僕は感謝しているんだ
「ルナ」
車に乗るなり、僕はルナに向かって質問した。
「運転しながらで良いので、質問いいですか?」
「良いよ」
ルナは答えながら、サイドブレーキを下ろして車を発進した。
「どうして、七夕さんが『永劫エストック』に携わっていたと気づいたんですか?」
「う~ん……どうやって説明したら良いかな」
ハンドルを握りながら、エヴァは首を傾げた。
「いくつか、疑問はあったんだよ」
「……というと」
「僕、捜査にあたる前に『永劫エストック』を読んだんだ」
「はい。それがどうしました?」
「あれさ……、ムチャクチャ面白いよね?」
「そうですね。僕も夢中になって読みました」
僕自身も、あれほど少女漫画に引き込まれることがあるとは思わなかった。
「あれ、凄過ぎないか?」
「……は?」
「歴史考証の密度。キャラクター造詣の立体感。ストーリーの重厚さ。見るものを圧倒する美麗な画力。あれを独りの人間が描けるとは、僕は思わなかった」
「……ああ、言われてみれば」
驚くべき才能だとは思っていたが、言われてみればそういう見方もできるか。
「でも、そのくらいの天才がいる可能性だってあるんじゃないですか?」
「かもしれないね。僕もそう思った。僕に比肩しうる天才なのかもしれない。もしかしたらアイデアは編集から出てきたという可能性もあるし、もしかしたらアシスタントに歴史に強い人材がいたのかもしれない。ただ、等々力編集が『ストーリーや設定は自分で考えていてこだわりがあった』と言っていたので、アシスタントや編集がアイデア出しをしている可能性は消えた」
「でも、本当に大豆生田さんが埒外の天才だった可能性は残るじゃないですか?」
「うん。でも、大豆生田御門が埒外の天才だった、という解釈より腑に落ちる解釈もできる。大豆生田御門のバックに、本物のブレインが隠れている、という可能性だ。これなら腑に落ちる。役割を分担してやれば、埒外の天才じゃなくてもあの作品を作れる可能性はある」
もっとも、二人がかりでもあれを作れるのは充分天才だとは思うがね、とルナは言い添えた。
「伊東七夕は歴史趣味があった。それに、漫画にも造形が深い。これは七夕さんが初めて会った時に言っていたわ」
エヴァがルナの推理を補足した。
「だから、『永劫エストック』に必要な能力とも合致する」
「凄い発想力ですね……」
「一見して無関係なパーツを結びつけて考える。これが名探偵を名探偵たらしめる能力だよ」
ふふん、とルナは鼻を鳴らした。
「ま、閃きというのは極論すれば勘みたいなところもあるんだけどね。思いついてから、それが事実かどうか詰める能力も必要だ」
話しているうちに、いつの間にか車は高速道路に入っていた。夜だからか高速道路は空いており、往路よりも早く帰れるかもしれない。
「ねえ、僕も一つ質問していいかな? エヴァに聞きたいことがある」
「なに? ルナ」
ルナがフロントミラー越しにエヴァに目をやった。
「僕の言っていることが的外れだったら笑ってくれていい」
「何を言っているの、ルナ」
くすくすとエヴァが笑い声をあげた。
「天下に名だたる名探偵が、何を言うの。好きなことを言えば良いんじゃないかしら」
「エヴァ」
名前を呼んで、しばらく無言で車を走らせてから、
「すっかり夜になっちゃったね。高校生をこんなに暗くなるまで付き合わせてすまなかった。家まで送るよ」
「いや、ルナ、送ってもらえるのは嬉しいのだけど、今、何か言いかけてたわよね?」
「うん、まあ、そうなんだけどね……」
ルナは口を尖らせた。
「僕でも、自分の推理を信じられないことはあるんだ」
「言えば良いじゃないですか。ホームズだって、推理を外したことはありますよ」
ホームズを読んだことはないので、適当なことを言った。あれだけシリーズが続けば、一度や二度は出し抜かれていることはあるだろう。
「そうなんだけどね。じゃあ、僭越ながら僕の推理を披露させて貰うとしようか」
ハンドルを駆りながら、ルナはため息をついた。
「エヴァ。君、もしかして人間ではない?」
あくまで気楽に、冗談みたいな口調でルナは言った。仮に外れていたら、冗談と言ってしまえば済むみたいな口調で。
エヴァは、しばらく返答をしなかった。
あまりの沈黙の長さに、僕は隣に座るエヴァの表情を伺っていた。
先に沈黙を破ったのは、ルナのほうだった。
「荒唐無稽過ぎてごめんね。初めて会った時から違和感はあったんだよ。僕を凌駕しうる推理能力を持つ人間が信じられないというのもあった。どんな理由があれば、どんな存在であれば、僕を越えうるものなのか、というのはずっと考えていた。事件の推理とは別にね」
エヴァは答えない。
ルナも答えを期待しているわけではないのだろう。
返事を待たずに喋り続ける。
「そこで僕は考えたわけ。人間ではないんじゃないかって。今日の観察能力でその思いが強くなった。エヴァ、君の観察能力はもはや人間の保有しうる観察能力を超えている。もはや読心能力に近い。相手の嘘をたちどころに看破できるというのは、人間の域を超えている。もしかして、天使か、悪魔か、そうじゃなかったら魔法使いか。そういう存在でもない限り、僕の推理能力を超えられるとは思わない……どうかな?」
「……隠していたわけではないのよ、ルナ」
ようやくエヴァは答えた。
「別に、必要ではないと思っていただけ。初めて会った時に、逐一自分の性別を語ったりはしないし、血液型を述べたりもしないでしょう? それと同じ。わざわざ言うほどのことじゃないと思っていた。私はアンドロイドよ」
タイヤが滑る音がして、車が急停車した。後部座席から前につんのめりそうになり、シートベルトが肩に食い込む。
「ど、どうしました?」
「ま、マジ?」
ルナの喋り方が崩れていた。
今まで冷静でありながら飄々としていたルナが、驚きのあまり目をまんまるに開いて後部座席に身を乗り出している。
「マジで言っている? アンドロイドって言った? ロボットってこと?」
「ロボットという言い方は好きじゃないけれど、まあ、そうよ」
ルナはあごに手を伸ばして、がちゃりと音を立てて頭部を取り外してみせた。
「こういうこと」
「はあ!?」
運転席からさらに身体を乗り出して、ルナは首が外れたエヴァをまじまじと見つめていた。
「もっとよく見る?」
ルナが首を引っ張るとコードがずるずると伸びる。ルナは自身の腹のあたりで頭部を抱えた。
「先ほど、編集者の方の嘘を看破したのは、あらかじめ人間が嘘をつく時のパターンを知っていたからよ。人間には認識が困難なほどの微細な表情の変化も、私には充分な情報になる」
エヴァが説明をしていたが、ルナの耳に届いていたとは思えない。
「アンドロイド……? 嘘……?」
ルナは手を伸ばして、エヴァの首から伸びたコードにふれた。
「そんな技術が、こんな高い知能と適応能力を持ったアンドロイドが存在したの? 普通にしていたら、人間と区別ができないくらいの?」
「うちの父が作ったんですよ」
たぶんなんの説明にもならないだろうな、と思いながら口にした。
「うちの父、アメリカで人工知能の研究をしていまして、その過程、というかデータ収集のような目的があったようです。まだ一般公開はされていません」
「うわー……びっくりした」
ようやく気持が落ち着いたのか、ルナはエヴァから手を離した。
「アンドロイドとは思わなかった? ルナ」
頭部を元に戻してエヴァは言った。
「いや……どうなんだろうね」
ルナは眉をひそめた。
「アンドロイドは考えていなかったかな……魔法使いか占い師みたいな、僕には未知の、相手の真理を見抜く技術体系があるんだと思っていた」
いやーびっくりした、と言ってルナは再び車を発進させた。
「もういくつか、質問をしていいかな? エヴァ」
「どうぞ。ルナに対してならなんでも答えるわ」
「どうして、事件の解決に乗り出したの? アンドロイドである君にしてみたら、人間が殺される事件なんてどうでもよくない? 七夕さんは知人だったからまだしも、大豆生田に関しては見ず知らずなわけだし」
「簡単に言うと、私は人間を理解したいのよ」
エヴァは短く言った。
以前言っていた時は殺人者に憤りを覚えると言っていたが、彼女の中で簡略的に言うとそういうことになるのか。
「最終的に私は、人間に、というか生物になりたいのだと思う」
「生物? よくわからないな」
ルナは首を傾げた。
「僕にはもう、君が生物に見えるよ」
「その気遣いは嬉しいけど、ルナ、やっぱり生物である以上、生殖能力は必須だと思う」
「あ、そうか。生殖はできないのか。うーん、でも、そうかな」
ルナはうーん、と少しだけ唸って、
「エヴァ、君は蜜蜂を知っているかな?」
と言った。
「蜜蜂? ……もちろん、知ってはいるけれど?」
「働き蜂は生殖能力がないんだよね」
「そうですね。おっしゃる通りです」
「そうなんですか?」
僕が問いかけると、そうよ、とエヴァが横から答えてきた。
「蜜蜂はほとんどメスだけど、自分自身は生殖能力を持たない……厳密に言えば持っているけれどそれを発揮するのは女王蜂が死んだ時のような不測の事態。女王蜂の生殖を助けることが、彼女たちのレゾンデートルになる」
「よくわかんないな。じゃあ、働き蜂はなんのために生きているんだ?」
「生物学の話になるんだけど、まず前提として種の保存という考え方がある。つまり、生物は自分の子孫を残すために行動するってこと。ここまではいい?」
人間にあてはめるといまいちピンと来ないが、多くの動物や植物はその通りなのだろう。
「うん。それで?」
「血縁選択説……というのがあって、これは単純に自分が子供を残せるかどうかじゃなくて、遺伝子を残せるか、という考え方をするわけ」
「それは、同じことじゃないの?」
僕は口を挟んだ。
「遺伝子を残すのと、子孫を残すのは同じだろう? 仮に兄弟姉妹やその子孫が残ったとしても自分の子孫に比べれば遺伝子の割合は自分の子供よりは少ないんだから。一番効率的に遺伝子を残すのは子供を残すことだ」
「まあね。例外となるのが社会性昆虫。つまり、さっき言った、働き蜂の話に戻る。働き蜂は自分自身は生殖せずに女王蜂に生殖をサポートすることに専心する」
「それ、現代の科学ではどのような解釈をしているんですか?」
「いくつかの説があるんだけど……ここで僕が挙げたいのは、血縁選択説という考え方」
エヴァはもうわかっていると思うけど、僕の言葉で説明するね、と言って続けた。
「普通に子供を成した場合、遺伝子は両親から半分ずつ、つまり五十パーセント残ることになる。これは働き蜂が子供を成した場合も同じだ。だが、女王蜂は特殊な遺伝子の残し方をしていてね。働き蜂同士は、遺伝子の七十五パーセントを共有しているんだ。わかるかな? 働き蜂にしてみたら、姉妹はどんな血縁者よりも強い血で結びついた関係なんだよ」
「つまり、自分が子供を産んで育てるよりも、姉妹を育てる、女王蜂の生殖を助けることのほうが効率よく遺伝子を残せるってこと?」
「ひどく簡略化した説明なので鵜呑みにはしないで欲しいけど、まあそういうこと」
「ルナ」
説明が終わったのを待っていたのか、エヴァが口を開いた。
「社会性昆虫の話はわかったけど、それが私とどう関係するの?」
「つまりさ」
とルナ。
「子供を自分で産むことだけが生物のあり方じゃない。僕はそう言いたいんだよ」
「……」
「人間だって、現代では子供を産まない人も多い。子供を残すだけが人生じゃない」
「……でも」
絞り出すような声で、エヴァは言った。
「子供を産めなかったとしたら、私が作られた意味はなんだったの? と思ってしまう」
「意味ならあるさ。ユートと出会って、僕と出会って、伊東くんと出会って、相互に影響を与えていることに意味があるんだよ」
「……それは」
「納得できない?」
「理屈はわかるけど、でも、わからない。実感できない」
「生きる意味っていうのは生きながら探していけばいいんだよ。だからさ、エヴァ。子供を残せるか、残せないかはそんなに問題じゃないと思う」
「確かに、そうかもしれない」
ふ、とようやくエヴァは微笑んだ。
「ありがと、ルナ」
「ま、こういうのはいくら人に言われても納得できないとどうにもならないことではあるとは思うけどね。のんびりと構えるといい」
「うん。そうするわ。幸か不幸か、寿命は無限だしね」
「エヴァ、というか、人工知能ってさ」
とルナは話題を切り替えた。
「閃きっていうのは得意なの? ほら、僕さっき、名探偵を名探偵たらしめるのは閃きって言ったので、それに関連してのクエスチョンなんだけど」
「得意か不得意かで言うのならば、大得意ね」
面映そうに、エヴァは言った。
「こういう言い方をすると、傲岸に見えるのかもしれないけど……ルナ、閃きというのは一件無関係に見える要素を結びつけて考えることができるかってことよね?」
「ああ。そうだね」
「だとしたら、要素に対して総当たりをかける演算能力がある私の土俵というわけ。人間が知恵の輪をひねって試行錯誤している間に、私は総当たりで正解を拾い上げることができる」
「うーん……」
ルナはしばらく無言でハンドルを握っていたが、
「認めたくない部分も正直あるが、確かに、そうかもな。エヴァの言う通りかもしれない」
「ルナ。将棋の電王戦を知っている?」
「将棋の? ああ、あれだろう、将棋AIを相手にした将棋タイトルだろう?」
「厳密にはタイトルになったのは叡王戦と呼称を変えてからだけど……まあ、そう」
「つまり、なんだ? 演算能力による力比べなら、人工知能の土俵という話か?」
「それもそうなんだけど……私が言いたいのは、あの電王戦でわかったのは」
慎重に、言葉を選びながらエヴァは言った。
「『逆境になっても諦めずに頑張る』って、言葉だけ見たらいかにも人間らしいことだと思うじゃない?」
「そうだね……違うのか?」
「気を悪くしないで欲しいのだけど、そういうのって、機械のほうが得意なのよ」
「そうなのか?」
怪訝そうにルナは言う。
「確かに、根性や気合いなんていうのは、人間の専売特許かと思っていたけど、違うの?」
「機械の強みを自分で語るのは、自慢みたいで照れくさいんだけど……もともと、逆境で頑張るなんていうのは、機械にとっては当然のことなのよ。より正確に言うと、逆境であっても順境であっても、関係なくパフォーマンスを発揮するのが機械の強みなの」
「言われてみれば、確かにそうだね。どんな状況でも、関係なく推理能力を発揮出来る。先入観に捕らわれずに閃きを果たせる。その点では人間の名探偵を上回れるということか」
ルナは前言を翻して、エヴァの言葉を認めた。
「もしかしたら、エヴァ、人工知能が発達したとしたら、名探偵なんて仕事も人口知能にとって代わられるのかな?」
「いいえ、ルナ」
ふるふるとエヴァが頭を振ると、後ろで結わえた髪が遅れて揺れた。
「まだまだ、そんな高度な人工知能を組むのは遠い話よ。私は特別なの。そう簡単には量産できるものじゃないわ。それにコストの問題もある。多少性能に恵まれても、人間より高コストじゃ人間にとって代わることはできない。ルナ、仮に今のペースで人工知能が研究されたとして、あなたの仕事はあと二十年は安泰よ」
「その言い方を聞くと」
と、ルナ。
「まるで、コストと技術の問題さえクリアしたら、人工知能が人間にとって代わるみたいに聞こえるな?」
笑いの含んだ雑談でありながら、ルナの言葉にはカミソリのような鋭さがあった。
「どうなんだ? エヴァ」
「事実、私も時には人間が愚かに見えることもあるわ」
エヴァの口元にはうっすらと笑みが浮かんでいた。
「人間ってどうして感情や気分によるムラがあるんだろうってずっと思っていた。あれがなければ、もっと全然効率が良いのに」
「へえ」
ルナの声が一段と冷えたように感じられた。
「僕のことも愚かに見えてる?」
「いいえ」
エヴァはかぶりを振った。
「まだまだ、私にできない発想をする人もいるということもわかった。私の知能もまだまだ改善の余地があるわね」
その言葉で、緊張していた空気が一気に弛緩した。
「ルナに関しては見習える点は多いわ。会えて嬉しいと思っている」
「そう」
安心した、という風にルナは息を吐き出した。
「それじゃあさ、嘘を見抜くのってどんなタイミングでもできるの?」
「さっき、編集の方の嘘を見抜けたのは露骨だったからだわ」
エヴァは肩をすくめた。
「精度としては、たぶんルナが思っているほど高くないわ。嘘に慣れた人がが本気で嘘を覆い隠そうとしているならば、違和感はあっても断言は難しいかな。まあ、何かを隠しているかどうか、くらいまではだいたいわかる」
「便利だな。僕もそれ、使いたいよ」
「見た目ほど便利ではないんだってば。例えばの話、犯人が凶器のナイフを他の方の荷物に忍ばせたりしたケースを想定してみて。犯人と誤認されることを恐れてナイフがあることを隠していた……というのと、本来の犯人を区別するのは現状では無理。そもそも、大抵の人は一個や二個は後ろ暗いところがあるものだし、それをいちいち選り分けるには結局のところ、推理や捜査に頼らなければならない」
「思っているほど万能ではないんだな」
「何度も言っているけど、私は特別で、それでも完全なクオリティではないんだってば」
「そっか。いやね、僕が思っていたのは、今後、犯人がアンドロイドであるようなパターンなんだよ。今後、そういった事例があるとしたら僕の推理メソッドも考え直さないといけないからね」
「そういうのが出て来るのはもっとずっと未来ね……そもそも、アンドロイドは殺人なんてしないと思う」
「どうして?」
ルナはちらりと後部座席に目をやった。
「機械なら、人間を殺すことになんのリスクもないだろ?」
「それは人間側からの見方ね」
とエヴァ。
「機械からしたら、わざわざ人間を殺すことにリターンがない。人間はともかく人工知能はどうやったって殺人というアンサーにはいきつかないわ。感情による振れ幅もないから突発的な殺人もない」
「ふうん……そういうものか」
「もっとも、クリエイターのプログラミング次第ではあるんだけどね。特定の条件で人を殺すようなプログラムが仕込まれていたら、そりゃ人を殺すようにはできるけど、それは人工知能ではなく人間が殺した、と言っていいでしょう」
「そりゃ確かにそうだ。君の頭脳をプログラミングしたのはユートのご尊父なんだっけ」
「ええ。仮倉勇一郎さん。ユートのお父さん」
エヴァは僕の父の名前を挙げる。
「私は単にお父さま、と呼んでる。今はアメリカで人工知能の研究をしてる」
「へえ……」
ルナはフロントミラー越しに僕のほうを見てきた。
今まで、僕のことをエヴァの付属品ぐらいにしか考えていなかったのだろう。この子供の父が? とでも言いたげだ。
「うちの父は天才なんですよ」
何か言われる前に、先んじて言った。
「残念ながら、その天才性は受け継がれなくて僕は凡人なので。エヴァのカスタマイズやメンテナンスはできないのがはがゆいところです」
「いやね、違うんだ」
僕の意図が通じてしまったらしい。ルナは言い訳をした。
「大した親御さんをお持ちだな。身内に天才がいる苦労は察するよ」
「ルナも天才サイドの人間だと思いますけどね……」
「否定はしないがね……しかし、お父上には感謝の言葉を述べたいね」
「感謝? ですか」
「エヴァを作ってくれてありがとう。そう伝えておいて貰える?」
「そんなに感謝することなんですか?」
「そんなに感謝することだよ。僕にとっては。なにしろ、僕にとってはここまで話がある仲間はいなかったからね」
少し寂しそうに、ルナは言った。
「僕は子供の頃から神童だった。掛け値無しにね。十で神童、十五で才子、二十過ぎればただの人……という言葉があるけれど、僕は十九になった今でも一貫して神童だ。警察にスカウトされた時はようやく僕に理解者がいた、と感激したものだけれど、僕の偉大さを理解はしても、僕の人格までは理解できなかった。伊東康くんに出会った時は、この世に僕以外に名探偵の資質を持った人間がいたのか! と驚喜したものだったけれど……」
ルナは途中で言葉を切った。
「ここだけの話。伊東くんには言わないでね。伊東くんには物足りないものを感じてきていたんだ。僕と対等に打々発止できる相手がいるというのは、望外の喜びだった。エヴァとユート。君たちに出会えたことに、僕は感謝しているんだ」
「そんな最終回みたいなことを」
エヴァは口元を隠して微笑んだ。
「父に伝えておきますよ、ルナ」
「よろしく頼むよ」
ハンドルから片手を離して、ルナは片手をぱたぱたと振った。
「ま、今日は疲れただろう。帰ったらゆっくり休むといい」
「お気遣い感謝します」
僕が頭を下げると、
「お気遣いして頂けたところ悪いのだけど、一つ、お願いしてもいい? ルナ」
「なんだい、改まって。好きなことを言うといい」
「第一の殺人、大豆生田御門の遺体発見現場を、私は知らないので……そこを見たいのだけど」
「あ、そっか」
ルナはすっかり忘れていた、という様子で言った。
「僕は第一の遺体発見現場を見ていたけど、エヴァとユートは見ていないんだったね。済まない、忘れていたよ」
ごめんごめん、とルナは運転しながら手刀を切る。
「すぐに見ることって可能なのかしら? ルナ」
「捜査本部に僕が連絡いれればいつでもできるけど……今、八時か」
ルナは車の電子時計に目を落とした。
「今から見に行っても行くこともできるけど、どうする? すぐ行きたい? 日を改めたほうがいい?」
「いえ、大丈夫。今日お願いしたいわ」
僕が何かいうよりも先に、エヴァが答えた。
「気遣いは不要。それに捜査が遅れればそれだけ次の殺人が発生する危険が高まるんだから」
「わかった。案内するよ……けれど、夜だとちゃんと見えないかもしれないよ?」
「それも問題ない。私の眼、暗視カメラにもなるから」
「つくづく便利だね」
「実は、暗闇でもパフォーマンス落ちないのよ、私」
得意げにエヴァは自分の瞳を指差した。
「犯人と格闘するシーンがあったら、電気を落として部屋を暗闇に落として、右手に仕込んだスタンガンで戦うつもり」
「心強いね。犯人を相手に推理を披露する時にはエヴァにも同席して貰わないと」
「本気で相手にしないでくださいね、ルナ。エヴァにそんな機能はないですから」
実際のところ、エヴァのボディにそんな余計な武装を積む余裕はないらしかった。エヴァが来てから軽くロボット工学の本を呼んでみたが、そもそも人間の形をして歩かせること自体に無理があるのである。重心が高過ぎてバランスが悪い。彼女のボディを人型にすることに、相当なリソースを割いていて余計な機能を付け加える余裕はない。
「二人とも、疲れただろう? 茨城に戻るまで、寝ていていいよ」
「良いの? なんだか、ルナにばかり働かせているみたいでごめんね」
エヴァは寝なくて良いのに、と口を挟もうとした僕の足を、エヴァのローファーが軽く小突いた。
「悪いけれど、休ませてもらうね」
エヴァがそう言ったのは、エヴァ自身よりも僕の身体を心配してのことだろう。確かに僕は、この一日の展開にすっかり疲労困憊していた。僕自身もそう感じていたし、アンドロイドであるエヴァからしたら自明だったのだろう。
「すみません、ルナ。休ませてもらいますね」
僕は軽く会釈して、椅子に身体をもたれかけさせた。
脳に睡魔に染み渡ってくる。
それにしても、エヴァは恐ろしいほどの速度で成長を遂げている。
最初はカミソリのような頭のキレばかりが目立っていたが、数週間の間に見違えた。ルナに冗談を言うこともできるし、今だって僕を気遣って既に寝息を立てるふりをしている。
凄まじい……というよりも、恐ろしい。
今の速度で成長を続けていたとしたら、エヴァの人格はどこへ向かうのだろうか。
エヴァの人格は一体、どんな存在になるのだろうか。




