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僕がその後勉強したのも無駄ではなかったと思いたいです

「美術部、美術部、っと」

 教えられた教室に向かって歩きながら、ルナはきょろきょろと周囲を観察した。

 年齢的には、ルナが高校生だったのはそう遠い昔ではなかったはずなのに、いやに物珍しそうに見える。

「どうしたの? ルナ」

 僕と同じ疑問を抱いていたのであろう。ルナに向かってエヴァが問いかけた。

「変にきょろきょろしていない?」

「そう見える?」

 振り返って、ルナは口元をにやりと歪めた。

「僕さ、高校出てないんだよねえ」

「は?」

 意外な台詞に、思わず間抜けな声を漏らしてしまった。

「実は、高校の校舎に入ったの、今回が初めてでさ。新鮮な気持だよ」

「中卒で働いてたってことですか? ルナは」

「いや……」

 ルナの笑みが、困ったようになる。

「話せば長くなるんだ。またそのうち話すよ。僕も、普通の高校生活とか送ってみたかったなあ」

「……よくわかんないですけど。まだ大学とか入り直すって手はあるんじゃないんですか? まだ十代なんですから」

「そうなんだけど」

 ルナは口を尖らせた。

「警察に所属しちゃうと、何かと忙しくてね。連中、何かと僕に仕事を投げてくる」

「それだけ頼りにされているってことでしょ?」

 エヴァが水を向けると、

「ふん」

 と、まんざらでもなさそうにルナは鼻を鳴らした。

「僕にできることって言ったら探偵くらいしかないからね。精々社会貢献させてもらうさ」

 こっちですね、と僕は廊下の左側を指差した。美術部の部室は、最上階の角部屋に位置していた。

「失礼致します」

「どうぞ。田原坂先生から伺っています」

 部屋で僕たちを迎え入れたのは、四十歳くらいの男性だった。逆算すると、大豆生田や七夕さんの指導に当たっていた頃はまだ三十代半ばだった計算になるか。

「美術部と漫画研究部の顧問の伊勢佐木です」

 伊勢佐木さんは穏やかな物腰で会釈をした。

「初めまして。茨城県警の冷泉です」

 ルナは警察手帳を示した。

「これはこれは。田原坂先生が言っていた通りの、可愛らしい刑事さんですね」

「警察官ではありますが、刑事ではないんですけどね……他の生徒さんはいらっしゃらないのですか?」

 ルナは美術部室をぐるりと見回した。画架やデッサン用の石膏像がひしめいている一方で、生徒の姿はない。

「夏休みですから」

「夏休みは部活をなさっていないのですか?」

「週三日くらいですね。もともと、部活に力にいれている高校ではないものですから。夏休みと言っても夏期講習もあって、生徒達も忙しいですしね」

「進学校ですものね」

「大豆生田さんは突然変異だったのかもしれませんね」

 椅子をどうぞ、と勧められて僕たちは腰を下ろした。

「どういうお話ですか?」

 僕たちに向き合うようにして、伊勢佐木さんは腰を下ろした。

「大豆生田御門と伊東七夕、二人の卒業生が死んだ……殺されたのは知っています」

 機先を制するようにして、伊勢佐木さんは言った。

「しかし、彼女らが高校生だったのは何年も前の話です。彼女らはもう立派な社会人です。今さら、この高校に関係があるとは思えません」

「ごもっともな指摘です」

 ルナは頷いた。

「今になって、事件と出身校校になんの関係があるのか? 全く、おっしゃる通りです」

 ルナが言葉を切ったのに合わせて、伊勢佐木先生はゆっくりと息を吐き出した。

「これは捜査機密にあたるので口外は控えて頂きたいのですが、実は我々は大豆生田さんと七夕さんの死に連続殺人の可能性を感じております」

「連続殺人……ですか」

 予想外の言葉だったのか、伊勢佐木さんは息を飲んだ。

「なるほど。それで?」

「根拠は申し上げられませんが、連続殺人だと仮定した場合、二人の被害者には何かしらの接点があると考えられます。故に、お二人に何か関係がないかと伺いにきた次第です」

「大豆生田御門と伊東七夕の接点……ですか」

 伊勢佐木先生は口ひげに手をやって考え込んだ。

「既に田原坂先生より話を伺いましたが、田原坂先生からは二人に特に関連は見られないというお話でした。ですので、部活の顧問の伊勢佐木先生に話を伺おうという次第です」

「そうですね……そう言われても困りますが。大豆生田御門も伊東七夕の二人、学年も部活もスクールカーストも違いましたからね。私も、伊東さんとはそこまで接点がありません。写真を見て、ああ、あの子か、と思ったくらいです」

「そうでしたか……」

 ルナは目に見えて落胆した様子を見せる。

「私の知っている限りの、大豆生田さんの話をさせて頂きますね」

 ルナをはげますようにして、伊勢佐木は言った。

「既に田原坂より、学校では浮いた存在だったという話は聞いていますよね?」

「……ええ」

 曖昧な感じに、ルナは答える。

「その点では、美術部内でも同じでした。ほら」

 伊勢佐木先生は、部屋にある画架を示した。

「恐らく大豆生田さんのことが念頭にあるので漫画をイメージしてらっしゃるところがあるかもしれませんが、美術部というのは本来水彩画や油絵を描くのを旨とする部活ですからね。漫画を描こうという大豆生田さんとはどうしたって価値観が違ってきてしまいます」

「なるほど……?」

「それでも、当初は他の生徒と同じようにデッサンをしている姿も見られましたが、一年生の終わり頃にはそれをしている姿も見なくなりました。もしかしたら、あの頃には漫画に忙しかったのかもしれません。今にして思うと大豆生田さんがこの美術部に所属していた理由は、デッサンを学ぶことができそうだということくらいだったのかも」

 それに、と伊勢佐木先生は続けた。

「そもそも、大豆生田さん自身に人を近づけないような雰囲気があったようにも思います。世間ではお嬢様高校と言われている我が校ですが、美術部にはサブカルチャーを趣味とする生徒が多かったですから、たとえば漫画の話、そうでなくても例えば読書ですとか、テレビ、あるいはゲームの話で盛り上がることがあっても良さそうに思えます。にも関わらず、部内でもそうした話をする相手がいたようには見えなかったのは、やはり本人が拒むような雰囲気があったことに依ると思います」

「そうでしたか……」

 困った様子で、ルナはちらりと僕たちを見た。

 大豆生田御門が高校生の頃、どんな生徒であったのかは見えてきたが、一方で捜査に繋がるような情報はない。

 クラスはダメでも、部活なら人間関係をあたることができるのではないかという推測はあてが外れた形になる。

「重ねて聞きますが、大豆生田御門さんと伊東七夕さんとの間に接点のようなものは思いつきませんか?」

 今まで黙って話を聞いていたエヴァが口を開いた。

「それに関しては、皆さんが見えられたことを田原坂先生に聞いてからずっと考えていたのですが、どうでしょうか」

 伊勢佐木先生は首を傾げる。

「私は特に思い出せませんね。連続殺人事件と聞くと、なんだか怖くてなんとしても情報を提供したいのですが」

「二人が一緒にいたところなど、記憶にありませんか?」

「強いて言えば」

 伊勢佐木先生が自信なさそうに言った。

「文化祭の時に、大豆生田さんと伊東七夕さんが二人で会話をしているのを見たことがありますが、そのくらいですね。珍しい組み合わせだったので、記憶にあります」

「どんな状況だったのですか?」

 エヴァが食い入るように言った。

「おぼろげな記憶なのでちょっと、思い出しますね……」

 伊勢佐木先生は眉間を揉む。

「伊東さんは、今まで美術部室に来たこともなかったんですよ。だから、珍しいなあって……何年生の時なんだったかなあ」

「急いでいませんので、ゆっくり思い出してください」

 待つことをアピールするためか、ルナはメモに使っていた大学ノートを閉じた。

「どんな些細な情報でもありがたいです」

「文化祭って、自分のクラスの演し物をローテーションでやるじゃないですか?」

 その言葉を受けて、ルナが僕のほうへ顔をやる。

「そうなの? ユート」

「そうですよ。自分の受け持ち時間を融通して、部活の演し物のほうに行ったり、あるいは他の演し物を楽しんだりするんです」

「ともかく、それで七夕さんはちょっと持て余してしまった時間があったみたいで、この美術部室を訪ねて来たんです」

 懐かしむように、伊勢佐木は目を細めた。

「その時に、大豆生田さんと七夕さんの会話がひどく盛り上がっていて意気投合していたような……そんな記憶が、あります」

「何年目の時なのかわかりますか?」

「ええと……それは。どうだったかなあ」

 伊勢佐木先生はしきりにひげを撫でる。

「一年生の時だったと思いますが、ちょっと自信がないですね」

「では、もう一つ。その後も二人は親しくしていた様子はありますか?」

「さあ……どうでしょう」

 伊勢佐木は首を傾げた。

「それ以降、七夕さんが特に美術部に出入りしたような記憶はありません。個人的に交流はあったかもしれませんが、私は把握しておりません」

「その時、どんな会話をしていたのか、わかりますか?」

 相手が教師だから、というわけでもないだろうがエヴァは発言する度に片手を挙げている。

「何か……漫画の話だったと思いますが、よく覚えていません」

 申し訳なさそうに、伊勢佐木先生は頭を下げた。

「今でこそ、漫画研究部の顧問も兼任していますが、当時の僕は漫画のことなど全く知りませんでしたからね。タイトルがでていたとしても、当時の僕にはわかりませんでした。申し訳ありません」

 そうだ、と思い出した様子で伊勢佐木先生は言った。

「そうそう、大豆生田さんの進路相談で、僕も漫画業界の勉強をしたんでした。懐かしいなあ」

「進路相談……ですか」

 ルナが眉をひそめた。

「そういうのって、担任の先生がなさるのではないんですか?」

「本来はそうなんですが……、まあ、自分で言うのもなんですが、僕が相談しやすい立ち位置だったんじゃないですかね。担任の教員に、大真面目に『漫画家になりたい』と相談するのも憚られたのでしょう」

 もっとも、僕は当時漫画のことなんて全くわからなかったんですが、と伊勢佐木さんは残念そうに言った。

「結果、大豆生田さんが漫画家デビューして、その後、彼女に憧れて入学した漫画家志望の進路相談に、その時の勉強が今になって役立つんですから、僕がその後漫画業界について勉強したのも無駄ではなかったと思いたいです」

「進路相談について、詳しく伺ってもよろしいですか? どういった内容だったのですか?」

「まず、漫画家になりたい、と言ったらどう思うか、というようなことを聞かれました。進学校ですからね。そんな中で受験という選択肢をとることなく、漫画家としての道を邁進するのは不安が大きかったのではないかと思います」

「なんとお答えに?」

「既に述べました通り、当時の私は漫画業界への知識はありませんでした。ですので、当たり障りのないことしか言えませんでした。漫画家を目指すのは大学に通いながらでもできる。興味のある勉強をすることは、漫画家をする上でも必ず役に立つ……そのようなことを言って、大学進学を勧めました」

「在学中、早い段階でデビューが決まっていたのですか?」

 ルナは質問を重ねた。

「いえ……どうだったでしょうか」

 伊勢佐木はあごに手を当てて考え込む仕草を見せた。

「僕が相談を受けた段階ではデビューは決まっていなかったように思います。漫画投稿に本腰をいれていいものか、その点について悩んでいたような印象を受けました」

「その言い方からすると、既に漫画投稿を始めていたということですか」

「そのようですね。箸にも棒にもかからずひどく落ち込んでいた姿を見ました。芽が出たのが二年生になってからで、卒業後デビューしたという顛末です」

「トータルで見ると、順風満帆な漫画家人生ですね」

「そうそう、そうなんですよ。後で知ったのですが、ひどくスピーディなデビューだったようですね。一年生の頃の苦戦ぶりが嘘のようです」

 少し待ってくださいね、と伊勢佐木は片手を広げて、窓のほうへ目をやった。

 美術部の部室は最上階にあるだけあって、ひどく見晴らしがいい。美術部は今日は休みなのだそうだが、グラウンドには走っている生徒の姿も見える。七夕が所属していたという陸上部だろうか。

「そうだ。思い出しました」

 とつぶやくようにして伊勢佐木は言った。

「三年生の頃には担当がついていました。卒業後間もなく読み切りが雑誌掲載になって、連載デビュー、そして大ヒット、アニメ化。本当にとんとん拍子で話が進みました。なんの関係もない私のほうが驚くほどに。電話で近況を聞きたいとも思いましたが、忙しい仕事でしょうからなんとなく電話を刷るのも憚られて、疎遠になってしまいましたね」

「なるほど」

 ゆっくりと息を吐き出して、ルナはちらりと僕たちのほうへと視線をやった。他に何か質問があるか、聞きたい事があるのならば聞いて良いよ、ということのようだ。

 僕が首を振って断ろうとすると、

「一つ。伺いたいことがあります」

 エヴァがそう言った。

「なんですか? お嬢さん」

「大豆生田さんのデビューまでの過程を、詳しく伺いたいのです。持ち込みをしたのはいつからですか? そして、担当がついたのはいつ頃なのかもう少し詳しくわかりますか?」

「持ち込みは、私に相談する前からしていたようですね。担当がついたのはいつからだったか……確か、二年生の途中にそんな話をしていたような気がします」

「わかりました。ありがとうございます」

 エヴァの質問にどんな意味があったのか、僕にはわからないがエヴァはその返答に満足した様子でありがとうございました、と頭を下げた。

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