キミしか見えない
いつも視線が合う気がする。
登校途中の道。
下駄箱。
廊下。
学食。
放課後の帰り道。
高校入学と同時に感じるようになった、その視線。
それはウチの男子高では有名な、人気者のワンコからの視線だった。
ワンコといってもホントの犬ではなく。
勿論、人間。
オス。
俺よりひとつ上の先輩。
はちみつ色の明るい髪の毛と瞳、長身でカワ綺麗系ともて囃されるそのワンコ。
いや、高知 智弘先輩は、その人懐っこさからワンコと親しみを込めて呼ばれる、とても人気のある先輩だった。
(そんな先輩が、なんで俺を見るんだろう?)
ごくごく普通の学生である、俺、田中 冬馬。
人気者である先輩との接点はなかった……はず。
――ん?
いや、一回だけあったっけ。
たしかアレは入学して間もない頃。
選択授業で、別教室に移動していた時だ。
階段の踊り場で蹲る茶色い塊がいた。
え? 何??
と立ち止まった俺。
よ~く見てみると。
毛羽立ちデロデロになった、茶色い毛布を被って震えるワンコ――高知先輩だった。
なんでこんな所に毛布を被って蹲っているのか。
俺は意味が分からなくて、この時フリーズしていたと思う。
でも、毛布の隙間から覗く先輩の顔色が悪く、もしかしたら具合が悪いのかもしれないと思って。
俺は慌てて先輩に駆け寄った。
「大丈夫ですか?」
「……ぅ、っ」
返事をするのも億劫そうな先輩だったが。
そーっと俺が近寄ると、先輩はぼんやりと虚空を見上げて、むにゃむにゃと呟きだした。
「ゃ、一人、誰か……」
「……は?」
「きゅっ、して……」
「……え??」
何事か呟き、いやいやと首を振る先輩。
もしかして病気かも?と心配になった俺は、先輩の額に手を当てた。
しっとりと汗ばんだ額は、驚くほど熱かった。
(なんでこんなに熱があるのに、登校して来てんだよ、この人?!)
もしかして熱があって寒気がするから、毛布なんて被って登校して来たんじゃないだろうな。
――ん?
家から、毛布を被って、登校??
(どんな羞恥プレイぃい!?)
俺なら恥ずかしくって出来ない事を、病気のせいなのか、やってのけてしまったらしい先輩。
「ぃやっ、一人ぃ……」
俺の制服の裾を握り締め、他へは行かせまいとする、ちっちゃな子供のような口調の先輩。
高熱で頭をやられたのか、幼児退行してしまったようだ。
(……う~ん)
取り敢えず、こんなに高熱で、授業は受けれないだろうと思った俺。
やけにくっ付いてくる先輩を背負って、保健室へと向かった俺は、丁度留守をしていた校医の代わりに、ちょろっと看病してあげたのだ。
結果。
俺は1時間目の授業をサボる事となってしまい。
密かに皆勤賞を狙っていたのだが、それがご破算になってしまった。
――今となっては、苦~い記憶が残る過去の話。