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僕は既に犯人の動機の推理を終えているから。

「ようこそ。少年探偵団」

 大豆生田御門の遺体発見現場……つまり、大豆生田御門の屋敷の門扉を通り敷地に踏み入れると、伊東さんが僕たちを出迎えていた。

「なーに不法侵入してんの、伊東くん」

 からかうようにしてルナが言う。

「犯行現場に不法侵入はヤバいよ。捜査本部に連絡しちゃうぞ?」

「好きにすればいい」

 伊東さんの目が暗く澱んでいるのが、闇の中でもわかる。ルナの軽口にも取り合わない。どっちにしろ、ルナだって僕たちのような部外者を侵入させるのは機密漏洩なので本気で言っているわけではないのだろうが。

「冷泉さん」

 伊東さんの暗い目が、じっとルナを見つめている。

「なあに? 伊東くん」

「そいつら、外したほうが良くないですか?」

「そいつら? エヴァとユートのこと?」

 ルナは身体全体を使って首を傾げた。

「機密漏洩を指摘するなんて、伊東くんらしくもない倫理観だね。いや、伊東くんらしいのかな」

「俺は」

 伊東さんはゆっくりと息を吐いた。

「くだらない倫理観や法遵守の精神で言っているわけではないですよ。ただ、この事件はヤバいと思っています。ただの殺人事件ではない。一般人を巻き込むのは、俺は反対です」

「この事件をヤバいと思っている? それはどうして?」

 ルナはからかうような口調をやめて、落ち着いた口調で問いかけた。

「どうしてか……ですか」

 伊東さんは視線を下に下げて、考え込むような仕草をした。

「いくつか理由はありますが……冷泉さん。名探偵・冷泉ルナ。あなたがこの時点で解決できていない。この時点で、厄介な事件であることは疑う余地がないでしょう」

 伊東さんの言葉を受けて、ルナは目を細めた。

「そうかな? 僕は天才だけど、万能じゃない。魔法のようにどんな事件でもたちどころに解決できるわけじゃない」

「冷泉さんだって、わかっているわけでしょう? この事件は連続殺人だって。大豆生田御門と、伊東七夕。これで二人だ。次の被害者が、誰になるのかわからない。こんな事件に少年少女を近づけることは危険が大きい」

 伊東さんの暗い視線が、僕を貫いてぶるりと寒気に震える。

「連続殺人の法則性がわからない以上、事件から距離をとっておくべきだ。自分で自分の身を守れない人間はね」

「その点は、問題ない」

 ルナはなんでもないことのように言った。

「伊東くんが言っているのは、誰が被害者に、つまり犯人に狙われるのか予測できないからうかつに関わるべきではないってことだよね?」

「ええ。その通りです」

「ならば問題ない」

「何故です?」

 伊東さんの鋭い視線が、今度はルナを貫いた。もっとも、ルナはどこ吹く風で鋭い視線を受け流している。

「僕は既に犯人の動機の推理を終えているから。この事件は無作為の連続殺人ではない。僕は既に、連続殺人の法則性を見抜いている」

「何……?」

 伊東さんは眉をひそめた。

「えっと、ルナさん、それはつまり、『永劫エストック』の関係者が殺されているからということですか?」

 僕の発言に対して、伊東さんはびくりと反応した。

「知っているのか」

「うん、まあね。七夕さんが『永劫エストック』のゴーストライターだったのは調べさせてもらったよ」

 少しだけ気まずそうに、ルナは言った。

「捜査本部も遠からず行き着くと思うよ」

「そうか……」

 苦々しげに伊東さんは吐き捨てた。

「もちろん夫である伊東くんは知ってたんだよね」

「ああ」

 伊東さんはため息をついて言った。

「七夕の両親は厳しいからな。漫画家なんて浮き沈みの激しい商売は許さなかったし、七夕も歴史ある家を捨ててまで漫画家になる覚悟はなかった。だから、そういう形で漫画に携わることになった。俺としても応援していたんだけど……仮に、それが殺人事件に繋がっていたのだとしたら、俺は止めるべきだったんだろうか」

「自分を責めるのはやめなさいな、伊東くん」

 ルナは手を伸ばして、伊東さんの頭を撫でた。

「誰が悪いのかで言ったら、犯人が一番悪いに決まっているんだから」

 涙を拭った伊東さんの目は、真っ赤に染まっていた。ゾッとするほど感情が渦巻いているようで、僕は思わず目を逸らした。

「それで、冷泉さん。あなたはもう、犯人にたどり着いているのですか?」

「名探偵の常で、裏がとれるまでは詳細は言えないがね……まだ犯人はわかっていない。ただし、動機までは読めている。この糸が正解に繋がっているとしたら、犯人の特定はそんなに遠くないんじゃないかと読んでいるよ」

「ルナ」

 僕は背後から口を挟んだ。

「本当ですか? この事件は解決できると?」

「ユート」

 ルナは振り返って、人差し指で僕の唇に触れた。

「そう急ぐものじゃないぜ、ユート。確実に一つ一つ、可能性を潰していこう」

「どっちにしろ同じだろう」

 伊東さんが静かに言った。

「動機がわかれば、犯人の候補も絞られる。現実的に実行可能な人間を絞れば、犯人の特定もすぐだ」

 伊東さんの瞳がぎらりと光った。

「冷泉さんなら、犯人を特定するまでに三日とかかるまい」

「わかっているね、伊東くん」

 満足げにルナは頷いた。

「ま、そういうわけさ。伊東くん、奥様の仇を取りたいのならば、早くしないと僕がとっちゃうよ」

「そうだな……」

 伊東さんはゆっくりと立ち上がった。

「三日とは言ったが、冷泉さんなら明日中にも犯人を見つけかねないからな、冷泉さんは。俺は俺のやり方で犯人を捜させてもらうよ」

 と言って、立ち去った。

「ちょっと待ってください」

 立ち去ろうとした伊東さんに声をかけたのは、エヴァだった。

「なんだ? エヴァちゃん」

「伊東さんは、ここで何をなさっていたのですか?」

「何って……」

 伊東さんはため息をついた。

「犯行現場にあたるのは捜査の基本だろう。おかしなことか? さっきまでは七夕の遺体が見つかった場所にいた。不法侵入をとがめるつもりなら、反論はできないが」

 と答えた。

「そっか。そうですよね」

 エヴァは頷いて、ぺこりと頭を下げた。

「おつらいとは思いますが……無理をなさらないでくださいね」

「ああ。気遣ってくれてありがとうよ」

 伊東さんは軽く手を振った。

「確かに、俺も無理はしたくないが……しかし、正直どうしていいのかわからないところでもある」

「もしかしたら、七夕さんは復讐なんて望んでいないかもしれませんよ」

「かもな」

 伊東さんは肩をすくめた。

「俺としては、自分の手で七夕を殺した犯人を探して復讐する、なんてつもりは実はないのかもしれない」

「そう……なのですか?」

「七夕のため、というつもりも実はそんなにはないのかもしれない」

 背を向けたまま、伊東さんは言う。表情を窺い知ることはできない。

「どちらかというと、事件の真相を探っているのは自分のためだ。自分自身でこの事件にけりをつけなければ、俺は自分の人生の新たなスタートを切ることができない」

 じゃあな、と言い残して伊東さんはそのまま闇に消えた。

「良いんですか? ルナさん」

 おそるおそる、僕はルナに問いかけた。

「良いってなにが?」

「伊東さんのメンタル、相当ヤバいと思いますよ」

「冷たいようだがね、ユート、僕は精神科医じゃないんでね。被害者遺族の心の傷まで癒してやることはできないよ」

 ルナはため息をついた。

「もちろん、手柄を譲ってやるつもりもない。仮に、伊東くんが自分の手で事件を解決したとしても、彼が救われるかは別の話だしね」

「……それは、まあ、そうですが……」

「僕にできるのは事件を解決をして、次の被害者が出るのを防ぐことだけ」

「あ、それ。本当にわかったんですか?」

 僕が問いかけると、ルナはまあね、と微笑む。

「さっきはああ言ったが、次の被害者が出るのを止められるかは僕のこれから次第だね」

 ルナはかぶりを振る。

「はっきり言って、スピード勝負になる。僕が犯人を特定するのが先か、それとも犯人が次の犯行をおこなうのが先か。僕の推理だと、犯人はもう動機を失ってはいると思うが、今後殺人事件を行わないと断定することではできない。推理はロジックで行うものだが、人間は必ずしもロジックで動くわけじゃない」

 ルナは歩き出して、鍵をピッキングで開けて屋敷に勝手に上がり込んだ。

「良いんですか? ルナ」

「最初からそのつもりだっただろ? 行くよ、ユート」

 エヴァに促されて、僕も屋敷に上がり込んだ。

「広っ」

 屋敷に上がって最初に感じたのは、屋敷の広さだった。

「いくら茨城の田舎でも相当なお値段するんじゃないですか?」

「そうだね~」

 ルナは上の空で答える。

「普通、漫画家って執筆用に事務所というか、仕事用の部屋を借りるんじゃないんですか?」

「そういうケースが多いようだけど、大豆生田御門の場合は順番が逆で、こういう屋敷を持っていたのでそのまま活用した、ということのようだ」

 遺体発見現場はこっちだ、とルナは階段を登る。

「ちなみに執筆用の部屋は一階だ。二階が私室だったみたい。上の私室で殺された、という形になる」

「被害者は、大豆生田さんは犯人を私室に上げたってこと?」

 もしくは、別の場所で殺害した上で私室まで運んだ、というパターンも考えられはする。

「そうだね。遺体発見現場はイコール殺害現場と警察は見ている」

 ルナは答えた。

「大豆生田さんを殺した手口が絞殺、というのは覚えているよね?」

「ええ、覚えていますよ。朝、聞きましたからね。凶器が帯というのと推測出来る犯人の身長も伺いました。それを手がかりに連続殺人と判断したよね」

「そうそう。人って、死ぬと筋肉が弛緩して失禁するんだけどさ」

 ルナは言った。

「警察としては、その失禁の痕跡があるから、犯行現場は被害者の私室だと考えている」

「なるほど」

 今さら僕が指摘するまでもなく、既にエヴァとルナは理解しているだろう。私室まで侵入できたということは、被害者と犯人は極めて近しい関係だったということになる。

「普段、アシスタントも私室に入ったりはしないという理解でよろしいですか?」

「そうだね」

 階段を上がり終えると、ここ、とルナはドアを示した。

「二階には三つ、部屋がある。そのうち、一番手前の部屋が大豆生田の私室。奥に二つ、同じサイズの部屋があって、そっちは修羅場の際にアシスタントが寝泊まりするのに使われていた……まあ、これは覚えなくて良いよ。犯行当時、泊まっていたアシスタントはいないし、関係ない」

 そう言って、ルナはドアノブを示した。

「屋敷の部屋には全て錠があるけど、ほとんどが内側から捻るタイプのシンプルな構造で、開けるのはそんなに難しくない。専門用語でいうとサムターンって奴だね。ただ、大豆生田の部屋は錠前破りが難しいディンプルキーになってはいた」

「遺体発見時、鍵は?」

 エヴァが鋭く問いかけた。

「名探偵のサガだね」

 ルナはにやにやと笑みを浮かべて、

「名探偵として、密室殺人? と考えてしまうところだと思うけれど残念ながら密室殺人ではないんだ」

「そう……ですか」

 ルナは手袋をした手でドアノブを捻った。

「鍵は、被害者のポケットに入っていた。犯人が扉を開けてからポケットに戻したのかもしれないし、最初から鍵をかけていなかったのかもしれない」

「第一発見者は?」

「出勤してきたアシスタントだよ。朝六時だね」

「いやに早くないですか?」

 僕が問いかけると、

「僕も知らなかったんだが……アシスタントというのは、必ずしも漫画執筆のサポートだけをするものではないらしい」

「?」

「漫画家先生の、身の回りのサポートをする人もいるってことさ。食事を作ったり、部屋を掃除したりとかさ。秘書のような役割をする人もアシスタントに包括されることもある。そういう下働きをするスタッフだったから、いつもそのくらいの時間に出勤するんだってさ」

 日本最大の漫画家の一人である大豆生田御門の私室は、それなりの広さがあるにも関わらず、なんとなく圧迫感を感じずにはいられなかった。原因は言うまでもなく、処狭しと敷き詰められた書籍である。部屋の四面のほとんどが本棚で埋まっており、片隅に申し訳なさそうな感じでベッドが鎮座している。それ以外にはクローゼットと文机くらいのシンプルと言えばシンプルな部屋だった。

「なんというか……寝室というよりも、書斎みたいね」

 エヴァですら、言葉の選び方を迷っている。

「うん。どうやら作品の資料をしまう本棚が足りなくてすぐに使わない資料は寝室に置いたりもしていたようだ。そして、ここが遺体発見現場だよ」

 だいたい部屋の真ん中あたりに、白いテープが張られ、遺体の倒れた形を示している。

「僕は一度見たから……エヴァとユート、二人が納得するまで現場検証をするといい」

「ありがとう。感謝するわ、ルナ」

 エヴァは頷いて、現場の観察を開始した。

「遺体の死亡推定時刻はわかる? ルナ」

 部屋をためつすがめつしながら、エヴァはルナに問いかけた。

「前日の八時頃……。遺体の胃の内容物から、死亡推定時刻は午後六時から八時頃、と鑑識は言ってきている。七時半くらいまでは四人のアシスタントが仕事をしていたと証言しているので、七時半から八時に限定される」

「丁度、私たちが伊東さんと会っていた時間ね」

 エヴァにそう告げられて、そうだったか、と思い出した。

「私が、伊東さんに話を聞きたいって言って、一緒に話を伺っていた」

 そうだった。つい数日前なのに随分昔のことのように思い出される。丁度あの時間、大豆生田御門は首を絞められていたのか。

「どう? エヴァ。何かわかったことはある?」

 エヴァはしゃがみ込んで、遺体のあった場所を観察している。微動だにしないのは、頭部のセンサーをフル稼働させているからかもしれなかった。

「ねえ、ルナ」

「なに? エヴァ」

「死亡推定時刻アシスタントの方のアリバイは?」

「七時半まで仕事をしていたわけだからね。みんな帰り道の途中だよ。だいたい電車の中だ。アリバイはないとも言える。帰り道にとんぼ返って殺害をしていても誰も判断ができない」

「そう」

 エヴァはあごに手を当てて考え込んだ。

 部屋の中に沈黙が満ちる。僕はため息をついて、自分なりに部屋の観察を始めた。警察やルナが嫌というほど調べ込んだ部屋を僕なんかが見たところで新発見があるとも思われないが。

「前にも確認したけれど……監視カメラには不審な人影はないのよね? 屋敷に侵入したような」

「ないね」

 とルナ。

「既に述べた通り、監視カメラに不審な人影はない。外部から他人が侵入することは不可能だ。先ほど、この部屋は密室ではない、と述べたがこの部屋は密室ではなくとも、この屋敷は密室だったと言えるかもしれないね」

 あの、と僕は片手を挙げて、

「アシスタント犯人説というのは真面目にありえる話ですか? 今の話を聞いていると、アシスタントが共謀、あるいは最後に残った一人が大豆生田さんを殺してから帰宅した、というのが一番無理のない答えだと思うんですが」

「いい着眼点だね、ユート」

 にやりとルナは微笑む。

「確かに、アシスタントが大豆生田御門を殺害し、何食わぬ顔で帰宅……というパターンならば矛盾はない。密室の謎は解決する」

「ルナがそう仰っているということは、既にその可能性は否定されたということですね?」

「なんともいえないところだが……僕は望み薄だと考えている」

 ルナは言う。

「第一に、アシスタント四人は同時に屋敷を出たので、最後の一人が残って殺害する、というのは難しい。これは証言からも得られたし、監視カメラの映像とも合致している」

「アシスタントが全員共謀したという可能性は?」

「それを否定するのは難しい。だが、今のところ四人全員が共謀して大豆生田御門を殺すような動機も見つかっていない。現状トラブルのようなものも見つからない」

「アシスタントさんからしたら、職場を失うわけですし、積極的に殺す動機は確かに難しそうですね」

「漫画執筆は激務だから、内心で恨んでいた……なんて可能性を考え出したら切りがないが、しかし、職場の人間関係は良好だったと聞いている。星屑高校でもそんな話を聞いたが、大豆生田御門は漫画さえ描ければそれでいい、というようなタイプだったらしくてね。漫画家として厳しいところはあったが、同業者の中でも金払いは良かったし労働環境も恵まれたほうではあったと聞いている」

「漫画さえ描ければいい……というのは、まあ、そうでしょうね」

 僕は部屋の中を見回した。

「書痴……漫画痴とでも言えばいいんですかね。この部屋を見ても、常軌を逸しているのが伝わってきますよ」

「逆に、その苛烈すぎる漫画への姿勢についていけなくなった……なんて可能性もなくはないが、しかし、そんなのを考えていたら切りがないな」

 ルナはため息をついて、勝手に被害者のベッドに腰を下ろした。

「推理は閃きだが、妄想であってはならない」

 僕たち二人が話している間、エヴァはじっと被害者の部屋を観察して回っている。

「ルナ」

「なに? ユート」

「聞きたい事があります。聞きたい、というか確認したいことなんですけど」

「良いよ。僕に答えられることなら答える。ま、僕も名探偵だからさ。確証を持つまでは答えられないこともあるけど」

「聞きます」

 僕は深呼吸をして、言った。

「大豆生田御門と伊東七夕が相次いで殺された……というのは、『永劫エストック』の連載を中止するのが目的。ここまでの発想は正解ですか?」

「ん……」

 ルナは目を細めた。

「ユート。君はそう推理しているのか」

「違うんですか? 水仙社に行って話を聞いた時から、ずっとそう考えていましたが」

「僕も、最初はそう考えていたんだよ」

 ルナは立ち上がって、指を一本立てた。

「確かに、最初はそう考えるよね。誰だってそう思う。『永劫エストック』の原案と作者が殺されたんだ。『永劫エストック』が描かれるのを止めたい。そう考える黒幕がいる。そう考えるのは自然な発想だ」

「違うんですか」

 僕のてのひらが、知らないうちにじっとりと汗ばんでいた。

「正確に、僕の考えを述べるならば」

 ゆっくりと、子供に言い聞かせるような口調で、ルナは言う。

「大豆生田御門が殺された理由は、それに近いものがあったんだと思う。しかし」

 とルナは続ける。

「伊東七夕が殺害された理由は、また別のところにあるかもしれない」

「七夕さんは、他に殺されるような理由があるっていうんですか?」

 伊東七夕の笑顔を思い出す。

 どんな理由があれば、あの人当たりがいい彼女が殺されるというのか?

「もしかしたら、僕たちは、この事件に関して根本的なところから勘違いをしているのかもしれない」

「なんですか、根本的な勘違いって!」

 思わず僕は大きな声をあげてしまった。

「……すみません」

「構わないよ。犯人に恫喝されるのも慣れているしね。君がちょっと声を荒げることくらい気にしないよ」

 実際、気にした様子もなくルナは片手を振る。

「でも、ルナ、わかっていることがあるなら教えてくれたって良いじゃないですか」

「まあ、そうなんだけどね。ごめんね」

 ルナは両手を合わせて謝罪のポーズを作ってみせた。飄々とした振る舞いが目立つ彼女だが、そうした子供っぽい仕草をすると僕とあまり歳が変わらないことを実感して、うろたえてしまう。

「僕の推理は僕が確証を持ってからじゃないと語れないんだ。大丈夫、僕を信じて。何日もしないうちに裏がとれるはずだ。そうなれば、君たちにも教えてあげられる」

 それに……とルナは口元を歪めた。

「うまく行けば、君たちの出番が来るより先に、事件を解決できる。そう考えているよ」

「大した自信ね。ルナ」

 エヴァは顔を上げて言った。

「流石は歴戦の名探偵。人智を越えた知能を持つ私のことも、悠悠と追い抜いていく」

「ただの経験の差さ」

 ルナはお気に入りの後輩を慈しむようにして微笑んだ。

「きっと、エヴァ。君が経験さえ積めば、僕とは全く違った強みを持つ名探偵になれる。そうすれば僕に並べる。それに、僕独りでは手に負えない事件も、君と組むことで解決できるようになる。僕はそんな日が来るのを楽しみにしているんだ」

 さ、現場の検証が終わったなら帰るよ、とルナは手を振った。

「……私も」

 後ろについて歩きながら、エヴァは言った。

「ルナ、あなたと出会えたことには感謝しているわ」

 これが、僕たちが冷泉ルナとかわした最後の会話になった。

 このやりとりの翌日、冷泉ルナは市内の廃病院で、首を絞められた遺体となって発見された。

 現場には、大豆生田御門、伊東七夕が殺された現場に残されていたのと同じ、『from heaven』メッセージカードが残されていた。

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