それは探偵のすることじゃない
「エヴァ」
二人で自宅へ歩いて戻ろうとする途中で、エヴァに声をかけた。
なに? とエヴァは無言で小首を傾げる。
「どうするつもりだ?」
エヴァの目が、すうっとすぼまる。
彼女が言おうとしているのは、僕がどちらの、つまり事件を追求するか、それとも手を引くかを見極めた上で返答しようということだ。
「エヴァ、そもそも僕の反応を伺っているってことは、事件をまだ調べるつもりだよね?」
そう言ってやると、エヴァは不機嫌そうに口を尖らせた。
「なんでわかったのよ」
「僕でもそのくらいはわかるよ。エヴァに会ってからそんなには経ってないけど、そのくらいはわかる」
「そう……」
エヴァは横目で僕を見て、はあ、と息を吐き出した。
「やっぱり、ユート、あなたはここで引き下がったほうがいいと思う?」
「そりゃ、まあね」
正直に答えた。
エヴァの観察力がどこまでのものか、僕には図りかねているがうかつなことを言うよりは、正直に喋るほうがいいと思う。
僕はあごを撫でて考えた。
「手を引くべきか、捜査を継続すべきかで言えば、手を引くべきだと考えている」
だが、そこまで本気でエヴァを説得するつもりでいるかという自信がない。それに、中途半端な言葉では鉄の理論で武装した彼女を心変わりさせることはできない。
「家に帰ろうか。エヴァ」
「それは、ユート」
エヴァの瞳が冷たく輝く。
「事件から手を引くという意味?」
「違う。というか、僕の今の材料で、エヴァを説得出来るとは思ってない。家に帰るのは、一旦話を整理しようという意味だよ」
「それは……まあ、そうか。いいでしょう」
エヴァはため息をついた。
「ねえ、ユート。一つだけ、お願いがあるんだけど」
「ルナが死んだ現場に行くのならば嫌だよ」
即答すると、エヴァは目を丸くした。
「なんでわかったの?」
「見ればわかるよ」
声の中に呆れるような響きが混ざってしまう。エヴァの思考が僕にも読めてしまうのは、エヴァが人間に近づいている証明だろうか。
「ダメだよ、エヴァ。第一、今、犯行現場は現場検証中なんじゃないかな。警察の人が一杯いるよ。今までは警察であるルナがいてくれたけど、今はもういないんだ」
僕はじっとエヴァの目を見て言った。
「それでも無理に犯行現場に入ろうとしたならば、それは探偵のすることじゃない。犯罪者だ」
「そんなに強い口調で言わないでよ……」
エヴァはすねたような表情で、口を尖らせた。
「私だって犯罪だってことくらい、わかっているわ」
「エヴァもすねるんだね……」
「言ってみただけよ」
そっぽをむいたままで、エヴァは言った。
「ねえ、ユート。ロボット三原則って知っている?」
「ロボット三原則……アイザック・アシモフのやつ?」
急な話題転換に面食らったが、記憶を頼りに答えると、
「そうそう」
とエヴァは微笑んだ。
「ユート、あれ三つ言える?」
「うろ覚えだけど、ロボットは人間を攻撃してはならない、ロボットは人間の命令に従わねばならない、ロボットは自分を守らなければならない、みたいな奴だよね?」
「流石ね、ユート」
満足そうに、エヴァは頷いた。
「エヴァに褒められてもそんなには嬉しくないな。僕からしたらエヴァの記憶力は無限に等しい」
「そんなに便利なアタマをしているつもりはないけど……これについて、ユートはどう思う?」
「何が? ……あっ」
「私が仮に捜査を継続するとしたら、ロボット三原則に抵触すると思う?」
「……ん?」
そういうことか。
エヴァは僕に向かって、こう聞いているのだ。
今後も捜査を継続することは、エヴァ自身のみならず僕を危険に晒すということに他ならない。
それはロボット三原則に反するものではないのか。
そう言っているのだ。
「ま、私はロボット三原則を守るつもりはないんだけどね」
さらっと、エヴァは自分で言った言葉を笑い飛ばした。
「会ったこともないオジサンの言葉を守る義理なんてないし」
「それを聞いて安心したよ」
僕は、エヴァを一人の人間として扱いたい。その気持は一貫している。彼女の言葉や振る舞いがただの電子信号のオンオフに過ぎないとしても、だからと言って人間ではない、人権を持たないただの機械だと一蹴することはしたくない。
「父さんがそんなプログラムを仕込んでいたらどうしようかと思った」
「厳密な話をすると、私の今までの行為だってロボット三原則には違反していたでしょ?」
「そうか?」
「ロボット三原則第一畳。ロボットは人間を攻撃してはならない……正確に翻訳するのならば、ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない、となるんだけど、これはつまり、探偵行為の禁止そのものじゃないの」
「む。そうか」
犯人自体も人間であるので(犯人もまたアンドロイドである可能性はとりあえず考慮しないものとする)、ロボットであるエヴァは犯人を指摘できないということになってしまう。
「だから、全然、ロボット三原則なんて守るつもりはない」
エヴァはニヒルに口元を歪める。
「ユートがそう言ってくれたら、ロボット三原則を守ることもやぶさかじゃないわ」
「え?」
「私の腕、アタッチメントになっていること、言ったっけ」
エヴァはがちゃりと音を立てて、右腕の肘関節の接続を外した。
「ルナが殺された今、ユート、あなたの身体も安全とは言い切れない。腕のアタッチメントを付け替えて、ユート、あなたを護衛することに専念することも考えているわ」
僕が何かいうよりも先に、エヴァは腕の接続を戻した。
「……。しばらく考えさせてくれ」
僕がそういった理由は、自分の身を守るためだけではない。
確かに、伊東さんが危惧したように、僕やエヴァが狙われる可能性は低くはないだろう。彼女に武装させるというのも、手としてなくはない。
「今までわざわざ言いはしなかったけど、実は、私、アタッチメントを付け替えなくてもそこそこ格闘できるのよ。相手の武装が拳銃や包丁くらいまでならたぶん相手を殺さずに取り押さえることができる」
「え? エヴァ、そんなに戦えるの?」
「拳銃より大きい火器とか、あるいは達人が使う武器とかはちょっと無理かな。殺そうと思えばいけると思うけど……私の場合、初見の敵ならば私の急所がどこかわからないと思うから、ちょっと有利」
「どこが急所なの?」
「うんと……頭部はセンサーが中心だから問題ない。足や腕も大丈夫。困るのは、腹部や胸部かな。重要なパーツはここにあるから」
エヴァは自身の胸と腹を示してみせた。
「ともかく、私の戦闘能力はそんな感じ」
「戦えるんだったらだったらアタッチメントを付け替える必要なんてなくない?」
「索敵能力を上げたいのよ」
とエヴァは言った。
「極端な話」
エヴァは通りの向う側、道路越しにある信号機を指差した。
「?」
「私とユート、二人の意識が遠くに集中した瞬間、背後からユートを刺されたら守りようがないわ」
ぞ、と背筋が粟立った。
「その後、私は犯人を捕縛するでしょうけど、ショック死、失血死、あるいは内臓の損傷などでユートが死ぬ可能性は、充分ある」
「……過去の犯人の行動からして、そんなことはしないだろう」
ルナは不明だが、被害者のうち二人は絞殺されている。恐らく、今後も同じ手口を使うと考えられる。
「ユート。あなたのいうことはもっともだけれど、どうかしらね?」
エヴァはふふん、と笑みを浮かべる。
「犯人は開き直っているわ。居直っていると言ってもいい。恐らく、大豆生田御門、伊東七夕、この二つの事件までは計画通りではあったけれど、冷泉ルナ殺しはおそらく当初のプランにあったものではないわ。伊東さんの言葉を信じるならば、ルナは真相に近づいたから殺された、という話なんだから」
「うーん……そう聞くと怖くなってきたな」
「うん。私も、話しながらそんな気がしてきた」
エヴァはしょうがないかなあ、とぼやいて、頷いた。
「どうした?」
「うん。事件をあたることは諦めた」
「……良いのか?」
エヴァの顔を覗き込むと、
「良いのよ」
とかぶりを振った。
「それは、もちろん、事件の真相は気になるけれど……私としては、ユートの命のほうが大事だしね」
ぱん、とエヴァは打ち合わせた。
「帰ろっか、ユート」
「わかってくれて嬉しいよ」




