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僕と家族

作者: 安藤サラン

 禁断の扉を開けてはならない。

それは祖父の遺言だった。

 僕の家の地下室には、苔の生えた石の扉がある。

 扉は少し僕より背が高いほどで、表面にはよくわからない模様が書かれている。

様々な線が幾何学模様を形取っていて、どことなく神秘的だ。


「この扉を開けてはならない……か」


 僕はちょうどその扉の前に来ていた。

扉がある地下室には大量の本が置いてあり、それを僕は取りに来ていたのだ。

 本の内容は、英雄譚やファンタジーな冒険物などの物語を記録したものが多かった。

 僕は子供の頃からそこにあった本を読むのが大好きだった。

 

 例えばこの、ドラゴンを倒しに行く魔法使いの話……。

 例えばこの、とある国の王が周辺の国々を征服していく話……。

 

 どれもこれも、一人ぼっちの僕の心を満たしてくれる逸話ばかりだった。

 

「さて、次はどれを読もうかな……」


 これらの本はすべて祖父の蔵書だ。

 昔からこういった本を集めるのが祖父の趣味だったらしい。

祖父自体は、僕が幼い頃に旅立ってしまった。

 最後に"扉を開けてはならない"という言葉だけを残して。

 

「しかし……」


 そんなこと言われたら逆に気になってしまう。

 扉にそっと触れてみる。

石独特のひんやりとした冷たさが手を伝う。

ざらざらというよりは、こんなに古そうに見えるのにツヤのある質感だ。


「と言っても、開け方なんかわからないけどなあ」


 扉には取っ手の類など一つもない。

押戸かと思って試しに押してみたことはあるのだが、びくともしなかった。

 何の扉なのかは愚か、開け方すらわからないのならお手上げだ。

 

 しかもこの扉は、後ろになんらかの空間があるわけではない。

 地下室の蔵書郡の、ど真ん中に置かれているのだ。

たとえ開いても、向こう側が見えるだけだろう。


「さて、じゃあ今日はこれにしよ」


 僕は蔵書の中から赤色の装丁がなされた本を取り出す。

タイトルは……読めない。だがここにある蔵書の殆どはタイトルなど読めないのだ。

今まで見てきたどんな文字とも違う、象形文字とも言い難いし、一体どこの国の言葉なのか検討もつかないのだ。

 だが不思議と本の中身はすらりと読めてしまう。

 

 軽く1ページ目をめくってみる。

 

「えーっと……そこには不可侵の扉があった……大賢者スルゥはその扉を閉じる魔法をかけて厳重に……うん。ファンタジー系か」


 僕はその本の雰囲気をそこでつかんだので、本を閉じようとする。

だが不思議と僕は、その本を閉じれずにいた。

 今ここで閉じてはならない、何かやり残したことがあるはずだ……という不気味な感覚に襲われながら。

 

 本に釘付けになる僕の目、そしてまるでそれを待っていたかのように、本は次のアクションを起こした。

ページがひとりでに勝手にめくられていく。一ページ目、二ページ目、三ページ目……次々にページは移ろいゆく。


「お、おいなんだこれ!!」


 僕は先日みたホラー映画を思い出す。

そのホラー映画だと、この後めくられるページは最後まで止まらず……最後のページにはこう書かれている。


『お前は死ぬ』


 それを思い出した瞬間僕の前身が総毛立つ。

 ここから移動しなきゃいけない、本を閉じなきゃいけない。

だが身体がそれを許さない。さっきまでの、何かやり残したことが……といった感覚ではない。

いわゆる金縛りだ。

頭から足まで一本の梁を通されたかのような、動けるイメージすら浮かばない。


「やばい!! やばいやばい!! まじでやばい!!」


 ページはついに三分の二まで減っている。

後数秒もかからないうちにラスト・ページだ。

 そこに至れば僕は死ぬかもしれない。


 そしてついにページは最後に到達する。

 

 ……だがそこに書かれていた言葉は『ザ・デス』ではなかった。

 

「……アルマ・フォル・イルクダ……?」


 僕はそこにあった言葉を読み上げた。

その文字も、タイトルの文字同様、本の中身同様、不明な文字列だった。

だが不思議と頭の中に読み方が流れ込んできたのだ。

 読み上げた瞬間、身体の自由が僕に帰ってきた。

 

 僕はそれに気づくと、直ぐ様本を投げ出す。

そして地下室を後にしようと全力で階段に向かった。

 だがそこで僕の後ろで、奇妙な音がした。

 

 ギギ……ギィ……。

 

 それは長らく使われていなかった古い扉が無理やりあけられた時のような音。

それは今まで動けなかった何かが、ようやく動けたという歓喜の音。

 そしてそれは、僕にとって恐怖を加速させる恐ろしい音。

 

 だが僕は振り返ってしまう。

 

『禁断の扉を開けてはならない』


 祖父の言葉が頭をよぎったからだ。

この音は扉が開いた音なのではないか。

僕はそう思い、そしてこんな恐怖の中にあるのに、好奇心がかってしまった。


 案の定、扉はゆっくりと開きかけていた。

だが僕の予想を裏切り、扉の向こうに見えるのは地下室の壁ではなかった。


 そこにあったのは、真っ暗闇だった。

 

 ただただ暗い。現代社会では見ることなどほとんど叶わないだろう、本当の闇。

光りを一つも通さず。すべての光りを飲み込む。恐ろしい虚無の闇。


 扉はさらに開き続ける。

 闇が周辺に広がり始め、そして地下室全体を飲み込む。

僕は必死に出口を求めて探すが、後の祭り。

闇に飲み込まれた地下室には、出口はおろか蔵書の山すら見えなくなっていた。


 唯一見えるのは目の前に落ちている赤い本のみ。

 

 僕はその本をそっと手に取る。

決して扉があった場所から目をそらさずに。


『あなたはだあれ?』


 そして闇の中から、突然、少女の声が響いた。

それは妙に僕の耳にこびりつく。しかし不快ではない、不思議な音色。


「そ、そっちこそ誰なんだ!? ここはどこなんだ!?」


 僕はその声にすがるように必死に声を上げる。

声の主は僕のその言葉に、静かな声で答えた。

 

『私? 私は……誰なんだろう……』


 その声はどこか寂しそうだった。

まるで人混みの中、両親を見失ってしまった子供のように。


『ねえ、あなたは私のこと……知ってる?』


「知らない!! それよりここから出してくれ!!」


 僕は必死に声の主に泣きつく。

だが声の主はそれには答えない。

 

『ここ……ここは……どこ? わからない……』


 少女の声は哀愁を帯びてくる。

今直ぐにでも泣き出しそうなほど、哀しい声だ。

 僕はそれどころではない。

 それどころではない……が。

 

 もしかしたらと思い僕は扉のあった方向に歩みをすすめる。

 

 もしこの奇怪な現象に巻き込まれているのが自分だけじゃなかったとしたら?

この声の主の少女が、僕の想像しているような"怪異"の類ではなく、もし普通の少女だったとしたら?

確かにこの状況でそれは限りなくゼロに近いとも思う。

 だが少女の声があまりにも寂しそうで、今にも泣き出しそうだから。

 

 僕はそれを……助けなければならない。


「待って、今そっちに行くから!!」


 少し前の僕とは打って変わって、僕は恐怖を押さえ込む。

声の主の位置は僕には見えていない。

だが声の方向は、確実に僕が見ていた扉の"向こう側"から聞こえているのだ。

 少女の声はさらに近くなる。

 そして同時に、小さく鼻をすするような音も聞こえてくる。

 やっぱり不安で仕方がないんだ。

 

「手を伸ばしてみて!!! 僕が見えるなら、僕の手を掴んで!!」


 がむしゃらに僕は手を伸ばす。

特に何か作戦があったわけでもない、ただそうしたほうが良いような気がしたから、僕はそれをしただけだ。


 そしてその行動は功を成した。

 

 手をがっしりと握り返される感覚。

その感覚が僕に走った瞬間、辺りの闇は一瞬にして掻き消えた。


 掻き消えた後にあったのは、いつもの地下室、蔵書の山、開かれた"ただの石扉"。

 そして……。

 

『……手、あったかい……です……』


 そこにいたのは、僕と頭二つ分くらい離れた背丈の……人形のような少女だった。

 少女は僕の手をしっかりと握りしめていて、美しい赤色の目からは一筋の涙が流されていた。

 

「……。えっと……」


 勢いで行動してしまったが、その行動の果の光景を僕はどう処理していいのかわからなかった。

 

『……その本』


 少女がもう片方の手で、僕の持っている赤い本を指差す。

僕はその本を持ち上げ、少女の目の前に持ってくる。


「こ、これがどうしたの?」


『……私の、名前……』


 僕は本に目を落とす。

すると不思議なことに、いままでわからなかった本のタイトルがすらりと読めた。


「……アイリス……ハワード……」


 僕はそれを読み上げて見せる。

 瞬間、少女は僕の手をより強く握り返した。

その目は、先程の少し虚ろな目ではない、そこには光りが灯っていた。


『アイリス……アイリス……それが、私の名前……お父様……』


 そう言うと少女……たぶん、アイリスという名の少女はその場に崩れた。

目からはぼろぼろと涙を流し始めた。そして、えんえんと子供のように泣きじゃくったのだ。

 僕はどうすればいいのかわからない。

 だが、目の前で泣いてる女の子を放置するわけにもいかない。

 

「よしよし」


 仕方なく僕は少女を抱きしめて、頭をなでた。

 少女はさらに、その泣き声を強めた。

 

 ……これが僕と、闇の少女……アイリスの出会いだった。

 


「アイリス!! ちょっとそっちのお皿とって!!」


『あ、はいです!!』


 それからと言うもの、僕はアイリスと二人でこの家に住んでいる。

 

 元々両親も親戚もいない僕にとって、この家は広すぎた。

 祖父が残してくれたこの家と、両親の残してくれたいくらかの貯金で生き繋いでいるような生活だ。

もちろん高校には通っている。

だけど友達はいないし、頼れる人もいなかった僕にとって、まさに孤独のような人生だった。

 だからアイリスと始まった生活は、僕にとって寂しさを紛らわす癒やしになっていた。

 

『これですか? はるさだ!』


「うん、それ。ありがとうアイリス」


 僕はアイリスの頭をよしよしと撫でる。

アイリスは目をつぶって、嬉しいとばかりに笑う。

 アイリスの持ってきてくれた皿に、僕は今つくったホットケーキを載せる。

その上にはバターをのせ、はちみつをかける。


『美味しそ~です!!』


「だろ? でも急いで食べて喉につまらせないようにね」


『はい!! あっ……!』


 アイリスはそう言って、リビングの机に向かって走ろうとする。

だが途中にあるカーペットに躓いてしまったようで、お皿を離してしまう。

 宙に舞う僕のホットケーキと皿、だがその二つをキャッチしたのは僕ではない。

 

 アイリスの影から伸びる、一筋の真っ黒い手だ。

 

『あぶなかったです!!』


「あんまり焦らないようにね、ホットケーキは逃げないから」


『でも冷めちゃいます! はるさだのホットケーキは温かいうちに食べたいのです!』


 アイリスとの生活で、ようやく僕が慣れ始めたのがコレだ。

 アイリスには不思議な力があった。

影の中から人間の手のようなものをはじめ、様々な造形物を取り出したり、はては子犬のようなものを生み出したり……。

影があるところだと、アイリスは様々な異能の力を発揮していたのだ。


「やっぱりこの子はあの扉と関係する何かなんだろうか……」


 僕は思いを馳せる。

でもアイリスのこの声は、この手は、どこまでも人間のものだ。

それに……仮に人間じゃない"なにか"だとしても、それで彼女を否定することにはならない。


「もう僕にとってアイリスは家族だしな……」


『はるさだ! はるさだの分のホットケーキはやくやいてください! 私が食べられません! 死活問題です!!』


「あ~はいはい! ちょっとまってね!!」


 僕はそう言うと、ホットケーキをフライパンの上でひっくり返した。

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