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システムを変えるよりも人の気持を変えるほうが難しい

 さて、前作からの一年間の間のジャンプの新連載を振り返っていきましょう。

 まずは『紅葉の棋節』。

 本作の魅力は、なんと言っても『奨励会という名の地獄』。プロ棋士をして二度と戻りたくないと言わしめる地獄、奨励会を舞台にしているという点でしょう。

 全16話という短さに終ったのは残念ですが、原因としては奨励会の閉塞感という独自の視点を魅力として昇華できなかった点にあるでしょうか。

 師匠の白銀姫も可愛かったんですけど、それだけで作品を引っ張っていけるものではなかった。


 ボードゲームというテーマの難しさを感じるとともに、『ヒカルの碁』の偉大さが光りますね。

「君は」

 僕の口から出てきた言葉は、そんな陳腐なものだった。

「君は誰だ?」

「私は」

 僕の言葉に応じて、ゆっくりと、少女は言った。

「私の名前はエヴァ。エヴァでございます。お父さまから遣わされて、日本に来ました」

「父から?」

 父の顔が脳裏をよぎる。

 確かに、父の研究は人口知能の研究だった。僕も幼い頃はその研究の話をよく聞かされていた。

 しかし、だからといって、こんな人間と見間違うようなアンドロイドが完成していたのか?

 いや。

 僕は自分の考えを打ち消した。

 父が研究者だからと言って、僕自身はアンドロイドに関する知識は全くない。

 生半な知識で判断を下すことはできない。目の前にある現実を優先すべきだ。

「エヴァ、と呼んでいいのかな?」

「はい。ご主人様」

「僕はご主人様じゃない」

「お父上から、ユート様をマスターとして設定されました」

 僕のことを真っすぐに見つめて、彼女は言った。

「しかし、ご主人様がそう仰るというのであれば、別の呼び方を致しましょう。なんとお呼びすればよろしいですか?」

「勇人でいい」

 そう告げると、エヴァは少々不服そうな様子を見せたが、

「わかりました。ユート様」

「様も要らない。ユートでいい」

「しかし……」

「僕は主人なんだろう? ならば言うことを聞いてくれ」

「……わかりました。ユート」

 会話の間の取り方といい、ふとした仕草といい、どう見ても人間に見える。

 僕は、茶すら出さずに玄関でエヴァと相対していることに気づいた。

「とりあえず、コーヒーでも飲むか? エヴァ」

 と言って、彼女に飲料を飲むという機能があるかどうかわからないことに気づいた。

 どうにも調子が狂ってしまう。

 アンドロイドである以上、普通に考えれば、動力は電力かあるいは何か別のエネルギー源であって食事からカロリーを摂るのは却って効率が悪いだろうし、その機能を敢えて採用することはないだろうと考えられる。

「あ、いえ。お気遣いなく」

 エヴァは片手を挙げて言った。

 やはり、コーヒーを飲むことはできないのか。

「私は飽くまでユートの従者としてデザインされました。コーヒーを飲むことはできますが、気遣いは不要です」

「えっ」

 思わず、僕は声を漏らしてしまった。

「コーヒー、飲めるの?」

「飲めますが、それが何か」

 不思議そうに、エヴァは首を傾げた。

「問題がありましょうか?」

「いや、そうじゃなくてさ……。そんな機能があることに驚いた」

「お父さまに曰く、私のコンセプトはご主人……」

 じゃなかった、とエヴァは言い換えて、

「ユートの従者というコンセプトで作られていましたので、人間ができることはおおむね実行可能です」

「おおむねは」

「おおむね」

 とすると、飲食はもとより、社会生活を問題なくこなせるということだろうか。

 そもそも、見た目が完全に人間なのでよくわからなくなるが、アンドロイドとしては異様なまでのハイクオリティということになる。そもそも、僕と問題なく会話できていること、所作に違和感がないからもそれはわかる。

 僕の視線を受けて、エヴァは不思議そうにくりりとした瞳で視線を返して、

「凄いでしょう?」

 と言って、自分の身体を誇示するようなポーズをとった。

「お父さまの自信作というだけのことはあります。私自身も気に入っています」

「確かに、人間と見分けがつかないよ」

「それがコンセプトですので」

「ま、上がりなよ」

 僕は靴を脱いで、家に上がった。エヴァもそれについて来る。

「消化できないならコーヒー、いらない?」

 つまり、コーヒーを飲めると言ってもそれは表面的なものだけであって、ただ水分を内部に取り込んでおくというだけのこと。つまり、飲むというポーズをするだけだなのか。

「いいえ」

 とエヴァは言った。

「コーヒー、淹れて頂けるなら嬉しく思います」

「どうしてだ?」

「どうして……と言われると困りますが」

 照れたように、エヴァはうつむいた。

 アンドロイドが照れるのか?

「人間の振る舞いというのを体験してみたいのです」

「そうなの?」

「私のコンセプトは『人間になること』ですので。人間の振る舞いをすることはデータ収集になるのです」

「そうか」

 よくわからないが、僕は頷いて、居間を指差してそっちで待っていて、と告げた。

 アンドロイドかー。

 マジか。

 口の中でつぶやく。

 一人暮らしの高校生の家に、美少女アンドロイドが来るなんて、アニメみたいだ。うまく受け入れられない。

 そんなことを考えて、結局まとまらないままお湯が沸いてしまった。コーヒーを二人分淹れて、テーブルに戻った。

「これが……コーヒーなのですね。コーヒーの香りがします」

「コーヒーだからな。世界で最も飲まれている飲料だよ」

「それは誤りです」

「え?」

 アイの指摘に、言葉に詰まる。

「現代においてはコーラのほうがよく飲まれています」

 それは知らなかった。

「詳しいな」

「知識として知っているだけです」

 はにかんだように、エヴァは微笑んだ。

「実際に、どんな品物なのかは今知りました。コーヒーは、暖かいのですね」

「暖かいだけじゃない。冷たいのもある」

「存じ上げております」

 うっすらと、エヴァは唇の端を持ち上げて微笑んだ。

「アイスコーヒー、ですね。そちらも一度飲んでみたいです」

「いくらでも淹れるよ……それよりも」

 と、僕は切り出した。

「質問を良いかな? エヴァ」

「なんなりと、ユート」

 僕の言葉を聞いても動揺することなく、エヴァは堂々と視線を返した。あまりに整った造形の顔立ちに、こちらから視線を逸らした。

 なんの質問をされるのか、なんの心配もしていないその態度は剛胆さすら感じる。

 それとも、機械は何を聞かれるのか心配、なんて考えはしないのだろうか。

 フレーム問題、という言葉を聞いたことがある。

 確率が低すぎる事象まで考慮してしまい、身動きがとれなくなる、というような話だったように思う。

 その問題に困っているようには見えないから、エヴァはある程度の段階で確率が低すぎる可能性については排除するような仕組みになっているのだと考えられる。

 換言するならば、考えても仕方ない可能性は考えないようにできるということだ。

 極論、隕石が降ってくるような可能性は考えても仕方ない。

 同じように、僕が何を聞くのかも考えても意味がない、ということなのかもしれない。

「ねえ、エヴァ。君がアンドロイドだという証拠を見せてもらえるかな。はっきり言って、見た目は完全に人間だから信じ切れていないんだ」

「というと」

 エヴァは首を傾げた。

「私が生物ではない証拠、という理解で良いですか」

「いいよ、それで」

「では」

 と言って、出し抜けにエヴァは自身の頭部に手をやり、

「えいっ」

 ずるり、と頭部を取り外してみせた。

「!?」

 あまりにもグロテスクな光景に、言葉を失う。

「頭部って、結構重いんですよね。人間ならば、脳が入ってるからしょうがないですけど、私の場合は本体は別にあって、この身体は端末みたいなものなんですよ。頭部は各種センサーが入ってるだけです。ですので、この通り外せます」

 胸に抱えられた頭部の唇がうごめいて、エヴァは流暢に喋った。

 頭部と胸部は、数本のコードやワイヤーで繋がっているだけだ。

「びっくりした」

 やっと吐き出せば言葉がそれだった。

「そんなことできるの?」

「そんなこと、と言うと首の取り外しのことですか?」

「そうだよ……その機能、なんのためにあるんだ?」

「だいたいのパーツは外せますよ」

 抱えられたまま、エヴァは言った。

「パーツを取り外す機能がある、というよりも私の構造がだいたいパーツの集合体でできているんですよ。現状では用意がありませんが、将来的には頭部を別のものにしたり、足の長さを変えたりして別人になることも視野にいれています」

「凄いな」

 はっきり言って、父が何を目指しているのか僕には全然わからない。

 エヴァは何を目的にしたアンドロイドなのだろうか?

「エヴァ」

「はい。なんでしょう、ユート」

「君がアンドロイドだということはわかった」

 この期に及んで、手品ということもないだろう。

「わかって頂けて嬉しいです」

 エヴァは頭部を持ち上げて、再び首の上に戻した。かちゃりと何かが噛み合うような音がする。

「次の質問。君の目的はなんだ? どういうわけでうちに来たんだ?」

「結論から言えば、私の目的は人間になることです」

 エヴァは胸元に手を当てて言った。

「人間?」

 俺はそのまま言葉をおうむ返した。

「人間になるってどういうこと?」

「生物になって初めて、人工知能の研究は完成する、と私は考えています……正確に言えば、私の目標としてプログラミングされています」

 僕はソファに背を預けて、考え込んだ。

 父は、何を考えて彼女を送りつけてきたのだろうか。

「人間になるというのは、どういうことだと君は考えている?」

 問いかけると、アイはそうですね……と口元に手を当てて、

「いくつか。視点があると思います」

 エヴァは三本指を立てた。

「まずは生物学的な見地から」

「生物学的に人間を定義するのか?」

「定義するのは難しいでしょうね。まず人間である前に生物であるのが当座の目標です。最低限のラインとして子供は産めるようになりたいですね」

「子供?」

 自然と、視線がエヴァの腹部へ動いた。

「エヴァ、君は妊娠ができるのか?」

「できません」

 とエヴァは即答した。

「お父さまには何度も言上したんですけどね。どうしても、私には妊娠する機能はつけられないみたいで」

「そりゃ……まあ、難しいだろうな」

 どうやったら、アンドロイドが妊娠出来るというのか。

「人工授精とか?」

「それは考えましたけど……結局、それって他の人間の子供をお腹で暖めているというだけで、私の子供ではないですよね」

「確かに」

 一理ある。現代では、代理母であっても法律上母だと認められるにせよ、遺伝子上繋がりがない相手を親子と認めるのかは、個人の価値観による。

「ですので、どういった形で子供を作れるのか……というのは今後の課題ですね」

 次に、とエヴァは続ける。

「社会的見地からです」

「社会的に、人間として認められるか、ということ?」

「そうですね。例えば、ヨーロッパ社会では黒人は長い間人間と認められていない時期もありましたから」

「ああ、そういうことか」

 近年においても、有色人種に対する差別もないとは言えない。

「現代においては、ホモ・サピエンス同士の差別は薄れつつあるけれど、アンドロイドのことを同じように受け入れてくれるとは思わないわ」

「どうなったら社会的に認められると考えている?」

「とりあえずは、人権の獲得でしょうか」

 エヴァは肩をすくめてみせた。

「アンドロイドの基本的人権の確立。これが私の目標の一つ。もっとも、これは非常に長い目で見る必要があると思っています。きっと私よりも先、二世代も三世代も先の話になるでしょうね」

 エヴァはさらに、と続ける。

「最後に、心情的見地」

「心情的?」

「つまり、私達のようなアンドロイドを、皆さんが受け入れられるようになるということです」

「エヴァ、君の見た目ならそれはすぐに受け入れられそうだな」

「そうでしょうか?」

 エヴァは寂しそうに微笑んだ。

「私としては、この三つ目が一番困難だと考えています」

「そうか?」

「ユート」

 エヴァは迷う様子を見せながら言った。

「話が前後しますが……社会的見地から、人種差別や身分差別は、多くの国では撤廃されましたよね?」

「うん? そうだな」

 エヴァの言う通り、既にほとんどの国家では、身分差別は撤廃されている。

「それがどうした?」

「でも厳然として身分差別は存在しますよね?」

「うん……インドのカーストみたいなものか?」

 インドの身分制度であるカーストは何十年も前に撤廃された。しかし、制度として廃止されたからと言って、意識から消えたというわけではない。

「そうですね。インドのカースト、あるいは白人国家の有色人種差別。日本でも、部落差別がないとは言い切れません」

「そうだね。僕はあまり印象が接したことがないので、ピンと来ないけど」

「システムを変えるよりも人の気持を変えるほうが難しい。私はそう考えています」

「なるほど。その三つが人工知能にとっての課題なんだな」

「そういうことです。その三つが解決できて、私は初めて人間になれる。でも、最初は第一の生物学的な問題をクリアするのが直近の課題ですね」

「それで? 目的はわかったけど、どうしてここに来たの」

「データ収集が目的ですね」

 とエヴァ。

「データならアメリカでとってないの?」

「とってますけど、アジアでのデータも欲しいんじゃないですか」

 喋り続いて喉が渇いた……というわけではないだろうが、エヴァは手を伸ばしてコーヒーカップをつかみ、一気に飲み干した。

「げほっ」

 エヴァは口元をおさえた。

「苦い」

「コーヒーだからね。知らなかった?」

「知っていましたけど、こんなに苦いとは……」

「砂糖とミルクを入れて、もう一杯飲んでみる?」

「お願いします……」

 僕は空になったコーヒーカップを手にして立ち上がった。

「そういえば、エヴァ」

 やかんをコンロにかけて、カップを洗いながら居間にいるエヴァに声をかけた。

「なんでしょうか、ユート」

「敬語じゃなくていいよ。もっとくだけた喋り方でどうぞ」

「……。わかったわ。そうさせて貰うわね」

 エヴァは素直に受け入れた。

「もう一つ、質問いい?」

「なに? ユート」

「なんでメイド服なの?」

 あまりにも話が突飛なのですっかり忘れていたが、何故か彼女はメイド服を身にまとっていた。なんの意味があったのか。

「こういう服のほうが、殿方に受けると思ったのよ」

「僕は別にそういう趣味ないから……」

「他の服装も用意してるけど、何が好きとかある?」

「できるだけ露出の少ない格好で頼む」

 僕も男子高校生なので、いくらアンドロイドといっても年頃の女性が露出の多い格好をしているというのは目の毒だ。

「わかったわ」

 再び湧かしたお湯を、コーヒーメイカーにかけてコーヒーを抽出する。

 コーヒーが好きなのは父の趣味だった。アメリカでもやはり、コーヒーに凝っているのだろうか。

「砂糖、砂糖っと」

 スティックシュガーを何本かまとめて掴んで、リビングに戻る。ちなみに、僕はコーヒーはブラックでも加糖でもどっちでもいける派で、普段はコーヒーもミルクも両方いれるが時にはブラックをそのまま飲む。

「はい。淹れてきたよ、エヴァ」

 部屋に戻ると、エヴァが服を脱いでいるところだった。

「ユート。ありがとう」

 ほとんど裸の状態のままで、エヴァは恥じる様子もなく会釈をした。

 むき出しの肌を見ても、継ぎ目などは見当たらなかった。先ほど首を取り外せたところを見ると、どこかには継ぎ目があるんだとは思うが、一見してどこがジョイントになっているのかは全くわからない。人間と同じ、いや、人間以上に肌理が細かい、滑らかな肉体だった。

「着替えるので、置いておいて」

「……いや、そうじゃなくてさ」

「?」

 エヴァが困った様子で首を傾げる。

「着替え終わったら、戻ってくるから言ってくれ」

 と踵を返そうとした。

「ああ、そうか」

 エヴァはようやく気づいた様子で、

「こういう時、恥じ入ったほうがいいのね」

「そうだよ」

 ため息をついた、その時、

「よっす、勇人ぉ。来てやったぞ!」

 とりんねが居間に上がり込んできた。

 りんねはいちいち僕の家に入る時にベルを鳴らしたりはしない。それはいつも通りのことなので、りんねを責めることはできない。ただ、タイミングが悪かった。

「きゃああああああああ!」

 近隣の家に響き渡る大声で、りんねは悲鳴を上げた。

「勇人が裸の女の子を家に連れ込んでるぅぅぅうぅ!」

 僕は、どうやって近所の人に言い訳をしよう、と考えていた。

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