キミしか見てない
(あの日だけしか、接点はなかったのに…?)
何で先輩から、こんなに見られるのか。
俺にはさっぱり訳が分からなかった。
そうして。
先輩から向けられる視線の意味が分からないまま、一学期は終了。
悶々と悩みながらも。
あっという間の夏休みが過ぎて。
残暑厳しい、蒸し暑い二学期を迎えた。
「あっちぃ~」
放課後。
人気の少ない学校の廊下を団扇片手に、トロトロ歩いていた帰宅途中の俺は、そこで既視感を覚えて立ち止まった。
「――え」
階段の踊り場で蹲るワンコがいた。
しかもあの日と同じく、茶色い毛布を被って震えていたのだ。
(また、なの……か??)
もしかして身体が弱いのだろうか?
でなければ、こうして二度も、同じ現場に出くわすなんて、普通なら有り得ないだろう。
「っぅぅ、ぅっ」
(まさか先輩。かなり前から、ココに?)
どんなに身体の調子を崩しても、学校には行きたい!! という先輩の執念が、眉間に刻まれた深い皺からひしひしと感じられた。
んーー?
今時珍しい、学校が大好きなのだろうか??
まぁ「一人はいや~」みたいな発言を、以前していた所を見ると、沢山の友達のいる学校が大好きなようだ。
かといって、無理をして登校。
こうしてぶっ倒れるのは如何なものかと、レスキューする俺は思うのだが。
(ま、いいや。さっさと保健室に運ぼ)
二度目となるとちょっとばかり慣れたもの。
「ぁっ、会え……たっ! やっと、でも、コレ、夢ぇ?」
「は? 何言ってるんですか。先輩、動けます? 保健室行きますよ??」
俺に気付いたウルウル涙目の先輩。
意味不明な発言を連発していたが、気にせず声を掛けた俺は、微熱のある先輩を背負う。
そして保健室へと向かった俺は愕然とした。
ガタッ、ガタガタン!!
「と、扉が、閉まってる!?」
いつもは放課後でも、生徒のいる時間は、開放されている筈の保健室の扉。
それが今日に限って閉まっていたのだ!!
「も、もしや、校医さん。早く帰っちゃった?」
なんてこと!?
それじゃあ…俺の背中に擦り寄るワンコ、いやいや。
ベッタリくっ付いている高知先輩を、どうしろというのですか?!!
(NoOおぉおぉ!!!)
帰りたくても。
帰れないぃいぃいぃーーー!!!!
保健室の前で軽くプチパニックを起こしていた俺。
「――んぅ?」
背中でとろ~んと眠りかけていた先輩が、そんな挙動不振な俺の様子に気付いて、バッチリ目覚めたようだ。
「ど……うしたのぉ?」
耳元で響く、先輩の掠れた甘い声。
思わずドキン! と胸が跳ね上がった。
「ひゃ、っぃ?! せ、先輩??」
「へへ、なぁにぃ?」
情けなくも上擦った、俺の呼び掛けに対し。
嬉しそうな笑い声を上げて、俺の肩に頬を寄せてスリスリしてくる先輩。
な……っ!
なんですか、このワンコ?!
(懐っこい柴犬みたい、可愛いカモ)
って!!
俺ってばナニ考えてんだよ!?
先輩は人間でオス、じゃない、俺と同じ男なんだぞ!!!
あまりにも学校の人達が、先輩をワンコワンコって言うから、俺の単純で軽い脳みそは、容易くソレに洗脳されてしまっていたようだ。
(先輩は人間で、今は看病が必要な病人なんだ)
そう心に言い聞かせて。
俺は背中にへばり付く先輩を背負いなおした。
「先輩、あの?」
「ぅん~?」
「病院行きますか? それともどこか掛かり付けの病院が」
「いやっ!!」
「そうっスか……」
病院に行く事を提案してみた俺だったが、強く先輩から拒否られて、あっさりと残りの言葉を呑み込んだ。
じゃあ俺、どうすれば良いんですカネ?
そんな俺の心の声をキャッチしたのか、俺の首元に顔を埋めた先輩は「家、ガッコから、近い」と呟いた。
……
……
……
……
……ん?
高知先輩??
それってもしや、家まで送ってくれって意味ですか!?
ワンコ属性とはいえ上級生である高知先輩。
目上の人に反対出来るほど。
一般ピープル属性な俺は強くない。
(はっは! 情けねぇ、俺)
病人である高知先輩の言う通り。
学校から近い所にあるという、家まで送る事になった。
ズシッと重い大型ワンコを背負ったまま。
「あっち」「そっち」「そこ~」と指を差す、心許無い子供のような先輩の道案内の下。
2階建の築30年はするだろう、木造の古アパートの前に辿り着いた。
「ココですか?」
「ん!」
茶色い毛布にすっぽりと身体を包む、背中にピタッとひっ付いた先輩に問うと、力一杯頷いて返事を返された。
(へー。なんかイメージと違うカモ)
ぶっちゃけ俺の先輩イメージ像からして、新築一戸建ての綺麗な家に、甘々で優しい家族と一緒に住んでいるものだとばかり思っていた。
が、どうやら一人暮らしをしているらしい。
(ん? だから誰も毛布被って通学する先輩に、ツッコミを入れなかったのか!!)
家族がいたら世間体を気にして、絶対にツッコんで止めていたハズ!!
(ホントのワンコみたいに、デロデロになった毛布を、お気に入りみたいに被ってるんだもんなぁ)
使い込んだ毛布のデロデロ感。
肌触りの良さは、確かに、俺にも分かる。
でも流石にソレを病気とはいえ、大衆の目がある中を、外に被っては普通歩けないだろう!!
(この距離を歩いて来た先輩を、ある意味、俺、尊敬します)
背中でうつらうつら始めた、おねむなワンコを背負い直し。
俺は先輩の部屋があるという、アパート2階の角部屋へと歩みを進めた。
ギィギィと鈍い音を立てて、歩く度に床板が軋むレトロな廊下の先。
先輩の部屋の前に辿り着いた。
背中でふにゃふにゃ笑う先輩から、家の鍵を貸してもらい玄関ドアの鍵を開ける。
そうして中に一歩足を踏み入れた俺は、驚きに息を呑んだ。
「ッ?!」
部屋のド真ん中に敷かれた布団一式。
その横に無造作に放置された洋服や寝間着。
それだけしかない。
ガランとした6畳一間の部屋の中。
「……」
玄関横手にあまり使われた形跡のない、簡易シンクが申し訳なさ程度にあり。
部屋の中に大小ふたつある窓には、カーテンすらかけられていなかった。
(な……に、寒……い?)
いや。
寒いんじゃない。
ガランとした。
あまりにも何もない部屋の中の雰囲気。
生活感のなさに――俺が寒気を感じたんだ。
(こんな所で一人、暮らしていたら。そりゃあ人恋しくもなるって)
高知先輩の「一人はいや~」発言の意味が分かった。
というか……さ。
今時、こんな音も何もない部屋で、生活している人なんているのだろうか?
「さむい?」
俺の後ろで心配そうに問い掛けてくる先輩。
おそらく鳥肌が立っている俺に気付いて、寒いのかと勘違いしたのだろう。
「いえ、大丈夫です」
自分の方が身体の具合が悪い癖に、俺の心配をしてきた先輩の声を耳にして。
訳もなく目頭が熱くなってきて。
胸の奥が、ギュッと鷲掴みにされたみたいに痛んだ。
(……)
同情とは少し違うおかしな胸の痛み。
意味が分からず俯いていた俺は、背中で身動ぎし始めた先輩の気配にハッとする。
「……むふー」
上機嫌で意味の分からない奇声を上げる先輩。
流石にいつまでも玄関で、つっ立っている訳にもいかず。
新聞紙半分程しかない狭い玄関で、靴を脱いだ俺は部屋に上がった。
「先輩、そこ横になれますか?」
ひんやり冷たい畳の上をヒタヒタ歩いて、布団のある前で先輩を背中から下ろす。
離れ難そうに、ジィッと俺を見上げてきた先輩は、コテンと首を傾げて間延びした声を発した。
「ん~。お布団?」
「そうです。じゃ、寝る前に着替えましょう?」
床に放置された寝間着を先輩に手渡した俺は、前に保健室で幼児退行した先輩相手に、まともな会話が出来なかった事を思い出し、どんな我が儘を言われるかと身構えた。
「うーーっ、お着替え? 出来ない」
「……先輩」
やっぱり。
案の定というか。
高知先輩はいやいやと首を横に振り、高校生が言うセリフではない幼児発言を始めた。
(これって熱のせいで、頭をやられてるんじゃなくって)
先輩。素から、こういう発言をする人なのかもしれない。
「出来ないって、先輩……はぁ」
俺が深く溜め息をつくと、シュンと項垂れた先輩。
「ぅ……あ!」
しかし次の瞬間。
キラキラした眼差しで俺を見上げてきた。
「手伝って?」
「はあぁ?!」
「駄目??」
手伝ってくれないと着替えないオーラ全開で、先輩は懇願するように顔を歪めて言う。
「ぅっ、はぁ。ったく、仕様がない人ですね」
「いい?」
「……はい」
「わぁい!!!」
それはそれは、嬉しそうに、両手を上げて万歳をして見せる先輩。
「……」
その姿がちょっぴり可愛く見えたのは、恥ずかしいからナイショだ。