝ている間は暇だしね」

「済まないな……」

 ココアを飲んでから、急に眠気に苛まれてきた。疲れが出たのかもしれなかった。

「おやすみ、ユート。目覚めたら、警察に連絡しましょう」

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