急に名探偵としてのライバルと、手強い殺人鬼が出てくるなんて、楽しくなってきちゃってね
たっぷり三十分かけて服を着替えたルナの衣装は、フォーマルな感じのワンピースだった。上品なようでいて、どこかミリタリーのようなごつい感じの印象も受ける。
「私服はそんな感じなんですね」
「似合うだろう?」
ふふん、と鼻を鳴らしてルナは自分の衣装を見せびらかすようにしてくるりとその場で回ってみせた。
「スーツファッションも気に入ってはいるのだがね、僕の容姿であの格好をしていると、なにぶん目立つ」
今のファッションも充分目立つと思うが……という言葉を飲み込んだ。
それを言い出したら、エヴァの見た目が一番目立つ。さらに言えば、二人の美女についてまわる僕が不自然なきらいさえある。
「本当に私達も行って良いの?」
エヴァが片手を挙げて質問した。
「二人も来てくれて構わないよ。僕としてもそっちのほうがいい。エヴァの意見が役に立つ可能性はある。僕は名探偵だが、自分のことを過信してはいない」
犯行現場までは、ルナの車で移動することになった。
「僕、免許とったの今年だから運転苦手なんだよね」
と言っていたが、その割にはスムースな運転だった。
名探偵はなんでもできるのか。
車も、なんという銘柄なのかはわからないが、あまり見慣れないような高級そうなフォルムの車だった。乗る時も汚さないように恐る恐る、という形になってしまう。
「犯行現場ってどこなんでしたっけ?」
「自然公園って聞いてるな。君たちの家のほうに近いんじゃないか? もしかしたら近くを通ったことくらいはあるかもしれない」
「考えてみればそうね。近くまでくればわかるかも」
ルナの隠れ家から自宅の方面へ戻る格好になるのだから当然だが、景色はどんどん見覚えのあるものに変わっていく。
「ここが件の自然公園か?」
運転しながら、ルナはカーナビ上に表示された大きな緑の塊を示した。
「僕はこっちの方向にはあんまり来たことがないんだ。どんな感じの施設なんだ?」
「そうですね……僕も何度も行ったことがあるわけじゃないですけど、住宅地にあるような公園を想像されているとイメージと違うと思います」
「うん? 運動公園ってこと?」
「運動公園とも違いますね。相当広くて、思ったよりも自然が鬱蒼としているんで初めて見るとびっくりするかもしれないです」
小学生の頃、遠足で行った記憶をまさぐりながら言う。
「一画にはテニスコートもありますけど、だいたいは散歩やジョギングに利用する人が多い印象です。見晴らしが悪いので、そういう意味では殺人事件向きかも……敷地の大部分は森で、その中を縫うように遊歩道がある感じです」
「ルナ、先ほど見せてもらった資料だと遊歩道のほうで見つかったのよね?」
「そうだったな……なるほど。ここで遺体が発見されたわけか」
気がつけば、自然公園の近くまで来ていた。木が茂っているのをみて、納得したようなそうでもないような、中途半端にルナは鼻から息を吐き出した。
「遺体発見現場は、この辺ね」
エヴァが後部座席から身を乗り出して、カーナビ上で公園の奥まったあたりを示した。
「駐車場なら次の信号を左に向かうと遊歩道に一番近い駐車場に行きます」
「いや」
僕の言葉に、ルナは首を振って応じた。
「できるだけ現場近くまで車で行きたい」
「何故ですか?」
「犯人が車で遺体を運んだ可能性を想定しているからよ、ユート」
ルナが答えるより早く、エヴァが説明した。
「犯人が七夕さんの遺体を車で輸送した可能性を考えると、お行儀よく駐車場に停めた可能性は低く、路上駐車したものと考えるべき。そもそも、移動したのが一目につかない深夜だとしたら駐車場は閉まっているし、遺体を輸送することを考えたらできるだけ遺棄現場に近いほうがいい。故に、犯人にできるだけ近いルートをとろう、とルナは考えている」
ほとんど考える隙がないくらいになめらかに、エヴァは一気に言い切った。
「ちょ、ちょっと待ってよ、エヴァ。犯行現場は、殺害現場かもしれないだろう? だったら、七夕さんは自分で歩いて遊歩道から殺害現場に来たという可能性もある」
「その可能性はゼロ」
とルナは車を駆りながら言った。
「被害者の写真、覚えていない? ユート」
「被害者の写真ですか?」
頭に思い浮かべたが、特に不審な点があったようには思えない。
以前会った時と色味は違うけれど、同じような和服。だいたいの雰囲気としては先日あった時と同じような印象だったように思える。
「足下、覚えていない?」
足下?
ルナの言葉を受けて、必死に思い出そうとしたがうまく像が結ばなかった。
「靴を履いていなかったのよ、七夕さんは」
助け舟を出すようにして、ルナは言った。
「靴?」
そう言われてはっとした。
写真には、足の裏が映っていたし、遺物にも靴はなかったような気がする。
「ついでに言えば、足裏に泥汚れもなかったので、靴を履かずに来た可能性もない」
エヴァが付け足すようにして言った。
「故に、あの遺体発見現場には被害者は自分で行ったのではなく、車などに乗せて犯人に連れていかれたと考えられる。可能性としては、被害者を拘束して現場までいってあの場で絞殺し、遺棄した……というのもなくはないけど、どちらにせよ、犯人がとったのと同じコースを辿ってみたい、と僕は考えたのさ。わかったかな? ユート」
「流石ですね。名探偵は見えているものが違う」
僕は心底驚いていた。
確かに、言われれば納得がいく。しかし、あの時、資料の写真を見た段階でそこまで読んでいたのか。
考えていることの質が違う。底が違う。
「別に違わないさ。こんなのはただのテクニックだ。勉強すれば誰にでもできる。僕を名探偵たらしめているのはそこじゃない」
まぁ……とルナは続けた。
「特段、研鑽を積んだようには見えないエヴァが僕とほぼ同じ思考をとったのには驚いたがね」
間もなくして、ルナは道の路肩に車を停車した。
「まさか、ここで駐車違反切られることもないだろ?」
キャンプシーズンには賑わっているらしいスポットだが、今は冬だ。警察が言っていいことなのかはともかく、切符を切られることは確かにないだろう。
「そもそも、ルナ、あなたが警察じゃないですか」
「確かに、警察だって言えば見逃してくれることもあるけど、そういうのはあんまり好きじゃないんだよ僕は」
ルナは首を傾げて、
「場所の座標が、資料にあったな」
「私が覚えてる」
ルナより先に、エヴァが車から降りて歩き始めた。
「スニーカー履いてくれば良かったな」
歩き始めたエヴァがひとりごちたのは、足下が酷く悪いからだ。道のすぐ脇まで森が迫っており、落ち葉が降り積もったすぐ下はぬかるんだ泥で、どうしたって靴が泥だらけになってしまう。
「ここの奥が発見現場か」
僕は普段から足下がスニーカーなので、森の中に進むのに不自由しないが、女性は足下が汚れるのを嫌うだろう。
見ると、ルナは器用に跳ねるようにして足下のぬかるみを避け、森の奥に進んでいる。
「ねえ、エヴァ」
「なに? ルナ」
「現場はどのくらい先?」
「もうすぐ」
端的にエヴァは答えて、森の奥を指差した。
森の中に分け入ると、日光が遮られて一気に暗くなる。七夕さんの足下が汚れていなかったことを別にしても、女性がこの森の中にわざわざ入っていったのは不自然だと思うし、ルナやエヴァの言う通り、七夕さんは犯人の手でここに連れてこられたと考えるべきだろう。
エヴァの言う通り、すぐに警察の手によるシールテープが見えてきた。
「第一発見社は誰なんだっけ?」
「早朝に、犬の散歩をしていた男性」
僕の問いかけに、エヴァは即答した。
「犬の散歩中にわざわざこんなところまで入って来るのか?」
「犬の糞を持ち帰るのが面倒で、森の中に捨てようとして、億に人間のような姿を見つけて気づいたんだそうだよ。伊東七夕の着物姿は遠くからでも目立つしね」
シールテープをくぐりぬけながらルナが言った。
「入って良いのか?」
「良いよ」
ルナは警察手帳を取り出してみせた。
「僕、警察官なんだよ?」
「そうでしたね……」
ルナは警察の中ではどういう立ち位置なのだろう。いくら警察官だからといっても、捜査本部に所属していない人物が現場に無断で立ち入るのはまずいような気がする。まして、僕たちのような部外者を連れて。
「エヴァ。何か、思いつくことある?」
「不自然……よね」
エヴァは考え込むようにしながら、今来た道を振り返った。
「道から死体遺棄現場まで……六十メートルくらいかな?」
「遠くからは見えないけど、入ればすぐくらいの距離だよね」
そう言うと、二人の美少女はあごに手を当てて考え込んだ。
「あの、何がおかしいんですか?」
「ユート。仮に君が殺人鬼だとするだろう?」
ルナは、いきなり凄い設定を僕に振ってきた。仮定としても、設定が極端すぎる。
「はい。僕が殺人鬼だと仮定するんですね」
「君が人を殺したとして、遺体を処分するとしたらどうする?」
「そうですね……」
僕はあごに手を当てて考え込む。
「……一番良いのは、轢断して燃えるゴミに出すことだとは思いますが、そういうのはなしですよね?」
「そうだね。一般の設備では、人間の身体を切断するのは難しいし、痕跡を残すことにも繋がる。一般の家庭の設備で、近隣にばれることなくできることで考えてくれ」
「とすると……一番シンプルなのは埋める。ですか。できれば、人の来ない山などに」
「だろう?」
ここまで言われれば僕にもようやくわかった。
「遺体は山奥に埋める。それがなんらかの事情でできないにしても、できるだけ発見が遅れるように取りはからうはずだ。そうすれば捜査の初動も遅れるし、遺体の死亡推定時刻も正確には測れなくなる。にもかかわらず、犬の散歩で見つかるような場所に放置するなんてことがあるか?」
僕には意味がわからないよ、とルナはため息をついた。
「犯人は何を考えているんだろうね? もうちょっと方法があると思う」
「犯人が女性なんじゃないですか?」
なんとか整合性がつきそうな理由を挙げた。
「たとえばですが、犯人が女性ならば、腕力がなくて山奥にまで持っていくようなことはできないのでは」
「タイヤ跡」
喋っている最中に、出し抜けにエヴァが言った。
「タイヤ跡? ってどういうことだ? エヴァ」
「七夕さんの体重を五十キログラム程度と仮定して、人間を目立たずに運ぶには男女関係なく自動車が必須。そうよね?」
「ああ……だが、それがどうした? エヴァ」
「この森の中まで車が進入すれば、泥にタイヤ跡が残る。にも関わらず、そんな形跡は認められない。だから、犯人は舗装された道路に車を停めて遺体発見現場まで運んだとすると、直線距離で六十メートルくらいはある。足下が悪い中でこれは相当な重労働よ。女性にはできるとは思えない」
なるほど。理には適っている。
「つまり、中途半端なんだよね」
沈黙を引き取るようにして、ルナは言った。
「遺体の隠し場所として考えた場合、自然公園というのは手間がかかる割に隠匿効果は薄い。完全に隠しおおせるのは無理にしてももっと簡単にもっと見つかりづらくすることは簡単にできる」
「でも、ルナ」
と僕は口を挟んだ。
「実際、突発的に人を殺してしまったとしたら、そんなロジカルに考えることはできないんじゃないの? 遺体を隠さないといけないとは思った。ただ、遠くの山奥まで隠しにいくのはなんだか怖い。故に自然公園の中に隠した。そう動くのはそうおかしな話だとは思いません」
僕は自分の考えを述べる。自分の考えというか、無理に整合性をあわせるとしたら、こういうことになるなら、ということだが。僕なんかが思いつくようなことは当然、ルナも考えているとは思うが、念のためだ。
「突発的な殺人だとしたら、ね。まずこの事件は突発的な殺人じゃない。その理由はいくつかある」
とルナ。
「あのfrom heavenと書かれたメッセージカードは見ただろう。わざわざあんな芝居がかったものを用意する時点で、計画的な殺人だよ。遺体の処理の仕方を考えていなかったとは思わないな」
「計画的な殺人……ですか」
僕はエヴァのほうに視線を向けた。
「エヴァはどう思う?」
「私は……」
迷う素振りを見せながら、エヴァは答える。
「私にも、犯人はどういう意図があるのかもわからない」
自信がなさそうに言って、それからエヴァは視線をルナに向けた。
「確信はない。その上で、一つ。仮説を言うわね、ルナ」
「言ってみるといい」
「犯人は、被害者を見つけて欲しかったんじゃないかしら?」
「……。なるほど」
エヴァの推理を受けて、ルナは頷いた。一方で僕には理解が追いつかない。
「どういうことだ? エヴァ。犯人は被害者を見つけて欲しかったなんて、そんなことをしてなんの意味があるんだ?」
「殺人をする上で、遺体を見つけて欲しい、というのは意外と珍しい話じゃない」
ルナが隣から僕に説明をした。
「どんな理由ですか?」
「一番わかりやすいのは、相続に関連した殺人の場合。遺体が発見されない、行方不明のままだったら、相続自体が発声しないからね。あとは、偶発的な殺し見せかけたい場合は、必然的に遺体が見つかることになるし、あとは殺人に示威行為を含ませる場合もある。色々だよ……して」
ルナはエヴァに視線を向けた。
「エヴァ。君はどういう目的だと考えた?」
「例えば……」
エヴァは口元に指を添えた。
「警察に与える情報をコントロールして、捜査を誘導しよう、とか」
警察の捜査を……誘導する。
考えてもいなかった発想を耳にして、僕は言葉を失った。
「なるほど。早く見つけて欲しかった。そのためには山奥に埋めたりして、遺体がずっと発見されないようでは困る。死亡推定時刻がずれるし、思っていた情報が警察に伝わらない可能性もある」
ルナは頷いているが、僕にはすっと腑に落ちる発想ではない。理には適っている……のか? 他人を、それもプロフェッショナルを
「仮にそうだとすると、エヴァ、この七夕の亡骸にはどんな意味があると考えている?」
「そこまではまだ……」
エヴァは力なくかぶりを振った。
「ただ、連続殺人であることを誇示する意思は感じるわ。メッセージカードもその一環。そう考えたほうが筋が通るし、その理由を暴けば真相に繋がる。そう思う」
「確かにね。まだ犯人の狙いまでは読めないが……」
ルナは首を傾げようとして、頷き直した。
「いいアイデアだね、エヴァ。その調子で頼むよ」
「しかし……ルナ」
僕は、おそるおそる言った。
「仮に、警察に与える情報を取捨選択して、推理を誘導しようとしているとしたら、物凄く狡猾な相手だということになりませんか?」
「そうだね。極めて厄介な相手だと思うよ」
ルナは美しい眉をひそめた。
「相当に頭が切れる。僕に比肩しうるほどかもしれないね。大豆生田御門殺しだけならばつまらない殺人事件かと思っていたけど、考えをあらためることになりそうだ。これは厄介な相手だ」
厄介だ、という言葉に反して、ルナは楽しそうな表情を浮かべていた。
「どうしたの? ルナ」
「いや」
ルナは口元に手をやって、笑みを直した。
「不謹慎な話なんだけど、急に名探偵としてのライバルと、手強い殺人鬼が出てくるなんて、楽しくなってきちゃってね」




