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一流のアーティストが一流の生徒ではなかったということです

 二人の被害者の出身高校は、星屑女学院と言った。中高一貫の、女子校である。

「星屑女学院高等部……ですか。偏差値はかなり高いようですね」

 後部座席で車に揺られながら、スマートフォンを使って星屑高校の情報を軽く調べた。

「他に情報はないの? ルナ」

 フロントミラー越しに、エヴァが質問する。

 彼女の場合、スマートフォンを使うまでもなく、インターネットから情報を取得出来るので(正確に言えば、マザーコンピュータが取得した情報を受信できるので)、ここで質問したのは単に情報を求めているというより名探偵ルナの私見を聞きたいという意味合いが強いのだろう。

「そうだね」

 ハンドルを握ったまま、ルナは答えた。

「これは捜査員が持ってきた情報をそのまま言っているだけなんだが……星屑女学院は偏差値が高くて、そんなにスポーツや部活は凄く熱心ってわけじゃない。いわゆる進学校にあたるんだ。国公立大学への入学者も多い。ついでに言えば裕福な家庭の子女も多い。言ってしまえばお嬢様学校だな」

「そうなんですか……まあ、考えてみれば七夕さんの実家も資産があるって言ってましたからね」

「じゃあ、大豆生田御門も両親は裕福だったってこと?」

「彼女の父親は地元の実業家だよ。最盛期程じゃないが、今でも結構儲かっているらしい……僕が彼のことを知っているのは、別の事件で顔を見たことがあるからで、これは捜査本部からの情報じゃないけど」

「知りませんでした」

「大豆生田御門も、父親のほうもお互いに関係は隠していたみたいだね。少なくとも、表立っては口に出していない。事実上関係は断絶しているようだ。具体的な人間関係までは把握していないけど、いい関係ではないんだろうね」

「そうなんですか!?」

 そう聞くと、にわかにきな臭くなってくる。

「気になるところだろう?」

 ルナが目線だけをミラー越しに後部座席に向けてきた。

「ともかく、まずは高校のほうからだ」

 ルナは視線を正面に戻す。

「そもそも、進学校出身で、高校卒業後すぐに連載デビューしている……という経緯も気にかかる。彼女は一体、どんな高校生だったんだろうな」

 唐突にルナは言葉を切った。

「どうしました? ルナ」

「もう、着く」

 ルナは目線で、ずっと先を示した。

「あれが星屑高校だな」

「うお、きれいな学校ですね」

 遠目に見ても、デザインセンスが瀟洒で、公立高校とは一線を画するのを感じさせる。

「凄いな。お嬢様学校って見た目でわかるんですね」

「そうだねー」

 ルナは駐車場に勝手に車を止めると、さ、行くぞ、とあごをしゃくった。

「僕も入っていいんですかね?」

 行くぞ、と言われても女子校に入るのは、なんとなく気後れする。

「構わないよ。別に女子校と言っても男子禁制ってわけじゃない。警察の捜査という名目なんだから」

「そりゃ……まあ、そうか」

 少しドキドキしながら、僕はそっと女学院に足を踏み入れた。

「まずは……事務室に問い合わせるか」

「あらかじめ学校に連絡とかいれてないんですか?」

「いれてないよ、いれないほうがいいと思ったから」

 ルナはしれっと言った。途端に身体が緊張する。

「どうしてですか?」

「あらかじめ要件を伝えると、答えを考えちゃうからね。話を作ってしまうこともあると思う。だから、あんまり準備をする時間を与えないでその場で話を聞いたほうがいい。僕はそう思っている」

「ねえ、ルナ、私も今後、そういう機会があったらそうしたほうがいいのかしら?」

 エヴァが視線を向けると、ルナはいや、と首を振った。

「僕はそのやり方がいい、と思っているだけだよ。エヴァにはエヴァの考え方がある。好きなやり方を模索するのがいい」

 あっちか、とルナは事務室の窓口を見つけて歩いていった。

「突然申し訳ありません。警視庁公安課第八係の冷泉ルナと申します。捜査にご協力願えますか?」

 警察手帳を差し出したルナの姿を見て、対応に出た中年の事務員は目を白黒させて、警察手帳とルナを何度も見比べた。

 まあ、しょうがないよな……と僕ですらが思う。

 軍服ワンピース姿のルナは、ちょっと独特なお洒落センスを持った少女にしか見えない。実際には十九歳と言っていたが、それよりもさらに幼く見える。身長が低めなせいで、エヴァのほうが年上に見えるくらいだ。とても警察官には見えないし、まして名探偵にも見えない。

「どうしましたか?」

 まじまじと眺め続けられていることに業を煮やしたわけではないだろうが、ルナは笑みをたたえたままで重ねて言った。

「ええと……その、上に確認をとって参りますので、少々お待ち願えますか」

 中年の事務員は、慌てて事務室から走って行った。

「公安だったんですね、ルナ」

「カタチだけね」

 ルナは憮然とした表情で頷いた。

「どこの部署に配置しても浮いちゃうからね、僕は。カタチだけ公安に所属させて貰ってた」

「できれば、被害者が在学中のことを知っている方がまだ校内にいらっしゃるといいんだけど」

 窓口から事務室の様子を伺いながらエヴァが言った。

「被害者が二十三歳と二十四歳だから、五、六年前に卒業した計算ですね」

「異動だけなら異動先に話を聞きに行けばいいんだけどね。場合によっては亡くなっちゃってたりすることもあるから、そういうのだと困る」

 ルナは考え込んだ。

「被害者二人を直に知っている人に会いたいな。当時の担任教師、あるいは部活の顧問みたいな。できれば、二人両方に近しい人がいい。共通の友人とか、教えて貰えるとラクなんだけどな」

「今さらなんだけど、こういう聞き込みみたいなのって専門の職員がいるんじゃないんですか?」

「ん?」

 ルナが僕のほうに顔を向けた。

 改めて近くで見ると、ルナは緊張するほどに美女だった。エヴァで顔がいい女性に慣れていなかったら惚れているところだ。

「ああ、僕自身がわざわざ聞き込みしなくて良いってこと? ユート」

「そういうことです」

「僕が直接聞きたいこともあるし、ちょっとした機微は僕だからこそ拾えることもあるだろうからね」

 ルナと話をしていると、先ほどの事務員が戻ってきた。

「校長がお会いすると言っています。応接室まで案内します」

「ご協力、感謝します」

 仕事用の笑顔を浮かべて、ルナは言った。

「ああ、そうだ」

 足を踏み入れたルナは思い出したように言った。

「今後、刑事部の人が私とは別に来ると思います。別の部署の者なので申し訳ありませんが対応してあげてくださいね」

 さ、行くよ、とルナはあごでしゃくって星屑高校へと足を踏み入れた。

「応接室はこちらになります」

 勧められるままに応接室へと足を踏み入れた。

 部屋に入ると、校長らしい壮年の男性が目を丸くした。

「警察の方にしては随分お若いですな」

 壮年の校長は、じっくりと観察するようにルナを眺めていた。

「ええ、私は特別なので」

 その言葉を、ルナはあっさりと受け流す。

 ルナの後ろに続いて入る僕とエヴァの姿にも驚いたようだったが、それについては何も言及しなかった。

「初めまして。茨城県警の冷泉ルナと申します。後ろのはエヴァとユート。関係者です」

 ルナは警察手帳を示し、それから名刺を交換した。

「なんの件で来たのか、既に察してらっしゃいますよね、校長先生」

「件の殺人事件の被害者が、二人とも我が校の卒業生ということですね」

 観念したように、校長は答えた。

「はい。そのことについてです」

「しかし、二人が我が校に在籍していたのは何年も前のことです。今起きた事件と関係があるのですか?」

「わかりません」

 ルナは目を伏せて言った。

「わかりませんので、関係があるのかどうか、それを調べるのが私達の仕事、というわけですね」

 ルナも、流石に仕事中は自分のことを僕とは呼ばないらしい。場を弁えることができている。

「なるほど。刑事ドラマなどでよく聞く、『関係があるかどうかは我々が判断します』という奴ですな」

 くくく、と校長は小さく笑い声を上げた。

「どうされました?」

「いえ、失礼しました」

 校長は軽く頭を下げる。

「大豆生田御門さんは、我が校の卒業生の中でも一番知名度の高い人物でした」

 発言の意図がわからず、ルナは怪訝そうに眉をひそめた。

「……と申しますと」

「生徒たちにも動揺が広がっています。さらに、二件目の事件。結構参っていますよ」

 校長は、皮肉げに口元を歪めた。

「正確に言えば、参っているというか、今も参っていますがこれからのことを思うとさらに頭が痛いという感じですね。マスコミも来るでしょうし。今は夏休みなのでまだ良いのですが、九月までこの状態が続くと生徒への影響も甚大です」

 校長はため息をつく。

 そう言われてみると、校長の目元にはクマが浮き、顔色も悪いように見える。

 僕としては、マスコミ側の人間である伊東さんとも親しいので、なんとも言えない、座りの悪い気持になる。

「刑事さん」

 思い詰めた表情で、校長は言った。

「はい」

「できる範囲での協力はします。ですので、どうか、早く事件を解決してください」

 そう言って、校長は深々と頭を下げた。

 親子以上にも歳が離れたルナに頭を下げた。

「ありがとうございます。全力を尽くします」

 それに胸を打たれたというわけでもないのだろうが、ルナは頭を下げ返した。

「まずは、被害者のことについて、伺ってもよろしいですか?」

「それなのですが、私よりも担任から聞いたほうがよろしいかと思いまして」

 その時、こんこん、とノックの音がした。

「田原坂です。失礼致します」

 扉を開けて入ってきたのは、五十代くらいの女性だった。背は高くないが、姿勢がいいためかすらりとした印象を受ける。

「当時の大豆生田さんの担任の田原坂です」

 紹介を受けて、ルナは会釈をして冷泉です、と応じた。

「随分可愛らしい刑事さんですのね」

「エリートなんですよ」

 そう言われるのは慣れているのか、ルナは笑顔で受け止めた。

「当時の大豆生田さんのことを伺いたいです。お願いできますか」

「わかりました」

 田原坂さんは軽く咳払いをした。

「当時の大豆生田さんのことを話せばいいのですね」

「ええ。そんなことでも結構です」

「それでは、忌憚のないことを申し上げますが……大豆生田さんは、はっきり言って、出来のいい生徒ではありませんでした」

「……!」

「驚きましたか」

 困った様子で、田原坂さんははにかんだ。

「大豆生田御門は世間では偉大な漫画家として知られていますが、一流のアーティストが一流の生徒ではなかったということです」

「手間がかかる生徒だったのですね」

「手間がかかるというのも少し違います」

 田原坂さんはかぶりをふる。

「いわゆる不良とか、問題児といった意味ではないんです」

「……と申しますと」

「学校には来ていました。授業にも出席していました」

「結構なことではありませんか」

 ルナは大きな瞳を瞬いた。

「お話を伺う限りでは、問題があるようには聞こえませんが」

「彼女は」

 と、田原坂さんは続けた。

「学校には来ていただけだったんです」

 田原坂さんは頭を振る。

「彼女は授業には出席していただけで、いつも話は聞いてはいませんでした。ずっと、漫画を描いていました」

「それは……」

 ルナは言葉に詰まっていた。

 確かに、なんと受け答えをしたものか、微妙なところだ。

 はっきり言って、授業中にいつも漫画を描いていたところだけ取り上げれば確かに問題児だが、デビューして大ヒットしてしまえばそれも天才ならではのエピソードというようにも思える。どちらにしても、故人を悪し様に言うのは憚られる。

「大変でしたね」

 結局、ルナは大豆生田本人に言及することは避けて、田原坂さんに同情を示す形でお茶を濁した。

「ええ。そういう意味では大変苦労させられました」

 田原坂さんは、懐かしむような表情になる。

「結局、就職も進学もしないままで高校を卒業してしまって、どうするのか大層心配したものでしたが、今にして思うとその頃には既に出版社と繋がっていたのでしょうね。二年もしたらデビューしてしまって、あれよあれよという間に一流漫画家になってしまいました」

「漫画家を目指しているという話は、在学中は知らなかったのですか?」

「本気で描いていることを知ったのは、卒業が近くなった頃になりますね」

 恥ずかしそうに、田原坂さんは目を伏せた。

「かたくなに進学や就職を拒んでいることで、初めて本気で漫画家を目指していると知りました」

「なるほど」

「実のところ、ほとんど全ての生徒が進学を選んでいましたからね。漫画家を目指している生徒への対応が不十分だったのは私の不徳です」

「では、校内でも浮いた存在だったのですか?」

「下級生の時はそうでもなかったのですが、三年生になり受験勉強が本格化して以降は、教室でも浮いていたことは否定できません」

「ありがとうございます。大変参考になりました」

 ルナは笑みを浮かべたまま、

「では」

 なんでもないことのように言った。

「大豆生田御門さんと伊東七夕さんの二人には、何かしらの接点はありましたか?」

 この質問が本命だったのだろう。今までのやりとりは、意味がなかったわけではないにしてもカムフラージュという意味合いもあった。本当の狙いは被害者二人の関係を聞くこと。相手が答えをあらかじめ想定しておくのを防ぎ、本音を引きずり出す。

「さあ……」

 だが、ルナの質問に対して田原坂さんは曖昧な感じに首を傾げた。

「ごめんなさいね。はぐらかしているわけではないのですよ。ただ、学年も違うし、部活も違っていたから、接点があったかと聞かれてもわからなくて。なかったように思いますが、私の知らないところで接点があった可能性は否定できません」

「ええと……大豆生田さんと七夕さんの部活は別だったのですね?」

「あの子は、大豆生田さんは美術部でした。伊東さんは陸上部ですね。私にとっても特段接点のあった相手ではなかったので、それ以上のことはわかりません」

 田原坂さんはすぐに答えた。隠しているような様子はないように思う。本当にわからないのか。

 僕はちらりとエヴァを横目で確認した。

 彼女ならば、僕以上の何かの情報が得られているのではないかと期待してのことだ。

 だが、エヴァはふるふると小さく首を振った。

「なるほど……わかりました」

 ルナはメモのために広げていたノートを閉じて目を伏せた。

 情報は色々得られたが、肝腎の大豆生田と七夕さんを結ぶ線は見つからない。しかし、それも仕方がないか。捜査というのは、無駄とも思える膨大な作業の中から真相を見つけ出す作業なのだろう。

「当時の大豆生田さんに関して、他に詳しい方はいらっしゃいませんか?」

「そうですね」

 田原坂さんは考え込むようにして、

「三年間、担任は私だったので、あと詳しいとしたら部活の顧問ですね」

 と言った。

「美術部の先生……ですか」

「はい。漫画研究部みたいなハイカラなものは当時はなかったものですから、美術部というチョイスだったのでしょうね」

「当時は、とおっしゃいますと今はあるのですか」

「ええ」

 余談になりますが、と前置きして田原坂さんは言った。

「大豆生田さんのおかげで、ということになるのでしょうね。大豆生田さんに憧れて入学する生徒が増えたこともあって、最近部を設立することになりました。プロを目指すと言っている子も多いですが、現実には普通に大学へ進学する子が多いですね」

 大学へ通いながらでも漫画は描けますしね、と田原坂さんは微笑む。

 極めて偏差値が高い高校でありながら、漫画家を目指す生徒が多い話は意外だった。しかし、考えてみると漫画執筆には多様な知識がいる仕事であり、勉強が好き、というのと漫画を描く層が被っているのは当然のことなのかもしれない。

「その、漫画研究部の顧問は当時の美術部の顧問です。正確に言えば、美術部と漫画研究部の顧問を兼任しているのです」

 田原坂さんは続ける。

「当時、ある意味では私よりも大豆生田さんと接点がある人だったと言えます。話を聞いてみますか?」

 もちろん、異論があろうはずもない。

 ルナは迷わず頷いた。

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